第十七話・雪を纏う少年
さて、オネショタ回……じゃないですね、はい。
旅館の間取りや外観の押絵を書いた方が良いでしょうかね?
体へと伝わってくる、軋むような音で渚は目を覚ました。
肉体的な痛みは腹部に僅かばかりの鈍痛があるぐらいで、大きな怪我をしている様子はない。
それよりも気にすべきは、眼下にあるぼやけて見える白い地面だろう。さらに気にすべきは、渚が引っ掛かっている松の木の枝が今にも折れそうなことだ。
折れるからと言って、身じろぎしようものなら加重がずれて枝の折損を早める。丈夫な太い方へと、ゆっくりと体を移動していければ良いのだが、生憎と近くに体重を支えられるだけの枝が見当たらない。
落ちても五メートルあるか否かという高さに加え、下が推定で雪なのであれば大怪我をするようなことはないはずだ。渚はそう考えて、とりあえずは助けが来るまで現状を維持することに決めた。
次に思考したのは、自分がどうして木の枝なんかに引っかかっているかという部分である。
「メガネを落として、お腹を打ちつけるぐらいの高さから落ちたのは確かだよね。ということは、あの風景画の中に入り込んで落ちてきたのかな」
そうなると、いずれエリックが助けに来てくれるかもしれない。ここが普通の空間ではないのなら、一人で歩き回る方が危険だと判断した。声を出せば気づくぐらいの距離にいてくれると助かるのだが、生憎とエリックから呼びかけてくる様子もなかった。
周囲に視線だけを彷徨わせてみていると、木造の古びた建物の壁が見える。明かりも疎らに見えることから、これが絵画の中で見えていた和風建築物だと把握できた。絵画の側からでは松の木など見えていなかったため、こっちは裏手の死角側なのだろうと考える。
『渚、今の衝撃は何? 悲鳴も聞こえて来たから、敵の襲撃にでも遭ったの?』
思考を回していると、ヒースが話しかけてくる。
「大丈夫です。うーん……敵襲ではないですが、少しピンチなのは確かなので大丈夫じゃないかもしれません」
『どこかに落っこちたってことか。僕の力を使えば渚ぐらい浮かせることはできるか』
「そうですね。スライム君の手を借りても何とかなるんでしょうけど、とりあえずは様子見がしたいです。絵画の中の世界に入り込んだみたいですから、何が起こるかさっぱり分かりませんからね」
『絵画の中に? あぁ、それって……』
「シッ――」
ヒースと話している途中で、松の下に足音を聞き取ったため黙るよう合図を出す。
二人で沈黙を保ったところに、誰かが雪を踏みしめて近づいてくる。渚は真下に人らしき動体を確認した。
しかし、近視の強い渚ではそれがどんな人物なのか分からず、助けを呼ぶべきか否かを悩んだ。
「さっきの音は、なんだろ……? えっと、これって眼鏡、だよね?」
歩いてきた人物は、若い男の声をしていた。黒っぽい色の衣装と白色の頭部、背丈は渚と同じぐらいだろう。
下に落ちていた眼鏡を拾い上げるために腰を曲げ、手には揺らめくような明かりを携えたランプを一つ。このまま頭上を見上げられたのなら、直ぐに渚の姿は見つかってしまうに決まっている。
そもそも、音を聞いて様子を見に来たのなら頭上を確認するのは必然だ。
相手が何者かはわからないが、下手なことをして不信感を持たれるよりも対話を求めた方が良いと判断した。
「申し訳ございません。侵入するつもりはなかったんです」
「えッ? 誰?」
「あの、私はアッ……!」
名乗りを上げようとした瞬間、ついに枝が渚と荷物の加重を支え切れなくなった。いつもであれば受け身を取れるようにして落下に身を任せるのだが、今回は下に誰かがいた。必死に抗い残った枝に手を伸ばそうとするも、スキーグローブでは体を留めるほどの握力が出せず、無情にもすり抜けてしまう。そして、落下を継続する。
下手に体勢を変えてしまったが為に、渚は仰向けの状態で落ちる。
「わわわッ!」
