表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

エンドリア物語

「眠りの先」<エンドリア物語外伝51>

作者: あまみつ

「ダマされた!」

「ダマされたしゅ!」

 今朝、桃海亭にアレン皇太子がやってきた。

 ハニマン爺さんが遠方からエンドリア王国に遊びにきてくれたのだから、桃海亭でごちそうを作ろうという言い出した。金がないというオレに、知り合いの漁師に言えば安く分けてくれる。魚を買ってきてくれないか?と頼まれた。

 金はアレン皇太子が出してくれる。ちょっと遠いから大型飛竜も貸してくれる。好条件にオレとムーは快く首を縦に振った。

 飛竜に乗ると飛竜の騎乗手がオレンジジュースを振る舞ってくれた。生の搾りたてのジュースで、オレとムーは『うまい』『美味しいしゅ』と堪能した。その後、眠くなって目覚めると、見知らぬ部屋にいた。

「どこだよ、ここ!」

「ひどいしゅ!」

 薄汚れた石でできた部屋だ。オレとムーは手錠をかけられて、床に転がされていた。オレ愛用の背嚢も、ムーのポシェットもない。

 オレ達が目覚めてすぐに重々しい音を立てて扉が開いた。厚さ20センチをこえる分厚い金属の扉だ。

 入ってきたのは軍人だった。

 長身で、いかつい身体でカーキ色の制服をビシッと着ている。

「エンドリア王国国民ワット・ドイアルとムー・スウィンデルズ。ザイアムでの詐欺及び窃盗容疑で逮捕する」

「はぁ?」

「ほよしゅ?」

 ワット・ドイアルはオレがウィル・バーカーを使えないときに使う偽名だ。ムー・スウィンデルズはムーが養子に出る前の名前だ。

 だから、そこはわからないでもない。

 だが。

「ザイアムって、どこだ?」

「どこしょ?」

「リュンハ帝国北東部にある港町だ。お前たちがウィル・バーカーとムー・ペトリの名をかたり、食堂で名物のエビ料理を無銭飲食した町だ。忘れたとは言わせないぞ」

 かたったと言われても、オレ達は本物だ。

 そして、もっと大切なことを間違えている。

「オレ達はエビなんて食っていないぞ!」

「食べてないしゅ!」

「この間エビを口にしたのは………いつだったけ」

「あれしゅ、モンスターにもらったしゅ」

「そうだ、魚のモンスターに分けてもらったんだ。エビの頭と胴体は魚が食べたから、オレ達が食えたのは尻尾だけだったけど、うまかったなあ。あれが最後に食べたエビで………」

「高いから、ゾンビが買ってくれないしゅ」

 今回、漁師から買う海産物にエビがあることを密かに期待していた。

 それなのに、食べられずに、食べたことになっている。

「エビ、食べたいなあ」

「食べたいしゅ…」

 軍人が革靴の踵を床に打ち付けた。

 ガンという音と振動が、床に響いた。

「食堂の主人も店のいた客達もお前たちだと証言した。金貨5枚分をその体で払ってもらうぞ」

「金貨5枚!どんなエビを食ったら、そんなに高くなるんだ?」

「食堂の主人によると高級エビ、ムザルエビだそうだ」

「そんなはずないしゅ!」

「目撃者はたくさんいる」

「ボクしゃん達はムザルエビを食べられないしゅ!」

「何度言わせれば気が済むのだ。目撃者はたくさんいるのだ」

「ムザルエビは今の時期は産卵の為に深海に移動するしゅ。沿岸にはいないしゅ」

 ムーの膨大な知識、バンザイ!

 軍人の男は感情のない目でオレ達を見た。

 しばらく沈黙した後、言った。

「裁判は終わっている」

「はい?」

「ほよよしゅ?」

「訴えた食堂の店主も目撃した客もおり、捕まえた警備兵いる。お前たちが出席した裁判で有罪が確定した。ここまで輸送した兵もいる。言っている意味が分かるな、ウィル・バーカー」

 軍人の男が言わんとすることはわかった。

「あの……あの…………」

「どうした?」

「あのクソ爺!!!!!」

 靴の先がオレの腹に食い込んだ。

「ぐほぉ!」

 とっさに腹筋に力を込めたが、ダメージは少なくない。

 初めて感情を露わにした軍人は激怒していた。

「あのお方をそのように呼ぶことが二度できんところに送ってやる」





「オレ達、爺さんにひどいことしたか?」

「わからないしゅ」

 鉄棒のできた檻を紐で吊しただけのエレベーターに乗って深い深い地下に下ろされた。

 ムーの魔法は封じられていない。オレ達がいた建物を吹き飛ばすことは可能だったが、建物についての知識がまたったくない状態で吹き飛ばすのは危険すぎる。しかたなく、部屋から出た扉の前に設置されていたエレベーターに乗った。

