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第八話・知らぬところでの一幕

注意点が数点ございます。

1.シーン中の舞台は割とリアルにホラースポットらしいので、御気分などが優れなくなった場合は無理せずブラウザバックしてください。

2.日本に(名目上)軍隊はございませんが、特殊な作戦であるため「軍隊的な」表記をご了承ください。

3.視点や人称の不自然さにつきましては故意の演出です。

 それは丁度、渚達が歓迎パーティーに(うつつ)を抜かしているころのことである。

 渚達が住む町からしばし南下して、県の大動脈たる高速道路と立体交差する片側一車線の県道の先、山間を貫くように一つのトンネルがあった。何十年か前に通されたトンネルであるため、その見た目は古めかしいこともないが奇麗とも言い難い外観だった。外壁に柿の絵――どちらかと言えばレリーフ――が彫り込まれているのは、地元の名産を自己主張しているもののようだ。

 ただし、話の主旨はこちらではない。


 このトンネルが開通する以前、峠を通りぬけるために作られていた旧隧道(ずいどう)が、県道から東側の脇道に入ったところに封鎖されて残されている。南北いずれとも鉄の壁と鉄扉で閉鎖されているはずだが、その日に限っては北側の扉は開かれていた。

 そして、複数の車両が並び、同時に複数人の統率がとれた軍人がフル装備で佇む。微光暗視眼鏡や防弾チョッキ3型、|89式5.56mm小銃ハチキューにH&K-USPと言った物々しい武装である。所せましと並ぶ車両も、単なる輸送車両ではなく装甲車と言った顔ぶれだ。


 その様子をナイトヴィジョンカメラで映像記録している通信兵の手が、不必要なまでにブレたり、落ち付きなく他の場所を映す。

 これから行われる作戦が、常軌を逸していることを匂わせていた。

 何といっても不可解なのは、兵士一同と同様にシルエットのようにしか映っていない光景の中に、卵型をした塊が三機ほど直立に鎮座していることだ。

 『直立に鎮座』などという矛盾した言葉に疑問を抱くことなく、ただそれがコロンブスの卵のようだと意味不明な感想を思い浮かべた者もいるかもしれない。


「ただいまより、オペレーション27トゥウェンティ・セブンを開始する! 今回は念のために国防相より特殊機構兵器が貸与されているが、我々にそのような物は必要ないと思い知らせてやれ!」

 規模は中隊だろうか。階級章ははっきり認識できないが、一等陸尉ないしは曹長であろう小隊長の号令がかかる。

「了解!」

「了解」

「了解……」

 小隊はコンマのずれで返礼をしていく。その後で、隊列を組んでいく。

 一見、まとまっているようではあるものの動きにメリハリはない。

「野外での戦闘演習とは聞いていたけど、いったいこんなところで何をするつもりなのかな?」

「さぁ? 上官達は異様にピリピリしてるけど、何なんだろな……」

「俺、ここって良く出るって噂知ってるぜ。まさか、肝試しでもしようってぇのかね?」

「あの卵みたいなのは何だろ? 特殊兵器って厳つさじゃないよな」

 こそこそと私語までし始める。


 それもそのはずだ。彼らのほとんどは、今から何を敵として戦うかなど教えられていないのだ。

 オペレーション名の数字が原子番号の27番を意味していることさえ気づいている者は極僅かであろう。彼らが敵にしようとしているのは、単なる演習用の的ではない。原子番号27番コバルトを祖とした邪精種コボルドという魔物だった。

「突入!」

 小隊長――司令官が命令する。

 隊列が一斉に鉄扉を潜って隧道へと入りこむが、構えた銃口の先に目標らしき影はない。

『……?』


 誰もが拍子抜けしそうになった瞬間、続けて発砲音が暗闇の中に響き渡った。

「グッ!?」

「ギャァッ!」

「な、何だ!? 撃たれガフッ!」

 マルズフラッシュもなく、最前列に展開した軍人達が凶弾を受けて悲鳴を上げる。

「撃て! 撃て! 反撃しなければやられるぞ!」

 司令官は穴倉の中の様子を察して怒声を発する。

 それに従って、恐慌状態に陥り掛けていた軍人達は何もない空間に向けて引き金を引く。

 虚空を裂いて風化したコンクリート壁に吸い込まれるかと思った銃弾は、確かにそこにいた『何か』を捉えていた。一部は闇の先にある向かい側の鉄の壁へと兆弾したものの、『何か』を数体、絶命させたのだということはわかった。


