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第四話・武器商人の名を

 古い蛍光灯がボンヤリと周囲を照らす。落下防止用のフェンスから差し込む夕日に紅く彩られた立体駐車場の中段、だいたい三階ぐらいか。

 スモークガラスの内側から、白いハイエースにもたれ掛かる少女を観察する。

 駐車位置を示す平行に並べられた白線に上手く沿わないハイエースを見るに、あまり運転には慣れていないことがわかる。二十歳にもなるかどうかという少女ゆえ、運転技術について批評するのは酷というものだろう。


 太縁の眼鏡で飾った特徴のない顔に、緊張が浮かんでいるのが見てとれた。時折、周囲を見渡しては軽く白い息を吐く。

 既に駐車されていた、5mほど先の駐車位置にある黒塗りのセダンから観察されていることなど、夢にも思っていない緊張振りだった。

 これ以上、少女に気を揉ませるとゲルトルーデなる女が黙っていないかもな、と思い観察者の男――竜等 薫は動きだす。


『今日は新人の子がそっちへ行くけど、かすり傷の一つでも付けたら容赦しないからな!』

 取引先の構成員であるゲルトルーデが、電話口でほざいたのがそんなセリフだった。確かに、ゲルトルーデ以下『アドリアーナ・ルクヴルール』の面々を敵に回すのは得策ではないと、薫も理解していた。


 運転席と助手席に座っていた二人の部下を連れて歩く竜等 薫は、武器商人の組織でも幹部クラスの人物である。

 死の商人を主題とした映画の主人公ほどではないものの、日本の裏社会では名も知られ、西側はほぼ席捲していると言っても過言ではない勢力を持つ。

 あろうことか、そんな武器商人の組織に乗り込んできて、武器の取引を持ち掛けてきたのがマダリンとアントニエッタの両名であった。その一件で、薫の部下が大半は『アドリアーナ・ルクヴルール』の面々に対して及び腰になった。


 ちなみに、薫もその時に相当、こっぴどく痛めつけられたのは良い思いで――なわけがない。

 次に取引へ赴いてきたのがゲルトルーデだった。

 引き連れて行った部下を見て、ゲルトルーデが放った「ムサいのばっか……」という一言。それで舐められたと思った部下が、銃に手をかけた瞬間に病院送りにされたのは言うまでもない。

 続いてはエリックという名の東洋人らしき男。

 些細な不手際で、拳銃が注文よりも一丁だけ足りなかったことにキレたエリックが暴れ、危うく死人が出かけたのは今でもトラウマになっている。


 もはや、薫についてくるのは後を追従する二人の側近だけになった。

 そんな出来事があり、ここ最近は、取引の相手は車から降りずに行われる不気味な方法になった。金だけ手近なところに置いといてハイエースに武器を詰め込むだけ、という取引方法で穏便に終わる日が続く。

 それが、今日になって取引相手が姿を見せるようになったわけである。


「……あんたで間違いなさそうだな」

 当然、薫が訝しんで警戒するのも仕方ないことだ。

「あ……はい。漣 渚と申し上げます。本日は臨時で参りましたが、どうぞよろしくお願いします」

 丁寧にお辞儀しながら自己紹介する少女を見て、薫は確信する。

(ド素人だな)

 まず、裏社会の人間に本名を名乗るなどということはあり得ない。


「あぁ、よろしく」

 当たり障りなく返事をするが、どう観察しても荒事のできるタイプではない。

 いくら『アドリアーナ・ルクヴルール』なる人外達の後ろ盾があるからと言っても、報復や粛清の対象にならないという保証もない。しかも――油断こそできないものの―――見た目からしても眼前の少女が魔物である様子は見られない。


 無論、姿を偽っているだけの可能性はあったが、車内から観察する限りはその可能性も低い。後に控えた部下のうち、大柄で引き締まった筋肉を持つ肉体派の男が、わざと敵意を滲ませていても渚は気付く様子を見せなかった。怖くて顔を反らせているといった様子である。

「それで、これが商品だ。中身を確認するか?」

 肉体派の男が持っていたナイフケースと、もう一人の部下である小柄で細身の男から二つの弾薬ケースを受け取り、渚へと歩み寄る。


 僅かに警戒の色を強めたが、直ぐにそれを解いて手を差し出してくる。

「すみませんが、ルーデさんがどういう注文をしたのか伺っていないもので。少し、説明していただいて構いませんか?」

 薫に警戒したというよりも、初めて触れる大量のナイフや弾薬に怯えたという様子だ。

 取引する品の注文を伝えなかったのはゲルトルーデの怠慢か、それとも薫達が発注を誤魔化すなどと思っていないからか。いずれにせよ、素人の渚に対して商品の説明をするのは商売人の義務だろう。