 乗っているのはオレ達2人だけだ。

 軍人の男はオレ達を檻にいれると、外側から鍵をかけて残った。

「思ったより深いよな」

 乗ったときは、穴の壁は漆喰で塗り固められていた。いまは素堀りの状態だ。むき出しになった土が湿り気を帯びて光っている。

 乗っている檻の上部に光り苔がついているので、横は見えるが真下は暗くて見えない。

「困ったよな」

「困ったしゅ」

 エレベーターがここまで深いところとは予想外だった。

 ムーの魔法で上部を吹っ飛ばすと、オレ達が生き埋めになりそうだ。

 ガクンと箱が停止した。

「痛いしゅ」

 ムーが額を押さえていた。急停止で額をぶつけたらしい。

「降りろ」

 檻の扉が開いていた。その先には素堀りの横穴、脇に立っているのは厳めしい顔をした初老の軍人。

「ついてこい」

 光苔のついた横穴を20メートルほどいったところに金属の扉があった。開けると光が溢れた。

「うわっ!」

「まぶしいしゅ!」

 素堀りの横穴に続いているとは思えない整った部屋があった。

 漆喰の塗られた白い壁。床の表面には大理石を張っている。椅子やテーブルもシンプルだが作りのいい上質の物だ。

「疑って悪かったよな」

「はいしゅ」

 爺さんが何を考えているのかわからないが、この地下の部屋は桃海亭のオレの部屋より100倍は住み心地がいい。

「ここではない」

「違うんですか?」

「ほよ?」

 オレ達が入ってきたのとは別の木で作られた扉で部屋を出た。絨毯が敷かれた廊下を歩いて、別の部屋に行った。そこから、また別の部屋に。地下に続く梯子を降りて、別の部屋に。金属の扉を抜けて、別の部屋。

 そして長い廊下を歩き始めた。

 オレの表情はムスッとしたものになっていた。

 トラップだらけの廊下だ。いまは作動を停止しているのだろうが、動き出したら誰も抜けられない。

 扉を抜けて、部屋を抜けて、またトラップだらけの長い廊下。

 ついた小部屋は壁に魔法文字がびっしりと書かれている。そして、また扉を抜けてを3回ほど繰り返したとき、ようやく開いた空間に出た。

「やっぱ、ダマされたんだな」

「ダマされたんしゅ」

 最後の扉は分厚い金属で、魔法が幾重にも掛けられていた。

 それもそのはず。

「ムー、ここがどこだかわかるか?」

「鉱山しゅ」

「それは見ればわかる」

 開けた空間の壁は銀色に輝いており、大きな足場がいくつも組まれていた。何十人もの屈強な男たちがツルハシで銀の壁を砕いている。砕石された石は次々と滑車で下におろされ、それを別の男達が猫車で運ぶ。どの男達も汗と銀色の粉にまみれ、厳しい顔をしている。

