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§

プロローグの続き。

 ロボットだとか、魔物だとか、そうした言葉には順応できたものの流石にスパイというのは直ぐに飲み込むことができない。ロボットに追われている理由としては妥当な話かもしれないが。

 いや、どんな近未来の設定なのかと問いたくなる。

 生憎、年月日を確かめる術はない。


「そう、諜報員って奴。そして追ってきてるのは日本政府のロボットって訳」

(嘘だ。そんなこと……)

 ついには頭痛にではなく、呆れて再び頭を抱えることになる。

 何の偶然か、一般人には認知できない世界の秘密に巻き込まれたのだと知ったからだ。


「ははッ。その様子だと、もう後には引き下がれないって悟ったみたいだね」

 どこかこの状況を楽しんでいる節さえあるルーデの言動に、憎たらしささえ感じてしまう。

 状況は飲み込めたが、だからといって疑問の全てが払拭されたわけではない。


「その言い方だと、ここから私だけが助かる方法はないってことですよね? 本来なら、私がいてはならない場所にいてしまった所為で」

「当たり! このパーティーは一蓮托生のデッド()オア()アライブ(死か)。どういうわけかナギサは、一般人を除外する力場――通称・『人払いの結界』の効果を受けずにこの場にいるんだよ。恨むなら、結界を弾いた何かを恨むんだね」


 本当にパーティーでも楽しむかのように振舞うルーデ。

 そのルーデの言う、結界に影響を与えたものについては僅かばかり思い当たるものがあった。コートのポケットに手を突っ込んでみれば、気持ちばかりと受け取ったお守り代わりのお札が指先に触れてくる。


「クククッ、そりゃ破魔の札だな。私らみないな実体のある魔物こそ無理だろうけど、結界を弾く壁にはなったわけね。まぁ、大事に取っておきな」

 ポケットから引き抜いたお札を見て、ルーデがさらに口角を吊り上げた。鋭く白い犬歯を覗かせて。

 ルーデの忠告に、破り捨てたい衝動に駆られたのを制止させて、お札をボトムパンツのポケットに収め直した。


「さてさて、少し長話が過ぎたみたいだ。ダンスのお誘いがそこまできちゃってるぜ」

 気付けば、ロボットの足音が直ぐそこまで近づいてきているのが分かる。

 1メートルか2メートルか、渚の胸元ほどはある側溝が死角になっていなければ見つかってしまうぐらいに近い距離にまで。

 もうどこにも逃げられない。

 けれど、確証もないというのに渚は殺される気がしないと感じていた。

 ルーデの態度に余裕がありすぎるのもある。しかし、彼女の言によればあの卵型をしたロボット三体の相手は、逃げることを優先する相手のはずである。だから、ルーデが何らかの隠し玉を待っているのだと思える。


「……あのロボットの特徴を教えてください。結界の中にいる、人型に近い動体を優先的に攻撃する。他には何かないですか?」

 渚は尋ねる。

 ルーデが、渚に協力を求めているのだと分かったから。

 そもそも、人間側の敵であるルーデに、渚を助ける理由なんてなかったはずだ。

 わざわざ引き下がるに引き下がれないところまで事情を説明する必要もなかった。

 外灯の明りが降り注ぐ中、口角を歪めて見つめてくるルーデの顔が眩しく見えた。


「動いてなくても、生きてるって分かれば攻撃してくる。動いてるものならコンマ3秒くらいで照準を合わせて、さらにコンマ3秒後には蜂の巣かな。

 ただ、今は夜間用のカメラと昼用のカメラを組み合わせて見てるから、1秒ぐらいの猶予がある。秒速5発、再装填に2秒くらい必要。使用してる弾丸は5.56×45ミリ NATO弾。手足ならマシだけど、どてっぱらに食らえば流石に私でもヤバイ」

「人間なら命懸け、と。それで、ルーデさんは照準を合わせられるまでにどれぐらい動けるんです?」

「この距離だと、一匹に肉薄するぐらいかな。確実に一匹を仕留めるなら、1秒は欲しいね」


 そこまで聞いて、大体の作戦は決まった。

 作戦というのもおこがましい。ただただ、囮を使って隙を作るだけ。

 渚はコートを脱ぎ始める。コートの下は下着と、保温性に優れた肌着、長袖のTシャツが一枚、そしてボトムパンツという格好だ。この季節には厳しい格好だが、不思議と身体が火照りを感じて寒くはなかった。

