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§

「もしもし、エッタか? ちょうど良いところだったぜ。急で申し訳ないけど、新しく入った奴にお前を紹介したかったところだ」

「もしかして、さっき話していた最後の方ですか?」

「あぁ、噂をすれなんとやらだな。スピーカーフォンにするから、簡単にでも挨拶しておいてくれ」

 軽快にステップしながら元の位置に戻ってきて、通話方法を切り替えながら携帯電話をヒースの机の上に置く。足取りがさっきのBGMと同じリズムであるところを見ると、ルーデのお気に入りの音楽のようだ。


『もしもし。このような形での挨拶、失礼いたします。正式にはまた後日となりますが、アントニエッタと申し上げます。以後、お見知り置きを』

「初めまして、漣 渚と言います。よろしくお願いします、アントニエッタさん」

 電話口から聞こえてくるのは、音域がデジタル処理された波長の中ですら明瞭に響き渡る力強くも澄みきった女声。マダリンとはまた違った透明感を持ち、それでいてどこか同じものを感じられた。

 アントニエッタもマダリンと同様にヴァンパイアなのかと考えたところで、続く彼女の言葉にその理由を察する。


『私は、我が御身たるマダリン様に創造していただいた自動人形(オートマータ)にございます。御方に認められし魔の者なれば、我の使い手も同じ。エッタと気安くお呼びください』

 電話の向こうなど伺い知れないが、きっと深々とカーテシーなどしているに違いない。

 仰々しい挨拶に渚は気遅れしながら、自分が人間であることを伝えるか迷う。

 その礼儀正しい所作と名乗りから推測するに、マダリンが作りだした一種の使い魔のようなものだと思われる。


「……えっと」

 例え創造主たるマダリンに入社を許可されたとは言え、エッタが人間である渚を認めるかどうかは別の話である。

 ルーデを横目に一瞥すると、彼女は渚の心中を察してウィンクを返す。


「その……私は、人間です」

『……』

 ルーデのお墨付きかと思えば、長い沈黙が場を支配する。

 やはり無理だったか、と渚は自身の迂闊さを呪った。


『詳細はまた後で伺うといたしましょう』

 返ってきた台詞の言外に、「本当に認めるかどうかはこの目で見てからにします」と言わんばかりの重圧があった。


「それにしてもエッタ、昨日から帰ってきてないみたいだけど、何かあったのか?」

 話題を変えようと気を遣い、ルーデが訪ねる。


『いえ、些末(さまつ)なことでございます。ルーデ様が退避なされた後、十体のEBF-3Gと戦闘する羽目になったのです。ルーデ様を追った五体は無事に処理なされたようですね』

「EBF-3Gって?」

 聞き慣れない文字列に、渚もエッタに尋ねた。


『エッガーバトルフォート3世代機(Egger Battle Forte-3 Generation)のことございます』

「昨日、私が壊したロボットがそんな機体名だったっけ? まぁ、ご苦労さん」

 どうやら、無人戦闘用機械というのは通称のようで、ちゃんとした機体名があったようだ。

 エッガーというのは。製作者の名前というよりは見た目から来ていると推測される。

 直訳すると『戦い専門の卵の人』になるのだろうか。


『例え有象無象の数百体が相手でも、マダリン様が創造してくださった我が敗北することなどありえませんが……流石に、骨が折れました』

 相当の自信があるようだ。

 ルーデも三体程度に手をこまねいていたようだが、エッタの証言からして実は余力を残していた様子。正しくは、手を抜いていた、だ。

 渚は恨めしそうにルーデを見据える。


「ハ、ハハハ……負傷してるようなら、姉さんに直してもらうよう伝えておかないとな」

 渚に睨まれ、ルーデは誤魔化すようにして電話を切ろうとする。

『……いえ、慣用表現としてですが? 半獣状態のルーデ様なら五体のEBF-3G程度ならば骨を折るほどではなかったかと思います。しかし、こちらは小銃と拳銃しかなく、最後はナイフと素手による近接戦闘でしたので』

「わかってるよ、それぐらい……。半分も力を出すと後で反動がキツイんだから、勘弁してくれ」


 どうやらエッタはその忠誠心と理論的な思考ゆえに、ジョークやユーモアを解さない通称KY(空気読めない)であるようだ。その逆、スライム君などは、再び身じろぎすることで渚のルーデへの追及を阻止する。

