魔王と魔女、魔女と夢の青年
小屋に戻ると、ちょっと離れた草むらの繁みの中にダークブルーの髪がチラリと見えた。草むらをかき分けてみると、傷だらけのリーヴァイが倒れていた。
「な、何でこんな所に魔王様が…?!」
心臓が一瞬止まったかのように、大きく拍動した。
起きて、と呼び掛けて、意識があるかを確認すると、微かに目が開いた。
「……ぁあ、ルージュ無事だったか。……良かった……」
安堵して、また目が閉ざされて反応がなくなる。
リーヴァイの魔力が薄い被膜のような、頼りなさが出ていた。
普段は、とても強くて、ルージュが力一杯、崩そうとしても崩れる気配はない、そんな彼が、今は弱々しい薄い魔力でしかなく、傷を負っている。
ルージュは泣きそうになりながらも、ズルズルと引き摺って、自分のベッドへ何とか運びこむ。
秋からは、近付かない、遠ざけるよう、言われていたが、こんな状態のリーヴァイを放っておけなかった。
「リーヴァイ…、どうして?」
魔王戦で堂々と戦って勝利した彼に、逆らうような者はいない筈だ。
傷口を水で軽く流して布で受け止め、止血材を含ませた別の布で、大きめな傷を覆い被せた。包帯は意識がなかったので、手足なら兎も角、背中などに手が回らず巻けなかった。
怪我による熱が出ていたため、脱水を防ぐ為に、少しずつ、少しずつ口を湿らす程度、水に飲ませた。
「こんな時、お母様がいてくれたら……」
母は、治癒魔法と呼ばれる稀有な魔法の使い手だった。
魔族は自然治癒力が高い為なのか、魔族で治癒魔法を使える者はいない。人族でも、母以外で治癒を使う人を見た事がない。
傷が早く塞がる様に願いながら、出来る範囲の手当てをする。
それも漸く終わり、ルージュは母のベッドのシーツを取り替えて、そこへ潜り込んだ。
人の街などへ行って、帰って来たら魔王となった筈のリーヴァイが倒れていて、運ぶのも大変で、とてもとても疲れていたからか、ルージュにしては珍しく完全に意識を失い熟睡をしていた。
「…ルー…ジュ…、ルージュ…」
誰かが呼び掛けるまで、意識を失っていたらしい。
薄ぼんやりとそれを聞く。
「…好き…だ。お前を失いたくない」
夢、なのだろうか。
誰かの声に似ている気がした。
「…行くな。…私の…」
とても切なくて、甘い声で誰かが囁いた。
よく知ったような声で。
ぼんやりとした意識は、それを否定も肯定もしなかった。
その声はリーヴァイによく似ていた。
意識が浮上してくると、リーヴァイが眠っている筈の自分のベッドを確認した。そこでリーヴァイは、ルージュが寝る前の体勢と全く変わらず、動いてないようだった。
まだ未練があったのだろうか、無意識の願望なのだろうかと、ルージュは考えたくない事を振り払うかのように、頭を振って寝返りを打った。
半覚醒の状態で、夢の世界へと旅立つ。
そこはルージュの自由な世界だ。
本日は、月下の神殿で、一人白銀に輝く月を眺めていた。
呆けて溜息をつく。
煌々と光る月に照らされて、ルージュの睫毛に陰が出来る。
そこにルージュの意識は特になく、知らず、人から女神と言われるような、一枚の絵画に成り得る光景を作り出していた。
不意にそこへ、青年が降り立った。
「……。ルージュ?」
声を掛けるまでに間があった。
ルージュが意識を取り戻す。
「秋くん!?」
「今日はなかなか来なかったから、待ちわびたよ」
「ごめんなさい」
慌てて謝る少女は、女神から、人へ変化したかのように、途端に可愛らしい雰囲気へと変化する。
青年は思わず目を瞬かせた。
「さぁ、剣の稽古だ。…俺が迎えに行くまで、自分で自分の身を守らないとな。俺に勝てるなら、外を出歩いても大丈夫」
秋は、重そうな剣を渡す。
「う〜、それって、無理じゃないの?いつまで経っても秋くんに勝てる気がしないんだけど!?」
「大丈夫。もうすぐだ。本物のキミに会いに行ける…」
そういうと青年は、ルージュの頬を撫で微笑んだ。
その瞳は幾分、熱を帯びていたことに、ルージュは気が付かなかった。
次回の更新は2017年9月3日7時を予定です。




