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第二十五話・彼女達は天使かそれとも

 ルーデは、渚が無事だったことに安堵した。

 そして、旅に出る前よりも様変わりして、その上で成長を見せた渚に感心する。

 これまでにも渚の様々な表情を見てきたつもりだったが、怒った表情を見ることが最も少なかった。ゆえに、そんな表情で怒れるのだな、と感心するのだった。

 基本的に怒りの感情を表に出すことのない渚のことだからこそ、余計にそう思うのかもしれない。

 何よりも、その怒りが己の努力を無駄にされたこと、力の足りなかった自身の至らなさに対するものであるが故に激しく燃え上がっている。

 そしてその炎は、これまでの不安や悲しみといった全てを燃焼させてしまっている。


「よし、ナギサ。良く、頑張った」

 ルーデ達を案内して先へ進む渚の頭を、優しく撫でてやる。

「ルーデ、さん……?」

 素っ頓狂な顔をして、表情をして、ルーデに振り返る渚。


「渚は一人で、武器屋の旦那を助けて、あいつらの計画を暴いて、本当に良く頑張ったと思う。満点とはいかないまでも、初めてにしちゃ上出来じゃないか」

 これ以上燃え続けさせると、今度は渚の大事な気持ちまで燃えてしまいかねないから。ルーデは少しでも火勢を抑えるため、渚の頑張りを褒めてやる。

 決してお世辞などではなく、スライム君がいたとしても十分に渚一人の力でことを成そうとして、それなりの結果を出せていたはずだ。


「……はい」

 渚は吐きだされる白い息をダウンジャケットの襟に沈め、伏し目がちに応えた。

 これで少しぐらいは怒りの炎を鎮火できたはずだ。いつ、どんなことで再燃するかはわからないものの、爆発するほどにはなっていないと思うルーデだった。

「さて、ここが奴らのハウスだな!」

 渚に案内されて、洋館の前までやってくる。


「そんな大声を出されると、気づかれてしまします。とは言え、あちら様も私達が追い掛けてくることぐらいは予想済みでございましょうけれど」

 エッタの注意が飛んでくる。

「どうする? 正面突破でも、人間ども相手ぐらいなら余裕だろうけどよ」

 渚の側に寄りながら、エリックも口を開く。


 作戦会議(ブリーフィング)と呼ぶのもおこがましい話し合いだが、とりあえず行動方針と分担くらいば決めておく。結果は次の通りである。

 まず、エッタが正面玄関から、ルーデがバルコニーから突撃して陽動を仕掛ける。渚とエリックはその間に中庭へ入って二階へと侵入する。

 ただそれだけだ。


 敵が備えているのは正面と儀式用の二階奥の部屋だ。渚の話を聞く限りは、その二点以外に守る必要性がない、と全会一致で決まった。

「ヒースは借りてくよ、ナギサ。もしかしたら、正面の一角は消えるかもしれないけど、気にせず雪男のガキを連れ戻しに行きな」

「わかりました。ルーデさんも、エッタさんも、お気をつけて」

 渚に心配されるのはそろそろ卒業したいところではあるが、ルーデは苦笑を返して応える。エッタも軽く頷き返して、懐からコンバットナイフとデザートイーグルを取り出す。


「他にも武装は持参したのですが、機動性などを考えて旅館に置いてまいりました。人間相手であれば、これだけで十分でございましょう」

 なんだかんだ言っても、エッタもやる気らしい。

 以前にも似たようなことでエッタが起こったのを思い出す。渚の顔を通して『アドリアーナ・ルクヴルール』の面子を潰された所為だ。以前はエッタの独断専行だったが、今度は創造主にして組織の首魁が見ているともなればさらに気合いを入れることだろう。

 入れ過ぎなければ良いが、とルーデは少し不安になる。


 多少因縁のある相手とは言え、ルーデとしてはあまり殺したくはないと思っている。殺せ、という命令こそ受けていないし、『お願い』された以外のことは自由意思が通じる。

 そう考えたとしても、エッタにだって自由意思があるのだからルーデが口を挟めることではない。よって、少しでも場の空気を和らげてみる。

「じゃあ、私らはいくから。エリックはちゃーんと渚を守れよ」

「へいへい、言われずとも分かってますよ」

 ルーデのからかうようなセリフに返事をして、エリックも一足先に中庭の方へと向かう。その後ろを渚がついて行って、建物の角までたどり着いた。


 ルーデは雪煙を巻き上げながらひとっ飛びにバルコニーへと登り、上着を脱ぎ放つ。

 この吹雪が舞う銀世界で、いつものアラミド繊維ウェットスーツのみを身につけた格好だ。

 特にエッタとの合図は決めていない。が、軽く目くばせすると同時にルーデが入口に突っ込んでいく。腕をクロスさせて、破片などで顔面を怪我しないように保護しながら。挨拶をするのも忘れない。

