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贄の王  作者: どんより堂
4/22

4 準備

 仕方がなかったとはいえ、探偵の調査では満足のいく情報が得られなかった。そこで私は、仕方なく直接六人村へ行くことにした。正直、嫌である。しかし、停滞するよりはましに思えるのだ。

 また何かあるかもしれないので、有給休暇は使わない。土日を利用する。地図で六人村までの距離を調べた。自動車で、高速道路を使わずに約四時間。悪くない。情報収集するだけだと思えば、恐怖心は薄らぐ。早速、次の土曜日に車を出した。

 ドライブと表現して間違いないほど順調な道行だった。渋滞さえない。普段は聞かないラジオの、普段は聞かないJ‐POPが楽しく感じられるほどだ。ただ、二時間も経過すると、周辺は山と田んぼだけになり、景色を味わう面白さはなくなった。目にはよさそうだが。

予定よりも十五分くらい早く目的地に着いた。

周辺は田んぼだらけだったが、そこはごく普通の住宅街だった。建て売りらしき一軒家が整然と並び、コンビニエンスストアや個人の診療所がところどころで見受けられる。大きな建物はないようだが、徒歩圏内で日常生活が遅れそうだ。

住所を確認すると、ここは間違いなく六人村だった。

私の考えていた〝村〟のイメージとは全く違う。田舎の農村ではなく、山奥に最近完成した住宅地なのである。

違和感がある。しかし、そういうものなのだろうか。

村の中を当てもなく、車でゆっくり巡る。

大人はあまり見かけない。買い物をしている主婦くらいか。なんとなく声をかけづらい。何人かで遊んでいる子供もそうだが、かといって一人でいる子供はもっとだめだ。不審者扱いをされるに決まっている。親子でボール遊びをしている姿もあった。誰に話を聞こうか迷い、一人の老婆に狙いを定めた。車で近づき、窓を開ける。そして、停車した。

「すみません」

老婆が私を見た。しわだらけで、感情は伝わってこない。

「なんだい」

 ひどく億劫そうな声だ。

「うかがいたいことがあるんですが」

「わたしは話したいことなんてないよ」

 取りつくしまもない。しかし簡単に引き下がってもいられない。

「そこをなんとか、困っていまして……」

「あんた、ヨソモノだね」

「はい」

「ヨソモノに話すことなんてないよ」

「いえ――」

 私がなおも食い下がろうとしたとき、彼女は目を見開いた。

「助けてぇ! 痴漢! 襲われる!」

 叫び声をあげ、周囲に人を探し始めた。まずい。私は「すみませんでした」と言いつつ、車を急発進させた。バックミラー越しに彼女の様子を確認すると、私を指さして笑っていた。

 その後、やけくそになって男女や年齢を問わず何人かに話しかけたが、態度に多少の差はあれど、何かしらでも情報を教えてくれた人はいなかった。

 三度目に同じ交番の前を通ったとき、私をにらんでいる警官と目があったので、私は帰ることにした。

 その風景とは裏腹に、思った以上に部外者に対して閉鎖的な村だった。探偵はよく頑張ってくれたようだ。よく合宿の場所と日程を調べられたものである。

 帰宅する道すがら、次の手を考えた。とはいえ、私にできるのは一つしかなかった。

 光月も参加するという合宿に行くのだ。ひそかにか、堂々とか。方法は全く思いつかないが、とにかくそれが今の私には最善に感じられた。

 探偵から得た情報によると、合宿は六人村から少し離れたところにある山の中の開けた場所で行われるらしい。そこへ至る道は一本しかなく、舗装もされていないとのことだった。

 日時は、八月七日から十五日まで。お盆。暑い季節だ。

 あと、半年以上もある。あるが、何日経っても肝心の計画が思いつかなかった。場所と時間を知っていても、相手も周囲の状況もわからない以上、綿密な計画など立てられるはずがない。

 頭をかかえて数日悩み、出した結論は「合宿に潜入し、隙を見て殺す」という、自分でも大雑把で不安定と思えるものだった。しかし、しかしだ。よくよく考えてみると、私にはこれしかないのである。動機を明らかにし、その上で光月を殺す。それが理想的だが、時間や準備、情報が足りずない。もし何かを犠牲にしなければいけないとして、その場合に最も優先しなければいけないのは、光月の殺害だ。私の魂、そして彩花の魂を安らかにするためには、光月の死が必要だった。

