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第十九話・思惑はすれ違い動き出す

設定の垂れ流しに見えて、実は割と重要なことを話してます。

そして、少しずつ二章が動き始めます。

「ワシらは、人間と争ってまでこちらに留まろうとは思っておらん」

 光輝が口にした理由はそういうことだった。

 渚の中に渦巻いていた疑問が、何の抵抗もなく胸に落ちて行く。

光輝達は大事なものを諦めて、もっと大事なものを守ろうとしているのだと思う。伝承の雪女が約束を破った夫を殺さず、子供を残して雪山へ帰ったのと同じように、だ。


「なるほど……。精人種は元から争いを好まないのが多いとは聞いていたが、そういうことなら無理強(むりじ)いはできないな」

「人間達が攻めてくるとわかっただけで、礼の及ぶところじゃ。しかし、守る算段がないのならこちらとしては逃げの一手じゃわい」

 精人種については詳しくはわからなかったものの、精霊種に近く温和な性格の者が多数を占める、人間と良好な関係を保ちたいとする考えが主要のようだ。


 逃げる先は魔界のことを指しているのだろう。

「でも、良いんですか? この旅館は、きょう……奥さんとの大事な思い出なのでは?」

 命あっての、と言うが、それ以上に大事な記憶というものもあるはずだ。それを知る渚が、差し出がましくも尋ねる。

「息子はこの春に、街の全寮制の学校に入る。ワシらが争えば息子にも良くはないし、逃げる際に売り払えば古くともそれなりの金にはなるだろう。前妻もカガミが人とともに暮らすことの足しになると思えば、悪い気はせんはずじゃ」

 笑みを浮かべて光輝が答える。

 例え形が変わろうとも、思い出も受け継がれて糧となっていくということなのだろうか。ある意味それは人間的ではなく動物的で、過去に拘らないところなど魔物っぽくもある。


「そう、ですか……。せっかく、良い宿を見つけたのに今回が最初で最後なのは残念ですが、お決めになられているのなら仕方ありませんね」

 これ以上は、光輝達の決意に水を差すことになる。

 カガミも寂しそうな顔をしてはいるが、それでも決心は揺るいでいないようだ。カガミには彼なりの夢と目標があるのだろう。

「なぁに、生きておればまた会える。カガミがこちらで成功すれば、旅館などまた立て直せる」

 全く同じものは無理だろうが、と光輝は天井を仰いで締めくくる。


 こうして、交渉は決裂となった。ここへ来ることもなくなってしまったのは残念でならないが、残り二日と少しを楽しむことにした。

 そのために、まずは精人種というものを知らなければならないだろう。強いては、光輝達について分かっていなければ、友好関係など結べないというものだ。

「それじゃあ、もっと精人種について聞いても良いですか? エルフとか、ドワーフは創作の中の範囲でならわかりますけど、雪男や雪女が同種というのは初めて聞いたので」

 最近の趣味は、魔物について知ることになってきている気がした。本当に、魔物を研究する学者になるのも悪くないのではないか、と冗談みたいなことを考えてしまう。


「わかりました。どうせお父さんは酒盛りなのでしょ? こちらはこちらで話に花を咲かせるといたします」

「おう、わかっとるじゃないか! エリックさんよ、せっかくなんで一献いかがかね?」

「絶対に一杯だけじゃ済まないだろ……。仕事は良いのかよ、仕事は」

「まぁまぁ、いけない口じゃございませんのでしょ? それに、野暮というものです」

 カガミの問いに光輝が大口を開けて笑い、渋りながらも拒否はしていないエリックを境花が引きずっていく。

 業務は既に終了しているようなので、僅かな情報のちょっとした謝礼にくつろぐのも悪くはないだろう。ルーデであれば、喜んで飛び付くほどの宴に参加できなかったことを恨むかもしれないが、今回はエリックの役得ということで黙っておこう。


