第七話 相棒
(……もし、俺が持っているコマンドを書き込みできるとしたら。つまり、それは……どんな相手でも、思い通りに操れる……か、管理できるってことか……!)
「……ユウキ少尉? やっぱり、疲れた顔してます。ここは私たちに任せて、休んだほうが……ほら、こんなに熱が……」
「うわっ……!?」
>『エリン』が『アピール』を実行しました。実行中……成功しました。
>新規コマンド『アピール』を取得しました。
(せ、成功って……しかし確かにこれは……)
俺が疲れているんじゃないかと心配して、俺の額に触れて熱を測った――彼女が善意でやったことで、他意はない、勘違いしてはいけない。
――と、何の力も持たない俺なら思っていたことだろう。
だが、今の俺はエリンの行動が、『アピール』に類するものなのだと読み取ってしまった。そして実行結果は成功――俺に対するアピールに成功したのだ。
俺の額に手を当てるとき、小柄な彼女が横から身を乗り出してきたので、ふにゅ、と小さめの胸が腕に当たった。ノーブラ――違う、スポブラ的な何かだ。身体にフィットする素材があるのなら、そういうものがあってもおかしくない。
「え、エリン……近すぎないか?」
「あっ……す、すみませんすみません! 私なんかが触っちゃいけないって分かってます、でも……」
「ユウキはそういうの気にしないよな。なんていうか、その自由さが羨ましいよ」
エリンが俺に触れてはいけない理由も気になるが、今はバディの救出が先決だ。
この二人のデータについては、見ただけで読み取れてしまったので、後で見て確認すればいい。人の素性が初対面で全て分かるというのもイージーすぎるが、全ての相手に対してそうできるのなら、もうこの都市で情報不足に苦労することはないだろう。
そして、相手が実行したコマンドを俺は読み取って記憶できるようだ。それだけでなく、これまでに触れた制御命令の類が全部、グレイブIIで使用した物も含めて頭に入っていた。
「それじゃ、俺らしく自由にやらせてもらうとするか……」
>『マスカレイド』1号機 機体データ読み取り中……終了
>シールドダメージ38% 小破箇所5 大破箇所1 リペア可能
>脱着ユニットの制御スクリプトにエラーが発生しています。
>1:システム動作確認・・・OK
>2:減圧処理フェイズ・・・ER
>3:装甲解除・・・OK
(減圧処理のところがエラーなわけだな。ここのコマンドは、俺のグレイブIIと同じものが使えたりしないか……おお、いけそうだな)
飛空鎧の制御命令は、機体間で共通のものが存在していると分かった。その互換性も俺は判別できるので、機体に合わないコマンドを入れて壊してしまうということもない。
>不具合のある減圧処理フェイズを、正常なコマンドに書き換えます。
>『マスカレイド』の処理中枢に魔力で干渉し、強制上書きします……成功しました。再テストします。
>2:減圧処理フェイズ・・・OK
「よし、直ったと思うぞ」
「お、おい、ユウキ。触ってるだけで何かわかるのか?」
「ああ、少し待っててくれ……よし、いけそうだ。聞こえるか、もう一度鎧を外す操作をしてみてくれ!」
『……ええ。わかったわ』
中から聞こえてきた声に、俺は思わず耳を疑った。
(まさか……いや、間違いない。この声は……)
――私は操作の仕方が分からないけど、あなたは分かるんでしょう?
――だって、当たらないんだもの。あなたくらいよ、あんな直線でしか飛ばない武器で、装甲の弱いところから動力部を狙って射抜くなんて。
気がつくのが、遅すぎた。彼女はずっと、隠し切れないでサインを出していたのに。
マスカレイドの銀色の装甲が外れる。その中から姿を見せた、肌に密着する素材の黒と白のスーツを身につけた女性搭乗者は、飛空鎧から降りると、被っていた角のような突起のついたフルフェイス・ヘルメットを脱いだ。
――広がるのは、銀色の長い髪。ツインテールに結んでいたリボンは解かれているが、それでもわかる。
死神の少女が、人間の少女となって――俺のバディとして、マスカレイドに乗り込んでいた。撃墜されそうな憂き目を味わって、少し汗をかいている。さすがの彼女も、人間の身体で生きるか死ぬかという思いをすれば、そういうことになるらしい。
「……助けてくれてありがとう、って言っておくところ?」
通信を介さないで話す。俺はずっと天の声で電波をジャックされているなんて馬鹿なことを考えていたが――何の事はない、彼女はマスカレイドからずっと通信して、俺に語りかけていたのだ。自分がマスカレイドの搭乗者だとは一言も言わずに。
「……無事で何よりだ。本当に、下手をしたら寂しい思いをするところだったな」
「ええ……私は別に命が惜しいわけではないけれどね。天才搭乗者と呼ばれているみたいだから、初戦で落とされては格好がつかないわ」
死神は死んでも、またあの場所に戻って、転生の手続きをするだけなのだろう。
だから俺は、彼女をこの場に留められたこと、生きて会えたことが嬉しかった。というより、人間としてついてきてくれるなんて思ってもみなかった。
ガイとエリンは俺がマスカレイドを修復したことに驚き、俺たちのやりとりを呆然として見ている。
そんな状況で聞くのは恥ずかしいが――能力を使って読み取るよりは、彼女自身の声で教えてもらいたい。
「……戦いのショックで、ど忘れしたみたいだ。名前を教えてくれないか?」
そんな俺の愚にもつかない嘘に、転生しても人間離れした美しさを持つ少女は、銀色の髪をかきあげてから答えた。
「アムリエル・リンデンバウム。あなたの好きなように呼んでくれていいわ」
これから長い間世話になる相手にそう言ってもらえたことは、童貞の俺にしてはとても幸先が良いのではないか――そんな平和なことを考えながら、俺は思春期の健康な男子として、彼女のスーツの胸の部分を適度に盛り上げた膨らみを気にせずにはいられなかった。