第三話 飛空鎧
――転生後に、俺は赤ん坊になってやり直すのかどうか。それを確認していなかったが、どうやらそういうわけではなさそうだった。
沈んでいた意識が浮上し、五感が戻ってくる。しかし辺りはまだ暗く、近くで風を切るような音、そして女性の声が聞こえてくる。
『――デルタ1、応答せよ。出撃準備よろしいか』
「……は?」
思わず間の抜けた声で返事をしてしまう。この声はどこから聞こえているのか――狭い空間に反響してるような、そんな感じだ。
狭いというか、俺の全身は、すっぽりと何かに包み込まれている。それなのに、外が見えている――徐々に、状況が把握できてきた。
『デルタ1! 既に全部隊が出動している! ただちに出撃せよ! 相棒のデルタ2は、もう戦線に出ているぞ!』
(わけが分からん……と言ったらさらに怒らせそうだが……どういうことだ? 戦いのまっただ中で、俺は兵士か何かなのか……?)
『……もういい。ただちに飛空鎧を外し、交代せよ。私が……』
――転生したばかりで、何だか分からないままに、綺麗な声の妙齢の女性に失望されるなんて。
このまま交代したら、俺は窮地に立たされるのではないだろうか。敵前逃亡は銃殺刑、なんて言われてしまってはたまらない。
「で、出ますっ! どうやったら出撃できますか!」
『……緊張で忘れたとでもいうのか、愚か者。出撃すると宣言し、飛空鎧を飛行形態に切り替えろ! あとは勝手に出てくれる!』
出撃すれば、おそらく命のかかった戦闘に挑むことになるのだろうが――俺の身体を包んでいる飛空鎧とやらがあれば、一撃で死ぬということはないと思いたい。
それより、何より。
――転生してしょっぱなからこんな場面に放り出されるなんて経験に対して、俺は恐れるどころか、アドレナリンが出まくってしまっている。
『聞こえているのか、ユウキ! ユウキ・ベルフォール少尉!』
「――はい、聞こえてます! ユウキ・ベルフォール、『出撃する』っ!」
その声に応えるように、飛空鎧が低く唸り、前面の視界の明るさが増した。
どうやら俺の頭を覆っている飛空鎧のヘルメット部分は、全方位モニターのように機能するらしく、視界は240度ほどあり、後方を映し出しているらしきミニ・モニターも4つほど配置されていた。
(ユウキ・ヒデアキだったはずなんだが……俺の名前はヒデアキじゃなくて、ユウキになってしまったわけか。それともベルフォールなのか……いや、それは今はいい)
そして、元々の声より高くなっている――俺はこんな声だったろうか。若返って転生したのか、自分の姿を見てみないと分からないが、どうやらそういうことらしい。
『少尉』なんて言われてしまって、異世界の軍隊に放り込まれて、機械の鎧を装着して戦わされるらしいが――俺は、それを途中から全く怖いとは思わなくなった。
なぜなら、最初は気付かなかったが、よく見てみれば――。
俺はこの鎧の使い方、制御の仕方を、触っているうちに理解することができていた。
触れているだけでどうやって動いているのか、どうすれば操れるのかがわかってきたからだ。『出撃する』の一言をきっかけにして、備わっていた異能が目覚めたかのように。
目の前のモニターに、モードの切り替わりを示す文字列が流れる――初め、それは異世界の言語で流れてきて、全く読めなかった。
しかしそれも、俺は見ているうちに解析し、解読することができた。自分で英語で表示するか日本語で表示するかさえ選ぶことができる――世界の管理者になれるという能力は、ここまで至れりつくせりなのか。
>AIRCROSS GRAVE-II MODE CHANGE "HIGH SPEED FORM"
これでも十分わかったが、やはり俺には日本語表示がもっともしっくりくる。
>飛空鎧『グレイブII』2号機 飛空形態にモードチェンジします。
「っ……うぉ……振動が……!」
モニターに、ワイヤーフレームで表示された飛空鎧のモデルが変形するさまが表示される――翼の生えた人間型から、戦闘機のようなフォルムに切り替わる。
『戦線にて、バディと合流せよ。必ず生還しなさい、ユウキ』
「っ……了解!」
無機質な口調が、最後だけ感情を垣間見せる。それはつまり、指令を与えてくれるこの人物が、俺の身を案じていることを示していた。
そして、バディ――俺より先に出撃したという相棒。その足を引っ張らないように、戦闘に参加しなければ――!
>飛空魔力充填 ブースター起動 発進まであと3、2、1――レディ。
脚部、そして背面の後部に搭載されているブースターが起動し、飛空鎧が前方へと飛び出していく。
視界に広がるのは――青空。俺は後方にある要塞のような場所から出撃し、戦線に出た。