第九話 挑発とアピール
(あの二人、俺のことを言ってるようだが……髪が短いほうは、俺のことをよく思ってないみたいだな)
「ラナ、ローザ。聞こえよがしに何を話している。ユウキにも聞こえているぞ」
「あっ……す、すみません大尉っ」
「ユウキ少尉、見事な初陣でした。私たちは、落とされないだけで精一杯で……」
ローザという少女は俺に対して友好的で、柔らかく微笑みかけてくる。ラナは姉さんには謝ったが、まだ機嫌が悪く、ぶつぶつと何か言っていた。
「……男なんかに負けるなんて……あたしはもっとうまくやれるのに……」
「ラナ、いい加減にしないか。ユウキに守ってもらったのだろう? これからも同じ部隊でやっていくのだから、わだかまりを残すことは許さん」
「っ……は、はい。わかりました……」
ラナは俺の前までつかつかと歩いてくる。見下ろすくらいの身長だが、俺の胸ぐらを掴み上げそうなくらいの勢いで、ぐっと覗き込んできた。
>個人データ解析……終了
>行動制御命令読み取り……終了
>『ラナ』の行動パターン解析が可能になりました。
「……これで勝ったと思うなよ」
「……そんなことより、母さんに無事を伝えたらいい。呼んでただろ、さっき」
「なっ……!?」
戦闘中に聞こえてきた通信、そのうちのひとつが、ラナからだった。彼女は混乱して、全ての機体に通信を解放し、助けを求めていた。ローザは恐怖してはいたものの、まだラナよりは冷静さを保っていた。
その様子からすると、ラナが気が強いなどと想像できなかったが――内弁慶というやつだろうか。
「あ、あんたっ……それ、他の誰かに言ったら許さないから! 絶対泣かすから!」
「言わないから安心してくれ。部隊の連中は、ほとんど聞いたんじゃないか?」
「くぅっ……あ、あたしは何も言ってない! ちょっと動揺しただけよ!」
「ラナ、ちゃんと少尉にお礼を言った方がいいんじゃない? これからも、守ってもらうんだから」
「な、何いってんの!? 私たちも飛空兵なんだから、守られるなんて……っ!」
ローザは順応性が高く、俺に頼れば間違いない、と既に信頼してくれているようだ。
姉さんも同じで、ラナは自分と同じ意見を求めてアムリエルに目を向ける。
「……当面は、この人に守ってもらった方がいいわ。私たちでは、彼の技術には及ばないから」
(……ものすごくストレートにほめてくれたな……やばい、顔がにやける……)
「そ、そんな……アムリエル様まで、こんな男に……」
「……様?」
「そうよ、この方はリュドヴィクの軍学校で首席の成績を修めた、すごい人なんだから! バディを組んでもらえただけでもありがたいと思いなさい!」
「ラナ、私と彼は公正に相棒となったのよ。どちらかが感謝し、感謝されるような関係であってはならないわ」
「っ……あ、あんた! どうやってアムリエル様に取り入ったの!」
――俺は結構気が長いほうだが、こうも食ってかかられると、さすがに少しだけ、ほんの少しだけ、悪感情を覚えもする。
(このラナって娘の行動パターンには、俺に食ってかかることしかないんじゃないか……?)
さっき触られたときにパターン解析は可能になっているので、俺は彼女の行動パターンを見てみることにした。普通はやってはいけないことだと思うが、あまり突っかかられても話が進まない。
>『ラナ』のあなたに対する行動パターンを表示します。
>1:挑発 ……表示終了
(……1個しかない。この子、俺に何の恨みが……会話も成り立たないのか)
延々とケンカを売られるわけだ。彼女の頭のなかには、俺を挑発することしかないわけだから――それなら、別のコマンドを書き加えてあげたらどうだろう。
「な、何見てんのよ。あ、今胸見たでしょ。みんなの胸だって見て、男ってどうしてこうなの? だいたいねえ……」
>『ラナ』が『挑発』を実行しました。実行結果……成功
>新規コマンド『挑発』を取得しました。
(その良く喋る口を、とりあえず適度に閉じてくれるとありがたい)
>『ラナ』の行動パターンを操作します。
行動パターンの操作をしたいと考えてみると、それがうまくいった。
あとは、どういったパターンを書き加えるかだが――。
俺は挑発さえされなければいいと思ったので、適当に選ぶことにした。あまり束縛しすぎても、それはそれで問題がある。
(自動的に選んでくれればいいや……さて、どうなる?)
>『ラナ』の行動パターンリストにコマンドを追加しました。
>1:挑発 0%
>2:アピール 100%
(い、いや、それはまずいな。見てみたいけど、それはさすがに……)
>次回書き換えまで180秒必要です。
――その表示が頭の中にめぐって、俺は背中に変な汗をかいた。
俺が書き換えに成功した場合、180秒のあいだ、ラナは何をするのか――表示通りなら『アピール』ということになる。
「……ちょ、ちょっと。ユウキ、こっちに来て」
「えっ……な、なんだよ?」
「いいから! 早く来なさい!」
「ラナ、私用か? 手短に済ませて……ま、待て! 人の話を……っ」
(姉さん、ごめん……180秒さえ乗り切れば、なんとかなるから……!)
俺はラナに手を引っ張られ、廊下を歩いてどこかに連れていかれる。
――そして辿り着いたのは、よりにもよって女子更衣室だった。
※次回は2:00更新です。