「お邪魔しますよ、っと。荷物を取りに参りましたーッ」

 二階での騒ぎを聞きつけた何人の白装束が、慌てて階段を上ってくる。


 その隙に乗じたエッタが、玄関を蹴り破って屋内に殴りこんだのが聞こえてきた。

「そっちだ! 上に一匹ネズミが居やがるぞ!」

「下からもきやがったぞ! ガキが一人だ!」

 男達の阿鼻叫喚が聞こえてくる。もうすぐ聞こえてくる。

 階段を駆け上ってくる白装束どもに向かって、ルーデは手すりを乗り越えて踊り場まで飛び降りた。その勢いを利用して、両側に広げた腕で男どもの首を刈り取るのだ。要するにダイビング・ラリアットというやつである。


 流石に、3メートルほどの高さからかまされたラリアットの直撃を受けて、並の人間が意識を保っていられるわけがない。一応、死んでいないかだけ呼吸を確かめる。

「まず二人。エッタ、そっちはどんな調子って、なんじゃこりゃ……!?」

 先に二体を片づけたルーデは、振り向き様にエッタの様子を確認する。しかし、そこにあった物体を見て顔を引きつらせる。

「見ての通りでございますね」

 エッタも呆れながら返してくる。


 何せ、ルーデとエッタの前にはただのカルト集団が持つには過ぎた代物が置かれているからである。

 武器商人の組織であった前時(ぜんじ)達だからこそ、雑魚どもが拳銃を携えてこちらに照準を向けているのはまだ理解できる。

 しかし、なぜ卵型のロボットがカルト集団如きの隠れ家に置いてあるのか、だ。

『チッ!』

 拳銃から放たれた銃弾をルーデは横っ飛びに回避して、階段の影へと隠れる。エッタも、卵型ロボットの手先の筒から放たれた粒を、なんとか避けている様子だった。


「操縦者が一名いらっしゃいます。これは、EBF-1G(エッガーバトルフォート一世代機)でございますね」

 どうやら、秒間五発の鉛玉を縦横無尽に避けながらエッタは情報を伝えてきているらしい。きっと、そこら中が穴だらけになっていることだろう。

「えっと、一世代目の奴って……滅茶苦茶レトロじゃん! なんでそんな産業廃棄物みたいなのが残ってるのさッ?」

「私に尋ねられても存じ上げませんッ。ただ、これは――」

 ルーデが問いかけてもぞんざいな答えしかしてくれず、おもむろにデザートイーグルの引き金を引いたようだ。単発の轟音が洋館を震えさせるのがわかった。

 これで旧型の玩具(ロボット)など風穴を開けて機能停止にすることは容易い。はずだった。


「――単なるレトロなオモチャに留まる代物ではなさそうです」

 エッタの言葉にルーデが階段の影からロビーを覗き込むと、そこには少しボディーが傷ついた程度のほぼ無傷のロボットが佇んでいた。.50AEマグナム弾が兆弾したためか、白装束の一枚を赤く染めているのも見える。

 なんとか一匹を仕留めたので無駄遣いにはならずに済んだため、エッタの機嫌はそこまで悪くないらしい。


「どういうことだ? っと!」

 顔を出していたルーデに向かって銃弾が飛んでくる。例え豆鉄砲とは言え、昼間のルーデでは一発がそれなりのダメージになるので回避する。

「見ての通り、マグナム弾が通じない装甲に加えて7.62×51mm NATO弾でございます。旧式の皮を被った、いえ、新型の皮を被った旧世代機種でございましょうか」

「嘘ぉ! 四世代目ってことッ?」

 エッタの説明を聞いて、ルーデも驚きの声を上げた。


「後で探りを入れてみるといたしましょう。もしそうなら、二度目の世界大戦より七十年以上が経過した今に第四世代目をお目にかかれるということでございますからね。私が活動している間に四世代機までお目にかかれるとは……」

