魔王と親衛隊
朝起きて、ルージュは髪の毛を後ろ手に縛ると、早速朝食の準備に取り掛かる。
魔王には、病人ではなく怪我人なので、血肉を作る食材で、軽めのスープを作った方がいいと判断した。
振り向くと、リーヴァイが目覚めていた。
ぼんやりとした眼でルージュを眺めている。
上半身が起き上がると、止血剤を染み込ませた薬布が剥がれそうになった。
「おはよう、朝食の前に薬布を張り替えようか」
「すまない。そうしてくれ」
「昔も、こんな事があったわね。その時は、村から帰ってきたお母様が治癒魔法をかけてくれたけど」
二人は遠い目をして、思い出す。
「あの時はまさか人間に、それもお妃様に助けられるとは思わなかった」
リーヴァイがルージュを気になるようになったのは、その時からかもしれないと思い出す。
それに対して、ルージュはというと、
「まさか、父が浮気をするなんて、あの時は、ホント離婚するのかと思ってたわ」
別の印象が強かったようだ。
「……(魔王様、ルージュ様が男性不信になっているのだとしたら、魔王様のせいですよね)」
リーヴァイは、がっくりと肩を落とした。
取り替える薬布を用意したが、傷口がなくなっていた。
「あれ? 嘘!? 傷が消えてる?」
魔王になって、特異体質にでもなったのだろうか?
昨日あった傷がなくなっていた。
ルージュが驚きつつも、不要になった薬布を持って、側から離れようとすると、リーヴァイが、腕を掴んで、引き寄せた。
「リーヴァイ?」
「いい加減、城へお戻り下さい。私の気が散るんです。それから、何でそんなに他人行儀に呼ぶんですか?」
ルージュは、目を泳がせた。
「えっと、私はもう王女じゃないし」
「ええ、今の魔王は私です。でも、全くの知らない者じゃないでしょう」
「いつまでも誰かに頼って甘えてるわけにはいかないわ。自分の足で立たないと」
「……ならば、命令です。魔族なら魔王に従え。王女でなくなって城へ戻れないなら、私の花嫁として残ればいい!」
無茶を言う。
花嫁の打診は、やはり保護者的な気遣いからとしか感じなかった。
しかし、始めて命令をされた事に、戸惑いを隠せない。
配偶者を決めるのは、大事な事だというのに、まるで犬猫を拾うような感覚でしかないのだろうか。
「今は(結界を張るだけの)力が足りない。なので、呪いを施しておきます」
そう言うと、ルージュの額に唇を付けた。
同時にリーヴァイの魔力で薄っすらと被膜が張られた気がした。
ルージュの顔が一気に赤くなる。
「ええええぇぇ?!」
額を両手で押さえる。
リーヴァイは柔らかく微笑んだ。
「あなたを狙う物は沢山いますからね」
そこへ乱入者が、やって来た。
親衛隊だ。
新魔王の親衛隊が漸く編成されたのだ。
親衛隊は魔王が代替わりする毎に、魔王軍の中で新魔王が任命する事になっている。
一概に強さだけで選ばれたりするのではなく、家格や、親しく付き合っている家の者達の推薦などが考慮され、新魔王、最初の悩みどころにもなる。
16年振りの独身魔王とあって、各家で力を注いだらしく、若く美しく、何故か胸の大きな娘ばかりが推薦された。
いずれは嫁にという魂胆が丸見えであった。
「新魔王様が、こちらにおられるか?」
「…え、ええ、いらっしゃいます」
中に通すと、上半身をベッドから起こしているリーヴァイの下に、あっと言う間にグラマラスな美女軍団が囲み跪く。心なしか、鼻の下が、伸びているような気がした。
ルージュの邪推だろうか。
その中から1人が前に出る。高めに結われたオレンジ色の髪に、ルージュと同じ、紅い目をしていた。 手足がスラリと長く、胸が大きい。
「リーヴァイ様、御無事でなによりですこと。怪我を負ったと、聞き及びましたが。早速ですが、魔王城へお戻り願いますわ。魔族領の現在の混乱を納めないといけませんもの」
どこかで聞いた声だと、ルージュは思った。
「ミザか。そうだな。体力こそ、まだ完全ではないが、怪我は治ったようだ。混乱か。早急に納める必要がある」
隊長と思しき女性が目配せをすると、女性二人が立ち上がり、赤い布地で銀の魔法陣が描かれた布を敷いた。
他の女性二人がリーヴァイの両脇を潜り腕を肩に回させて固める。
傷口が消えても体力までは復活していないとのことだから、介助をしようという事だろう。
それより気になるのは、リーヴァイの手が女性の胸に当たっているような、いないような微妙な位置にあたるところだ。
自分の恋人でも何でもないのに、思わずムッとしてしまう。
リーヴァイは、回された自分の手を抜こうとする。
「しかし、私は、ルージュとまだ話が終えていない」
ミザは、表情を消した。
「大丈夫ですわ。全ては魔王さまの御心のままに。城で、ゆっくりとお話をすれば、宜しいのですわ。ルージュ様も支度が整いましたら、城へお戻りなさるでしょう。さぁ、リーヴァイ様をお運びして頂戴」
リーヴァイが頷く。
「わかった。ルージュ、先に行って待っているからな」
二人の女性隊員が、すっと立ち上がり、リーヴァイの両脇を抱え、魔法陣の中へ入って行く、と同時に姿が薄っすらと消えて行った。他の女性隊員も、次々と消えて最後に隊長であるミザともう一人の女性が残った。
リーヴァイが消えたのを見てから、親衛隊の隊長である、ミザは、ルージュを始めて見た。
ー登場人物ー
親衛隊長 ミザ
次回の更新は2017年9月4日8時を予定です。
追記
ー用語解説ー
薬布=薬、薬剤を塗ったり、染み込ませた布の事