「ら、リャメェ……ッ」

 ルーデの方がよっぽど、スライム君を飼いならしている。

 なんとか口を塞いで声を抑えたため、エッタには正確に聞こえなかったようである。


『……? 別に非難しているわけではございませんが……そのように聞こえたのでしたら失礼いたしました』

 怪訝そうな沈黙の後、エッタがルーデに弁解を加える。


「まぁ、良いよ、わかってるから。じゃあ、もう切るよ」

『あぁ、失礼ついでに申し訳ありませんが、銃弾とナイフを補充しておいていただけると助かります』

「うん、いつものだな? じゃあな」

 最後にいくらかのやりとりを終えて、通話を切る。


「というわけだ、ナギサ。悪いけど、買い物はまた今度にして、別の買い物に行かなきゃならなくなった」

「い、いえ……それは構いませんけど……。それじゃあ、私は何をしていましょうか……?」

 買い物の内容が殺伐としているのに、ルーデに至っては近所のスーパーに食材を買いに行こう、ぐらいの気楽さである。

 流石にそんな買い物に付き合えるとは思っていない渚は、他人事のように自分のできそうな仕事を思案し始める。


「それで、急で悪いんだが、ナギサにお願いしたい」

 他人事では済まなかった。

 たぶん、今の渚は「死地に赴け」と命令された新兵のような顔をしているに違いない。

 たっぷり1分はルーデ上官を見据えた後、錆付いた扉の如く鈍い首を横に向け、手が空いているであろうエリック上官に視線を移す。しかし、両上官とも気まずそうな表情をする。


「いつもならヒースとスライム君に頼むんだけどさ……。今、ヒースはあんな状態だろ? スライム君はナギサのことが気に入ってるみたいで離れようとしないし」

「俺やルーデだと、取引相手の旦那とはどうも反りが合わくてな。大概、小さな諍いを起こして戻ってくる」


 取引相手がどんな人物かは知らないが、二人の態度から渚が首を縦に振らねばならないのは確実のようだった。

 まさか、入社直ぐの仕事が違法な品の取引になるなど、ブラック企業も真っ青の仕事内容である。黒いのにブルーとはこれいかに。

 諍いがあってもまだ取引を続けている辺り、この業界は代わりが利かないほどの小規模なのだろう。


「だ、大丈夫だって……! 貰うもの貰って、渡すもの渡せば向こうもナギサに危害を加えるようなことはしないから! それに、スライム君ならナギサのことをちゃんと守ってくれるからさ!」

「……わかりました」

 ルーデから必死の説得を受け、恐々と首を縦に振ることとなった。もちろん、スライム君のことはそんなに信用していない。


「助かる! はい、これ車の鍵だ。表口から出て、通りに沿って右へ向かえば月極めの駐車場があるから、白いハイエースがウチの車」

 ヒースの机の引き出しから取り出された鍵を受け取り、マダリンの質問の意図を察する。

 たぶん、今まではヒースが車の操作を行い、スライム君が運転席でダミー人形をやっていたのだろう。魔物であるルーデ含む全員が戸籍などあろうはずもなく、運転免許の取得ができなかったのである。

 車だって、正式な手続きを踏んで購入したものかも怪しい。


「盗難車とかじゃないですよね……?」

「それは問題ない。スクラップになり掛けてた車から色々と部品をいただいて、ヒースとスライム君、それとエッタが立派に使えるよう仕上げてくれた奴だから」

 満面の笑みで親指を立てられても、それはそれで不安だった。

 言わずもがな、廃品であろうと物によっては窃盗罪に当たるので良い子は真似してはいけない。


「取引に必要なものはこれと、これ。向こうで少し待つことになるかもしれないけど、今から旦那にゃこっちから品物の注文入れておくよ」

 取引場所の地図と、頬を叩けてしまいそうな分厚い札束の入った封筒を受け取る。そして、渚は重い足取りで雑居ビルを出て行った。

 願わくば、無事に我が家へ帰れることを祈って――白のハイエースに乗り込んだ。

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