 無謀でもなんでも、やれることをやらなければ。とにかく情報がないのだから。

 なにしろ、光月陽一の顔を知らない。知る方法もない。名前と住所はわかっても、それ以上のことは村や会社によって保護されている人物だ。こればかりは手も足も出ない。ためしにインターネットで名前や住所を検索したが、手がかりになりそうな情報は見当たらなかった。情報、情報だ。

 彩花の言動からも、彼女の死を想起させるものはない。彩花は生まれ故郷のことを言いたがらなかった。かろうじて生まれた村の名前を口にしたくらいである。六人村で何があったのだろうか。

 どの局面からも、情報が足りなかった。


 決戦の日が明確になり、残された半年で凶器の調達と身辺整理を行うことにした。

 まずは凶器だ。本当は計画にあわせたかった。だが、曖昧な計画で行くのなら、凶器は別の方法で選ばなければいけない。大事なのは確実性だ。頭に浮かんだのは三つ。銃と刃物と縄、である。

 縄はない。首を絞めようとしても相手が私よりも体格がよければ、返り討ちにあう可能性がある。

 刃物も同じだ。中肉中背で、特にスポーツが好きなわけでもない私では、万が一もみあいになったときに勝てる気がしない。

 では、銃か。

 当たるのか、という素朴な疑問はあるものの、致命傷もしくは動けなくなるほどの怪我をさせるには適していると思う。もとより正面きって対峙するつもりはない。不意打ちや闇討ち狙いだ。遠距離から攻撃できる銃は、私の目的にふさわしい凶器と言える。

 それに、銃の入手先には心当たりがあった。

 携帯電話にある電話帳。三年ほど連絡をしていない電話番号を選び、発信ボタンを押す。しばらくして呼び出し音が鳴った。どきどきする。頼みごとの違法性のためか、久しぶりに知人に電話をかける緊張のためかは、わからない。

『もしもし』

 警戒心が露骨に伝わってくる声音だった。昔と変わっていない。彼は電話を取るとき、いつもそうなのだ。本心ではどうとも思っていないのに、わざとそんな声を出す。威嚇と同じなのだ。しかし、わかっていても、気持ちが萎えてしまう。

「あ、秋津です。大学のときの……」

『覚えているよ。というよりも、携帯電話に登録してあるんだ。着信の名前を見れば、すぐに思い出すよ。久しぶり』

「ああ、久しぶり」敬語はやめた。しかし声がうわずる。

『君が電話をしてくるとは思わなかった。用件は、想像つく。大学を卒業して僕に連絡をするとしたら、理由は二つしかない。共通の知人が死んだか、アレについてだろう?』

「当たり」打ち解けた雰囲気を出したかったが、声がついてこなかった。

 電話の相手は、本間順平といい、大学時代に同じゼミにいた男だ。陰気で皮肉屋で人間嫌いである。理由はわからないが、私によく話しかけてきて、電話番号を交換程度する程度の関係にはなった。ただ当時も、彼にゼミの連絡事項を伝えること以外で電話をかけたことはない。一緒に遊んだこともない。

 そんな彼に連絡を取ったのは、彼が重火器に詳しいと常々話していたからだ。一方的に話を聞いているだけで、大方の内容は理解できなかったが、時折、「僕は本物を持っている。君も欲しければ、格安で手に入れてやる」とうそぶいていた。

 私は、本間順平の頭のおかしな自慢とも、虚栄心からくる嘘ともつかないその言葉を、頼ったのである。彼の言葉が偽りであったとしても、マニア特有の情報網を使って、何らかの形で入手する方法を調べてくれるのではないか。そう期待している。

 わずかに安心したのは、彼のほうから察しをつけてくれたことだ。彼はきっと昔と変わっていない。アレが、重火器以外のものであるはずがない。私は確信していた。

「その、アレについて話をしたい……というか、正直に話をすると、銃が欲しい」

『その口ぶりからすると、銃の魅力に気づいたわけではなさそうだね。実用かい? まあ、返事をしなくてもかまわないよ。どうせ僕には関係ないことだろう? それに、何を話しても他人には話さないから安心してくれ。くくく、そもそも僕にはプライヴェートな話をする相手もいないしね。くくく……』

