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第十章・敵の敵は味方ならず

 時刻は昼。

 道中のコンビニで軽く昼食を終わらせた渚とルーデは、目的の森へとやってきていた。流石に森の中まで車は乗りいれられないため、道が続く限り進み木々に突き当たったところで停車させておく。

「もう少し掛かるみたいだな。やっぱり、少し時間稼ぎしないとダメかねぇ」

 ルーデは、ヒースのセキュリティ突破の進捗を眺めながらぼやく。


『こっちも精いっぱいやってるから、勘弁してよね……』

『後、一時間かそこらだから何とかなるでしょ』

 相変わらずのヒースがアバターで話す。

 今夜の予定だったのを数時間は短縮したのだから、ヒースの頑張りを褒めこそすれ責めることなどできない。後は、如何にルーデが時間を引き延ばせるか、だ。


「わかった。行ってくるよ。ナギサ、これは通信用のインカムな。後、作業が終わったら携帯電話の方にヒースを移しておくと良い」

 そう言って、ルーデがUSBケーブルとインカムを手渡してくる。渚はインカムを耳朶(みみたぶ)に装着して、直ぐにその性質に気づく。

 素人とは言え情報工学を学んでいる身だ。骨伝導を採用した高性能スピーカーに、携帯さえ介さずに無線による複数相互送受信ができるものなど、規格外も甚だしい。しかも髪の毛で隠せるほどに小型な上、通信可能距離は業務用に匹敵している。

「これ、もしかして竜等さんに……?」

「当たり。詳しくは理解でき(わから)ないけど、旦那がブツクサ愚痴ってたのは覚えてるぜ。私らじゃ免許の申請だとか、そういうのができないから個人で買い付けるのは難しいみたいだな」

 まさに他人事のように答えるルーデを見ていると、薫の苦労が手に取るように分かる。

 単純に公文書の偽造や申請の詐称という問題だけでなく、技術面で手に入れるのが難航する代物だ。


「……」

 お礼をするなどと思っていたが、これだけの代物を取引してくれる薫への謝礼など簡単なものでは済みそうにない。

 菓子折りで大丈夫か、もっと高級なお中元みたいなのが良いか、などと渚が悩んでいる間に、助手席側の車窓が軽く鳴る。

「おっと、もう時間みたいだな。私は行ってくるけど、ナギサは危ないと思ったらエリックやエッタを呼んでここから離脱しろ。可能な限りデータの突破が終わるまで引き延ばすわ」

 そう言う間に、また小石が窓を叩いて「出てこい」と急かしてくる。


 件のコボルドなのだろうか。助手席側の森を見回しても姿は見えず、不可視化できるというのは確からしい。

「わかりました……。ルーデさんも、気をつけて」

 余計な気遣いかもしれないけれど、渚は案じて送り出す。

 たった数拍の間に三度、小石を投げつけてくる辺り、相当焦れているようだ。取引の時間を勝手にずらしてくる時点で、何かコボルド達に焦る理由があったのは明白なのだが。


 ルーデは手を軽く振って、心配ないよ、と変わらぬ笑みを浮かべた。

「はいはい、行くから一分ぐらい待てってぇの。感動の別離シーンだぞ? 犬コロには情緒ってもんがわからんのか……」

 どこか遠く聞こえる軽口を吐きながら、ドアを開いて森へと歩んでいく。強くもなく、弱弱しくもない勢いで扉が閉まり、ルーデが耳元でインカムのスイッチを入れるのが見える。

 渚も慌ててインカムのスイッチを入れ、ルーデの言葉を拾おうとする。しかし、聞こえるのは不快な雑音のみ。

 使い方を間違えているのかと戸惑ったところで、異音(ノイズ)の原因が分かる。

 手が震え、インカムを振動が伝っていたからだ。

「大丈夫……ですよね……」

 小刻みな動きを止めない手をもう片手で制し、至極か細い声を漏らす。握りしめた手が痛いほどの力で、一声が喉を焼くようで。


『感度良好。エージェント・ナギサ、聞こえますか?』

 囁くぐらいの声が鼓膜を打つ。

 ルーデの言葉が返ってきたことにハッとして唇を引き結ぶ。

「こちら、ナギサ……。エージェント・ルーデ、こちら感度良好です」

 気取った口調が、本当にお寒い。

 けれど、森の中へ消えていくルーデの背中を見送りながら、戻ってくると信じた。なんだかんだで、余力を残して無事にケロリとした顔を見せるのが、ゲルトルーデという女性な気がしたからだ。

 そこから数分の沈黙に、それほど不安は感じなかった。

 ルーデが残して行ったダッシュボード上のノートパソコンに目を落とすと、画面内ではレトロゲームが熾烈な戦いを繰り広げていた。それでも、ギリギリのところで黄色のマスコットは敵から逃げ切り、水際でタコだか何だか分からない侵略者を凌いでいる。


