その5 ネットワーク・オムニバス←New
「『ソースは? そんなニュース見当たらない。嘘乙ダブリュダブリュダブリュ』と」
ケイが、キーボードを叩きながら画面の文字を読み上げた。
行きつけのオカルト掲示板への書き込みである。
「ケイ、今のは何だい?」
居候の鉄塊ことポチが聞いてくる。
別に、読み上げたこと自体に意味があったわけではない。言葉にしてみることで伝わるニュアンスというものがある。
「情報を出し渋るので、少し煽って上げただけですよ」
「もっと丁寧に聞けば良いものを……」
ポチは、ロボットのクセにため息を吐く仕草をする。
「丁重に伺いますと、どうしても話を整理してしまうのです。こうやって感情的にさせることで、見たことをありのまま話させる効果がでます」
リアルな情報を求めるケイらしい手法だ。
しかし、当然ながらそれに伴うリスクはある。相手のヘイトが溜まる。
匿名による噂の共有が目的であるものの、時には住んでいる都道府県市町村くらいまでなら話してしまうこともある。
報復の可能性が無いとも限らない。
「ケイ、どうして君が今でも生きているのか不思議だ」
ポチはさらに呆れを深めて、言う。
侮蔑ではなく、友人同士の軽口に近い気安さがある。だから、事もなげにケイは答えた。
「もしかしたら、私は不死身なのかもしれませんよ?」
そうこうしている間に、ブラウザ画面が更新される。
この短い間に二つ三つの書き込みが付いていた。
「それは良い気がしないな」
「私はルンルンですね」
冗談がわからない、といった様子ではない。機械製品ゆえの不理解だろうか。
ケイが彼もしくは彼女と一緒に暮らし始めて一ヶ月以上が経過した。
声の抑揚などは機械音声のそれと変わらないが、そこそこニュアンスを読み取ることはできるようになった。
「そう言わず、こっちを手伝ってくださいよ」
「ワタクシはゲームに夢中なのだけれど? あッ……」
助けを請うてみたら、ポチに断られてしまう。しかし、ゲーム開始直ぐに銃弾で操作キャラクターが倒れた。
ロボットがパソコンで戦争ゲームをしているという光景は正しいのか、という疑問はさて置く。
「『ナギサ氏、申し訳ない。後は任せたよ』っと」
自身をパソコンにつなぐことで、あらゆるインタフェイスの役割を果たすのだから、便利な同居人である。
手が空いたポチも加わり、ケイは書き込みを整理して一つの物語を組み立てて行った。
なお、それが真に正しいか否かは不問とする。
§
ケイが追っている事件に置いて、主体となる人物がいる。
それが、喫茶店でくつろぐドレス姿の彼ないしは彼女だ。
黒髪のロングヘアーを手で少し抑えて、白さの残る唇でコーヒーを啜る。物腰は柔らかに見えるものの、正面を見据える目つきは鋭い。
「お話って何さ、局長さん?」
対面に座るメガネの男性に、黒ドレスの君は訪ねた。酷くハスキーな声。
性別に悩んだのは、口調や声音が女性らしく無いからである。
局長、と呼ばれた男性はスーツ姿のため、黒ドレスとの温度差が酷い。カチューシャ等の髪飾りで誇張された見た目は、いわゆる現代的なゴシックロリータと呼ばれるファッションだった。
「……アナタの実力を当局に貸していただきたい」
高校生にもなるか否かという黒ドレスを前に、局長は緊張した面持ちで答えた。
見た目と組み合わせ、温度差、それらの奇抜さはアレだが会話内容そのものは引き抜きorスカウトだ。
次第に彼らへの興味も少なくなってくるはずだった。
「惰性でヤるのも飽きてはいたけど、あんたらが俺なんかを雇うメリットが無いだろ」
「新任の僕を含めて、大事な局面を迎えていてね。君を野放しにするくらいなら、仕事を任せた方が安全だと思ったのだけど」
話は牽制の時点で剣呑さを膨らませた。
「クククッ! 平たく言えば、俺に首輪を付けて飼いたいってことか!」
黒ドレスの不敵な笑いが店内に響いた。
それには局長も戸惑い物静かな顔を歪めた。
「良いよ。あんたらと追いかけっこで遊ぶのはデメリットが大きい。ただし、クソの片付けは飼い主の仕事だよな?」