真下にいた誰かは騒然と声を上げている。ただ、その何者かが渚を見捨てずに受けとめようとしてくれたことはわかった。
重力の洗礼に、渚を受け止められずに共々倒れることになったのは残念ではあるが。
「す、すみません!」
慌てて身体を起こし、下敷きにしてしまった誰かに謝る。
「ふにゃぁ……。今のやや堅くも弾力のある……じゃなくて、貴女こそ大丈夫でしたかッ?」
「えぇ、お陰さまでなんとか……。ご迷惑ついでに、眼鏡を返していただけませんか? それと、明かりの方も壊れたりしませんでしたか?」
どんな体勢で重なり合ったのかは皆まで言うまい。渚が前半のセリフを聞いていなかったのは幸いだ。
少し距離が近づいたため、近視のぼやけた視界に恩人の顔が明確になりだす。青年よりは若く、15歳前後と言ったところで髪の色は白髪だろうか。
「えっと……はい、どうぞ。眼鏡は咄嗟に投げ出しましたし、ランプは雪に埋もれてくれたお陰で無事でした。金属のホヤじゃなかったら壊れているところでしたが」
「ありがとうございます。君も大丈夫でしたか?」
少年に眼鏡を拾ってもらい、漸くまともに恩人の顔を見ることができるようになった。
年齢については大きく相違なかったようだが、髪は艶のあるプラチナブロンドという奴だとわかった。
「大丈夫ですよ。父親似で、体は思いのほか丈夫なんです」
少年も怪我などしていないようで、渚は一安心する。
微笑む少年は目鼻が整っているがビジュアル系アイドルほどでもなく、愛らしさと美しさを兼ね揃えた美形と平凡の間ぐらいの顔立ちだ。体付きは渚とあまり変わらないぐらいに見えて、線が細いといった印象を受けない男らしさもある。
「そうですか。えーと、私は漣 渚って言います。君の名前も聞かせてもらっても大丈夫です?」
「あ、失礼しました。僕はカガミ。この旅館『氷境荘』で仲居をやっております」
「旅館? ヒョウキョウソウ? ってことは、もしかしてここかぁ……」
一人、納得して溜息を吐く。
進入方法こそどこか間違えてしまったようだが、渚は目的だった旅館へと到着できたようだ。それならば、ここで待っていればエリックとも落ちあえるというわけである。
そして、すぐさま思い到る事実としては、この旅館が雪山の隠れ里に住む魔物達が営む旅館だったということである。故に目の前の少年、カガミは当然のことながら人間ではない。
「……えっと、助けてくれて本当にありがとう。私は、他に連れと落ち合わないといけないので、正面に回らせてもらいますね……」
エリックがいないところで魔物と接触して、無事でいられる保証がないため慌てて距離を取ろうと足で雪を掻く。不自然な言動になったのは確かで、カガミもいささか不可解そうな表情を浮かべる。
すぐに人好きのする笑みを作って何気なく手を伸ばしてくるものだから、思わず身を竦ませてしまう。
「この裏庭からだとそれなりに距離もありますので、裏口から入ってフロントにお回りください。ご予約がございましたら、先にお部屋にご案内させていただいて、お連れの方様もご案内させていただきます」
たぶん、カガミは渚が人間だと気づいていないのではないだろうか。それとも、気づいていて気付かないフリをしながら渚をどうこうしようとしているのか。
渚は警戒しながらもカガミの手を取り、立ち上がらせてもらって歩みを進める。案内されるまま、一枚扉の引き戸の前で雪を払い落してから敷居を潜る。
カガミは渚を案内しようと先へと踊り出て、古風な香りが漂う廊下を静かな足取りで滑っていく。流石、仲居と言うだけあって所作が奇麗である。
廊下の壁には一定の間隔で行燈が吊るされており、淡い輝きが心を和ませるような気がする。電気が通っていないであろう人里離れた地で、原初に還り、現代の空気を忘れてしまいそうになる。
「漣様は、ご予約はされていましたか?」
「え……。あー、連れの方に任せていたので詳しくは……。エリックで予約していなければどうなのかはわかりません」