 オレ達を案内してきた初老の軍人が足を早めた。慌てて後を追う。

 猫車に荷を積んでいる男達が行く方に向かっていく。オレ達の方にやってくる男達の猫車は空だ。

 砕石された銀色の石が山積みになっているのが見えてきた。その側に石造りのしっかりした建物と雑な作りの木造の小屋がいくつもあるのが見えた。

 前を歩いている初老の男が前を見たままで言った。

「お前たちの行き先は小屋の方だ」

 オレとムーのため息が重なった。

「地獄のフモプリラ鉱山にようこそ」

 初老の男のかみ殺したような笑い声が聞こえた。






「新入りだ。面倒を見てやれ」

 連れて行かれたのは石造りの建物だったが、男達の仕事が終わると、すぐに木の小屋に連れて行かれた。

 狭い小屋にゴツい男が20人ほど。ベッドはなく、汚れた毛布が奥に畳まれている。

「まだ、ガキじゃないですか。何をやらかしたんですか?」

 一番近くに座っていた男が、淡々と聞いた。

「桃海亭の極悪コンビをかたって、食い逃げをしたらしい」

「それでここというのは、ちょっと厳しくありやせんか?」

 その隣の男が言った。

「他にも桃海亭を名乗って色々とやらかしたらしい。灸を据える意味でもここになったらしい」

「仕事もオレ達と同じでいいんですかい?」

「構わない。倒れても蹴飛ばせば起きあがるだろう」

 軍人の方が鬼に見える。

「仲良くやれよ」

 そう言った軍人はオレ達の手錠を外すと、出て行った。

「よろしくお願いします」

「お願いするしゅ」

 2人で頭を下げた。

 先頭の男が手でこいこいをしてオレを呼んだ。

 近寄ったオレは、反射的に横に飛んだ。

「運動神経はいいようだな」

「オレみたいな一般人は殴られたら死んじまいます。許してください」

 できるだけ哀れっぽく言った。

「新入りは殴られるのが仕事みたいなもんだ」

「そっちが本気なら、こっちも反撃しますよ」

 汚い手は得意技だ。

 男がオレの目を見た。少しして口を開いた。

「なんで、桃海亭を名乗った」

「へっ?」

「桃海亭ということは、ウィル・バーカーと名乗ったんだろ?」

「はい」

「お前なら、あんな疫病神を名乗ることはないだろう」

 疫病神………。

「そっちはムー・ペトリか」

「そうしゅ」

「チビに生まれても、名乗っちゃいけない名前があるだろう」

 ムーの眉がハの字になった。

「桃海亭か、いまではトラブルメーカーの代名詞だよな」

「なんで、あんな奴らがいるんだ」

「最低だ」

「クズだな」

「生きたゴミだ」

 部屋の男達から、オレ達の悪口が次々出てくる。

「あのですね」

「なんだ?」

「ウィル達をいい奴だとか思ったことはありませんか?」

「お前、バカか?」

「そうだぞ。あいつら、国も潰す凶悪なやつらなんだぞ」

「国?」

「レザ聖王国」

「あれですか。でも、あれはレザが……」

「恐ろしい異次元の召喚獣を呼んだそうだ」

 異次元召喚獣はあっているが、呼んだのは茶色いブヨブヨだ。

「入った遺跡は必ず破壊すると聞いた」

「ムー・ペトリは呪われた召喚マニアだそうだ」

「悪魔も呼ぶそうだ」

「それをいうならあれだろ」

「ああ、あれだな」

 部屋の男達が口を揃えて言った。

「女神召喚」

「人類を滅ぼす気だったのかな」

「あいつらならやりかねない」

 ウィル・バーカーとムー・ペトリの話題で盛り上がっている。

 楽しそうな顔で聞いていた先頭の男がオレ達の方に向き直った。

「そういえば、お前たちの名前を聞いていなかったな。本当の名はなんというんだ?」

 優しそうな目で、オレ達を見た。

 選択肢はなかった。

「ワット・ドイアルです」

「ムー・スウィンデルズしゅ」

「ムー・ペトリと同じ名前だったのか」

 男は笑いながらムーの頭をクシャクシャにした。

「極悪魔術師と同じ名前だとこれから先も苦労するだろうが、頑張れよ」

 ムーの頬がぷっくりと膨れた。





 配られた夕飯はパンとスープだった。パンは焼きたてで柔らかかった。スープは具だくさんで栄養も考えられていた。

 食事の前、みんなでお祈りをした。先頭にいた男、マコーリーが代表して祈りの言葉を言ったのだが、神への感謝をのべたあと『偉大なる前皇帝陛下ナディム・ハニマン殿に幸いあることを』と言った。

