幼子の冒険(前編)
後を追いかけてくる男性が、やたらと怖く感じて、ルージュは曲がり角すぐ近くの部屋に咄嗟に入った。
ため息を吐いて、ルージュは、辺りを見渡すと、そこにはふるふると震える者達がいた。
「こ、こんばんは。勝手に入ってごめんなさい。で、出来たらお姉さん、怖い男の人に、捕まらないように隠れたいんだけど、いいかな?」
ルージュが挨拶をすると、二人の子供がテーブルの下から、這い出てきた。
4、5才位だろうか。
金色の髪と、緑色の眼をしている。
「…こんばんは、お姉さんも隠れたいの?いいよ」
女の子がそう言った。
男の子は様子を伺っている。
すると、トントントンとノックが聞こえてきた。慌てて隠れる。
男の子が意を決して、開ける。
「どなたですか?」
「あぁ、これはすみません。もしや、公爵様のご子息ですか?ここに連れが来なかったでしょうか?まるで、天使のような女の子なんですが」
「知りません」
男の子がそう言うが、男性はずかずかと入り込んできた。
カーテンの膨らみを見て、男性がにやついた。
「あっ」
男の子が止めようとする。
「隠し事はいけませんな。それ、捕まえた」
カーテンごと抱きつこうとして、抱いた感触が無いので、男性は腕を緩めると、下の方で、幼女が飛び出て来た。
「ご、ご息女が、隠れていたのですか」
「おじさん、隠れんぼ、邪魔しちゃダメ」
女の子が、頰を膨れさせる。
男の子が、冷たい表情を作る。
「あまり勝手な事をされると困ります」
大人のような言葉を発する。
「申し訳ございません。この部屋には、いなかったようで」
そう言って、そそくさと出て行った。
「お姉さん、もういいよ?」
男の子がそう言うと、クローゼットを開けた。
「ありがとう、びっくりしたわ。あなた達は勇敢ね」
そうルージュが微笑むと、二人が照れ笑いをした。
「公爵様のご令息、ご令嬢なんだね。双子ちゃん?」
こくりと二人は頷く。
「…勇者様が来るって聞いて、見に来たの。でも、夜会には出ちゃダメだから」
あぁ、なるほど、とルージュは納得した。
「どうしても見たかったのね?」
ホールへは子供達の立ち入りが禁止されてるもの、どうしても勇者は見たかったのだろう。
子供が寝る時間はとうに過ぎている。
ホールへは行かずに勇者を見る方法として、勇者が庭園や廊下を通る可能性は高い。そこで、廊下の曲がり角で、死角になりやすい部屋に陣取っていたのだろう。
「匿ってくれたお礼に、勇者と会わせてあげようか?」
二人の顔が輝く。
「それでは、二人とも、ベッドへ移動してね。眠らないと会わせる事が出来ないの」
今、直接会わせる事が出来なくとも、夢の中なら可能だ。
「お姉さんは何者なの?」
「私はルージュ、夢を操る事が出来る魔女よ。勇者とは、お友達なの。二人は?」
「私は、マリンよ」
「僕は、マラン!」
些か、興奮して声が大きくなっている。
ルージュは、しーっと唇に、指を当てる。
「さぁ、見つからないようにベッドに戻らないとね」
そうして、深夜、子供達に勇者を紹介する。
夢の中の公爵邸、子供達の部屋の窓辺に立つ。
「こんばんは。マリン様にマラン様。約束通り紹介するわ、勇者の秋よ」
「ルージュを助けてくれたんだって? ありがとな」
秋が微笑むと、二人が照れ笑いを浮かべた。
「「どういたしまして」」
「さて折角だ。何かやりたい事とかあるか?」
秋がそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「夜の国に行きたいわ!」
「僕も」
秋が首を傾げる。
「夜の国って?」
「秋の世界で言う所の……、天国ね」
「お姉さん、天国は神様の住む所よ?、私が行きたいのは夜の国」
ルージュが困った顔をする。
「夜の国に連れて行くのはちょっと…、誰か会いたい人でもいるの?」
「パパよ」
マリンが明るく答える。
秋は公爵夫妻を思い出す。
「今邸にいるパパは?」
「新しいパパの事?」
マランが小首を、傾げた。
「…死別後に再婚って事か」
秋が小声で、呟く。
「夜の国に行き来出来るのは、昔から英雄とか、呼ばれてる人だけだもん。勇者さまなら、楽勝だね。パパに帰って来て欲しいの」
「勇者さまなら、夜の国の化け物が相手でも、きっと勝てるもんね」
秋が困った顔をルージュに向けた。
内心頭を抱える。
「パパを呼ぶ事は出来るわ。……多分だけど」
そう言うと、子供達は顔を喜ばせた。
「夢の中だからと言って、それは……」
秋が戸惑う。
「勇者さま、パパに会わせて」
「パパを連れて来て下さい」
そんなの二人の子供は勇者を見上げる。
秋はルージュを見る。
「連れて来るのは可能ね。ただし公爵邸に戻るのは、無理かな。パパには、パパの行くべき道があるの、今夜、会えても、また会えるとは限らないわ」
ルージュは出来るだけ、優しく言ったが、子供達に睨まれた。
「お姉さんの意地悪。パパが家に帰ってこないなんて」
「パパに会いたいよ」
秋が表情を変えて、二人に言う。
「今夜だけでも、会いたいなら、二人とも指令だ。家の中から、パパの名前とか、写真とか、パパの手掛かりになる物を探し出して来なさい」
マリンとマランが顔を見合わせ、「「ハイっ」」と勢いつけて返事をすると、子供部屋から、飛び出した。
二人の子供はまるで宝探しの冒険に出たかのようだ。
ー登場人物ー
幼女 マリン
幼児 マラン
次回の更新は2017年9月16日20時を予定です。