 その間に、漸くインカムへルーデの台詞が入り込む。

 相手の声が聞こえないため会話の内容が明瞭ではないものの、のらりくらりとなんとか時間稼ぎに努めているのがわかった。

『そりゃ、住処が使えなくなったことにはご愁傷様と言ってやる。けどさ、そっちの都合を押しつけられても困るわけだ。新しい家が欲しけりゃ不動産屋にでも行きなよ』

 何らかの理由で、コボルド達が住処を追われたのは理解できる。

『直ぐそこの古いトンネルだろ? えっ? 秘密の地下道を作るのにどれだけ苦労したかなんて、私に分かるわきゃねぇだろ……!』

 近くのトンネルとなれば二か所で、古いのは件のホラースポットだろう。


 渚は急いでUSBケーブルを手繰り寄せて、先に繋がっている新しく購入した携帯電話で検索をかける。

「えっと、旧め――地下で腐敗していた草木――発生した可燃性ガスの爆発――説明はおざなりである……」

 ネットニュースの記事を読み飛ばしながら、旧隧道で起こった陥没事件について知る。幾つかのニュースを開いてみるも、仮定や推測の話ばかりではっきりとしたことは書かれておらず、日本政府が隠匿していることが伺えた。

 確かに住処が崩落したことは同情するも、それこそこちらの知ったことじゃない。

『私らの所為だって? そりゃどういうことだ?』

 少しずつ不穏な空気が流れ始める。

『私らが日本政府に対して騒ぎを起こしたから、お前らが狙われたって……。そんなもん、逆恨みも良いところじゃねぇか! てめぇらがデータを盗むように依頼してきたんだろうが!』

 やはり、コボルド達の言い分を飲み込めないルーデが苛立ち始めている。


 穏便にデータを奪取してこなかったという面では責任の一端がルーデにあることは確かだが、依頼をした以上はそうしたしわ寄せが自分達にもくることを覚悟すべきである。それに、データの仔細について伝えなかったのはコボルド達の落ち度だろう。

『言わせておけば……。てめぇら格し……ッ! 依頼を受けてやっただけマシだと思ってもらわねぇとよッ』

 理路整然と反論できるほどルーデは思考を纏めるのが得意ではなさそうだし、徐々に怒りで感情が高ぶり始めているのが伝わってくる。口汚く罵ったりしなかったのは、渚という枷が会話を聞いているからだろう。


『分かった……。データが入ったMD(ミニディスク)はここにある。報酬の交渉と行こうじゃないか』

 予定よりも早く話が進んでいるようだが、下手に会話を引き延ばしても今度はルーデがコボルド達に殴りかかってしまうだろう。

 しかし思うに、MDなどどこに隠し持っていたのか。

 ポケットなど無さそうなウェットスーツだったので、内ポケットでもあるのかもしれない。

「……」

 渚にはない小さな内ポケットに目線を落としてやるせない気持ちになる。


 その間にも続く、ルーデとコボルドの交渉合戦。

 コボルド達が作る手芸品を十数点という形で決着がつくまでに、十分ほどの時間が経過した。ほとんどコボルド側は譲らず、ルーデが一方的に順次個数を下げて行ったのが実情だが。

「……来たッ」


 交渉の終わりと同時に、ノートパソコンのプレイ画面に「CLEAR」の文字が浮かび、続けて複数のファイルフォルダが開示される。いずれとも英語か何かの略称であろうアルファベットと、数字を組み合わせた他者には判別不可能な羅列。

「携帯の方に僕を分けておくから、渚はファイルの中身を確認して」

 ノートパソコンのスピーカー部から、少年くらいの声が響く。

 どうやら、それがヒースの声らしい。作業に力を割かなくても良くなったからか、普通に会話ができるようになったようだった。


「わかりました。でも、どれから見れば良いか……あぁ、もうこれで良いや!」

 複数あるフォルダの内、一つをダブルクリックして適当なPDFソフトを開く。

『何が書かれてる……?』

 会話しているのがバレることさえ気にせず、ルーデが問いかけてくる。

「待ってください……。お固い文書と専門用語ばかりで、何について書かれたことなのか分からないんです。もう少しだけ……」

 流し読んで理解できるほど砕けたものではないのは予想していたが、焦れば余計に内容を把握できなくなる。それでも、口の中で言葉を転がすように文字を読んでいく。


「魔物コード151番、雪女および魔物コード152番、雪男、オペレーション・天照作戦。魔物コード247番、蝿の女王……これって……。えっと、これも……」

 いくつかのファイルを開いて、文頭を確認していく。

 そして、到った結論に渚は驚愕の色を隠せなかった。

「これもッ。どれも、魔物討伐の作戦資料です!」

 インカムを通していることさえ忘れて、声を荒げてしまうほどに。

『ッ……。も、もう少し静かに頼む……。しかし、なんで日本政府が早く動いたのか分かった。それに、そいつは広まったらヤバい代物だってこともな』

 ルーデが言うことは確かだ。こんなものが多くの魔物達の手に渡れば、完全に作戦は筒抜けとなって対処されてしまう。対処できずとも逃げ隠れすることもできなくはないだろう。