 その瞬間、厳粛な空気が漂った。

 食事が終わった後、オレ達に毛布を1枚づずつくれた。

 オレはマコーリーのところに行った。

「どうかしたのか?」

「オレ、ここにいる間、ひとつしか質問をしません。その質問を今していいですか?」

「答えられるかわからないが、それでもいいなら聞こう」

「マコーリーさん、何をして、ここにいるんですか?」

 空気が変わった。

 この小屋にいるオレとムーをのぞいた全員が緊張をしている。

 マコーリーが口を開いた。

「愚かなことをした。私の思慮が足りないために、目を掛けてくださっていたナディム・ハニマン前皇帝陛下の期待を裏切ってしまった」

 沈痛な面もち。

 小屋の他の面々はうつむいた。

「ありがとうございました」

 オレは頭を下げて、ムーのところに戻った。

「わかったな」

「わかったしゅ」

 何があったのかわからないが、爺さんの依頼はこれらしい。

「問題も解答もなしって、無理だろ」

「爺しゅ」

「そうだよな」

 ひとつしかしないと言った質問は、もうしてしまった。気軽に聞ける内容でもないだろう。

「どうしようかなあ」

 地下の気温は暖かく、毛布1枚でも寒くない。オレとムーは野宿に慣れている。

 疲れていたこともあり、すぐに眠りに落ちた。




「もっと急げ」

 監視している軍人に怒鳴られ、オレは押していた猫車の速度を上げた。

 仕事は4種類あった。

 銀色の鉱石を掘り出す仕事、それを容器に入れて滑車まで板の上を運ぶ仕事、滑車を動かす仕事、下に溜まった鉱石を猫車に入れて鉱石置き場に運ぶ仕事。

 囚人達のほとんどが鉱石を掘り出す仕事だ。硬いらしく、ツルハシでも少しずつしか掘れない。木組みの足場を傷つけるほど硬いため、直接落とすことができず、容器に入れて滑車で下におろす。