 死した『何か』は、不可視の力を失って徐々にその姿を表す。

 焦げ茶の薄い体毛に覆われた子供とも思える1m強のシルエット。顔立ちはほとんど区別がつかず、犬の顔にも似ている不可解な生物だ。映画に使われる特殊メイクの類とも勘違いしそうではあったが、兵達は自身の火器に装填されているのが実包いわば実弾であることを確認していた。

 だから、それが人ではなく異形の化け物なのだと、本能的に理解するまで時間はかからなかった。それでなくとも、姿を消した化け物達は仲間を傷つけた敵である。

 ゆえに、引き金に力を込めることを躊躇わせる存在になりえなかったのだ。

「こ、の……化け物め!」

「何なのか分からねぇが、武器を持っている以上は敵だ! 殺せ!」


 もはや銃声も悲鳴も断末魔も、区別がつかない死の不協和音が彼らの周囲を支配する。

「撃ち方止め!」

 司令官が制止するのが早かったか、それとも自動小銃の銃弾を吐き出し切るのが早かったか。次第に静寂が戻り始める。

 仲間も、敵も、乱雑に入り乱れて湿り気を帯びたアスファルトの上に転がっていた。

 幸いにも、最新式の防弾チョッキに守られた軍人達に死者は出てないようである。負傷により作戦遂行ができなくなったのは僅か5名で、彼らはすぐにでも政府の病院へと運ばれて治療を受ける。そして同時に、今日、ここで見た記憶も消される。


 負傷者の運び出しと収容が終わったところで、司令官と動ける者の数人が倒れている魔物の確認を行う。

「人間、じゃないよな……?」

 当然ながら上がる、疑問。

「これが何なのかを気にする必要はない。ただの敵であり、掃討対象。ただそれだけだ」

「りょ、了解しました……!」

 司令官は有無を言わせず兵士の疑問を断ち切り、彼らもそれ以上は言葉を紡ぐことなく兵装のチェックに戻った。

挿絵(By みてみん)

 倒れた魔物、コボルドは全部で8体だ。薄くもやや硬質な体毛は、皮下脂肪と僅かな筋肉を持って、銃弾の威力を軽減していたのだろう。絶命に至るまでに平均して4発程度といったところか。

 魔物とは、総じて高い生命力を持っている。

「おい、こっちはまだ息があるぞ……!」

 不意に、兵士の一人が声を上げる。


 それに従って向かってみれば、か細くも粗い呼吸を繰り返すコボルドが一体。その姿は未だ半透明の状態を保っており、命がある限りは不可解な力によって姿を透明化できると見て間違いない。

 コボルドは手にした拳銃を持ち上げようとしているものの、もはや指一本にすら力を入れることはできなくなっている。

いずれ死に絶えるだろう。

だからこそ、この化け物が紡ごうとしている最後の言葉を、記録せねばならぬと思った。


「ダ、エグ、エオー……アン、スール……ハガル、ティール」

 何語だろうか。途切れ途切れで、血の泡ぶくに纏われいつかれた言葉は、正確な発音さえ聞き取り辛い。

「ンン、ティール…オセル」

 コボルドの口は僅かに、笑っているように見えた。それでいて、目には怒りを溜めている。

「ン……ハガルウル、マン、ニイ……ド、シゲル……」

 そう言い終える頃、いつの間にかコボルドの頭上に佇んでいた司令官が、USPの銃口をそいつに向けていた。


 コボルドの言葉に耳を傾けようとしていた兵士達は、慌ててその場から飛び退く。同時に、コボルドの額を9ミリパラベラム弾が穿つ。薬莢が乾いた音を立てて転がった。

「行くぞ」

 最後の一匹が絶命したことを確認して、司令官が号令をかける。

 皆、それに従い自動小銃を構えるものの、一体どこへ行こうとしているのかと怪訝に首をかしげた。兵士達の先にあるのは、しばしの薄暗い通路と、向かい側へと抜ける穴を塞いだ鉄の壁だけだ。


 そうしている内に、司令官は壁際を眺めて回ると、突きでた赤錆びだらけの直角三角形をした金具に手を掛ける。金具を押し上げた瞬間、重苦しい音を響かせてトンネル中央のコンクリート壁が左右に分かれる。その先には、傾斜になった通路があり、10メートルほど先で左に折れ曲がっている。

