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思春期

 ある日、妹が友達とけんかしたらしい。クラス一可愛い女の子は誰か、という男の子たちの談話で妹と友達の意見に分かれたらしい。わたしからしてみれば、てんでどうでもいいことなのだが、妹には「おおごと」なのだ。

 わたしは飲みかけのコーラフロートをテーブルに置いて、家に帰ってきた妹に言った。

「ばかな子ねぇ」

「……」

 彼女はかばんを氷ソファに放り投げた。ちゃんとソファの上に落ちるかばん。それを見もせずに我が妹はキュートなお尻をふって、冷蔵庫の中からレモンシャーベットを取り出した。昨日の食べ残しである。はぁと短いため息を漏らすと、わたしがいるキッチンとリビングの仕切りの境目で、少女は急に足を止める。わたしの瞳をまっすぐ見てキッと睨む。彼女から耳障りな罵声を浴びさせられるのには慣れている。今日はどれくらいきつい毒舌を吐くのか覚悟していた。彼女はすうと息を吸って言った。

「お姉ちゃんにはわかんないのよ。この悔しさが。お姉ちゃん、クラスで一番可愛いもん」

 予想は大きく外れ、明後日の方向の回答がかえってきた。最近きれやすかったからきっと耳ふさぐ内容が聞こえてくると思っていたのに。彼女の声は拗ねていたが、決して怒り口調ではなかったのだ。透明に光る氷のフローリングに彼女の不貞腐れてた顔が映る。

「はぁ? なにそれ。クラスで一番可愛かったらなんなのよ」

 フローリングの顔はぱっと表情を変えた。薄い眉がひょいとあがる。

「え、嬉しいじゃない。一番もてるってことでしょう?」

 妹は首を傾げて当たり前のように言った。変なお姉ちゃん。そう呟くと、靴下をぽいっと脱ぎ捨てて、上着をハンガーにもかけずにテレビをつけた。外と家でのギャップの差といったらもう。恐ろしい限りだ。彼女のクラスの男の子たちが今の彼女を見たら卒倒するに決まっている。わたしは食事テーブルから席を立ち、氷ソファの左端、妹の隣に腰掛けた。氷ソファはつるりとすべって、羽毛を少し湿らせた。

「はぁ、ばっかじゃないの」

 わたしはそう吐き捨てた。彼女は愚かだ。可愛ければ魅力的であると誤解している。そして可愛ければボーイフレンドができる、と。そうではない。そうではないはずだ。いくら可愛くても。

「可愛ければいいってもんじゃないのよ?」

「だってお姉ちゃんボーイフレンドいるじゃない」

「いるけど、それはそういうこととは関係なくて」

「かっこいい皇帝ペンギンでしょう? あたしたちアデリーペンギンにとっては皇帝ペンギンとつきあえるなんて、すごく名誉なことじゃない。お姉ちゃんすごいわ。将来結婚して玉の輿に乗るんでしょう?」

 妹のアデリーペンギンは白いおなかをほっこり膨らませて熱く語る。目の周りの白いアイリングはよりいっそう彼女の瞳を大きくさせた。

 母が晩御飯のおさかなを掴んで部屋に入ってくる。開けっ放しの冷蔵庫のドアを見て、ぎゃーっと叫んだ。彼女の叫びによりリビングのテーブルが少し揺れ、わたしたちの視線はキッチンへおくられる。

「こら! 冷蔵庫は閉めなさいって言っているでしょう。また靴下は脱ぎっぱなし。靴も揃えてない。上着はハンガーにかける! そんなこともできないの」

「うるさいなあ。黙っててよ。今大事な話しているんだから」

 妹は反抗期である。母に毒舌を吐き、父を避け、わたしにもよく歯向かう。一番の標的は母だ。母を召使のようにつかい、お礼も言わない。母も文句は言うが最後は世話をしてしまう。だから妹はいつまでたっても理解せずにのうのうと生きている。

「ねえ妹よ。もてるための極意教えてあげましょうか」

「え、なになに」

 目を輝かせてすり寄ってくる妹の髪を撫でた。整えられた髪。さらさらでふわふわでいいにおい。きちんと手入れを怠っていない彼女の努力の結果。わたしは彼女のおでこに指をあてて唱えるように言った。

「冷蔵庫をきちんと閉めて、靴下は洗濯箱へ、靴は揃えて上着はハンガーにかける。あ、かばんは放り投げない」

「は?」

 妹はぽかんと口をあける。

 わからないでしょうね。ただで教えてあげるわけないじゃない。わたしだってお母さんに言われて、よく考えたもの。

 自分で答えにたどり着きなさい。そして感謝の気持ちを忘れず、もっと内面的に自分を磨きなさい。


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