 次に多いのが、オレがやっている猫車で運ぶ仕事だ。それでも掘る囚人の半分以下だ。

 次が容器を運ぶ係。ムーがこれをやっている。鉱石が重いので、バケツのような容器に少しだけ入れて運んでいるが、ヨロヨロとしていて下から見ていても危なっかしい。

 最後が滑車を回す係り。老人が何人か交代でやっている。

 体力には自信があったが、1時間も経たずに根を上げそうになった。監視の軍人から見えないところではゆっくり押して体力を温存して、なんとか続けていた。

 昼近くになった頃、上で怒鳴り声がした。

「もっと運べるだろう!」

 ムーの容器に、側にあった箱からザラザラと鉱石を入れた。

「あっ、しゅ」

 ムーが容器を落とした。

 容器がゆっくりと回転し、入っていた鉱石がばらまかれ、下の足場を傷つけた。

「移動しろぉ!」

「右だ、右!」

 傷つけられた足場がゆっくりと崩れていく。その時には壊れた足場に乗っていた囚人は全員隣の足場に移動していた。

「このガキが!」

 ムーを捕まえた軍人の腕をマコーリーがつかんだ。

「オレの方から叱っておきます」

 軍人は明らかに怒っているのに、黙った。そして、足場を降りて、軍人のいる石造りの建物に入った。

「さすがマコーリーだな」

 他の小屋の囚人なのだろう。初めて見た顔だ。

 マコーリーと雰囲気が似ているところがある。元軍人だろう。

「ロンシクニの事件さえなければ、今頃大尉殿だったろうにな」

 そう言うとイヤな笑いをした。

 マコーリーは男の言葉には反応せず、ムーの頭をなぜた。

「大丈夫か?」

「大丈夫しゅ」

 ムーがうなずいた。

 サイレンが鳴った。石造りの小屋から、初老の軍人がでてきた。

「昼だ。1時間休憩だ。食事係の者は昼食を取りに来い!」

 順番に足場から降りてきて、それぞれの小屋に向かう。オレはムーを待った。最後に降りてきたムーが、オレに言った。

「全部、解けたしゅ」





 昼飯はパンが入ったスープだった。

「ほらよ」

 オレ達が若いことを考えてくれたらしい。オレとムーの分は大盛りだ。

「ありがとうございます。でも、オレ達、迷惑をかけているので……」

「気にするな。しっかり食べて大きくなれよ」

 マコーリーが言うと、他の男達も「そうだ」「いっぱい食えよ」と、言ってくれた。

 桃海亭にいるより待遇がいい。

「そんな顔をするな」

 マコーリーがオレの頭をゴシゴシとかき混ぜた。

「ボクしゃん、お礼がしたいしゅ」

「お礼なんて気にするな」

「ボクしゃん、本当にお礼がしたいしゅ。でも、お礼になるかわからないしゅ」

 ムーにしては珍しく、謙虚だ。

「なにを言いたいんだ?」

 マコーリーが聞き返した。

「ボクしゃん、ムー・ペトリしゅ」

 部屋に一瞬静寂が満ちた。次に爆笑が広がった。

「わかった。わかった。お前はムー・ペトリだ」

 腹を押さえたマコーリーが言った。

「それでムー・ペトリは何をしてくれるんだ?」

「ロンシクニ事件の幕引きのお手伝いしゅ」

 男達が凍った。

 部屋の温度が10度くらい下がった気がする。

「………さっきの話を聞いていたのか?」

「ボクしゃん、ムー・ペトリしゅ」

 マコーリーがオレを見た。

「本当なんです。ワット・ドイアルはオレが仕事で使う偽名で、本当の名前はウィル・バーカー。桃海亭の店主です」

「嘘をつき慣れているな」

 信じる気にはなれないようだ。

「オレ達を信じなくてもいいです。でも、これだけは言わせてください。オレ達の依頼主はナディム・ハニマン前皇帝です」

 マコーリーの目が見開いた。そして、振り返った。部屋の男達の顔にも驚きと不信が浮かんでいる。

 ムーが一歩進み出た。

「爺がなぜ、ここに小隊全員で送ったかわかったしゅ?」

「爺とは誰の………まさか」

「すみません。ナディム・ハニマン前皇帝はお年を召しているので、オレも爺さんというかもしれません。聞かなかったことにしてください」

「あのお方をそのように呼ぶとは」

「怒っているのはわかるのですが、その話は後にして、今は話を進めさせてください。いま、ムーが言った『この鉱山に小隊全員で送られた理由』に心当たりがありますか?」

 マコーリーと男達を見回す。

 考え込んでいるマコーリーや、思いだそうとしている男達。隣と小声で話す男。20人の男達は様々な反応をした。その中でひとりだけ、オレの目に引っかかった。

「そこの黒髪の若い方」

 呼びながら、隣まで移動した。

「なんなんだ」

 近づいたオレに眉をひそめた。

「なんで、裏切ったんですか?」

 黒髪の若者は鼻で笑った。

「何を言っているのだ」

「彼は裏切ったりしない」

 オレの後ろに来たマコーリーが言った。

「まだ、若いが非常に優秀な隊員だった。事件の時も村の斥候として働いてくれた」

「そうなんですか。オレには真っ黒に見えますよ。ブラックさん」

 黒髪の若者は不愉快そうに顔をしかめたが、何も言わなかった。

「彼の名前はブラックではない。サンディ・シモンズといい代々リュンハで軍人をしている家系だ」

 オレとシモンズがにらみ合う形となった。

 黙ってにらみあい、2分ほどしたときにムーの声が響いた。

「終わったしゅ」

「よし、これで帰れるな」

「鉱石が残ってるしゅ」

「まだあるのかよ」

「ウィルしゃんが、勉強しないから悪いしゅ」

「バカみたいに知識をため込んでいる、お前の方が変だ」

「さっさとやるしゅ」

 オレはマコーリーの方を向いた。

「マコーリーさんは、この銀色の鉱石が何かご存じですか?」

「知らない」

「実はオレも知らないんです」

「知らないで聞いたのか?」

「マコーリーさんが知らないとなると、ムーに聞くしかないんです。でも、ムーの説明は回りくどくて。誰か知らないかなあ」

 オレは周りを見回した。

 反応を見る限り本当に知らないようだ。

「………ムー、説明を頼む」

「ヘズラシュ鉱石しゅ。高温で溶かして分離した成分から中和剤が抽出できるしゅ」

 マコーリーがすがるような顔でムーを見た。

「中和剤………もしかしてだが」

「シダキロ汚染の中和剤しゅ」

「う、う、うぉーー!」

 マコーリーが上を向いて吼えた。続いて、部屋の男達も次々に叫んだ。

「あぁーーー!」

「くぅーーー!」

「よかったぁー!」

 歓喜の声だった。

 知識ないオレだけが、ひとり無感動でいる。

「ありがとう」

 マコーリーに両手を握って礼を言われた。

「いや、オレには何がなんだか」

「よかった、本当によかった」

「ムーにロンシクニ事件ついて聞いたら『面倒しゅ』と教えてもらえなかったんですよ」

「昨年の5月、当時私はリュンハ帝国の陸軍第3師団に所属する小隊の隊長だった。山岳部にあるロンシクニ村に強力な伝染病が発生したので、村人ごと村を焼くように命令が下り、私たちは村を焼いた」

 オレの表情を読んだのだろう、別の男がオレに慌てていった。

「隊長は村人全員を先に避難させたのだ。命令ではすぐに村を取り囲み、火を掛ける指示だった。だが、隊長は命令の内容に疑いを持ち、村の状況を確認した。病気にかかっている人は見当たらず、子供から老人まで元気だった。村長と相談して、近くにある洞窟に全員移動させた。その後で村を焼いた」