 感慨深そうにエッタは語っているが、ルーデ達にとってあまり嬉しいことではない。

「私らにしてみれば、携帯電話の機種変みたいなものじゃん! 全然、役に立たない機種変だけどさ!」

 声を荒げてみても状況が改善するわけではないため、とりあえずロボットどうにかする方法を考える。


 シンプルな話、操縦者を倒してしまえばラジコン式のロボットは停止する。自立型の二世代機以降とは違い、ユーザーインタフェイスは脆弱(ぜいじゃく)らしい。

「さて、ルーデ様。どうなさいます?」

「操縦してる奴に一発で終わりじゃん。って言っても、エッタはそれで満足しないんだろうなぁ」

「良くご存じで。しばし、遊ばせていただいても?」

 どうせここでノーと言ってもエッタのお遊戯は止まらないのだから、ルーデは肩を竦めて「お好きにどうぞ」と暗に伝える。


「感謝いたします、ルーデ様。では、我が創造主たるマダリン様に、勝利を誓いましょう」

 そう言うと、敵を目前にしながらも片膝を着いて、左手を胸の前に当てて(こうべ)を垂れるエッタ。

 流石にそれは雑魚どもの怒りを買い、全ての銃口がエッタに向いてしまう。

「馬鹿共がぁ! 敵を前に作戦会議なんざするんじゃねぇッ! それに、敵から目を離すなって、習わなかったかぁッ?」

 操縦者の怒鳴り声が響き渡り、操縦レバーの頭頂部についた赤い発射スイッチを押し込まれた。合わせて、拳銃の弾もエッタに向かって飛翔していく。


「馬鹿はお前らだよ!」

 自分から銃口が離れた隙を突いて、ルーデが階段の影から躍り出る。階段を十何段も抜かしながら飛び降りて、一度クッションを入れながらも男達の背中にドロップキックを見舞った。二人分の背中が遠退き、ピクリとも動かなくなる。

 死ぬほどのダメージではないはずだが。

 弾丸の吹雪に襲われたはずのエッタはと言うと、優雅にシャンデリアでブランコなどしている。片足だけのバネで3メートルほどを跳躍し、ほとんど音もなくシャンデリアに乗るという神業に白装束達も流石に驚きを隠せない様子だ。


「人が誓いを立ている時ぐらい、大人しくしてくださらないのでしょうか? 貴方達だって祈りたい神――いえ、悪魔ぐらいいらっしゃることでしょうに」

 挑発的だ。エッタがそう言う奴だと知っているから、苦笑しか浮かばないが。

「じゃあ、私は操縦してる奴以外を倒したら適当に散策してるから」

「えぇ、ごゆっくりどうぞ」

 エッタが人間如きに後れを取るとは思えないが、コボルドの時の一例もある。加えて、悪魔信仰などしている輩でもある。何をしでかしてきてもおかしくはない。

 ルーデの目的の場所がすぐ近くて良かったと、小さく息を吐く。

 ちなみに、ルーデが目をつけたのは隣の食堂だ。


「あんまり、遊び過ぎるな、よ、っと!」

 弾切れを起こして素手で挑みかかってくる雑魚の拳を軽くいなしては、背負い投げの要領で引き込む。投げ飛ばしたのでは床に叩きつけられてしまうため、別の白装束にぶつけて一緒に寝てもらう。

 エッタに声は届いていないらしく、ルーデは雑魚達と戯れながらそれらを片づけて行く。

(もう、むさ苦しい男を投げ飛ばす作業は嫌だお……。っと、この感触は!?)

