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ロボットと少女 Robot meets girl

「そろそろかな」


 私は時計を見てスイッチを押した。

 同時に開く鉄の扉。

 私は、無意識のうちに心が高鳴っていた。

 今日は『あの人』に会うことができる。

 ただその思いだけが、私の心を高鳴らせていた。

 ここは高い高層ビル。この星で一番高いビル。私はそっと右手で『101』と書かれたボタンを押す。

 扉がゆっくりと閉まっていき、がくん、とその鉄の塊は動き始める。先人はこれを『エレベーター』と呼んだそうだが、今はそれを確かめるすべはない。

 この星は一〇〇〇年も前に戦争によって滅ぼされたといわれている。曖昧な口調となっているのは、さっきと同様、それを確かめるすべがないのだ。

 この星で栄華を極めていた生物はその戦争により死滅したと聞く。

 戦争で使われた核の炎。それが生物をすべて焼き尽くしたのだ。

 しかし、私はそうでない、と思う。何千年もこの星に住んでいたのだから、きっとその生物はうまいことどこかにいるのではないか、とも思った。

 しかし、それを裏付ける証拠なんてない。

 その鉄の塊が目的の階に着いたのを知らせるベルが鳴ったのは、その時だった。

 エレベーターとやらは、生物がすっかり死滅してしまった今でも、エネルギーさえ供給させれば使うことが出来る。かくも便利な機械だ。もしも未だこのエレベーターを作った人間が居るというならば、そのエレベーターが動いている姿を目の当たりにしたならば、どのような感情を抱くことだろう。

 そんなことを考えながら、私は左手に持つ、お馳走になっていた小さな紙袋を右手に抱えなおし、外に出た。



 そのビルの一〇一階はとても静かだった。

 エレベーターホールには大きな火の玉を中心に水、金、水と土が大地と海のように分かれているもの、火、木の枝、土で構成されている、そして同じような三つの玉――これだけはどの物質でできているかは特定できなかった――が置かれていた。まるでこの星が含まれる惑星系を作るかのように。

 私がいる星は、その中の、火の球から数えて三番目の玉らしい。その球にはバツ印がついていた。それは我々が侵略した証をさしていて、我々は侵略したのちこのオブジェを建て、自分たちが侵略した星を忘れないためにバツ印をつけるのだ、と偉いお方に習った記憶がある。

 私はそれを横目で見やり、左に進んだ。いろいろなドアがあったが、何も見ず、ただ一心に一番奥の部屋に向かった。

 まず、一度ノック。するとすぐさま返事が返ってきた。


「失礼します」


 私は小さく、低い声で言って――もしかしたら声は震えていたかもしれないが――中に入った。




 中は狭かった。窓もなく、壁には青空の壁紙、部屋の中には小さな机といすだけ。

 そこまで確認した時、彼はその椅子に誰かが座っていることが確認できた。


「……『ソクラ』……ですか?」


 私はその声を聞き、「その通りでございます」と言った。


「……外の様子はどうでしたか」


 彼女、は優しい声で言った。彼女の隣にはその姿にそっくりな絵もあった。

 彼女は目が見えなかった。それは私が初めてここに来た時からである。

 彼女は人間だった。

 そして彼女は、ソクラと呼ばれる『誰か』を私だと認識しているようだった。

 なぜ目が見えなくなったのかは解らない。ただ、彼女はずっとこの高層ビルにいたようである。しかし、なぜ彼女は捕虜にもならずここにいるのか?

 それは前に私の上司に聞いたが、『我々が侵攻したときにはすでに人間が滅んでいた』とのことであった。まるでついさっきまでいたような生活感と真新しいビル群を遺して、先人たちはどこかへ消えていったというのだ。未だにその話を聞いて私は信じられない。


「……何も変わりはありません」


 私は、大丈夫、とモーションをとって言った。

 見えるはずはないのに。

 そんなことは分かっているのに。


「全く変わりない一週間でしたよ?」


 それを言うと「そうですか」とまたも優しい声で言った。

 私はそれを言われるたび、胸が苦しくなった。いや、こんな私に苦しくなるほどの胸なんてあるのだろうか。



 無言で部屋を出る――ほんとうはそうしたかった。

 だが、そうもいかない。彼女は私が出るタイミングを上手く察しているようで、いつも彼女のほうから挨拶をしてくれる。「今日もありがとう」、と。私はそれを聞いて、ただ頷くことしか出来なかった。

 一〇一階は廃墟となっており、彼女が居る部屋以外は空き部屋となっている。もともと軍が関与している施設ではあったが、この施設が老朽化の進んでいる施設と知ったからか、軍は撤退してしまった。

 だから今、ここに居る生物は――彼女以外居ない。

 エレベーターホールを抜け、脇にあるトイレへと向かう。

 トイレには鏡があり、私はそれを見つめた。

 何をするためか。

 単純明解。私がどのような姿であるか、再確認するためだった。

 金属でできた無骨なフォルム。人間のように曲線で構成されておらず、その対照的に角ばったフォルムだった。手には疑似肉体手袋を装着している(武器を構えるとき、やはり骨格が丸出しとなってしまっている手で使うわけにもいかない。金属同士で静電気が飛んでしまう危険性も考えられるから、私のような存在は手袋を持っている、というわけだ)から、おおよそ人間と同じような手の感触だと思う。

 しかし、それ以外は――紛れもない人工物ロボットだった。

 鏡を眺め、私は先ほどの彼女のやり取りを思い返していた。

 私はソクラではない。私の名前は――また別にある。

 そもそも私は人間では無くて、ロボットなのだから。

 しかしながら、それを彼女に伝えたところで、私はソクラではないと伝えたところで、何が変わるだろうか。

 人間は『心』を持っているという。精神というものを持っているという。人間は肉体が壊れてしまってもいけないし、心が壊れてしまってもいけないらしい。我々よりも繊細な存在だった。

 それで、彼女の心が壊れてしまうのなら。

 それで、彼女の精神が壊れてしまうのなら。

 私は、真実を告げることが出来なかった。

 友人には鼻で笑われてしまっているが、それが私の考え。それが私の生き方だ。


「……もしかしたら、」


 どこかの本で読んだことがある。人間は、異性を好きになる思いがあったという。異性を好きになって、身体を交わせ、子孫を残すのだ。我々ロボットにはそのような機能は無い。工場で作って『教育』させてしまえば私と同じ躯体が出来上がるだけのことだ。

 もしかしたら私は、彼女に恋をしていたのかもしれない。彼女を守りたい。そう思っていたのだから。

 そしてそれは、人間とロボットの恋。

 人間が生きていることですら問題なのに、ロボットが恋をした? それを知られたらどうなることだろうか。

 何としても、彼女を守らねばならない。

 そう決意して、私はエレベーターホールに戻ることにした。

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