「わかった。こっちが.50AE弾を100発。そしてこっちが5.56×45ミリ NATO弾で200発だ」

 二つの弾薬ケースを交互に持ち上げて簡単に説明する。

「こっちはナイフ一式だな。軍用ナイフからアーミーナイフまで、多種多様に揃えてる奴だぜ」

「えーと……」

 弾薬やナイフの名称だけでは、どうも腑に落ちない様子だった。


「こっちの.50AE弾はデザートイーグルのマグナム弾だ。で、もう一つが自動小銃に良く使われる一般的な銃弾」

「あぁ、なんとなくは……。ゲームの知識ぐらいしかありませんけど……」

 そんなもので良いだろう。数さえ間違えてなければ、代金を受け取っておさらばだ。

 渚と顔を合わせるのも、これが最初で最後なのだから。不気味でもなんでも、安全に取引できるのが一番だからである。


「銃で撃ち合うようなゲームもするのか。男がやるジャンルだと思っていたが、今はそうでもないのか」

 ゆえに、少しぐらい渚と世間話をしていくこうと思ったのも、単なる気まぐれだったのかもしれない。話題に応えてくれたことに、さっきまでの緊張はどこへやら、渚は目を輝かせて食いついてくる。

「それほど多いわけではないですけど、女性ユーザーも少なからずいますよ。私も、いくらかはFPSゲームやTPSゲームをやったことありますし、ボイスチャットでお話したこともあります」


「漣も、そういう武器が実際に振りまわしてみたかったからあいつらの仲間になったのか? 見たところ、荒事には慣れていない様子だが」

「銃火器の洗練されたフォルムとかは好きですし、映画とかで撃っているところを見てると心躍ります。けど、本来の目的はそうじゃなくて、守りたい約束があったからです……」

 聞いてはならないことを聞いただろうか。

 渚の表情が曇り、薫も思わず戸惑いを浮かべる。

「あ……いや、話したくないなら無理に話さなくても良い。人間の漣が、どうして魔物どもなんかに加担しているのか気になって聞いてみただけだ。俺達からしてみれば、敵味方、人間か魔物か、なんて括りはどうだって良いわけだからな」


 そう、武器商人など武器が売れてナンボの商売だ。戦争になれば、愛国心も善性も投げ捨てて様々な勢力に武器を売りつける。

「いえ、大丈夫ですよ。魔物と取引があるようでしたら、もしかしたら話して置いた方が人伝……魔物伝に広まるかもしれませんし」

「ほう?」

 なかなか面白いことを考えるな、と薫は感嘆の声を漏らす。


 何せ、借りてきた猫のように怯えていた渚が、今では薫を利用して目的のための宣伝を行おうなどとしているのだ。訪ねたのは薫なのだから、渚の思惑に乗ってやっても良かったのだろうが、彼とて一介の商売人なのである。

 只で利用されてやるほど甘くはない。


「それで、その約束って言うのは?」

「えぇ、昔、誰ともわからない魔物に出会ったことがあるんです。『例え人類の全てを敵に回したとしても、守ってみせるから』という約束です。可笑しいですよね?

 何の力もなかったはずの私が、自分なんかより恐ろしく強い魔物を守ってあげるなんて約束、普通は笑い話で終わるようなことなのに。それでも、私とその魔物とで、ちゃんと約束が成立してたんです」

「そ、そうか。そいつは、また……」

「やっぱり、可笑しいですよね?」

 渚の話を聞いて、薫はさらに驚嘆を大きく顔に出してしまう。渚には、呆れたようにしか見えなかったようだが。


 薫も、少なからず『アドリアーナ・ルクヴルール』の奴らから話は聞いていたので、大かたの予想はつく。渚が、魔物と関わったことにより記憶を消されたタイプの人間だということは、薫も察することができた。『記憶返り』であることも。

 約束を守るために人類さえ敵に回そうとする渚の覚悟もさることながら、もっと驚くべき事実がそこにあるからこその驚きであった。 


 魔物は『魔界』に住み、人間は『人間界』に住む。

 本来、魔物は『魔界』から自らの力で『人間界』に自らの意思で赴くことはほぼ不可能。逆に人間が『人間界』から『魔界』へ赴くことも原則的に不可能である。

 前者については、マダリンぐらいの『魔界』の序列上位であれば、魔法とマナを酷使すれば『人間界』へ『道』を開いて移動を可能にできなくはない。後者においては、『魔界』の序列上位の魔物が開いた『道』を使って入り込むぐらいしか、薫が知る限り手段はないはずだ。