 別の男がオレの側に来た。

「我々は本隊に戻り、隊長が村を焼いたことを報告した。その時になって、命令が出されていなかったことがわかったのだ」

「軍の誰かが偽の命令を出したってことですか?」

「そうなのだと思う。だが、命令書はなくなっており、届けた伝令は軍には見あたらず、我々は勝手に村を焼いたということなった」

「それで、この鉱山に?」

 マコーリーがうなずいた。

「冤罪ですよね?弁護人を雇って、疑いをはらそうとは思わなかったのですか?」

 マコーリーが苦笑した。

「軍法会議に弁護人は入れない」

「他には……マコーリーさんは魔法が使えますよね。脱獄は考えなかったんですか?」

「脱獄などしない。我々は間違ったのだ。命令を確認もせず、村を焼き、ロンシクニ村の人々から永遠に故郷の地を奪い、別の地に移住することを強いた。その罪をつぐなわなければならない。鉱石を掘ることはつらい作業だが、それだけのことを我々はやったのだ」

「永遠に?村を燃やしただけですよね?」

「土壌汚染だ。シダキロという物質が村の土を汚染した」

「シダキロって、なんなんです?村を燃やしたら、地中から染み出てきたんですか?」

「シダキロについては我々は何も知らんのだ。汚染がいつ、どのようにして起こったのか、シダキロ汚染がどのようなものなのかも知らない。軍法会議の時にロンシクニ村がシダキロに汚染され、永遠に帰ることができない地になったことを糾弾され、初めて知ったのだ」

「銀色の鉱石が汚染対策になるなら、ここは魔法で全部壊して、それを回収して終了ということに」

「見ただろう。銀色の鉱石は非常に硬いのだ。魔法で粉砕して飛び散った破片に当たったら大怪我を免れない」

「そういうことでしたか」

「本当にありがとう。これでロンシクニ村の人々が故郷に戻れるかもしれない」

 オレの手を両手でつかんで、またブンブンと振った。

「うぎゃぁーーーー!」

 ムーが叫んだ。

 駆け戻った。

「どうした!」

「爺、爺が……」

「爺さんがどうしたんだ!」

「返事を、弱、短距離にしたしゅ!」

「ちくしょぉーーーー!」

「何かあったのか?」

 叫んだオレにマコーリーが聞いた。

「クソ爺!!」

 飛んできた蹴りを交わした。

「何するんですか!」

 蹴ったマコーリーが、頭を下げた。

「すまない。注意されていたが、あのお方をそのように呼ぶとは思わなくて、身体が勝手に反応した」

「わかりました。とりあえず、オレのお願いを聞いてください」

「お願い?この鉱山でできることか?」

「囚人の方々はリュンハ出身ですから魔術師は多いですよね?」

「半分以上は魔術師だ」

「シモンズさん以外の方を、至急、他の小屋に派遣して物理的な魔法結界を張らせてください。できるだけ強力にしてもらってください。この鉱山が崩れる恐れがあります」

 マコーリーがすぐに数人を選んで、伝言をするように言った。伝言したら、戻らずそこに留まるように言っており、部下の安全にも気を配っている。

「オレとムーがでたら、マコーリーさんもこの小屋を結界で防御してください」

「外に出て大丈夫なのか?」

「ダメです。でも、出ないとあのクソ爺に……」

 蹴りをジャンプしてかわした。

「すまない」

「いいんです。きっとマコーリーさんが知っているのは偉大な前皇帝で、オレが知っているのはルタとチェスが好きな怠け者のクソ爺なんです」

 蹴りは飛んでこなかった。

 代わりにマコーリーは不思議そうな表情をした。

 爺さんが安物のローブを着て、商店街の空き地でルタをかじりながらチェスを打って、その周りをニダウの人達が取り巻いて世間話をしている様子などマコーリーには想像すらできないだろう。

