頑張れ!? 夜行ちゃん!!
ショートショートの練習がてら書いてみた。
ネタ的にもう先駆者が居る気もしないではない……というか、絶対に居るだろうけども、電波を受信した故、致し方なし
第一話 或いは 最終話
召還したのは女神様♪
カキーン、という小気味良い音。
続いて響くガシャーンという硝子が割れる音。
そして絶望に暮れた野球部員達の悲嘆の声。
「青春だなあ………」
ぐだりぐだりと教室の机に突っ伏すようにしながら、のんびりと夜行椿は呟いた。
ちまちまと弄っていたスマフォの操作を誤り、関係のないリンクを踏んで予想外のページへと飛ばされる。
表示されたのはニュースサイトで、『開戦不可避!? 第三次世界大戦は目の前!?』なんていう物騒な見出しの記事が映し出されるが、椿には関係もなければ興味もない。
不慣れな機械を操作する老人のような手つきで戻るをクリックして。
「あれ?」
ページの読み込みが中途半端なところでストップする。
画面上部のステータスバーを見れば、電波が来ていないことを表示するアイコンが明滅していた。
幾ら片田舎とはいえ電波が来ないなんて始めてのこと。
首を傾げて、少し待っても回復の気配がないのでセーラー服のポケットに仕舞い込む。
「ひまいなー……様子でも、見に行こうかなー」
自分の送り迎えを買って出てくれている幼馴染は、現在、陸上部で青春の真っ最中。
暇つぶしがてらに様子を見に行くのもいいのだけれど、自分が姿を見せるのは急かしているようで気が引ける。
そうでなくてもあそこのマネージャーには睨まれているのであまり近寄りたくない。
机に突っ伏したまま外へと視線を向ければ、夕暮れも終わって逢魔ヶ時へと入り始めていた。
「むーさん、どうしてるんだろうなー」
遠い親戚の少年が行方不明になっていたのを思い出す。
確か、こんな時間に消えてしまったのだとか。
まあ双子の弟が生きていると言っていたので、恐らくは生きているのだろうけれど。
ぐだりぐだり。
「そろそろ更衣室に行くかなー」
陸上部は日が落ち始めたら片付けに入るので、逢魔ヶ時に入った今なら更衣室で着替え始めている頃だろう。
体を起こして、机に立てかけておいた白杖に縋り付くようにして立ち上がる。
面倒くさい体だよなー、なんて椿が思っていると視界が白転した。
「んんっ!?」
拳一個分の落差から落下して、そのまま力なく地面に倒れこむ。
切るのが面倒で伸ばし続けた髪の毛が広がり、ついでにスカートも捲れあがる。
暖かい部屋から廊下へ出たかのような寒さを感じて、ぶるり、と体を震わせた。
横たわったまま、ぞもぞと芋虫のように地面で蠢いて、捲れたスカートを戻して周囲を見渡していく。
白い空間だった。空も、地平も、大地も白い。白すぎて遠近感を感じない。
巨大な純白の箱の中に居ると言われても信じてしまいそうな光景だった。
『聞こえますか? 聞こえますか、彼方の人の子よ』
厳かな女の声が、天上より響いてくる。
うつ伏せていた状態から仰向けになるが、空は白く、何もないのか天井があるのかすら判別できない。
そこでふと、椿は思うところがあって地面を指の腹で擦って、そして自らの指を見た。
汚れはなく、地面が抉れて何かが付着した様子もない。
そのことに内心、安堵する。服はいいのだ。洗濯機に入れればいいから。
だが、髪はそうもいかない。土汚れとか落とすのも大変なのだ。
自分ほど長いと洗うのだって一苦労。そもそも不器用な椿は、頭を洗うのも苦手だった。
椿は思う。ああ、頼めば頭を洗ってくれる素直な妹が欲しい。なんで一人っ子なんだと。
双子が生まれやすい血族なんじゃないのかと。というか、双子じゃないのかと、同年代の親族の中でも自分ともう一人くらいのもんじゃないかと。
両親だって双子なのに!
『あの、聞こえていますよね?』
知らんな。
怪異の類に返事をしてはならぬ、祖母ちゃんの教えである。
あっちが関わってこようが、目を伏せて返事をせず無視していれば、勝手に通り過ぎていく。
こちらが反応しない限り、相手は嫌がらせしかできないのだ。
教えに従って、目を閉じて口を閉じた。
しかし、と椿は思う。
この空間は心地よい、と。
最初は寒さを感じたが、それは恐らく温度の落差によるものだったのだろう。
今は暖かくもなく、寒くもない。
地面は堅すぎず柔らかすぎず。
驚くほどに、過ごし易い。
ここには適温の温泉に浸かるが如き心地よさがあった。
『………ここへ呼んだのは、他でもありません。
貴女の助力が必要なのです』
知らんな。
筋肉が弛み、余分なものが流れ出すような感覚。
無意識の内に体に蓄積していた疲労が抜けていく。
素晴らしい。
風呂や温泉の欠点は、長く浸かると体がふやけることにあると椿は思いつく。
どれほど心地よかろうと、それに浸れる時間は限られている。
だが、この空間はお湯に浸かっている訳ではないから体がふやけることもなく、心地よさに沈んでいることが出来るのだ。
『私は女神ルーネジュア。
私が統べる世界であるヴァーグリンデは世界の下層に位置する魔界より進行してきた魔族により滅びに瀕しています。
多くの英雄、勇士が挑み、魔族の強大さの前に敗れ去りました。
そして力なき者達は踏み躙られ、尊厳すらなく家畜として扱われているのです』
脳裏に突如として浮かび上がる、その光景。
子供は生きたまま鍋に放り投げられた、子鬼が妊婦の腹を割いて胎児を食らった、女は嬲られ犯された。