言動が自然過ぎて、警戒しているというのに話しかけられてもすぐに返事ができない。それなのに時折、渚を横眼に捉えては興味深そうに瞬きをする。
人間か否かで疑われている段階だと考え、あまり会話を引き延ばさないように気をつける。
「では、確認してまいります。この扉を潜るとフロントに出ますので」
「わかりました……」
カガミは横手の木戸へと姿を消し、渚は正面にある扉を潜る。扉の裏側には『STAF ONLY』の文字が見えた。
小奇麗にされた通路とも部屋とも呼び難い、細長い六畳間に出たようだ。一角にカウンターが設置されており、フロント係と思しき中年の男性が渚を見据える。
スタッフ用の扉から客が出てきたのだから、見咎められるのも仕方のない話だ。しかし、タイミング良くカガミが姿を現して中年男性に話しかける。話している内容までは聞こえないが、迷い込んでいた客――もしかしたら獲物――を案内してきた、という具合だろう。
フロント係は納得したように首肯し、今度は宿泊名簿を慣れた様子で捲っていく。名簿を順に眺めて行く中で、不意に目を止めて指で欄を撫でた。それに合わせて横合いから見ていたカガミも頷くと、カウンター裏の扉へ戻って行った。かと思えば直ぐにスタッフ通用口から出てくる。
「お待たせ致しました。エリック様でご予約がありましたので、先に部屋へご案内させていただきます。お連れ様達はどれぐらいで御到着なさいますか?」
「そうですか。ありがとうございます。エリックさんとはここへ来る前に逸れてしまったので……」
変に凝った予約の取り方をしていなくて良かったと安心し、問われたことを答える。
考えてみれば、裏庭などというイレギュラーな地点へ出てきたのだから、どこへ飛ばされるかという規則的な移動ではなかったはずだ。もしかしたら、渚を探してエリックはそこら辺を歩き回っているかもしれない。
「それでしたら……はい。しばらくして御到着されないようであれば、思い当たる場所を探させていただきます」
「お願いします」
思った以上の気の良い魔物達なのかもしれない。エリックが魔物だということも伝わっているならば、迂闊に渚に害を与えるようなこともしてこないだろうと安易に考える。
だが、やはり一つだけ払拭できないものがある。
「あの、どうしてさっきからチラチラこっちを見るんです? 私の顔に何か着いていますか?」
そう、なぜかカガミは先刻までも、今の部屋まで案内する間も、渚に繰り返し視線を向けてくる。渚が人間か魔物かという部分ではなさそうで、これはカガミ個人に思うところがあって気を配っているようだ。
「えッ? あ、あぁ……失礼しました。その、渚様が母に似ていたので……つい……」
「私が、カガミ君のお母さんに? 私は一人っ子ですから子供がいるような姉はいませんよ? それとも、親戚の誰かと繋がりがあるのかな……?」
考えてみても、小波に連なる親戚縁者など知らないため答えようがない。
「えっと、見た目とかじゃなくて雰囲気が、と申しましょうか。はっきりと申し上げることが難しいのですけど……」
抽象的で分かり辛いものの、要はオーラだとか、魔物にしてみればマナを感じ取っているのかもしれない。
「カガミ君のお母さんってどんな人だったんです?」
興味本位で尋ねてみた。
その時だ。足音を聞き取って、直観的に嫌なものを感じ取ったのは。
覚束無い足取りで床を叩き、少なからず距離があるのに鼻を突く酒臭さを漂わせる二人の柄が悪そうな男が、渚とカガミをねめつけていた。
「こんなところで、駄弁ってんじゃねぇよ。他のお客様にご迷惑だろうがぁ」
酔いの回った赤ら顔で凄まれても怖くはないが、厄介な客に絡まれたと不快さがもたげた。
渚達が立っているのは二階へ続く階段の前で、進行方向であった廊下の先には宴会場が見える。『蛇演劇団御一行様』と看板が掲げられているが、その関係者であろう柄の悪い二人組を見る限り、劇団員と言った雰囲気は感じられない。避けて通れる程度のスペースはあるのに酔っ払ってイチャモンをつけてくるような相手だ、三流の劇団どころかアマチュアに決まっている。
