表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/50

§

 翌朝、ルーデはあらかじめ渚の部屋を観察して掴んだ情報から、彼女の通う学校を突き止めていた。

 『女の子の部屋を覗くな、などと言っておきながら舌の根も乾かぬうちにそれですか』などとエッタに突っ込まれたのはその時だった。

 渚がアパートを飛び出していく様子を、建物の屋上から聞き耳を立て、昨日と同じ駅へと向かうのを見届ける。

 その後、直ぐに渚の学校へと向かって駆けだした。

「ランニングにはまだ寒いな」


 学校までは自宅から8駅ばかし先にある。都会の8駅に比べて、地方の8駅は程遠い距離で、目的地までは直線距離で考えても15キロ。普通に道を歩いたのでは、4~5時間後に到着する計算だ。

 無論、人外の俊足を誇るルーデにしてみれば容易く走破できる距離なのだが、問題が一つあった。ルーデもといライカンスロープ種が実力を出せるのは、夜間限定なのである。

 昼間は人間よりも少し高いぐらいしか運動能力を出力できず、良くて100メートルを8秒から9秒で走れる程度。持久力はフルマラソンの走者並だ。夜間においては肉体を獣に近づけることにより、昼間の2倍ほどの運動能力まで得られる。

 とはいえ、夜でなくとも少し時間をかければ昼前ぐらいには到着できるだろう。かなりの強行突破になるのは確かだが。


『ヒースコートを無理やり動かして、車を出させますが?』

「問題ないよ。眠気覚ましの運動には丁度良いさ」

 エッタの提案をやんわりと断る。


「よーい、ドンッ」

 軽いランニングで準備運動をしたルーデが、クラウチングスタートの体勢からアスファルトを強く蹴った。

 線路沿いに走り続け、森を超え、山を超えて海辺の町並みへと出る。

 コンクリート打ちの古びた無人駅へと山の斜面を駆け登り、一つ目のフェンスを飛び越える。


「ヒャッホー!

 線路を跨いで向かい側のホームへと幅跳びして、二つ目のフェンスも軽々と越えていく。駅へ上ってくる階段の手すりに着地して滑り降りると、小さな個人商店の前を通り過ぎて国道へと出る。残り二百メートルばかしを一気に駆け抜ければ、目的の学校が見えてくる。

 横を通り過ぎていく車から僅かに視線を受けていたかもしれないが、概ねは目立たず到着できたと思った。のもつかの間、ルーデの話題は学校周辺で実しやかに囁かれることになったのは別の話である。


「タイムは?」

否定(ネガティブ)。そのようなものは計測していません。およそ3時間といったところでしょうか』

 校門傍の垣根に隠れ、エッタに確認を取るものの冷たく一蹴される。

 はたして、待つ間は何をしていたのだろうか。


「帰りと比べようと思ったのに。まぁ、良いや。とりあえずは……」

 校門の陰まで移動して覗きこめば、なかなかに広い駐車スペースがある。どこかに隠れて渚の様子を観察するつもりで、身を伏せられそうな場所を探す。


「あそこで良いか」

 大型の校舎から、二階部分に渡り廊下をつけた小さめの建造物に目をつける。

 校門からでも、大型の校舎の各教室で授業を受ける学生達の姿は確認できた。その中の、三階の一角で黒板を見つめる渚の姿も見つけられる。

 特別授業用の建物と一般の授業を受ける校舎で分かれていることなどルーデに知る由もなかったが、前者の建物の屋上からは渚の教室が良く観察できる。

 距離はあまり開いていないものの、問題はないと判断した。


「ササッと。パパパッと」

 おかしな掛声と同時に、駐車されている車の陰へと身を潜め、特別授業用の建物裏へと滑りこんだ後は雨樋を伝って屋上へ上る。身を伏せて、教室側から見つからないようにしつつ聞き耳を立てる。

 獣耳の状態よりは音を聞き取ることが難しいものの、少し集中すれば教室内の話声ぐらいは大丈夫だった。当然、小難しい授業の内容は意図的に聞かないようにしておく。


『問題なさそうですございますね。意外と』

「言っただろぉ? やればできる子なんだよ、私は。意外とか、ちょっと傷つくんですけどぉ……」

 エッタの抑揚のない声が感心に染まっている。

 エッタからの評価が上がるのは嬉しいところだが、どれだけ今までの評価が低かったのかという話である。


『私の意するところを忌憚(きたん)なく申し上げてもよろしいですが?』

「……まぁ、良いよ。それよりさ、昨日の話のことなんだが」

 評価を上げていくのは追々として、ルーデは話題を変える。

 聞き耳を立てた時に確認したが、昨日の今日で再び渚に監視がつく様子はないようなので安心した。しかし、待機中に中断になった推論の続きを――暇つぶしがてら――しておきたいと考えた。


