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§

「これは……?」

 どこのご家庭にも一つぐらいはある、子供部屋に置かれているシステム性と実用性を兼ね揃えた木製の机だ。

 机の上に置かれた2台のパーソナルコンピュータには古めかしいドット映像が映し出されており、何らかのレトロゲームであることが伺える。

 一方にキャラクターが映っている。

 黄色い円形を八等分して、1を抜きとったキャラクターが愛らしくも憎たらしさを感じさせるカラフルな生命体。それを避けて、チェリーかなにか、餌らしき物体を食べて行くゲームだ。

 もう一方は、タコとも呼べない不思議生物を『凸』が弾を打ち出して倒していくゲーム。

 いずれとも、一見する限りは簡単そうに見える。画面上のゲームも、なかなか順調に進んで行っている。

 しかし、ゲームというのはプレイヤがいなければ進行しないものだ。が、どこを見渡しても椅子に誰かが座っている様子はない。


(うーん……? デモシーンなのかな?)

 そう考えたところで、フッとソレに気づいた。

 パクパクと円の欠けた部分を開閉して進んでいく黄色いキャラクターに目を奪われていた所為で、画面の隅にいた四頭身のマスコットめいた存在が死角に追いやられていたのだ。金髪碧眼で少年くらいの人の姿をしており、何やら小さな吹き出しを出し入れする。


『僕はヒースコート』

『ヒースって呼んで良いよ』

『死霊種のポルターガイストだ』

『騒霊とも呼ぶかな』

『今、プログラムのセキュリティ突破中でこんな形でしか挨拶できないけどね』

『何か質問があれば、キーボードで入力して』

 吹き出しでそう伝え終えると、ブラウザの検索欄と近しいものが出てくる。

 渚は逡巡する。

 まくし立てるかのように唐突な挨拶と自己紹介をされ、「質問は?」などと聞かれても困るというものだ。


「え、えっと……、私は漣 渚です……。渚って呼んでください……。ルーデさんから聞いているかもしれませんが、人間です」

 とりあえず、聞こえているのかわからないものの、ちゃんと自己紹介をしておく。

 反応がないところを見ると、やはり渚の声は届いていないのだろう。

 マイクどころかそれらしいインターフェイスすらないのだから、こちらの声を届ける手段はないのかもしれない。


「何だ。ヒースはまだ手間取ってるのか? せっかくの新人ちゃんなのに、無粋な奴だな。ナギサ、何かヒースが答えにくい質問をしちゃえ」

 ルーデが悪態を吐く。

 さらにハードルが上がった。

 そして、しばし思考した後、渚は机にあったキーボードでブラインドタッチ入力していく。


「……『お前を消す方法』と」

『答えないからね!』

『というか、いきなりそれ!?』

『カイル君並の扱い!?』

 エンターキーを押すか否かというところで、怒涛のツッコミが飛んでくる。

 某ソフトのイルカのマスコットも何度となく言われたことだ。


「テヘ。つい」

 珍しく出たお茶目に、渚は頬に人差し指を添えて、舌をチロリと出しながらとぼけてみせる。

 背後ではルーデがサムズアップをしていた。


『まったく……』

『はい、今度はちゃんとした質問をお願い……』

 流石にこれ以上、ふざけた質問をすると怒り出しかねないので、渚はまともな質問を考える。


「『今やってるのは、ヒースさんの仕事? どんな仕事なんですか?』かな」

『僕は技術工作担当だよ』

『ルーデやエリックのような潜入担当のサポートをする裏方だね』

『昨日、ルーデ達が盗ってきた機密資料のセキュリティを突破しているところさ』

 どういう仕組みなのかはわからないが、やっていることは理解できた。


「『何でレトロゲームのプレイ画面?』」

『ルーデが、何をやってるのかさっぱり分からない、なんて文句を言うからね』

『その所為で、普通にやるより処理の負荷が大きくなっていて大変なんだけど……』

 確かに、プログラムの画面を出されても素人にはさっぱりだろう。

 学校でプログラミングの授業を受けている渚でさえ、ハッキング中のプログラム全てを理解することなど至難のことである。


「『ヒースさんって凄いんですね。私でも、できるでしょうか?』……格好良いんじゃないか、とか思ってませんから……」

 質問をしつつ、渚が一人ごちる。

 情報工学に携わる者として、ハッキングというのはある種の憧れてはいけない憧れだったりする。ハッキングというのは、言ってしまえば情報を扱う者の高み。


「ナギサって、実は割と厨二び――」

「フニャァッ!」

 とても小さく呟いたつもりだったが、ルーデの聴力は誤魔化せなかったようで、オタクの代名詞を言われそうになって慌てふためく。

 ルーデの言葉を遮るようにキーボードをクラッシュする勢いで叩く。


「?」

 エリックは何事かと頭を捻った。

 ルーデに至っては、渚の隠れた一面を見られたことに至極ご満悦といった様子だ。

 ヒースは、急に滅茶苦茶な文書が打ちこまれたことに驚いている。今のヒースにとって、文字こそが話声であり、急激な文字入力は奇声を発されたのと同じようになるらしい。


『ちょっと、いきなりなんだよ……』

「『何でもない!』」

『はぁ……?』

『まぁ、良いや』

『えっと、誉めても何も出せないよ』

『渚だって、頑張って勉強すればできないことはないんじゃないかな?』

『ここまでできるのは、僕だからこそってところもあるけど』


「『それは、ポルターガイストという魔物だからできるってことですか?』」

『そうだね』

『物質へ干渉して自在に操るという特性を持っているけど、それは単なる運動に関してのみなんだ』

『けど、こっちへ来てからこの世界――人間界の電子機器を弄り回していた僕だけが習得した新しい特性さ』

 どうやら、全てのポルターガイストがヒースのようなことをできるわけではないらしい。

 そして、もう一つ、渚の興味を引く単語が出てくる。


『パソコン内に宿るのは難しくはないけど、魔法と電子をどう混ぜ合わせれば良いかなんて、一朝一夕で身につけられるもんじゃないからね』

 そう、魔物などというファンタジックな存在がいるのだから、俗にいう『魔法』や『魔術』が存在していてもおかしくはない。現に、『人払いの結界』とやらも魔法の一種だと推測できる。


「『魔法というのは、頑張れば私にも身につけられるんですか?』」

 今まで以上に、渚が真剣になり始める。

 自分のできることを探すため、渚なりに努力がしたかった。渚が忘れていた約束を守るには、今はまだ何もかもが足りていないのだ。

 昨夜の一件から鑑みても、人間の平均的な運動能力では生き残れない。


 ルーデのような人外の俊足など訓練で得られる代物ではないし、ヒースみたいな生物を超えた特性に至っては論外であろう。

 エリックがいかような能力に特化しているかはわからないものの、渚如きではたどり着けない何かしらの能力であるはずだ。

 だから、もし魔法を身につけられるならば、少しでも生き残る術となる。無論、この会社で、会社の皆の役に立ちたいという思いもある。


『無理だね』

 返ってきた答えは、無情なものだった。

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