「こ、こんなところで口が悪いですよ……! たくッ!」
局長は立ち上がり、黒ドレスを引っ張るようにして店を駆け出して行った。
§
次に黒ドレスの姿が目撃されたのは、冬最後の寒波がやってくる睦月が終わり頃。
丁度、ケイの住む県の中東部であった。位置で言えば、ポチを拾った森から少し離れているくらいだ。
車通りの多い旧主道を歩いている姿が見られている。主要な都市へと道すがら、気まぐれに歩いてみようと思ったのだろうか。
「チッ……これなら乗せていって貰うんだったぜ」
そう独りごちるのを聞くに、目的地が思いの外遠かったようだ。
ほとんど田舎と評しても良いような町であるため、黒ドレスの姿は異様に目立った。それでも、ここらでは珍しい奇妙な出で立ちと、野性味のある所作の為か誰もが声をかけない。
決して遠くない位置から様子を伺っていて、黒ドレスがそれなりに強い香水を漂わせていることも、性別に関する疑念を抱かせた。
そんな黒ドレスが、道中で出会った女性に声を掛けた。
「おねーさん、俺と遊ばない?」
これまたこの辺りでは目立つ、金髪の女性だった。
「これはこれは……。遊んで差し上げたいのは山々だけど、見たところおねーさんが警察と遊ぶことになりそうなんだよね?」
金髪美女の言分は最もである。
しかし、黒ドレスも身分証を取り出して食い下がる。
「大丈夫、俺はちゃんと成人だから」
「マジか! よーし、どこで何をして遊ぶんだ?」
金髪美女もさすがに驚きのようだ。
それでも直ぐに飲み込む。
黒ドレスと金髪美女は伴って歩く。
「まどろっこしいことは嫌いだ。直ぐにでも一戦交えたいところだね」
「オッケー。私もあまり回りくどいのは好きじゃないからッ」
白昼堂々とそんな会話をしながら、大通から外れた裏手へと入っていく。辿り着いたのは、直ぐ側にあった大人用の休憩所だった。
当然、受付をしてラブラブモード。曰く、世界的大損失だと。
中には、黒ドレスと金髪美女の行為に聞き耳を立てた者までいる。
「わざわざ準備なんていらないだろ? さぁ、始めようよ」
「ハハハッ……。立派な一物をお持ちで……」
どうやら、金髪美女は大きな勘違いをしていたらしい。
だが、だからと言って誰がこの状況を止めに入れただろう。
黒ドレスが襲いかかる寸前、窓ガラスの割れる音が響き渡った。
裏通りの農道に居た者――僅か二名だけだ――が、その様子を見ていた。
電灯に照らされた黒い人影が窓から転げ落ち、もう一つの影は壁を蹴ってお城を模している休憩所の屋根へと登って行った。
「お、おいおい……。生きてるかー……?」
屋根の上から金髪美女の声が聞こえたと思う。
落ちたのは、たぶん黒ドレスだ。
金髪美女が心配するのもわかる。落下したのは三階だ。頭から。
「痛いに決まってんだろ、ド畜生ッ」
はっきりと返事ができるのだから、実は十分にクッションがあったのかもしれない。
「ちょっとそこで待ってやがれ。今直ぐぶっとばしに行ってやる!」
「遠慮願いたいね!」
そう言って、起き上がったのであろう黒ドレスが金髪美女を追いかけ始める。
脇差と呼ばれる刀剣を手に、壁に垂れる雨樋を登る。
生憎と周囲に休憩所と同じ高さの建物がない。なので、どちらかが登ればもう一方がくる。
もう一方が降りれば、道路を走って追いかける。大通り側に出れば、人目を気にして黒ドレスが追ってこないと思ったのだろうか。
「クソッ! しつこい!」
「ちょこまか逃げるんじゃねぇ! もう一太刀いれりゃ、動けなくなるかい!」
金髪美女は足に自信があるようだが、先の争いで腹部にダメージを負っていて本領が発揮できないようだ。
だからこそ、両者は対等に追いかけっ子ができたのだろう。
「うらぁ! 死ね!」
「それ無理!」
金髪美女の目を見張るような走力もさることながら、黒ドレスの追撃も劣ってはいない。
逃げる相手に間合いを詰めて、決して長くはない脇差を繰り出す。
寸でのところで、駐車場と歩道を仕切るフェンスへ飛び乗る。脇差が通り過ぎるのを見計らう。