 まさか、こんなところに隠し通路があるなどと、ここに肝試しへやってきた愚か者達も気付きはしなかっただろう。


 すぐさま、単発の発砲音が数発、響き渡った。

 通路の先にも、姿なきコボルド達が待ち構えていたのだ。

 壁が開くのに驚いて身を引いていたために銃弾を受ける者はいなかった。反撃はすぐに開始され、先ほどと似たような光景が繰り返される。それ以後も、一班規模が3m幅の通路を進んで安全確認を行い、合図と共に中隊が隊列を組んで追従する。

 コボルドと遭遇すれば先頭から銃撃戦を繰り広げ、マガジンの銃弾が無くなれば別の班に変わる。バリケードを使ってしつこく防戦に回るようであれば、閃光手榴弾などを用いて突破する。一本道を通りぬけて、地下に広がる迷宮へとたどり着くころには、中隊も30人程度まで減っていた。

 無論、まだ作戦を続行できる人員ではあるものの、これ以上の負傷者を出すのは司令官としても避けたいところだったのだろう。加えれば、この迷宮を制圧するには実質、中隊規模では難しいことを知っていたと見える。そのための、卵型特殊兵装――EBF-2Gだと気づいた。


「工兵に連絡! 特殊兵装を動かすように指示しろ。他、隊員は一時、陣を下げて待機だ」

 司令官が通信兵に指示を出す。

 人員が足りなくなることを見越しての貸与であることを思うと苦虫を噛み潰したような顔になるものの、仕方ないと諦めて使用を決意する。プライドを優先して、作戦に失敗する方が恥となるからだ。


 少しして、卵型のロボットが迷宮の待機地点へとやってくる。二足歩行ではなく、底辺部についた小型のキャタピラが重低音を立てている。

 最新モデルのEBF-3Gは二足歩行および自律行動を可能にしているが、この旧世代のモデルは自律行動こそできても機動は覆帯であるため鈍足だった。悪路に対しては強いという利点はあるものの、最大速度が時速4キロでは大概の魔物に逃げられてしまう。

 さらに前世代機ともなれば自律行動ができず、操縦に人手を割かなければならない始末。

 それでもなお、逃げ場が限られた地下迷宮であれば、高い防弾性能を誇る二世代機は大きな優位性を確保できた。


「今より、10人ごと三小隊に分けて進攻する。ロボットと第一小隊は――」

 各自を分断させ、丁字路を二手に進んで行った。

 途中で2、3体のコボルドとの交戦もあったが、ロボットのおかげで容易く突破できた。

 さらに分岐を一小隊ずつに分かれて、コボルド達を追い詰めていく。通信兵を通して地下迷宮の構造を把握することで、大抵はコボルド達がどこで待ち伏せ(アンブッシュ)しているのかはわかる。


「全く……手応えがない。作戦情報が漏れたと聞いた時は肝を冷やしたが、どうやらまだこちらの進攻には気付いていなかったようだな」

 司令官が、作戦の順調な進度に一安心する。

 情報漏洩があったと報告を受け、最高司令部が急遽の作戦決行を取り決めた際には、不安の文字しかなかった。早急に部隊を編成しなければならなかったために中隊規模でしか人員を集められなかったのもある。

 それ以上に、こちらの戦術が筒抜けになっているという状況は、戦闘において不利と言わざるを得ないのだ。


 地下をネグラとして山林を行き来する敵――コボルドは、不可視化できる特性と集団での連携に長けているという点を除けば、身体能力など成人男性のそれ以下である。否、その特性と集団戦があるからこそ、こうして武器を手にして襲ってきたときが恐ろしいのだった。

 漏洩した作戦内容を認識されていたのであれば、密に連携を取り合って奇襲を仕掛けてきただろう。

「さて、後はこの先に大きな空洞があるだけか」

 再び一本道が続くようになり、作戦前に頭へ叩き込んだ地下の地図を思い出す。

「アルファより入電。ポイントYへ到着。加えてベータも、です」

 通信兵の報告を機に、残る小隊からも特定地点へ差し掛かった連絡が相次ぐ。


 四方から大空洞へと合流する形になっているため、コボルド達はもはや袋の鼠というわけだ。いや、袋の野良犬だろうか。

「最終地点へ進攻を開始する! 薄汚れた犬コロを一匹たりとも逃がすな!」

 司令官の檄が各小隊へと伝わり、四方の通路を兵士達が駆ける。


 一本道を抜けて、ほとんど同じタイミングで大空洞へとたどり着く。半円上の弧部分につながった四本の通路を抜けた先に、バリケードが敷かれているのは見えていた。

「なっ……!」

 ゆえにここが最終決戦の場となると思っていたために、司令官は予想外の状況に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 コボルド達が待ち構えているのは想定済みではあった。姿が見えないために、多少の先制を許す覚悟もできていた。しかし、バリケードのさらに奥、半円の底面に近い床に開かれた2m弱の口腔が意味することに、今にも歯が砕けんばかりに歯軋りするのだ。