 千切ってはいないけど投げ、千切ってはいないけど投げ、をしていると背中に柔らかい感触がある。それでも、たっぷりと感触を味わった後に投げる。

 そして、そのうち誰もいなくなった。


 ロボットとそれの操縦者を残して、カルト集団はほぼ壊滅した。たぶん、残っているのは前時ぐらいのものだろう。

「私はこれが片付き次第教祖を追いますので、ルーデ様もあまり遅くなりますと渚様が大変でございますよ」

「ハッ! いかん、直ぐ行ってくるッ」

 きっと涎を垂らしてボーッとしていたのだろう。エッタの声に意識を取り戻すルーデ。

 さっさと食堂を調べて渚の元へ向かいたいところだが、どうもそうはいかないのだ。ルーデだけでは手に追えそうにないため、ヒースの力も借りることにする。


「おーい、ヒース起きてるか?」

「はいはい、呼ばれて飛び出てヒースキース君でーすッ」

 渚から借りていた携帯電話に話しかけると、すぐさまヒースのアバターが画面に映る。

「久しぶりだからってハイテンションだな」

「久しぶりって、まだ数時間しか経ってないよ?」

「うん、まぁ、気にするな」

「はいはい。それで、何をすれば良いのかな?」

 ついついこちらのことではない話が出かけたため、ルーデは軽く流して先を進める。

 ルーデが指さしている先にあるのは、大量の食材達であった。


§


 はたして、狂信者である男は何を思っただろう。目の前の見た目だけ少女の自動人形(オートマータ)――彼は知る由もないが――を前に、どう思っただろうか。

 天使か、それとも悪魔か。

 狂信者は前職で産業用ロボットアームの操縦をしていたため、卵型ロボットの扱いを任されていた。

 しかし、その少女ことエッタは容易く銃弾を回避して、縦横無尽にロビーを飛び跳ね回る。目の前から消えたかと思えば、ロボットに肉薄しており素手で覆帯(りたい)を剥ぎとって見せた。

挿絵(By みてみん)

「なるほど、下半分は改造なさっていないのですね」

 そして、悠々とそう言ってのけるのだ。

 続いては、デザートイーグルによるマグナム弾の接射だった。

 しかし、ボディー部分は3ミリメートルのチタン装甲であり、多少の(くぼ)みは出来ても貫通するには至らない。

「胴体部は、どうやらチタン装甲に改造しているようだぜ。.50AEマグナム弾なんて通用しないんだよ!」

「そうでございますか」

 諦めたかと思えば、カメラ用のモノアイからナイフを突き入れる。

 一世代機は単純な構造上、モノアイを破壊されたところで視覚不良には陥らない。内部から配線を引きちぎって破壊しようとしたのだろうが、それも敵わずに終わる。


「効かぬ、効かぬぅッ!」

「やはりこのやり方では一世代機を止めることはできませんか」

 エッタもこの方法での破壊を諦めたらしく、手を引き抜いて距離を取る。

 ロボットの腕部について銃砲からライフル弾が放たれるのを察知したのだろう、銃弾の抱擁を受けずに済んだ。

 並大抵の武器が通用しないロボットに対し、もはやエッタが取れる手段は限られているはずだった。

 そのはずなのに、エッタがもう一度肉薄してきたことに狂信者の男は頭の上にエクスクラメーションマークとクエッションマークを同時に浮かべた。


「何をしている!?」

 男の問いはエッタに届かなかったのか、返事はない。

 エッタがロボットの腕部にアームロックを掛け、それと同時に捻り上げることで肩から先をもぎ取った。出鱈目な光景を見せられた狂信者は、当然のことながら一秒ほどロボットの操作を忘れてしまった。

 その隙を突かれ、もう片方の腕部が卵型の胴体部分から奪い取られる。

 慌ててエッタを振り払おうと操作してみるも、一方の覆帯を剥ぎとられたロボットがまともな挙動をするわけがない。バランスの悪い動きに僅かな力を加えるだけで、ロボットは無様に横に転がってしまう。


「こうなると滑稽でございますね」

 とどめとばかりに、胴部に片足、車輪部にもう片足を乗せ、踏みつける形で底面から引きはがす。ネジが、鉄板が、配線が、軋み引きちぎれる音とエッタの声が遅れてやってくる。

 違う。

 男が、目の前で起こったことを漸く理解したのだ。

「……馬鹿、な……」

「本物は、関節部ももっと良い出来になっていることを願いましょう。あとは、自律型になった場合と、数を相手にした場合のデータも取らねばなりませんね」

 軽々と四世代もどきのロボットを破壊し終えたエッタの冷たい考察。


 そして、男の額に銃口が向けられる。

「お前は、一体……?」

「貴方などに答えて差し上げる芳名はございません。貴方こそ、最後に言い残す言葉はございますか? それによっては、私も無為に血を流したりせずに済みますので」

 男の問いはことごとく一蹴される。

 問答無用。質問するのはエッタだけだ、と言わんばかりの威圧感だ。故に、男は答えるしかなかった。


「我らが『大罪の使徒』は永遠なり!」

 教団の合言葉のような最後のセリフを。

「全くもって度し難く、つくづく救えない人達ですね……貴方達は」

 不愉快だ、とエッタの表情が曇った。

 そして、その場に残されたのは、頭を失った(むくろ)のみだった。

 手を胸の前に組み、両膝を180度に折り曲げた肉塊だけ。


この一話を書いていて、つくづく自分はアクションを書くのが好きなんだな、と実感しました。

けれど、悲しいかな。そればかりというわけにはいかないんですよね。

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