 ならば、なぜ『人間界』には予想以上の魔物たちが隠れ潜んでいるのか。それには三つの方法が確立されているからだ。


 第一に、『人間界』へ無理やりやってきた序列上位の魔物が『契約』を結んで引きずり込むという手段。これは、ゲルトルーデのようなマダリンの部下達に言える。

 第二に、魔法やマナによる創作物(自然発生)――アントニエッタやヒースコート――であったり、仮の話でマダリンが人間を眷族の吸血鬼にしてしまう場合である。

 第三に、これが最も一般的ではあるが、人間が『契約』により魔物を『人間界』に呼び出してしまう形である。魔物によって伝えられた魔法によって、人間が彼らをこちらの世界に呼び出してしまうというのは、娯楽作品に見られる想像の話のようではあるが実際に可能なのだ。


 黒魔術や召喚魔術、悪魔との契約など手を変え品を変え、魔物がそうするように仕向けて人間たちに広まっていることが間々ありえる。大抵、そういう手段を用いると、呼び出した愚か者達は身を滅ぼす羽目になるのだが。

 これらを鑑みても、『契約』は対等ではないのだ。


 第一、第二の手段では、まず術者自身より序列上位の魔物を引きずりこむことはできないし、作りだした時点での力量も劣ってくる。自然発生する場合に限っては状況や状態によりけりだが、『人間界』ではよっぽどでなければ上位の存在が生まれる土壌がない。平凡な人間には見えない程度の、低級な存在ばかりだろう。


 第三の手段だと、まず術者の力量に合わない魔物を呼び出そうとすれば多大な代償を支払うことになる。魔物が楽をして『人間界』へとやってくるための手段のはずなのに、だ。

 魔法の才能がある人間一人で呼び出せるのは、対象の魔物が気まぐれでも起こさない限りは、序列500位に足らないのが精々と言ったところである。ちなみに、『アドリアーナ・ルクヴルール』のマダリン配下はいずれとも150~350位ぐらいに位置している。


 序列3位のマダリンでさえ、その程度が精いっぱいなのだからどれだけ『契約』が対等でないのかがわかるはずだ。これは魔法による『契約』に限らず、まず魔物は対等な取引をしない。

 ここまで説明を聞いて、聡明な者ならば渚が如何に出鱈目なことをしたのか分かってくるのではないだろうか。


(可笑しくはないが、ある意味で出鱈目なことなのは間違いないな……)

「どうか、しましたか?」

「いや、何でもない……。事情は大体、把握した。約束の話以外に手がかりがないようなら、確かにいろいろな魔物に振れ回った方が見つかりやすいだろう。ただ……」

 渚と約束をした魔物が今でも生きていたなら、という言葉を薫は飲み込む。


「まぁ、興味深い話だし、俺も協力してやるよ」

 薫は誤魔化しながら、渚に利用されてやろうと決める。

 後に控えていた部下二名も、上手くいく可能性がないことを察している様子であったが、目くばせして黙っておくように促す。


 大体、約束などというほぼ対等な『契約』を人間と結ぶ魔物が、今でも無事に生きているとは思えない。ましてや、渚は日本政府なりに記憶を消されているのだから、その時点で魔物が討伐されている可能性の方が大きいのだ。仮に生きているとして、約束を守れなかった渚が今現在、無事でここにいることが現実的ではない。


「ありがとうございます! それでは、何かお礼を用意しておかないといけませんね」

 新たな協力者を得られて、渚が満面の笑みを浮かべた。

「あ、あぁ、そうだな。商売のついでとは言え、只ってわけにもいかないし……追々、簡単にでもお礼を貰うか」

 成り行きとは言え、まさか別の仕事を請け負うことになるとは思っていなかった。

 ついつい同情的になってしまっただけなのか。

(同情? いや、違うな……。出鱈目にも思える約束の話だったり、漣 渚って娘はそう言う奴ってことか……)

