好食旅行譚
「ああ、腹がへった」
私がここに辿り着いて最初の一言であった。
長らく旅をしてきたのでだいぶ足が張っている。普段であればまずは宿を探すところなのだが、幸い今回は荷物が少ない。このまま何か食えるところを探すことにしよう。
石畳の大通りを歩いているといくつかの串焼肉の屋台を見かけた。しかし疲れていることもあり、やはりしっかりとした構えの店を探してしまう。
「すみません、一串ください」
誘惑には耐えきれなかった。脂が炭火に落ちる匂いをかがされれば仕方ないだろう。
しっかりと焼けた肉の塊にかぶりつく。口の中に脂がしみだしてくる。これはうまい。少しばかり筋ばった肉だが、香草が揉みこんであるのだろうかあまり臭みは感じない。そういえばこの辺りでは大ネズミが主だった食肉と聞いたことがある。となるとこれがネズミの肉か。初めて食べたが意外と食えるものだ。
しばらく歩くと宿屋を兼ねた食堂が見つかった。表には組合の合符が掛けてある。旅先の宿では揉め事に巻き込まれることも少なくない。そういった時に組合所属の宿はありがたいのだ。感謝しながら分厚い木の扉を開ける。
昼時からは少し過ぎていることもあってか客は少ない。私を除けば数名の地元民がいるくらいだ。各々が好きなように酒を飲み、大量の飯に食らいついている。さすが鉱山の町というだけあって体格のいい者ばかりだ。
彼らを脇目に端の席につき、背負った荷物を置いて一息つく。店の主人らしき、ひげもじゃで樽のような体形の男がこちらを見る。腹もへっていることだしあまり迷うこともない。
「エールをひとつ。あと何か食えるものを」
カウンターに向かって声をかける。メニューを聞いてもいいが、とりあえずこう言っておけばおおよそ間違いない。旅先での食事は迷うことが多い。だがここのような食堂であれば、旅人に対する飯の出しかたは気を使ってくれる。
旅装を緩めているうちにエールとごった煮のようなものが来た。まずはエールで口を湿らす。
「ううむ」
濃いのだ。たしかにこの辺りは酒豪の土地と聞くが、エールまで濃いとは予想外だった。城下ではここまで濃いエールに巡り会ったことはまずない。となるとやはり土地柄なのだろう。
そう思いながらごった煮をつまむ。入っているのは肉ときのこと見たこともない野菜の茎だ。主人に聞いてみると、うど、とのことらしい。なんでもきのこと一緒に洞窟内で育成しているとのことだ。食ってみると、これもまた濃い。塩辛いわけではない。むしろうどが肉ときのこから出た旨味を十分に吸っているのだ。さらに一緒に入っている発酵させた麦が独特の味を産み出している。ここでもう一度エールを飲む。
ほう、と声が出てしまった。合うのだ。
深く苦味のあるエールが、独特の旨味をもった煮物とあいまり、互いに味を引き立てあっている。
そうして舌鼓を打っていると、次の品が出てきた。大麦の平パンと、粗めに挽いた肉団子を焼いたものだ。平パンはだいぶ硬かったが、どうも周りを見るとそのままかじっている。ふと思いついて、煮物の汁につけてみる。
(うん、うまい)
ひとり得心する。味気のなく硬い平パンが旨味あふれる煮汁を吸って柔らかくなる。結局皿に残った煮汁もすっかりぬぐって食べてしまった。
続いて肉団子に手をだす。湯気のまだたっているのを勢いにまかせてかぶりつく。どうやらこれまでの肉とは違うようだ。だいぶあっさりとした味で、脂も少ない。鳥のようだが歯ごたえが強く、そのわりに繊維も細かい。不思議な顔をしていたら、次の皿を持ってきた女中がワニであると教えてくれた。あのような獰猛なものを捕まえるのかと聞いたが、どうもこちらでは普通のことだそうである。成人の儀式で狩る相手になっているともいう。
最後の皿が置かれる。大麦を山羊の乳で粥にしたものだ。粥といえば甘いものと相場が決まっている。だがこれは酸味がある。一口目はたしかに驚いたが、食べ進めるとそれも気にならなくなる。どころか、
「うん、腹の具合が良くなってきたな」
この酸味が長旅で調子を悪くした腹を癒しているらしい。主人の気づかいがありがたい。
結局ここに泊まることとし、ついでにエールをもう一杯頼んだ。
「ふう、それにしても」
食後にひとごこちついて、ついつぶやきが漏れる。
「ドワーフの飯はやっぱり重たいな」
NGわーお:孤独のグルメ
おう、最初はゴローちゃんが異世界に紛れ込む話だったで。
でも料理の描写をしたいのでやめました。言動がゴローちゃんっぽいのはそのせいです。
以下当初の構想
「酒しかないのか。飲み物がないのは辛いぞ……」
「うん、うまい。ネズミの肉なんて初めて食べたが悪くないぞ」
「付け合わせのキノコもありがたい」
「すみません、このスープをひとつ」
「うわあ、まるでごった煮だな……。余計のどが乾きそうだ」
「ふう、だいぶ腹にたまったな」
「しかしこうもにぎやかだと落ち着かないな。やっぱり人間の町が一番だ……」