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ロボットの憂鬱 The tranquilizer

 ロボットという存在がいた。

 人間という存在がいた。

 時代は違うかもしれない。身体の構成は違うかもしれない。

 だが、その二つの共通点として――『生きている』ことがあげられる。

 生まれた時代が違い、

 構成されているものも違い、

 感情も紛い物かもしれない。

 それでも。

 ロボットが少女を愛してることに変わりはない。

 気付かない間にロボットは少女のことを好きになっていたのだ。

 ロボットはエレベーターから景色を眺めながら、古い記憶を思い起こす。

 人間と同じように、『思い出』は古いものに至っては消えてしまう――なんてことはなく、ロボットはメモリ上限まで使い切らない限り、その思い出は消えることは無い。もちろん、それは思い出というよりは出来事というほうが近いかもしれないが。



 その記憶は、彼が軍の研修場に在籍していた時のことだった。


「好き、ってどういうことだ?」


 その研修場には、古い型式のロボット――用務員に近い仕事をしていた――が居た。

 そして暇なときは、話すことが好きだったから、良く休憩所になっていた広場にやってくる。

 彼もまた、休憩時間は暇だったし、知識を手に入れたいこともあったから、その用務員もどきの老ロボットの話を聞いていた。

 そして、彼が質問するのは、本で得た知識について。あるいは、授業で習った知識について。いずれにせよ、それではきちんとした知識が得られていない。自分の中でモヤモヤしたことがあったら、その老ロボットに質問をしていた。

 その老ロボットなら、自分の疑問を解消するような答えを知っていると信じて。


「誰かのことを誰よりも何よりも大切にすることさ」


 そして、老ロボットは彼の質問にそう答えた。

 ロボットは老ロボットが言ったことが解らなかった。

 解ろうとしても、解ることが出来なかった。

 老ロボットは現在使われているロボットとは違うシステムで構築されている。それゆえ、難しく、よく言えば感情的に、悪く言えばロボットらしくない思考を持っていた。老ロボットはロボットであるにもかかわらず、人間のような考えを持っていた――それがどこまでほんとうだったかは定かでは無いが。

 彼は疑問を解消すべく、さらに老ロボットへ切り込んでいく。


「つまり、誰かをいろんなものから守れば、それは愛と言えるのか?」

「難しい質問だな。そうとも。ただ、その意味を履き違えることだってある。まぁ、そんなことはプログラミングされた頭脳を持つ我々が言うことじゃないのかもしれないがな。……それこそ、好きという思いは人間のような存在、生きている存在しか出来ないことなのかもしれないな」


 老ロボットは顎に手を当てて考える仕草を見せる。

 ロボットはプログラミングされた頭脳を持っている。しかし人間はそうではない。もっと言えばそれ以外の『生きている』存在はみなそうだった。ロボットは生殖機能を当然ながら持ち合わせていない。だから人間のように、生き物のように子供を作ることなど出来ない。だから――『好き』という機能は本来必要ない機能と言っても過言では無い。

 プログラミングされているからこそ、予想されている範囲内では、その頭脳は範囲内の行動をとる。しかしながら、範囲外のことが起きてしまえば、どうなるだろうか。

 それこそ『想定外』の行動をとるかもしれない。

 彼はさらに質問をしていく。


「どういうことだ。人間に出来て、我々に出来ないのはなぜだ」


 別に、人間に対して優位でありたいと思っているわけではない。

 ただ、とっくに滅んでしまった種族に出来なくて、生き残った自分たちに出来ないことというのは、どうしてもその『違い』が気になってしまうということだった。


「つまりは簡単な話さ」

「簡単な話?」


 老ロボットは頷き、


「我々はこの惑星にかつて暮らしていたと言われている――今は生存しているかどうかも定かでは無い、高い知能を持った種族、人間によって作られたコンピュータ『アリス』がロボットを作り上げた。つまりは、我々はロボットから作られたロボットなんだ。人間が作ったならば、プログラミングの『遊び心』で、運よくそんな機能が入っているかもしれない。しかしながら、アリスは違う。アリスは全てを観測し、全てを顕現し、全てを実現出来る存在だ。そしてそのプログラムは厳しい規則によって成り立っていると言われている。そのプログラムには人間のデータなど消えていて、まさに『完璧なコンピュータ』であると言われている。そのコンピュータが作ったロボットは……、ロボットの倫理しか持たない。そう、考えられているのだよ」



 そして、これはまた別の記憶。

 彼が軍人となって暫く経ったある時のこと。

 彼は夜の空を眺めていた。ネオンが暗闇だった空に弾け、キラキラと輝いているのが解った。

 彼ら――正確に言えば彼のようなロボットが、地球と呼ばれていた惑星を侵略して間もない時期のことだった。


「ここは宇宙一の絶景だよ。百万ダイスの夜景とも呼ばれている」


 ふと後ろから声がかかり、彼は振り返った。

 すると、そこにいたのは彼と同じロボットだった。だが、彼と比べて少し錆びつき始めていたのも解る。

 それはまるで彼が研修場時代に出会った老ロボットのようだった。

 ロボットは錆びる。それは空気に触れる、否、酸素に触れる物が持つ宿命ともいえよう。ロボットたちは自らの肉体を悔やみ、学び、そしてあらたな形を作りあげた。

 『レイバー』と呼ばれるそれは言わば彼が作り上げられた時に製法を確立した合金である。作り方は多数メーカーによる寡占(ただ、現時点では一メーカーによる独占が続いているのだが)を防ぐ為に他言を禁止している。だから、誰にもその方法は解らない。ロボットにだって、解らないことは沢山あるのだ。


「どうした? そんなに私の身体が珍しいか?」

「いえ、」


 そう言って彼は恭しく笑う。

 相手のロボットは不敵に笑みを浮かべて、そのまま彼の横に立つと、踵を返しフェンスに体重を軽くかけた。


「ロボットは昔もこんな錆びる身体だったんだよ。酸素というものは少なくともゆっくりだが確実に我々の身体を滅ぼしつつある。そこで『レイバー』なるものが生み出された。ロボットは錆びなくなり、そして我々の祖先である人間がいたという大地へたどりついた。遠い昔、人間もこの夜空を見ていたのだろうな」


「……ご老人、と申すべきだろうか? まあ、ご老人。一つ、仮にですが、聞きたいことがあります」


 彼は、あの老ロボットを目の前のロボットに重ねながら、訊ねた。


「なんだね?」

「もし、人間が生きているとして……ロボットに出会うなんてことは有り得るでしょうか?」

「ふむ。面白いことを言うね」


 老ロボットは笑っていた。彼の言うことには間違いなどなかった。だが、老ロボットにはそれが嘘にも思えた。


「人間はだいぶ昔に別の星へ身を移したと言われているんだ。居ないと思えるし。現に移住の理由が空気の汚染だから、もう滅んでいるんじゃないのか?」


 その回答は、予想通りの回答だった。

 確かに人間はもうこの星には暮らしていないと言われている。空気汚染が深刻であったこの惑星は、ロボットであるからこそ漸く暮らしていけるほどだった。ロボットには酸素を必要としない。だからこそ、レイバーで作られていないロボット以外にとっては逆に酸素がない惑星のほうが有難い。


「そうですか」


 彼はただ空を眺めて、それだけを呟いた。

 簡単に答えなど得られるわけがない――そんなことを、思いながら。

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