「すみません。あぁ、コボルドのもありました。魔物コード248番、コボルドおよび249番、コボルドマジシャン、地下包囲掃討作戦」

 すべての作戦資料を見たわけでもないし、いくつかの番号は抜けているが、まだ50ファイル近くはありそうだった。

『サンキュー、ナギサ。これで、もっと報酬を吊り上げられそうしまッ……!』

 次の瞬間、インカムに本当の雑音が混じる。

 いや、雑音だけを残して、ルーデの言葉が届かなくなった。

 そして森から響いてくるのは数十発の射撃音と木々を砕く声。


「る、ルーデさんッ? 返事をしてください、ルーデさん! ルーデさァァァァァァッん」

 目を見開き、戸惑いながら呼びかけ、喉から声を絞り出す。

 ルーデが付けて行ったインカムが完全に沈黙していることを理解して、何が起こったのかを混乱した思考で纏める。――ルーデが撃たれた。

 それを認識した時にはもう体が動いていて、ルーデが指示していた逃走のことなど忘れて車から飛び出していた。


 ノートパソコンが乱暴に地面へ落ちた気がしたけれど、気にすることなくルーデが向かった森の奥へと走る。その傍らで、インカムの周波数を切り替えてエリックやエッタに繋がるよう設定する。

 周波数調整用のダイヤルは間違いなく回したはずだ。未だに無言を貫くインカムに痺れを切らせた渚が、何度も何度も呼びかける。

「エリックさん! エッタさん! お願いですから、返事をしてくださいッ! エリックさん! エッタさん! エリックさん! エッタさん! エ――」

 何度目かの呼び掛けに応えて、二人の変わらぬ口調が聞こえてくる。

『ちょっと静かにしやがれ……。鼓膜が破れるだろうが』

『何かあったご様子ですね。そちらへ向かう準備をしていますので、後20分ほどでそちらに到着します』

 二人とも、このことを予期していたわけではないのだろうが、ルーデではなく渚からの入電という事態に慌てた様子はない。渚も少し落ち着きを取り戻し、これまでのことやルーデに起こったであろうことを伝える。


「コボルドと交渉中にデータの中身を見ました。魔物の討伐作戦に関する資料です。ルーデさんが撃たれたかもしれません……。私は……」

 ルーデの救出に向かっている、と言いかけて口を噤む。

 自分がやろうとしていることの無謀さがわかりながらも、渚が向かってどうなるわけでもないことを知っていても、立ち止まれなかった。それを伝えてしまえば、車へ戻るように言い含められるだけだと思ったから。

『分かった/了解(ラジャー)

 エリックとエッタの返事が重なる。

 もしかしたら二人とも、渚の愚行に気付いていたのかもしれない。気付いていて止めなかったのなら、果たしてどういう理由からだろう。

 考えても仕方なかった。

 考えるなら、どうやってルーデを助けるか、だ。


(スライム君の力を借りれば……うぅん、まずどうやって見えない敵と戦うか。相手は銃だって持ってるみたいだし……やっぱり)

 無理だと諦めそうになったのを、必死に足を動かした。

 これまで渚は何もしてこなかった(・・・)から、今度ここで何もせずに最悪の結末を迎えた場合、自分は大切な約束さえ守ることができなくなる気がした。


 気づけば、硝煙の香りに満たされた場所に佇んでいた。

 昼間でも森が日の光を遮り、肌を刺すように寒い。空っ風で頭上の木が鳴いていて、まるで銃弾に傷つけられたことに慟哭しているようだ。大した距離は走っていないはずなのに、白い息が幾度も口から洩れている。

「ルーデさん……!?」

 周囲を見渡しても、ルーデの姿はない。

 コボルドらしき影も見えず、戦場を移したようだった。

「スライム君、盾をいくつか作れる? うん、それを私の周りに広げておいて」

 念のために、スライム君の伸縮性と硬質化で盾を展開しておく。

 それが功を奏した。


 数歩、先へ進んだところで横合いから盾に硬いものがぶつかる。硬質化していても、数を作っている所為で完全に受け止めきれなかったらしい。けれど、ゴム質を突き進む銃弾をなんとか目視する程度のことは可能だった。

 ただし、スライム君の盾を突きぬけてきた弾丸を避けられるほどに、渚は優れた身体能力を持っているわけではない。

「ガッ……!」

 減速させられた鉛弾を額に受けて、渚は勢いに仰け反り倒れる。途端に頭部を襲う激痛に、渚はのたうちまわるしかなかった。

「い、痛いッ! 痛い! 血! 血がァッ!」

 額を押さえれば赤い液体が流れ出ており、熱いような痺れるような痛みが脳神経を支配している。

 スライム君が渚の体を引っ張って、大木の陰へと入らなければ数発の弾丸の餌食になっていただろう。


 出血が激しいように見えるが、頭部付近には細かな血管が集中しているためにそう見えるだけで、命に関わるような怪我ではなかった。それでも、悠長に転げまわっていられるほど余裕はない。

 敵は、警戒しながらも少しずつこちらに近づいてきているのだから。

次からしばらくアクション回が続きます。

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