 ルーデも渚の作戦を理解したようで、直ぐに飛び出せるよう構える。


「スリーカウントでいくよ?」

「分かりました」

『よし、1……2……3ッ!』

 互いに頷き合い、声を合わせてカウントダウンを始める。


 息の合ったタイミング。裾を上にして振り上げられたコートに、ロボット達の銃口が向く。

 三体が照準を整えた。が、銃弾が放たれるより早くルーデが飛び出していく。

 直近の一体に肉薄する。

 三体のロボットが携える腕代わりの機銃が弾を撃ちつくす頃には、火球の如く放たれたルーデの振り抜いた拳が卵型のボディーを捉えていた。

 1発、2発、そして3発。バガンッと卵が砕けて鈍色(にびいろ)の中身をぶちまけた。


「まず一体!」

 ルーデの接近に気付いたロボット達が、装填と照準を同時に行いながら方向転換する。

 ルーデに向き直ったころには、蹴りの一撃を受け二体は纏めて吹き飛ばされた。

 アスファルトを転がった。

 慣性を殺しきるよりも前に火球は地面擦れ擦れを飛来して、低空ドロップキック。

 玉転がしを続けた。


「後一体!」

 二体目のロボットを沈黙さる。

 残る一体が体勢を立て直す。


『(装填。照準。攻撃。逃亡――不可能!)』

 衝撃により混乱した電子回路はプログラムにエラーを吐き出すだけだ。


「三体目ぇッ!」

 最後のボディーブローによって鉄屑へと還る。

 三体全てが煮ても焼いても食えぬ残飯となり、眠りに就いたのを確認したルーデが渚に声をかける。


「もう出てきて良いぜ。……おい、ナギサ?」

 直ぐに反応が返ってこないため、不穏が胸裏を過ぎったのだろう。

 駆け寄ってみれば、穴だらけになったコートを握り締め、片腕を押さえる渚の姿があるのだから驚くのも無理はない。


「お、おい、ナギサ!? どうした!? 弾に当たったのか!?」

「だ、大丈夫……。コートから手を離すよりも先に衝撃に引っ張られちゃったから、少し手首を傷めただけ……です」

 幸い流血や骨折には至って居ない様子だ。

 しかし、ルーデも申し訳ないと思ったのか表情を曇らせる。

 コートも穴だらけになって、買い換える必要があるだろう。高い物ではなかったものの、地味ながら保温性に優れており、割と好きなコートだった。


「最初は通りすがりのお仲間かと思って助けたんだけどよ。助けてみれば運の悪い人間で……まぁ、なんだ、その。ロボットはぶっ壊したから、私ら魔物と関わったことに付いて、政府にバレるまでには少しぐらい時間が稼げるだろうけど」

 言われて見れば、助かるためとは言えルーデと協力してロボットを破壊したのだ。ロボットにカメラが着いている可能性も考慮せずに、だ。


「ちなみに、魔物と関わった一般人ってどうなるんです……?」

 バツが悪そうなルーデを見かねて、痛みに耐えながら渚が尋ねる。

「消される」

「……」

 さらに神妙な表情になった。告げられた答えに、渚も言葉を失う。


「あ、さすがに冗談、冗談。私も正確なところはわからないけど、これまで通りってことにはならないだろうね」

 命こそ助かっても、救いはないらしい。

 政府の施設に監禁されるだとか、常に監視の目が光るようになるだとか、それぐらいであればマシな方だろう。

 魔物と関わったことに対して何かを聞き出そうと、酷い拷問を受けるぐらいはあり得るかもしれない。

「……」

 想像して身震いする。


「それで、お詫びというのも可笑しいけど、落ち着いてからでも良い――」

 ルーデは、渚のボトムパンツのポケットから見えていたハンカチを素早く抜き取り、自身の人差し指を爪で引っ掻くと、流れ出る血で布地に何かを書き記す。


「二、三日中に来てみな――」

 渡し返されたハンカチには、何とか読める血文字である場所の住所が記されていた。

 それが何を意味するのか、渚は直ぐに悟る。

 渚がルーデを見上げると、目の前のワーキャットは子供の様に屈託のない笑顔で言葉を紡ぐ。

「――人類の敵になるつもりなら、歓迎するよ」


§


 その後、渚は自分がどうやって家まで帰ったのかはっきりと覚えていなかった。気づけば自室でベッドに寝転がっていて、電灯に血染めのハンカチを(かざ)していた。

 コートもどこか見つからないところに隠して、風で飛ばされてしまったとか、そんな感じで誤魔化したと思う。小波の表情から見て、どこか訝しんでいるのは分かったが、追求はされなかった。

 寒空の下を歩いてきたというのに、渚の身体は火照り、心臓が鼓動を大きく繰り返すのが分かる。

「今度こそ、約束が守れるかもしれないよ……」

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