「ごめんなさい。直ぐ退きますので」
問題を起こしても仕方ないので、渚は軽くあしらうとカガミを伴って歩き出そうとする。が、肩を掴まれて止められてしまった。
「待てよ、ねーちゃん。それが誠意ある態度か? 花はねぇが、詫びにこっち来て酌をしなぁ」
性質の悪いナンパである。ナンパにしたって、言い様が失礼極まりない。
この場でスライム君の力を借りてノックアウトすることもできるが、手の内を見せるのは気が引ける上、問題を起こして旅館側に睨まれては動きも取り辛くなる。もし旅館側が怒れば、目的の一つがお釈迦になる可能性もあるだろう。
どう対処しようかと悩んでいると、男二人をたしなめたのはカガミだった。
「お客様、お話は後で伺わせていただいてよろしいでしょうか? こちらのお客様をご案内しなければございませんので。あと、お酌などは法律に従い行っておりませんのでご自身達でお願い致します」
カガミが微笑みを浮かべた瞬間、灯火の明かりに星が咲いた。
その星々が、微小な雪の結晶であることに気づけたのは素面の渚だけだっただろう。床に向かうそれらは部屋の熱気で直ぐに蒸発してしまうため痕跡を残さないが、そんな中でも背筋に寒気を感じるほどにカガミの感情が読み取れた。
怒りによって発露したマナが、周囲に雪を纏わせているのだろう。
ただ、恐怖を覚えないことから、マダリンほどの特質なマナを持ち合わせているわけではなさそうである。男達も、軽く身震いこそすれ気温が下がっただけだと勘違いして、イチャモンを継続してくる。
「あー、こんなに冷えちゃ飲み直しだ。お客様は神様だぜぇ。客がやれって言ってんだから、やるのが店ってもんだろぉ」
「仲居やコンパニオンを呼べってわけじゃねぇ。ちょっとねーちゃんが一緒してくれれば良いだけさぁ」
酔っ払いに何を言っても無駄のようだ。
それを察してか、カガミも気配を抑えてしまう。いや、別の誰かがそこに現れたから、気取られないように隠したのだ。
「お前ら、店に迷惑をかけるなって言っただろぉがッ。平和な小旅行を楽しませてくれや……」
男達の上司か何かだろう、宴会場の方から現れた人物が叱りつける。
顔の赤かった男達もそれで顔に青みが増え始め、直立不動になって口を金魚みたいに開閉している。滑稽な顔面がどこを向いているのか確認するよりも前に、渚は聞き覚えのある声に首を傾げた。
「りゅ……いえ、何でこんなところにいるんですか?」
振り向きながら、引き攣った笑みを浮かべて声の主に問う。
名前を口にしなかったのは、彼が何らかの事情を抱えていた場合の配慮である。
「そいつはこっちのセリフだ。お前がここにいるってことは、他の奴らも来てるのか?」
渚は、なぜ魔物が営む旅館に竜等 薫がいるのかわからなかった。
「ちょっと、今は別行動をしていますけど直に合流しますよ。私達は仕事もありますけど、建前は慰安旅行です」
「なるほど。俺達も接待ついでの旅行だ。ちょいと交通は不便だが、まさに穴場って感じだな」
そう言えば、ケイに追われていた時にそんな話をしていたことを思い出す。
一点を除いて渚も薫も得心が行く。カガミも、二人の関係こそわからないまでも知り合い同士が偶然同じ宿に宿泊した状況である、とは理解しているらしく何も言わない。
「りゅ、竜さん……。ねーちゃ……いえ、お嬢さんとお知り合いでございましたか?」
さて、絡んできた薫の部下らしき男達の処遇を決めねばならない。
「俺なんかよりも数倍怖い常連客のとこの下働きだ。てめぇらはさっさと戻って大人しくしてな。これ以上の粗相は、命とられても恨み事さえ言えなくなるぞ」
『は、はいぃッ!』
薫に脅されて、男達は腰を抜かさんばかりにふらつく足を前に進ませて走り去る。
「とりあえず、ウチの奴らが迷惑を掛けたな。酒が入るとどうも羽目を外し過ぎて困る。この通りだ、今回はこの顔に免じて許してやって欲しい」