フェンスを掴んだまま後ろ飛び蹴り。
「クッ!」
黒ドレスは上体を後ろに反らせて避けた。すかさず手を離す金髪美女。
「おまっ……」
どういう目的かなど簡単にわかる。
黒ドレスの憎々しげな表情とは真逆に、金髪美女が愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
しかし、黒ドレスも負けてはいない。上体を更に反らせ、脇差を離してアスファルトに手を着く。
ブリッジの体勢だが、少し弛ませてある。
なんと、そこから腕と脚と腹のバネだけで金髪美女を打ち上げたのだ。間髪入れず横腹に蹴り。
「ガッ、バカッ!」
そこそこダメージを与えたのは確かだ。
しかし、その質量差は如何ともし難い。
金髪美女は道側へと転がり、小柄な黒ドレスは車道側へと転がる。無論、突如として転がってきた物体に、車はそうそう簡単に止まってくれない。
それが大型のトラックであればなおさら。
「おいおい……流石に死んだろ」
命を狙われた側が心配する道理も無い。当然、救急車なども呼ばずに立ち去る。
曰く――「せっかくの旅行が台無し。噂に聞いた旅館へ行っておけば良かったわ」とのことだ。
よほどの惨状だったのだろう。
それらの事件はお昼のワイドショーを賑わすこともなく、人々の記憶だけに残り続けたようだ。
§
けれどその黒ドレスが、翌日には太陽神のお膝元と言われる町で目撃されたのだ。
「今度はてめぇか……」
「悪いが、お前の恋人は治療中だ。おかえり願えるか?」
黒ドレスと黒スーツの男が会話している。
ここだけを聞いた人間にはなんのことやらわからないだろう。故に、次のように解釈する。
黒ドレスが恋人を傷つけた。その恋人と黒スーツは知り合いである。黒スーツが黒ドレスの面会を断っている。
そんな情景。
そのため、ほとんどの人間はそれに関わろうとしなかった。
「逃げられたまんまじゃ腹の虫が収まらねぇんだよ!」
黒ドレスが吠えた。
黒スーツはため息を一つ、黒ドレスを軽くあしらうつもりなのだろう。
舐め腐った態度の通り、結果は直ぐに出た。
爆発物もなく地面が爆発するという現象を、ケイは初めて見ることとなる。遠巻きにカメラを構えていただけなので、はっきりとした経緯は把握できていない。
「ケイねぇ、さすがにこれは拙いんじゃない?」
そう言うのは、ケイの隣人である男子高校生だった。無造作な黒髪に、どこか冴えない黒目、目立たない男子高校生の一人である。
確かに、地面を爆発させるような争いに巻き込まれるのは勘弁だ。
「もう少しだけ待ちましょう。この距離なら、さすがに逃げ切れますって」
ケイは食い下がる。
こうなることも覚悟の上で、ケイはお隣さんに多い目の報酬を予定していた。ケイからしてみれば大した支払いではないのだが。
ほとんど大きくもない胸部を触らせる程度が、どれだけの価値になるのかケイには理解できなかった。
「……もう少しだけだからね?」
渋りこそすれ押し留まるあたり、男子高校生君にとって諦め辛い報酬なのは確かだ。
そうする間に、ドレスをボロボロにした女性がこちらに歩いてくるではないではないか。ケイらも、ここで顔を見られるわけにはいかない。
「ムグッ……?」
大慌てで顔を隠すにしても、下手な方法では逆に怪しまれる。
ならば、とケイは男子高校生君にキスをした。口づけである。接吻。
「……」
その様子を、射殺さんばかりの視線で睨む黒ドレス。
しかし、関わるのも野暮と分かっているのか、ダメージが大きすぎたのか、黒ドレスはケイ達を一瞥しただけで去ってしまう。
「ふぅ。追跡は止めて、別の方向から情報を集めて見ましょう……あれ?」
キスは女性経験の少ない男子高校生君にとって刺激的過ぎたらしく、彼は頭から湯気を出して茫然自失としていた
「えーと、報酬の代わりということで」
勘違いするな、と釘を指したつもりでもあったのだろう。
「……」
男子高校生君は小さくうなずいた。
そして冒頭に戻る。