「そう言ってもらえると助かるよ」

 自虐的な言葉はあえて触れないことにした。冗談なのか、自嘲なのか区別がつかないのだ。下手に触れて機嫌を損ねたくはない。

『で、どんなのが欲しいんだい? 素人の君から具体名が出ることは期待していないから、用途を言ってくれればいい』

 用途。正直に言うべきか迷う。話したとしても、彼が妙な正義感にかられて警察に訴え出るような気はしない。だからといって、気軽に口にできるようなものでもない。

『そんなに緊張しなくてもいい。遠くから使うか、近くから使うか。携帯するか。待ち伏せするか。どんな風に使いたいか聞きたいだけさ。それによってハンドガンにするのか、ライフルにするのかと決まっていくんだ』

「なるほどな」思わず感心してしまった。以前は毛嫌いしていたが、案外、いいやつかもしれない。己の利害と一致する限りは、だろうが。それでも、味方がいるのは心強い。

「待ち伏せできれば理想だけど、まず難しいと思っている。それよりかは、背後から近づいてどかん、といけるほうがいいな。遠くでは当てる自信もないんだ」

『当たり前だよ。素人がぽんぽん当てられては僕らが困る。といっても、僕はもっぱら眺めるだけで、実戦は時折なんだけどね。くくく……。護身ではなく、攻めるやつだね。君のそういう素直で少し壊れた倫理観が昔から好ましいと思っていたんだ。いいよ、いいよ。実にいい。大丈夫。僕が君の必要な銃を手に入れてあげるよ。弾丸は持ち歩ける量にしておこう』

「ありがとう」複雑な気分だった。素直に笑えない。

『住所は、大学時代のときから変わっているのかい』

「いや、一緒だよ」

『じゃあ、昔もらった名簿の住所だね。すぐに送ろう。明日の到着で送るよ』

 私はまた礼を言った。彼は照れたように、へっと息を吐き出す。

「それで、お金はどうすればいい? 費用はある程度なら無理できるよ」

『くくく……君のような殊勝な人間は少ないな。生きてみるものだね。金は銃の購入費用だけでかまわない。注意事項や諸々は、メールで送るよ。素人には煩雑だしね。住所と同じく、どうせパソコンのメールアドレスだって変わっていないんだろう?』

 どうせ、という表現に引っかかりを覚えるが、彼の推察通り、メールアドレスも変わっていない。お互い様だろうに。

『では、楽しみに待っていてくれ。くくく……ご利用は計画的にね』

「ああ、ありがとう。恩に着る。ところで君は今どんな仕事を?」

『主にネットを使用した輸入代行業だよ。これでも個人事業主さ』

 何を扱っているかは怖くて聞けなかった。

 しかし、一つ思いついたことがある。

「輸入代行業って倉庫は?」

『あるよ。なくても大丈夫なんだろうけど、レスポンスが早いほうがリピーターは増えるからね。特に、特定ジャンルに突出する場合は。だから、売れ筋のものはすぐに出せるよう、注文以上に仕入れて、倉庫に保管してあるんだ。といっても、マンションの一室だけれど』

「銃の入手以外に、お願いしたいことがあるんだ。少し話を聞いてくれないかな」

 彩花の遺品を預かってもらいたかった。用件だけを話してもよかったはずだ。しかし、私の考えとは裏腹に、口は事情を語り始めた。何年も友情など結べないと思っていた男に、私は彩花との思い出と彩花への想いをぶちまけている。本人の意思はともかく、孤独な生活を送っているであろう彼。ゆえに、他人に話すことがないからという打算からかもしれない。それとも、ただ単に私の心が抑えきれなかったのか。

 全部吐き出すまで、止まらなかった。

『くくく、君の事情はわかった。荷物は預かっておこう。送る荷物の宛名に送ってくれ。君の気持ちを理解することはできないが、健闘を祈るよ』

「ありがとう」

 気づけば涙声だった。私は傲慢な人間だ。少しだけ、気持ちが楽になっていた。何も返せないのに、彼に助けられている。

 翌日、本当に銃が到着した。普通郵便で届くのだから、世の中知らないことが多いと実感させられる。彼らしい簡単なメモが入っていた。彼が使ったときの感想である。要は、使い心地を教えるから、試し撃ちをするようなリスクを犯さず、使うべきときに迷わず使えということらしい。弾丸は二十発はある。これだけあれば、確実に死に追いやれるだろう。いたれりつくせりだった。もし、彩花の荷物を引き取りに行ける日が来たら、一緒に酒を飲みたい。何年先になるかわからないが。

 これで私の心配事はなくなった。後は前に進むだけだ。


 そして、時が来るまでに――彩花の荷物を送り、会社を辞め、家を引き払い、乗用車を買った。

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