「大人しく討たれていれば良いものを……! 逃げ道を掘っていただと! 忌々しッ!?」

 当然、時間稼ぎの殿がいて、司令官の悪態を遮るようにして銃弾が側の壁を穿つ。


 それを皮切りに銃撃戦が開始される。

 今までのように容易く突破できないことに司令官や兵士達は苛立ち、判断を鈍らせる。特に大きな空間であり、閃光手榴弾を使用できないことがこの膠着状態を長引かせた原因であった。

 だから、銃声の中で囁かれる言葉に、大空洞の中で空気が変わったことに、誰一人として気づくことができなかったのである。

 ただ三体だけ、自律行動が可能だったロボット達だけがそれに気づいていた。銃声の中でも超高性能スピーカーにより拾い上げた僅かな音声と、空間の温度変化をサーモセンサーで感知したことで、兵士達よりも早く行動に移ることができた。

『(高エネルギー反応感知。魔法反応判断)』

『(早期撤退。不可能)』

『(戦闘データ保護。最優先事項。防御態勢移行)』

 三体がそれぞれ、情報をリンクさせて最善の行動を算出する。通路へと後退していき、二体が残る一体の壁となるように、攻撃さえ止めて腕を絡めながら壁へもう片腕を突き立てる。

 来る破壊に備えてキャタピラへ制動を掛けたのだった。


「【ケン・アンスール・ソン・ウル・オセル・ギューフ】、【ケン・アンスール・ソン・ウル・オセル・ギューフ】――」

 数度、繰り返された言葉の後。

 大空洞の中心に近いところで、一つの光球が生まれて漸くその呟きに気づけた。兵士達の視線が光球に集まったことで銃声が止み、生き残ったコボルド達が床の穴へと向かって走り始める。

 大空洞より下に隠れていた何者かが、魔法を発動させていたことを知る。

 しかし、司令官が命令を下そうとした時には既に遅かった。


「撤退だ! 避難し――」

 言葉半ばで、全てを白光が包み込んだ。

 膨れ上がった熱が、肉体ともども魂さえも焼き尽くす。爆発という暴虐が吹き荒れ、地下の広間を灰燼へと収束させていく。大規模の戦術兵器に匹敵する灼熱はその場の酸素を燃やしつくし、圧力のバランスを取ろうと風が流れ込んでいく。

 熱量と爆風だけであれば、コンクリートに囲まれた地下迷宮はその力を押しとどめることに成功したであろう。けれど、何十年にも渡って劣化していった防壁は目まぐるしい変革についていくことができず、耐久度の限界を迎えて蜘蛛の巣状の亀裂を生じさせていった。

 鉄筋こそ埋め込まれていたものの、外壁と同じ時を過ごした彼らも既に限界を迎えていた。地上から圧し掛かる大自然の重圧に耐えきれず、ひび割れた壁とともに土砂を飲み下すことになる。


 その日以後、旧トンネルで囁かれていた幽霊騒ぎは、そこの崩落とともになりを潜めることとなる。

 そもそも、幽霊の正体が悪戯好きの邪精種であった以上は、崩落しようがしまいが変わらない結果になっていたのだが。それでも幽霊騒ぎなど忘れられて、謎の爆発による崩落はその地域のローカルテレビ局に限らず、全国的にワイドショーを賑わせることになるのだった。

 この騒動のおかげで、事態の隠蔽に奔走した日本政府の行動に遅延が生じたのは言うまでもなく、他にもいくつかの歯車を狂わせる結果となった。それは、全体の歪みに波及することで、『アドリアーナ・ルクヴルール』の面々にも関係していく。

ホラースポットに詳しかったり、地元の方ならもしかしたらどこが舞台なのか分かってくるかもしれませんね。


※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は(半分くらい)架空であり、実在のものとは(それほど)関係ありません。

ぐらいの気持ちでお願いします。


2017/09/22 コボルドの立ち絵を挿入しました。体毛を描くのが面倒だった(ぉぃ

持っている銃はなんとなくでマーリンM336にしてみた。

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