『……了解(ラジャー)。思った以上に日本政府に面が割れるのが早かったのは、政府側でブラックリスト化されていると見て間違いないでしょう』

「記憶を消した後も、『記憶返り』の可能性と再遭遇を想定して個人情報を集積しているってことだったか。それは仕方ないとして、もっと気になるのはなんで監視状態なのか、って話だよ」

『それについては昨晩通り推論しか出てきていませんが、現状では記憶を消しても私達がまた接触する可能性があり、その意味がないから。というのが有力候補でしょう。無論、それだと渚を監視し続けて私達を見つけ出す目論見(もくろみ)があると予想できますが……』


 要するに、漣 渚という人間の存在は日本政府に筒抜けになっており、死ぬまで生き様の全てが丸裸にされてしまうということだ。

 昨晩にその話をした時は、マダリンに止めに入られなければ激昂して、日本政府の本陣に乗り込もうとさえ考えた。

 エリックがマダリンを呼んできていなければ、ルーデとエッタによる霞が関で殺陣が行われる一歩手前だったのはここだけの秘密である。

 『アドリアーナ・ルクヴルール』の全員が、この状況を良しとしていないのは確かだ。日本政府が全力を上げて攻めてきたところで、負けはないという自負こそあるが。


『やはり、このまま指を咥えて待つのは問題なのではないかと愚考します。マダリン様は、いささか人類に対して甘いのです』

 ルーデは渚を慮ってのことだが、エッタは少し理由が違う。

 渚を含む『アドリアーナ・ルクヴルール』の皆への干渉は、「御身たるマダリン様への害意と看做(みな)します」というのが根底にあるのだ。


否定(ネガティブ)。そうそう簡単に攻めては来られないから、姉さんも止めたんだろうよ」

『……』

 エッタの口癖を真似つつ(なだ)める。


「話の続きになるけどさ。戦いに勝てるかどうかって話よりも、日本政府にとっては私ら(魔物)のことを隠匿しておきたいって言うのが先立つんだろうな。そこから考えると、他の可能性があるように思えてならないんだが」

『そうおっしゃられますと?』

「仮説の段階だけど、二つばかし。まず、記憶は二度も消せないんじゃないか? 心身に影響があるのか、それとも技術的な問題かはわからないけど。

 これまでもそう。『記憶返り』した人間が魔物との遭遇を描いた娯楽作品を世に出せたのは、そういう一面が大きいからじゃないかってね。思ったわけよ」

『娯楽作品として出回ることに大きな影響がないと考え、再度の記憶消去を実行しなかったわけではなく、ですか……。確かに、我々を探し出すなら監視するより尋問なりした方が圧倒的に簡単ですが。しかし、それもそれで説として弱いのではと反ろ……』

 反論しかけたエッタの言葉を遮り、ルーデが話を続ける。


「その二、私らが盗んだ情報が理由って説だ」

『一昨日に盗み出したデータが、ですか? しかし、あれは一地方にある秘密の自衛隊基地から盗み出した程度の代物でございますよ? 渚を監視するに留めるほどの、重要な機密があるとは思えないのですが』

 エッタは納得していない様子である。

 ルーデも、ここで折れるつもりはなく、畳み掛けていく。


「一つ一つは核心に欠ける説ばっかだけど、それが二つ合わさるとどうだ? 特に、再消去不可説を中心に考えれば?」

『……しかし、どうなると……。いえ……それは、ルーデ様の勘でしょうか?』

 エッタがどんな答えに至ったかはわからないが、問いに対しては肯定せざるを得ない。そこまで論証を出せるほど、今はわからないことの方が多いのだ。


「あぁ。監視してた奴らから聞き出せれば良かったけど、流石に口を割るとは思えないしねぇ。まっ、ナギサのことは私達が守ってやれば良いし、ヒースがプロテクトを解除すれば何かがわかるんじゃないか?

 とまぁ、話はここまでしよう。ナギサが動き出した」

 難しいことを考えるのはルーデの役目ではないため、ありきたりなチャイムの音色を機に話を終わらせる。

 渚がお弁当箱らしき物を入れた巾着を手に、教室を出て行こうとするのを見て、気づいてはいけないことに気づいてしまう。


「あッ……。ナギサって、もしかしなくてもボッチだ……」

『……』

 ルーデの呟きに、インカムの向こうからエッタの鎮痛な息が漏れるのが伝わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