教会の陰
「秋くん、暫くの間、気持ちの整理が必要みたいだから。ちょっと距離を置いて貰える?」
勇者に拒否権はない。
聖王女の優しさで、勇者の家を出て、新たな地で新たな家を借りるという選択肢も増えたが、聖王女が秋を嫌いきれないのと一緒で、秋を嫌えず、かと言って、今まで通り堂々と接することが出来るかと言えば、微妙だった。
「ル、ルージュさん、いや、それは、ハイ」
秋が項垂れた。
気持ち、萎れて見える…演技かもしれないが。
ルージュの小さな恋心が傷付いたのは、確かだった。
願いとしては、人族と仲良く親愛が持てるようにとあったが、まさか、勇者がそれを阻んでいたとは思えなかったのだ。魔族では、リーヴァイが結界とはまた別の、何か見えない壁で魔人との関わりを阻んでいた気がするが。
しかし、好きになるように仕向けたは、大袈裟過ぎる気がする。きっと何かがあるのだ、とルージュは考えた。
(それは、私に言えない事なのね…)
「あぁ、でも貴女が予言の件で、色々と狙われて危ないのは確かだから、秋と一緒に行動を共にするのは、間違いではないわ」
聖王女が、真顔で言う。
「特に、教会の人間には気をつけることよ。過激派はどう動くか、わかったもんじゃないですわ」
王族と教会の関係は微妙なところで釣り合い、メアリーが聖王女と認定されたのも、王族しか使えない治癒魔法のおかげとか、いう話だった。
王族は、神の末裔であり、その名残りとして故に治癒魔法という稀有な力を使える者が、稀に生まれてくる…との事で、王族だからといって、確実に治癒魔法が使えるとは限らない。そして、血筋を尊ぶ民は人族に多く存在し、独自に力を得たい教会にとっては目障りなのだろう。
教会の信仰する"神"や"法"は、魔族と相容れず、差別意識が強いのが特徴だ。
人族は、神に選ばれた種族で、魔族と結婚するのは、混乱と秩序の崩壊を齎らすと、禁止している。
そして、混乱と秩序の破壊といった焦点は、前魔王と人間の子である、ルージュに向かっていた。
許されない存在だと。それと、予言でどう絡み合ったのかが不明だが、何かカラクリの一部を見た気がした。
ルージュは、魔族と人族の血を持って生まれた初めて認知された、初めての子だった。
長い歴史、魔族と人族が交わった事もあろうが、魔族の低出生率が、半人半魔の子供が出来難かった事の原因の一つだろう。
それ以外で世間体などを気にした親の隠匿や、子殺しなどもあったのかもしれない。産まれても信じられず、認めて貰えずに魔族として、人として育てられたのかもしれない。
「わかりました。色々とありがとうございます。メアリー様」
「メアリーで、良いですわ。何やら、貴女とは、親近感を感じますわ」
王族と教会の関係がこれ以上拗れることを避ける為、メアリーが直接、前魔王の娘であるルージュを王宮で保護する事が出来ないのだ。
前魔王の娘という事で、人族の領土で例えルージュが殺されたとしても、現魔王が個人的な感情から、軍を率いてまで攻めてくる事はないだろう。ルージュの夢見の能力では、混乱も、秩序の破壊も、考えられない。予言は手の込んだ教会の捏造なのだ。
メアリーと一部の人間はそう判断を下した。
メアリーを見送る為に、ルージュは外に出た。秋は、軽くショックを受けたためか、見送りに来る様子がなかった。
王宮の紋章入りの馬車に騎士がメアリーをエスコートすると、別の馬に騎乗した。
メアリーがルージュに小窓から手を振って見せ別れた。
家の中に戻ろうと、路地に背を向けると、声をかけられる。
「あの、今日は夜のご商売は、お休みでしょうか!?」
帽子を目深に被った、緑色の髪をしている純朴そうな青年が顔を赤くして、そう聞いてきた。
「夜のご商売?って……」
緑色の髪は魔人に多く、人間にしては、珍しく見ない色で、懐かしい。
服の身なりや、言葉遣いから、育ちはそう悪くなさそうだ。
ちょっとした良いところのお坊ちゃんという感じを受ける。
そこへ秋が出てくる。
「ナンパならお断りだ、夜の商売なんてやってない。以上だ」
グイッと、ルージュを自分の傍へ抱き寄せる。
呪いが無くなった為、現在触り放題である。
ルージュは勘違いをしていそうな秋を軽く叩く。
「ちょ、ちょっと待って。夜のご商売って、夢見のこと?」
「そうです。ここに珍しい商売があるって聞いて、…会いたい人物の夢が見られると聞いて、気になって来たところなんですが、今日はやってないんですか?」
青年の胸には、教会のシンボルの銀のペンダントが掛かっている。
ルージュは警戒心を抱きながらも、青年と話す事にした。
「今日は人と会う約束をしていたもので、今、その人が帰ったところなの。だから、話は今からでも聞きますけど、必ずしも依頼を受けたその夜に、望み通りの人と夢で逢えるとは限らないの。翌日の夜だったり、翌々日の夜だったり、眠りの状態にもよるわ。そして逢えても望み通りの受け答えをするかどうかも、別よ?」
そうして、青年をルージュの仕事用応接室に通した。
次回の更新は2017年9月12日16時を予定です。
次回以降、枝葉の話に入ります。
大筋に戻るのは、2017年9月20日24時(24話)投稿予定です。
ーこの作品での用語解説ー
魔族男性=魔人
魔族女性=魔人、魔女
魔王=魔人、魔族の頂点、魔王戦で決まる。