 渚とカガミは、年の近い者同士でいろいろと語らうつもりである。

「それでは、まずどこから話しましょうか」

 光輝達が出て行くのを見送った後、カガミが切り出してくる。

「まずは精人種について聞きたいですッ」

「わかりました」

 渚が目を輝かせて座卓の上に身を乗り出す。カガミがそれに応えて、一言、一言、大事な話をするかのように語り出す。

「精人種は、そのルーツこそ正しくは不明ですが上位の精霊に加護を賜った人間の末裔とも言われています」

「ニンフとか?」

「いえ、もっと上位の――そう、いうなれば精霊王とさえ呼ばれるような方々です。雪男や雪女は、雪の精霊王の。エルフであれば森の精霊王」

 続くのは、ドワーフが炎の精霊王、ホビットは土の精霊王。この両者はかなりの近縁種らしい。そして、水の精霊王から寵愛(ちょうあい)を受けたものがマーマンだ。

 いずれの精人種ともに、肉体的に優れているドワーフや雪男を除けば、大抵が特筆したマナを持っているのだとか。


「それでは、ハーフエルフやダークエルフというのはどうして生まれたんですか?」

 今まで気になっていたことを尋ねてみる。

 ハーフエルフは人間とエルフの混血種とすることが多いが、ならばもっと現実社会にエルフという存在が頻出していなければおかしくなってくる。

「ハーフエルフにつきましては、血としてよりも文化的に人間に近しい存在となったものを差す種族ですね。血は純正のエルフだったとしても、人間の社会で生き、魔物としての性質を忘れて行った方達になります」

「えッ? それだけなんですか?」

 驚きの事実を知り、渚は目を白黒させる。

 そういうことであれば、混血種という説は統計が生みだした嘘ということだ。単純に、人間社会で生きていればエルフ同士よりも人間との間に子を成すことが多くなる。そして子はエルフでありながら、いずれは人間と変わらない営みへと消えていく。

 最後には、エルフという存在すら消えてしまうわけである。


「驚かれるのも無理ありませんが、我々精人(せいじん)種では珍しいことではありません。温厚で力よりも知識を求める種族ですから、魔界で生きるよりも人間界で生きる方が楽なんですよ。

 それに、そうそう簡単に精人種は消えてなくなりません。種族まるごとが虐殺でもされない限り、不死性を持たない魔物の中でもっとも長命な精人種であるので、どこかに純血の者は残っています。他にも、先祖返りなどが起こりやすい種族でもありますからね」

 それを聞いて、納得すると同時に安心する。

 決して少なくはないエルフが、長い年月の間に同種と出会うことも珍しくはないだろう。出会い、子ができればまた純血のエルフが生まれる。その子供がまた純正のエルフに出会い、子供が生まれる。そのサイクルが繰り返されるわけだ。


「ということは、もしかしたら私のご先祖様にエルフとかの精人種が混じっているということも……?」

「ないとは言い切れませんね。とは言え、よっぽど自然から離れて生活していない限り、精人種としてのマナが見受けられるはずです。僕のように、感情の高ぶりなんかで気付かずにそれが発現したりもしますから」

 期待してみたが、直ぐに打ち砕かれた。

 当然といえば当然だろうか。世界の人口は73億人で、人生のうちに百人程度と出会っても遭遇しないぐらいの確率だ。向こうから名乗り出してくれるわけでもないのだから、マナの薄い混血であればさらに見つかりにくくなる。


 そこまで考えて、不意に不自然なことに気が付く。

「待ってください。雪男は肉体の頑丈さを得る代わりにマナが少なくなったんですよね?」

「えぇ、父もですが、ほぼ例外なく雪男は並以下のマナしか持ち合わせていません。並の魔物に比べれば寒冷耐性はありますが、体毛によって寒さを凌いでいるのがその証拠です。お母さんなんて、夏の格好でも冬を越せますから部屋着に困ってませんよ」

「それなら、どうして雪男と人間の混血であるカガミ君はマナを雪の形で顕現させられるんでしょう?」

 あまり触れるべきことではないのかもしれないが、気になってしまった以上は拒否されない限りは聞きたくなるというものだ。割と、渚は優しくないし、我がままなのかもしれない。カガミも、家族の私生活についてあまり隠さずに話くれる。

「詳しくはわかりませんが、それは多分、母が並外れたマナを持っていたからだと思います。幼かった僕は、母からそれを直接聞いたわけではないので父が語る思い出から推測しているだけですけれど」

 カガミ自身も、あまり亡き母のことを話すのが苦ではないようだ。

 元母の境花がどのような人物であったかは知らないが、魔物である光輝と出会って子を成すぐらいの人物だ。もしかしたら、何か特殊な出自を持っているのかもしれないと、渚は考える。先ほど聞いた通り、大抵はマナの顕現により判別されてしまうが、偶然にもそれがわからずに人間だと信じ込んでいた精人種との混血だった、という可能性もゼロではない。