 マダリン達が、なぜ『アドリアーナ・ルクヴルール』へ渚を加えたのかわからないが、薫は目の前の少女に興味深くも恐ろしい化け物を見ることとなる。


「では、今は携帯が壊れているので、連絡先のメモをいただけませんか?」

「それなら、お仲間に聞きな。まぁ、漣に教えると、どこでポロッと漏らすか分かったもんじゃないけどな」

「あ、酷い……。私って、そんなにドジに見えますか?」

 二人の間で契約がなされ、ついつい知り合い感覚になってしまう。


「さて、ね。ただ、あんまり頼り甲斐があるようには見えないな」

「そ、それは……私だってまだまだ新人ですし、荒事なんて一切やったこともありませんから……」

「俺だって裏の社会で生きる人間だ。迂闊に身元がばれるような情報をくれてやったりしない。漣も気をつけろよ」

 拗ねるようなそぶりの渚にそう言って、だけど、と言葉を続ける薫。


「名前ぐらいは教えてやるよ。俺は竜等 薫。ドラゴンの竜に等しいと書いて竜等、立ち込める方の薫だ。ガキ相手にファミリーネームで呼ぶのは似合わねぇし、これから渚って呼ぶわ」

 呼び合うのに不便だから、と言い訳を自分にしながら名前を名乗る。

「竜等さん、ですね。どうぞ、よろしくお願いします」

「あぁ、よろしく。それじゃ、長話しちまったし商品の確認をして、代金をいただくとしますかね」

 まだ顔を合わせてから10分程度だが、次の取引が入っているのでこれ以上は駄弁っているわけにもいかない。


「.50AE弾はターゲットで。5.56×45ミリ NATO弾が200発の確認を頼む」

「ゴー点ゴーロクミリメートルの方は、一般的なアサルトライフルに使われてる弾だって言うのはわかるんですが。ターゲットってなんでしょう?」

「えっと、いわばフルメタルジャケット弾だな。対人への殺傷力より貫通力を優先された弾のことだよ」

「なるほど。卵のロボット相手をすることの方が多いからかな」

 ゲームをしているだけあって、やはりある程度は直ぐにのみ込んでいけるようだ。

 まさか、既に卵型ロボットと出会っているとは思わなかったが。


「はい、確かに100発と200発、確認しました。それで、こちらがナイフですね」

「そっちは刃の状態を確認してくれれば良い。代金は50万円だ」

「はい。というか、意外とお安いんですね? 数百万とか、それぐらいするのかと思っていました」

 実は意外なぐらい、弾薬というのは安い。

 弾薬の代金が、.50AE弾100発で14000円程度、5.56×45mm NATO弾も200発で14000円、残りがコンバットナイフ二本およびアーミーナイフ他のセットといったところである。

 ただし、これらの武器や弾薬を裏で売捌くには様々な手を回さないといけないため、手数料や手間賃の方が高くつくことの方が多い。火器においても同じことが言え、そういった品物が混じればもっと金額は高くなる。


 扱っている火器も現代においては旧世代の商品ばかりで、最新式の火器などよっぽどのお得意さんが注文でもしてこない限り、取引することなどない。ただ、AK-47カラシニコフなどの旧世代火器は、構造上の単純さから素人にも取り扱いがし易いなどの利点もある。

 トカレフTT-1930辺りは、日本国内にも眠っていることがあるためかなり抜け道が多いのだが、やはり安全性や保存状態のピンキリから玄人には倦厭されがちである。


「毎度どうも。さぁ、とっととおさらばした方が身のためだぜ。さすがに公安の目は搔い潜ってるだろうけど、敵は大勢いるんだからな」

「ありがとうございました。見つからないように気をつけて運びます」

「あぁ」

 もはや渚から緊張は抜けており、使命に燃える顔をしている。


 これならば大丈夫だろう、と薫は別れを告げて次の取引先へと向かうことにする。

「次は犬コロとの取引か。見わけがつかないから困るんだよな、あいつらは」

 渚に見送られながら、小さくぼやく。


「頑張って行ってらっしゃい」

 それでも、渚に背中を押されると嫌な気分もどこかへ行ってしまう。こんな世界の裏事情に踏み込んでいなければ、割と良い家庭を築けるのではないだろうか。


 黒塗りのセダンに乗り込んだところで、渚の乗ったハイエースも走りだして立体駐車場の階下へと消えた。慣れない感じのもたもたとした運転技術が微笑ましい半面、どこかで事故を起こさないことを心から祈る。

 セダンを小柄な方の部下が走らせ始めたところで、珍しく薫の方から連絡を入れた。あの生意気な女、ゲルトルーデに。

 何でもない、ちょっとしたお願いをするためにである。

魔物は対等な『契約』をしない。

ここ重要です。

テストに出ますよ。

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