第二話 世界の管理者
黒いゴシックロリータ風のドレスを身につけた死神は、どうやら俺と同じく未経験ということらしい。仮にも死神的な存在の処女性を気にするというのも、詮なき話のような気はするが。
「あなたの未経験と、私の未経験には大きな差があるわ。どんな差があるか、言ってごらんなさい」
「はいはい……俺は自分の意志では経験できないけど、そっちは自分の気持ち次第って言いたいんだろ?」
適当に当たりをつけて言っただけなのだが、少女は小さく目を見開く。そして、むすっとむくれてしまった。
「……正しいのだけど、あまり正確に答えられると、自分の心を読まれたみたいで、いい気分はしないわ」
「ご、ごめん……何となく想像しただけなんだ。当たるとは思ってなかったんだけどさ」
想像を巡らせて人の言動を推測するとか、さらに言えば行動の理由を考えるとか、そういうことをするのが俺は好きだった。プロファイリングの本なんかに手を出したこともあるが、まあそれは趣味程度だ。
だから会話の中で、相手が何を考えているか、どういう真意を持っているか、そういうことを想像するのも好きだった。深読みのしすぎで嫌われる、ということもあるので控えめにしていたが。
「……あなた、それを転生後の特典にしてみない?」
「え……そ、それって何のことだ?」
「あなたは、いろんな物事の流れを考えたり、読んだりするのが好きなんでしょう。それを完全に把握して、操作できたら……それは、あなた向きの能力だと思わない?」
「そ、そんなことできるのか……!?」
少女はこくりと頷く。人は神にはなれないと言われたが、少女が言っている能力が本当に俺に備わるなら、それも不可能ではないように思えた。
「うーん……もう少し汎用性が欲しいな。利用の仕方が一つじゃないような、そんな能力じゃないと行き詰まりそうだ」
「汎用性……どんな場面にでも対応できる能力にしたいのね。それなら、『スクリプト』を操作できるようにしてみる?」
「スクリプト……? それってどういう意味だっけ?」
「色んな意味合いがあると思うけれど、この場合のスクリプトは、世界を動かす仕組みを指しているわ。ありとあらゆるものを制御する命令――いわば、脚本。それを操作する能力をあなたにあげる」
言われている意味が、初めはよく分からなかった――だが。
少女の言葉をゆっくり噛み砕いてみて、それはとても便利な能力なのではないか、という結論に至った。
「つまり、やりようによってはすべてが俺の思い通りになるってことだな」
「ええ。流れを読むだけでなく、ダイレクトに干渉することができるわ。スクリプト操作に関しては、拡張性も与えてあげる。あなたの単純な思考回路でも理解できるように言うと、スクリプト操作で使える命令を増やすために、『読み取り』と『記憶』の能力をつけてあげるわ」
「……何だかわからないけど、制御命令? を読み取って、それを俺の中に蓄積して、使えるようにするってことか? つまり、世界を動かす命令を増やせると」
「なかなか理解が早いわね。そう、あなたは世界を管理する力を手に入れるのよ。そして異世界で経験を積むことで、管理者としての能力は強化されていくわ」
――それを聞いた時、俺はぞくりと鳥肌が立つような感覚を覚えた。
今までの俺の人生は、どちらかといえば管理される側だった。
それが、今度は管理する側に回る。そのための力を与えてもらい、転生できる――。
「……能力については分かった、十分すぎるくらいだ。本当を言うと、実地で慣れるまで、サポートしてもらいたいけどな」
「サポート……それは、あなたと一緒に転生しろということ?」
「い、いや……その、天の声っていうかさ。転生したあとも、質問したら答えてくれるとか、それはちょっと甘え過ぎか」
せっかくの能力をうまく使いこなせない、という事態は避けたい。しかし死神も仕事があるはずなので、やすやすと俺の願いを聞いてくれるわけが――、
「いいわ」
「……えっ、本当に!? 俺の無理を、いやいや聞いてくれてるわけじゃなくて?」
「あなたが心配しているようなことはないわ。時間の概念というものが、あなたと私たちでは大きく異なっているの。だから、ここを留守にしても、それは大きな影響を及ぼさない……私の言っていること、何となくでもわかってもらえる?」
今回ばかりは、すぐに意味が理解できた。彼女がついてきてくれると言ったのは、気の迷いなどではなく、本気だということだ。
「……なんか、悪いな。俺、希望を聞いてもらってばかりだ」
「いいのよ。人間はもっと強欲で、知恵を使って死神を籠絡しようとする者だっているわ。それを考えたら、あなたはまだ素直なほうだもの」
「そうかな? 自分では、そういう気は全くしないんだけど」
「そういう態度が、素直だっていうの。いいから、人が褒めているのだから、そういうときは素直に聞きなさい」
人ではないな、と思ったけれど、何となく口には出さなかった。俺の目の前にいる彼女は、現実離れした美少女ではあっても、人間の姿をしているのだから。
そうこうしているうちに、また周りが暗くなって、あたりが闇に包まれる。どうやら、転生の準備が始まったようだ。
少女の姿も見えなくなる。俺は不意に、聞き忘れたことがあると気づいた。
「あ、あのさ。念のために、名前を聞いておいてもいいか?」
「……死神に、名前があると思うの?」
少女の声はすぐ近くから聞こえた。予想はしていたが、名前すらも不定なのか。
――いや、そうじゃなかった。
彼女には名前があった。しかしそれが耳に届く前に、俺の意識は遠のいていた。
「――私の、名前は……」