 もしかしたら、渚や小波だってその手のタイプかもしれないのだ。顔を知らない、父親がそうだった可能性もある。


「推測で語っても仕方ありませんね。一旦は置いといて、ダークエルフについて教えてください」

 埒の明かないことは思考の隅に投げ捨てて、本題の続きに入る。

「ダークエルフやダークドワーフは、もっと魔物に近しい存在です。精霊種や邪精種、死霊種に分類されるようなマナが意思を持った種族との間に生まれます」

 それを聞いて、また渚は驚いてしまう。

「邪精種はまだ何となくわかりますけど、精霊種や死霊種って子供が作れるんですかッ?」

「え、えぇ、そうらしいですね」

 渚の驚きっぷりにカガミも流石に気圧された様子だ。


 コボルドのような邪精種であればまだ理解に及ぶ。

 死霊種も、もしかしたら生殖機能を残している魔物がいるのかもしれない。ヒースは物質に限定されるようだが、中には人に取り憑いてそういう行為に及ぶことが可能な種もあり得るはずだ。

 精霊種ともなると、余程少数に絞られてくるだろう。可能か否かを考えるよりも、その様子が全く想像できないのである。まさか、シャケの産卵に見る精霊の卵に男の精を振りかけたり、植物を通してまぐわうとでもいうのか。


「い、いったい、どうやって……?」

 先を促さんばかりに渚が問うと、目の前の少年はしばしの逡巡を見せる。例示が思いつかないというよりも、その内容について言い淀んでいる。

「その、まぁ、極端な話ですと、しょ……こほん。処女受胎ですね」

 絞り出されたカガミの答えに、渚は決まりの悪い顔で目を逸らした。

 決して卑猥な意味での利用ではないのだから気にすることもないだろうが、それでも年頃の少年には並べ辛い単語だ。

 渚としては、グロテスクな方向でなかったことは安心すべきところでもあった。


「なるほど、ね。ということは、もしかしたら聖母マリアはエルフだった可能性があるかもしれないですね……。なら、イエス=キリストはダークエルフか何かになりますか」

 ここは年上の渚が体裁を整えるべく、それっぽい考察を述べてみる。

 母体に精霊や死霊が宿り、人に近い形を作るというのはエルフが神に近い存在であると謂われる点も、わからなくはない話である。

「確実にダークエルフが生まれてくるという保証はありませんが、多数の奇跡と結びつけるのならばマナが高かったと考えてもおかしくはありませんね」

「そうなると、エルフの方がオーガなんかよりもよっぽど古くから人間と関係してきたんですね」

「そうでしょうね。エルフやドワーフは北欧神話にも語られるほど古い種族です。雪男も真語の中にある霜の巨人も同じと考えられ、神話に登場するが故に雪男の祖先であると主張する方々も少なくはありません」

 こうして話していると、魔物の全てが自分たちのルーツに無頓着なわけではないようだ。大抵は遡れなかったり、解釈が分かれ過ぎて考えるのが面倒になっているのかもしれない。カガミなどは、半ば義務のように精人種のことを調べて解釈しているが。


 これまでにも、精人種について説明する機会でもあったのだろうか。

「うん、今日は色々と勉強になりました。ありがとうございます、カガミ君」

「あ、いえ、こちらこそ拙いながらお付き合いくださりありがとうございます。それと、その……」

「ぅん?」

 お互いに礼を言い合うも、何故かカガミが(うつむ)き加減にして言いづらそうにする。

 また、何かおかしなことを言わせてしまいそうになっているのかと不安になる。

 しかし、次にカガミが口にしたのは存外簡単で、もしかしたらある意味で難しい要求だった。

「友達として、カガミ、と呼んでいただけませんか? 僕も、漣さんじゃなくて渚さんって呼びぶことになりますけど……」

 それは、客と仲居ではなく、対等な関係を結ぼうという提案だった。

 漸くそこで、カガミの意図、もしくは望みに合点がいく。


「そっか。うん、良いですよ。私もカガミく、カガミと友達になりたいしね。敬語もなしにしようッ」

 そう、カガミは魔物と人間のハーフでありながら、母親と同じくヒトとして生きたいのだろう。早く人間になりたい、とか国籍を16歳でどちらか選べるみたいな、というのは失礼な例えだろうか。光輝達と分かれてまで人間の学校へ通いたいのも、ヒトに憧れているがゆえか。