魔族に組した存在が同じ人間を、理由もなく自らを優等種と語って踏み躙る。
首輪をつけた裸の男と女が家畜のように買われ、まぐわされ、子を産み、屠殺されていた。
それを見せつけられた椿は、はっ、とする。
この心地よさを生み出しているのは、決して気温だけではないことに。
ここには余分な臭いがないのだ。香水のような匂いも、生活の上でどうしても付いてしまう汗や食べ物、飲み物などの臭い、そういったものがない完全な……或いは知覚不可能なレベルの極小の匂いしかないのである。
海外から日本に帰ると、醤油の匂いがするというが、ここにはそれすらないに違いあるまい。
普段から嗅ぎ取っている匂いがないからこそ、もしかしたら脳の匂いを嗅ぎ取る部分や鼻の粘液が休まっているのかもしれない。
『遠く彼方の世界の者よ、どうか力を貸してください。
滅びに瀕した子等の助けとなってほしい』
知らんな。
そしてこの空間には風がない。
完全な無風だ。肌を撫でるそよ風は、確かに心地よく感じることもあるが、しかし過ぎれば煩わしさを感じてしまう。
そして同時に、空気の動きというものは、それが自分によって生じたものでなければ、自分以外の存在を考えさせてしまうものでもある。
例えば図書館で静かに本を読んでいたとしても、足音を立てずとも誰かが側を通れば空気の揺れで、そこに人が居る、或いは通ったのだと感じさせてしまうのだ。
それがない。完全な一人というのは、時に人の心を安らげさせるのだ。
『受けてくださるというのならば、あなたに七つの奇跡を授けましょう』
いいえ、受けません。
ここは心地よいが、幼馴染と合流したいのでそろそろ帰りたい。
あれが居ないと椿は家に帰るのも一苦労。
何せ彼女の家は山一つ越えた先にある限界集落半歩前の村落にある。
日が暮れてからでは親に迎えに来てもらわないと大変なのだ。
最近は、どこぞの馬鹿が捨てた猟犬が野犬となって大暴れしているので尚更に。
『―――――っ!
貴女は! 先ほどから知らん知らん、と!!
あの光景を見て何とも思わないのですか!! そもそも女神の要請を何だと思っているのですか!!』
サトリの類か面倒な。
思うところがない訳ではないけれど、私が手助けをする義理がない。
日本の神仏ならばいざ知らず、他所の国の神様なら百歩譲って兎も角、縁も所縁もない、別の世界の女神の要請を受ける理由がない。
自分世界の事情なら、自分の世界で終わらせてほしい。
他所の世界の、全く関係のない人間を巻き込むような真似こそ道理に反している。
『―――なっ』
お家事情はお家の中で終わらせてください。
『薄情者!』
縁も所縁もない世界のものに対して、情も何もありません。
神を名乗るのなら自力で何とかしてほしい。
というか、そこで何とかするのが神の仕事でしょう。
『……………もう、いいっ!
危険を犯した結果がこれか! 失せなさい、異界のもの! 永劫、呪われよ!』
勝手に呼び出した挙句にこの言いざま。
純白の世界が遠ざかる。がくん、とまた落下するような感覚。
そして、ごん、と木のタイルで頭を打った。
「痛いな……」
気がつけばもとの教室。
白杖を頼りに体を起こせば、ぬくやかな暖かさを感じて心が綻んだ。
そしてがらり、と扉が開く音に振り向けば、そこには鞄を持った幼馴染の姿があった。
「悪い、待った?」
緩やかに首を振る。
外は暗く、急ぎ帰らねば夕食に遅れてしまうだろう。
億劫げに椿は幼馴染へ向かって歩き、そして並んで自転車置き場へ向かって行く。
「ねぇ」
「なに?」
「もしもいきなり縁も所縁もない国に拉致されて、居丈高に私の国は内乱が起きて、反乱軍が市民を虐げられています。
なぜ、そうなったかの事情は話しませんが、反乱軍が悪いです。
このままでは滅んでしまうので、私の代わりに戦ってください。
報酬は前払いで権力と軍の指揮権を与えます。って言われたら、どうする?」
「そりゃ断る。
勝手に連れ出して、自分達のために戦えーなんて、都合が良すぎるだろ。
しかも他所の国に攻め込まれたとかじゃなくて内乱だしな」
「そうよね。それで滅ぶなら勝手に滅べばいい」
「………何かあったか?」
幼馴染が訝しげに問いかけるも、椿は薄い笑みを浮かべたまま首を振る。
あの魔族とやらが、別世界の侵略者だったならば、まだ同情の余地もあった。
だが、下層の世界からの侵略と言っていた。
要するに、単なる戦争で、世界が滅ぶといっていたが、実際のところ人の社会が滅ぶ、或いは人類が滅ぶというだけのことで、恐らく支配者が魔族になるだけで世界は変わらず回るのだろう。
なんでそんな種族の興亡に関する戦いに、全く関係のない自分が関わらなければならないのか。
そんな重要事であれば尚更に、自分達で何とかしなければ意味がないだろう。
そもそもあの女神は地味にタチが悪い。情に訴えるばかりで、報酬で釣ることはなかった。
要するに、七つの奇跡とやらが先払いの報酬なのだ。
しかも与えられたものである以上は、取り上げられる危険もある。
あくまでも魔族を倒すためのもので、魔族を倒したら奇跡の行使は許さない。
報酬の話はしていないから与えないと言った風に。信用できたものではない。
けれど、まあ、あのまま異世界に無理やり放り込まれなかったのは幸いだった。
だから。
「騒動はあれどもことはなし」
呟きに隣をいく幼馴染が首を傾げる。
その姿に椿は、先ほどとは違う微笑を浮かべながら、並んで帰路へと付くのだった。