「行くしゅ」

「行くか」

 オレが話している間に山盛りスープを食い終えたムーが、椀をテーブルに置くと扉に向かった。

 風が動いた。

「シモンズ!」

 マコーリーが驚いている。

 ムーの首に突きつけられた短剣。

「やっぱり、あなたが裏切り者だったんだ」

「裏切り者しゅ」

「違う。貴様たちが桃海亭の偽物ならば、隊長をたぶらかした罪。本物なら、桃海亭の極悪コンビは生きているとこの世に迷惑だからだ」

「極悪コンビじゃない!!」

 オレの断言に一瞬の隙が出た。ムーがわずか右に動いた。

「動くな!」

「それはこっちの台詞かな?」

 オレの方に視線を移した。

 そのわずかな時間に、短剣が溶けた。

 シモンズが握っていた短剣の刃の部分がオレンジ色で輝いて、飴のようにグンニャリとしている。

「あ、あっち!」

 シモンズが短剣を手放した。

「おい、熱は危ないって言っているだろ!」

 落ちた短剣が床を焼いて、黒い煙を出している。

「熱、得意しゅ」

「この間は氷が得意だと言っていただろ。あっちでやれよ」

「氷も得意しゅ」

 オレは扉の方に向かってジャンプした。

「ぐぎゅあぁーー!」

 奇妙な悲鳴を上げて気絶したのはシモンズ。シモンズの横には直径1メートルの氷の球が転がっている。

 ムーが魔法でシモンズの頭上に落としたのだろう。シモンズの隣にいたら、巻き込まれるところだった。

「生きてましゅか?」

 意識のないシモンズを、短い指で突っついている。

 首に手を当てると拍動はただしく打っている。

「気絶しただけだ。すみませんがマコーリーさん、縛っておいてください」

「本当に、ムー・ペトリなんだな?」

 さきほどから何度も言って納得していたようなのに、また聞かれた。

「そうです」

「そうしゅ」

 マコーリーが床に両手をついて、頭を下げた。

「頼む」

 何を頼まれたのかわからない。

 内容を聞く時間もない。

 オレもムーも黙って小屋から出た。

 扉を閉めてからつぶやいた。

「ま、頑張ってみるけどさ」

「ご飯ありがとしゅ」




 オレは古魔法道具店の店主だ。

 リュンハ帝国の軍については知識もなければ、権力争いにも興味はない。することは、ひとつ。爺さんに放りこまれた鉱山から脱出すること。

 おそらく、爺さんは捕まえ損なったロンシクニ事件の黒幕を見つける為に、マコーリーの小隊にいるはずの敵方のメンバーを見つけようとしていた。小隊の20人を徹底的に調べて、それでも誰が敵方かわからなかったので、オレを使ったのだろう。

 シモンズが黒だという確証はなかった。だが、何かが違っていた。だから、オレはシモンズをあおって、他のメンバーから名前を引き出した。ムーが爺さんにすぐに伝えることができる位置にいる心通話者を探して、心通話を使って伝えた。

 それでオレ達の仕事は終わりだったはずだ。

 ムーが助けて貰ったお礼とご飯のお礼にヘズラシュ鉱石の話をしたのはおまけだ。

 それなのに。

「あのクソ爺」

「ひどいしゅ」

 返事をムーに送ってきた。それも、弱い力で短い距離を飛ばした。

 心通話の最大の弱点は【弱い力で飛ばすと盗聴される】のだ。

 聞いたムーが絶叫した内容だ。通信を盗聴した敵方が【桃海亭の2人を消さなければならない】と思う内容だったのは間違いない。

 士官、兵士、あわせて100人ほどの軍人が、オレ達が来た扉からゾロゾロと鉱山に入ってくるのが見えた。

「やっぱ、軍の基地だったな」

「基地しゅ」

 オレ達が連れてこられ経路は、兵士たちが使う軍人用の通路だろう。鉱山の囚人が侵入を防ぐために、兵士達が使う施設の防御が厳しいのはわかる。それにしても、クネクネとしていてわかりずらい。歩いた道を脳内で立体的に組み立ててみるとかなり大きい。

 フモプリラ鉱山の採掘施設ではなく、軍の地下の大型施設だとしか思えない。立体図から考えると施設を拡張している時に、フモプリラ鉱山が偶然見つかったとように思える。

 100人ほどの軍人が集まっていた。そこから、1人が進み出た。まだ、若い。軍服が他の軍人より立派で、胸と肩に飾りがついている。

「ウィル・バーカー、ムー・ペトリ、我々の側につかないか。それなりの待遇を用意させて貰う」

 オレは、ムーをひとり残して近づいた。

「逃げてください」

 いきなりの『逃げろ』に驚いた様子はない。

「はったりにはのらない」

「わかりました。10分でいいです。いま出てきた扉の前にいてください。危ないと思ったら扉の向こうに入り、地上に出てください」

「私がしているのは、君たちの未来の交渉だ」

「オレはいいましたよ」と、若い軍人に言ったあと、振り向いてムーに「忠告はした」と言った。

 ムーはうなずくと、小声で唱えていた呪文を完成させた。

「我はムー、我が声にこたえよ」

 異次元召喚。

 成功率は2割まであがったが、それからはさっぱりあがらない。

「我はムー、我が声にこたえよ」

 つまり、8割の失敗率を維持している。

「ラプップスク!」

 高さ8メートルほどの傘の骨組だけのモンスターが現れた。コウモリ傘の布の部分を取って、柄と傘の骨の部分だけを残した感じだ。骨の先は80センチほどの大きな鍵爪状になっているので、そこが手先か指先とオレは推測している。