「はい、改めてよろしく、渚さん」

 カガミの満面の笑みが目の前にある。


 人間のどこが良いのかと、渚は思う。目の前の少年は、人間などという存在のどこに魅かれたのか。それほどまでに、幼くして亡くなった母親のことが好きだったのだろうか。

「答え辛ければ答えなくて良いけど。カガミを生んでくれたお母さんが好きだから、人間が好きなの?」

 気になったことは確かめなければ気が済まなくなっているらしい。

「そ、それは……その、確かに母のことは好きだよ。けど、それよりも僕は、な……」

 言葉を(つむ)ぎかけたカガミを余所に、いきなりフスマが開いた。


 何事かとそちらを見やれば、エリックが赤い顔をしているではないか。体感的に然程時間は立っていないが、そんなに大量の酒を飲まされたのだろうか。

「――おい、そろそろこっちの話を進めさせろ!」

 こちらの流れに飛び込んできたのは、この旅館へやってきた三つ目の理由についてだった。渚も、うっかりそのことについて忘れそうになっていたようだ。

「す、すみませんッ。長居してしまったみたいですので、僕はこれで失礼しますね。それじゃあ渚、また」

 エリックに怒られているとでも感じたらしく、カガミが仲居と友達の顔を使い分けながら(いとま)を告げて出て行く。


 渚は恨めしげにエリックを睨むが、無駄だと悟って諦めた。

 しかし、いつの間に音も立てず戻ってきていたのか。流石は諜報員(スパイ)なだけあると、今更ながらに感心してしまう。

「早かったですね。少し惜しいですけど、こっちも聞いておかないとけないことですからね」

 二人でカガミを見送り、座卓に向かい合って座る。

「……まぁ、悪かった。だが、気を許し過ぎると計画に支障が出るもんでな」

「それって……?」

 嫌な予感がした。


 エリックの低く落とした声音の言外にあるのは、敵が旅館の従業員にいるということだ。もしかしたら、こちらとの繋がりを切ろうとしている光輝かもしれない、と。最悪、カガミまで関わってくるかもしれないなど、考えたくもない。

「俺達は、ある過去の確執から悪魔崇拝カルトを追っていたんだ。そして、そのカルト集団の一員と思しき奴がこの旅館に出入りしていることを掴んだ」

「……そんなッ。カガミは違います! 光輝さんも、境花さんも、そんなわけあるはずないじゃないですかッ!」

 座卓を飛び出して、咄嗟に叫んだ。

 カガミ達に聞こえるかもしれないというのに、周囲を(はばか)らずに声を荒げた。

 信じたくて、疑いたくなくて、エリックが間違っているとも思いたくなくて。

 カガミの屈託のない笑顔の裏に、そんな悪意が潜んでいるなどと渚が考えられるはずがなかった。光輝が大事に旅館を守ってきた理由が、悪魔を信仰する場のためなのだと認めてなるものか、と。二人の境花にそのようなことができるわけがないと、疑念を払拭しようとするかのように。


「チッ……! スライム!」

 先に立ち上った渚には追いつけなかったエリックが、体を彼女へと伸ばそうとして諦める。その代わりに、渚の体に吸着しているスライム君へと声を掛ける。

 すぐさまスライム君が身動きして、渚の鼻先から顎にかけてを覆ってくる。

「い、やッ……! む、うッ……。う、うッ!」

 抵抗する間もなくスライム君に呼吸を止められた渚。加えてスライム君が、全身を硬化させて身動きまで封じてくる。

 もがけばもがくほど酸素は失われて行き、視界がぼやけ始める。もう少しぐらいは意識を保てるはずなのに、眼鏡は外れていないはずなのに、これほど直ぐに視覚を失いのはなぜだろうか。


 簡単なことだ。

 何もかもが、訳がわからなくて、涙を流しているからだ。

「馬鹿……奴らに聞こえたらどうする。悪いが、大人しく朝まで眠ってろ。スライム、朝に渚が大人しくするようなら拘束を解いてやれ」

 失われていく意識の中で、エリックがそう指示しているのが聞こえる。

 近づいてきたであろうエリックの袖口が、優しく渚の目元を拭ってくれる。そして、同時に世界が暗転していった。


少し長くなりすぎたので二つに分割しましす。

ご意見、ごか・・・次で良いか。

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