第六話 浮遊都市
女性指揮官と俺の関係について少し想像を巡らせてみたが、これだという考えは浮かばなかった。上官と部下というだけではない気がするのだが。
『……何か忘れていない?』
「ああ、ちゃんと覚えてるよ。バディは……良かった、他のみんなに救助してもらってるじゃないか」
マスカレイドは他の飛空鎧二機に支えられ、要塞の方に戻っていく。
その時初めて、俺は自分がどこから出撃したのか、どんな場所で戦っていたのかを確かめた。
「空中に浮かんでる……島?」
『ええ、そうね。この世界は、飛空鎧と同じ原理で、全ての陸地が空中に浮いているのよ』
さすが死神少女は、転生した先の世界についても熟知しているようだ。彼女がそう言うのなら、一も二もなく信用できる。
「全ての陸地が浮いてる……じゃあ、もし落ちたらどうなるんだろう」
『遥か下には、混沌の海が広がっているわ。死ぬと限ったことではないけど、生命が生きていけそうな気はしないわね。でも、次元の歪みがあったりして、混沌の海まで到達する前に、違う座標に飛ばされることもあるみたい。とにかく、下方向は危険がいっぱいね』
この高度から見る限りでは、真っ青な空が広がっているばかりだ。高度が高くなってくると、気圧の関係か雲が発生してくる。
やがて入道雲を染める太陽の光の色が、夕焼けのオレンジに変わっていく。
俺のいる島の上部は要塞になっていて、その下には町がある。限られた島の面積の中に、ぎっしりと詰め込まれているさまは、かなりの人口が住んでいることを示していた。
「そこに攻めてくる、敵がいると。俺たちは、この島を守る軍人なんだな」
『今はそうだけど、ずっとそうだと限ったことでもないわ。こういう立場で転生はしたけど、それに準ずる必要はないし、あなたがしたいようにすればいいと思う』
「ああ、そうだな。とりあえず、この島から俺の新しい人生を始めるか」
『そうね。それじゃ、また後で』
通信が切れて、今度は違う声が聞こえてきた。通信元を表示できないかと考えたら、あっさりモニターに誰が話しているのかが映し出された。
(サテラ・ベルフォール大尉。俺と同じ名前……ど、どういうことだ?)
『何をしている、お前の魔力を動力にしているのだから、そろそろ戻った方がいいぞ。まあ、お前の魔力量なら心配することもないだろうが』
「あ……え、ええと。俺って、あなたとどういう関係でしたっけ」
怪しまれると知りつつ、すぐにでも知りたくて聞いてしまった。すると彼女は明らかに動揺する。
『っ……被弾はしていなかったはずだが、記憶に支障が……出撃する時から少し変だったな。気付けのつもりで言うが、私はお前の姉だ』
「姉……ね、姉さん!? あなたが!?」
『そうだ……落ち着け、戦いは終わった。お前のおかげで、この都市は守られた。その撃墜数を考えれば、初戦にして英雄と呼ばれるにふさわしい。お前のような弟を持って、私は誇りに思う」
「は、はい……ありがとうございます、姉さん」
『うむ。何か話し方が子供の頃より丁寧になったが、軍学校で良い先生に学んだのだろうな。さあ、早く戻ってこい』
まだ何か話したそうだったが、サテラさんはそこで通信を切った。
「姉さん……か」
俺にうまく『弟』がやれるのかどうか――と思ったが、今のやりとりで問題ないように思えた。
『何をにやにやしてるの、お姉さんができてそんなに嬉しい?』
「ま、まあ……何というか、悪いことではないな」
『すごく嬉しそうに見えるけど。あなた、一人っ子だったから、きょうだいが欲しいんだったわね。良かったじゃない』
「……なんか、こっちに来てから、ますます人間らしさが増してないか?」
『……そんなことは無いと思うけど。あなたがそう思うなら、そうかもしれないわ』
俺の理解者であり、サポートしてくれる死神が、いつでも通信をジャックして話しかけてきてくれる。それもあって、俺は異世界に対する不安をかけらも感じなかった。
◆◇◆
飛空鎧を整備ドックに入れたあと、デルタ2――俺のバディの飛空鎧は修理用のレーンに運ばれ、そこで整備兵たちが協力して、破損して外れなくなった飛空鎧を外そうと懸命になっていた。
「どうしよう、もう焼き切るしか……」
「待て、新型の部品はスペアが無い。何とか着脱装置を起動させるんだ」
「お兄ちゃん、そんなこと言ったって、全然うんともすんとも……あっ、ゆ、ユウキ少尉! 良かった、怪我ないみたいですね!」
「毛はあるぞ。と言ってる場合じゃないな。飛空鎧が外れないのか?」
飛空鎧は、搭乗者の身体を覆ういわばパワードスーツのようなものだ。着脱装置は魔力を動力としているが、その流れが被弾によって止まってしまっている。
「ユウキ、おまえ、整備の知識なんてあったっけ?」
声をかけてくる青年の名前を、俺は知らない――と、俺はその時に気がついた。
人の顔を直接自分の目で見るだけで、その人物が何者であるのかが感じ取れる。
この整備兵ふたりは兄妹で、兄はガイ・マクロイド。妹はエリン・マクロイドという。ガイは金色の髪を短髪にした優男といった感じで、エリンのほうは赤い髪を高いところで結っておさげにしている、小柄で愛らしい少女だった。年の頃は、二人とも十代の半ばだろうか。
(世界を管理する力だから、これくらいは読み取れて当然か。それにしても便利だな)
「あ、あのっ、ユウキ少尉、戦いが終わったばかりで、少し興奮してるんですよね。良かったら、休まれたほうが……」
そう言ってエリンが俺に何となしに触れた瞬間だった。
>個人データ解析……終了
>行動制御命令読み取り……終了
>『エリン』の行動パターン解析が可能になりました。
(な、なんだ……? 触った瞬間に、何か……)
飛空鎧の中でモニターに表示されていたような文字列が、俺の頭の中に突如として浮かび上がる。
「あっ……す、すみません、触ったりして。少尉の服が汚れちゃいますよね……」
「っ……ち、違うんだ。それで驚いたわけじゃないよ」
エリンはすごく申し訳無さそうにする。それは俺の態度で気を悪くしたというより、何か触れたこと自体を悪いことだと思っているように見えた。
「ユウキ、それよりこのマスカレイドだ。お前の相方を早く出してやらないと」
「あ、ああ。ちょっと触ってみてもいいか」
人間に触っても、行動パターンの解析ができる――それ自体がかなりの驚きだった。機械的なものからしか読み取れないとばかり思っていたからだ。
――そして、とんでもないことが頭を過ぎる。
死神の少女が言っていた――『読み取り』と『記憶』の能力をつけると。
つまり、エリンの行動パターン解析をすることで、彼女が持つ新しい制御命令を、俺の中に記憶できるかもしれないということだ。