「え、えっと、別に怒ってなんていませんから、大丈夫ですよ……!」
「そうですッ。頭を上げてください、お客様!」
薫が深々と頭を下げてくる所為で、渚もカガミも戸惑ってしまう。
浴衣という和装であるため、いつものスーツ姿なんかより余計にその道の人という感じが様になっている。魔物であるはずのカガミも気圧されるぐらいには、薫がこちら側で修羅場を潜ってきたというわけだ。
「そうか、すまねぇな。この宿はこれからも贔屓にさせて貰いたいし、今後はしっかり言い含めておくからよ」
ちゃんと詫びてもらった以上は文句もなく、とりあえずはこれで手打ちになった。
薫のように筋を通し、人にも魔物にも理解がある人物は珍しいと思う。相手が子供だろうと謝る時は謝る人の好さがあるし、魔物への偏見も持たずに互い客として付き合う。
「竜と……竜さんがご贔屓にするなら、私もたまには来たくなりますね。荷物を部屋に置いたら、ちょっと色々とお話できますか、竜さん?」
「あぁ、ここは良い宿だ。俺もちょいと聞きたいことがあったから、後でそっちの小部屋で話そう」
「?」
渚と薫の不自然な会話にカガミが首を傾げる構図だ。
とりあえず、薫とはその場で別れ渚はカガミに部屋へと案内してもらった。階段を上がって左側、要するにフロント側の真上に位置する方向に部屋はあった。ちなみに、三階もあるようだがそちらは薫達御一行が使っている様子。
薫が言う通り、この宿は良い場所だ。
まず客室は畳張りの十畳間で、イ草の香りが未だに鼻孔をくすぐるのが心地よい。二畳ほどの板の間が窓に面していて、今は夜間故に見えないが雪国の原風景が眺められるのは素敵だと思う。他の季節でも、きっと奇麗な景色が見られることだろう。
次に内装だが、一見シンプルな和の世界に統一されているようで、さりげなく各所に洋が混じっている。欄間の風通しに施された洋花の意匠などそうだ。
畳部屋の中欧には古き良き掘り炬燵があって、部屋中央の畳をはずすことで現れる仕組みらしい。上に大型の座卓を置けば、広々とした炬燵でくつろげるのは有難かった。
その座卓の脚や側面にも、動物が彫り込まれているのだ。獅子や蛇、狐だったり、熊、羊、豚と珍しい動物の彫刻である。これが和風ではないと分かるのは、西洋ファンタジーにみる竜、いわゆるドラゴンらしきものも見られるからである。
「内装は母の趣味で入れたんです。ドワーフに頼んだオーダーメイドでしてね、見た目の割に不思議と部屋にマッチしていますよね」
「え、ドワーフとかいるんですか?」
「居ますよ? 精人種とお会いするのは初めてですか?」
「えッ……あ、まぁ、そうですね。私ってばあんまり外に出たことなくて……」
ファンタジーの世界で聞く有名な種族の名前が出てきたため、思わず訊き返してしまった。その所為で、渚への不信感が高まるのは当然のことだろう。そして、もはや上手く誤魔化せる言葉も出てこないため、内心では焦りが募っている。
「そうですか。では、後でご説明させていただくついでに父とご挨拶に参ります。先ほどの御一行様とお約束があるようなので、折を見て。それではごゆっくりとおくつろぎください」
それだけ言うと、カガミは一礼しながら後退して部屋を出て行く。
それを見送った後、遠退くのを待ってから渚は安堵の息を吐く。
「とりあえず、なんとかエリックさんと合流できるまで生き延びよう……」
渚は生存戦略を練る。その鍵を握るのは、人間の宿泊客である薫だ。ここは雪男や雪女の住まう里であり、薫達も餌食になる可能性はゼロではないが、少なくとも協力関係を結んでおかなければならないのは確かである。
リュックサックを部屋の隅に下し、薫に話を聞くために部屋を出た。
エリックとはぐれてしまった渚。果たしてどうなるんでしょう(他人事
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