「成功しゅ!」

「よくやった!」

「そいつは何だ?」

 若い軍人は膝がガクガクしているのに、平静を装って聞いてきた。

「ラプップスクという異次元モンスターだ。オレ達はあれに乗って地上に出る。もし、この鉱山の真上に建物や地下室があるなら、そこにいる奴に逃げるように言ってくれ」

 若い軍人は動かない。

「軍法会議にかけられたくなければ、早く伝えろよ」

 それだけ言うと、ラプップスクのところに駆けよった。

「ラプップスクなら大丈夫だよな?」

「ばっちりしゅ」

「乗せてもらえるように頼んでくれ」

「わかったしゅ」

 ムーが頼んでくれて、オレとムーは柄の曲がったところにまたがってしがみついた。

「行くしゅ!」

 ムーのかけ声でラプップスクの傘の骨の部分が回り始めた。最初はゆっくり、段々とスピードをあげ、半円状のドームのような形になる。

「最初はあっちしゅ」

「やるのか?」

「助けてくれたしゅ。ご飯をいっぱいくれたしゅ」

 ラプップスクが浮かび上がった。そして、鉱山の壁に向かっていく。

「かなり硬いみたいだぞ?」

「ラプップスクの鉤爪は切れるしゅ」

 ムーが言ったとおり、壁に近づくと、鉤爪で鉱石をスパスパ切る。ジャガイモの皮を剥いているように、帯状の鉱石がどんどんと下に落ちていく。真横に移動して、端で80センチ上がり、また横に。地面にはみる間に鉱石が溜まっていく。

 鉱石は表面だけだったようで、5分もしないで鉱石は剥がし終わった。

「それじゃあ、行くからな」

「バイバイしゅ」

 若い軍人への挨拶だったが、もういなかった。若い軍人だけでなく、100人ほどいた軍人達の姿もない。

「行くか」

「行くしゅ」

 ムーがラプップスクに上昇を命じた。傘の骨はさらに高速回転して、鉱山の天井部に突っ込んだ。3分後、オレ達は暖かい陽の光を浴びていた。

「まずいよな」

「ヤバヤバしゅ」

 オレ達の足の下に広がるのは、巨大な軍事施設。地下基地の数倍の規模で、広大な敷地面積にはオレ達が住むニダウがすっぽりと入りそうだ。

 その真ん中にぽっかりと黒い穴が開いている。

「このまま逃げるか?」

 オレの誘いにムーが首を振った。

「通信が入ったしゅ」

「心通話か?」

「『リュンハ軍総本部より、我々は桃海亭の2人を心から歓迎する』だしゅ」

「降りないとまずいよなあ」

「まずいしゅ」

 眼下に広がる巨大な軍事施設を見ながら、オレとムーはため息をついた。





「ダマされた!」

「ダマされたしゅ!」

 恐る恐るリュンハの軍事施設に降りたオレ達だが、予想に反して歓迎を受けた。豪華な食事、プールのような巨大な風呂。ふわふわで広いベッド。

 明日の朝に大型飛竜で桃海亭に送ると言われ、貰った新しい服とオレの背嚢を枕元において、気持ちよく眠りについた。

 目覚めたら、海の上だった。

「どこだよ、ここ!」

「わからないしゅ!」

 穏やかに凪いだ海。

 東西南北、360°海面しか見えない。

 凪いではいるが、明らかに外海。

 そして、オレとムーが乗っている船は、風が吹けばひっくり返りそうな小舟だ。

「あのクソ爺!どうやっても、オレ達を桃海亭に帰さない気だな」

 オレ達がいなければ、爺さんが桃海亭に居候をしていても文句言う人間がいない。シュデルもアレン皇太子も商店街の人も爺さんが桃海亭にいることを歓迎する。オレ達以外に爺さんに居て欲しくないのはアーロン隊長と警備隊の隊員くらいだ。警備が仕事だから、呪詛の言葉を陰で吐きながらも爺さんを守るだろう。

 遠くに黒い雲が見えた。

 風雨に巻き込まれたら、オレ達が乗っている小舟など簡単にひっくり返る。島でも大陸でもいい。地面が見えるところまで行かないとムーのフライが使えない。

 船底に置かれていた櫂で、ムーと2人でこぎ出した。

 最初の仕事は、黒雲から逃げること。

 そして、陸を探し、桃海亭に帰るのだ。

「絶対に帰ってやる。爺さん首を洗って待っていろよ!」

「爺、覚悟しゅ!」

 オレとムーは必死に櫂でこぎ始めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