最終回 継承
五分もしないで、広場に今生きている人間が全員集まった。みんなが私に注目している。
「まず最初に伝えておきます。司馬と斉門は死にました。斉門が司馬を殺し、その斉門は私が殺しました」
みんな、青白い顔をして反応を示さない。二人とも、死んで当然な相手だからか、それとも私を恐れているのか。私は光月と目を合わせようとしたが、彼はすぐに逸らしてしまった。
「再確認します。加治の死を明らかにした者が、次の王である。それは間違いありませんね」
やはり、誰も何も言わない。そこで「樋口老人、どうですか?」と、無理やり水を向けた。彼は渋々うなずく。
「そうだ。全員が納得すれば、だがな」
「納得しますよ、みなさん」
私は、人を殺したばかりだというのに、自分が冷静なことに驚いていた。斉門斎の息子であるのは、本当かもしれない。
「加治は、一昨日の晩、自らのログハウスで首を切られた状態で死んでいました。それはいいですね」
特に反応を待たずに続ける。
「首を切ったときに使ったのは、のこぎりです。富士見兄弟が保管していました。血がついていたので、ほぼ間違いないでしょう」
「なぜ隠していた」
樋口老人が、富士見兄弟をにらむ。二人が黙ってうつむいてしまった。
「樋口さん」私は声をかける。助け舟を出すためではない。ここは、私の舞台なのだ。「今問題にしたいのは、そこではありません。重要なのは、なぜこんなものが、ここにあるのか、です」
樋口老人は不満そうな目を隠さずにしぶしぶ私を見た。
「話を遮ったからには、誰が持ち込んだのか、検討はついているんだな」
私は、口の端を持ち上げた。
「おそらく、加治自身がここに持ち込んだのです。持ち込み不可の状況で、ルールを逸脱しそうなのは王自身くらいでしょう」
私の理屈も怪しいところだが、誰も何も言わないところをみると、納得したようだ。
私は静かに息を吸う。
そして、決定的な一言を告げる。
「加治の首を切ったのは――沙織、君だね」
沙織が「え」とつぶやく。だが、彼女の返事も私には興味がない。これは、私が王になるための、ただの手続きだ。真相の暴露など、過程にすぎない。
「何を馬鹿なことを」光月が弱々しく反論した。まあ、これくらいなら、相手してやらないでもない。
「彼女は加治と一緒にいました。加治が死んだのに気付いていないのは不自然です。ならば、彼女が加治の死の一端に触れていたと考えるのは当然ではないでしょうか」
「お前もログハウスにいた」
「距離で言えば沙織の方が近い。同じ部屋でしたから」
「沙織は、椎名智之の部屋にいたと証言している。それはお前も聞いたはずだ」
光月はまだ反論する。意外と粘る。
「聞きました。でも、椎名くんもいない。証明はできません。私も、同じログハウスにいながら、なぜか目を覚ましませんでした。もしかすると睡眠薬でも入れられたのかもしれませんが、それと同じくらい証明は不可能なことです。それでも、まだこのことを問題にしたいのですか」
可愛そうだと思うが、震えている沙織に目線を向けることで、光月に自身が彼女を追い詰めていることを意識させた。とたんに、光月の肩が下がった。彼の正義は、無計画なのだ。
「しかし、動機は? 唯一の肉親を死なせてどうする?」
光月が怯えながらも、私の目を見ようとする。こちらから合わせようとすると、すぐに下を向いてしまうのだが。
「動機はあります。しかし、その前に加治の死についてお話しなければいけません」
私の話を聞く人々の間から、唾を呑み込む音が聞こえた気がする。
「加治は自殺です」
「なに!」
誰かが叫んだ。特定するつもりはない。
「加治は、儀式をなくそうとしていました。それは、樋口老人もご存じだと思います」
樋口老人はうなずいた。「知っていた。ゆえに、わしら長老と対立していた。どんな手を使おうとしていたのかわからんが、伝統ある六人村の掟はそうそう変えられん」
「たかだが七十年の伝統でも?」
樋口老人が嫌そうな顔をして、鼻を鳴らす。だが反論はしないところを見ると、そのあたりの脆弱さは承知の上なのだろう。
「詳しいことは省きますが、私は斉門斎の息子です。加治は、それを知っていた。だから、私を陥れて儀式に参加させた。私をどう活用したかったのかは、推測するしかありません。でも、私を人身御供とすることで、自分の意を継ぐ者を王にしたかったのではないでしょうか」
おそらく、光月を王にするために、だ。本当は、私を殺し、その真相を明らかにした者を次代の王にしようとしていたのではないか。さらに、私と斉門、つまりその血筋を排除することで、樋口老人たち長老に恩を売り、切り崩す端緒を作ろうとも。自分一代で、因習に勝てるとは思っていなかったのだ。光月もそれを知らされていて、そのように動くつもりだったのではないだろうか。。
「でも、直前で誤算があった。加治は光月を王にしようと画策していたが、光月が王の器ではないことに気づいてしまったのです」
「どういうことだ」光月が叫んだ。久しぶりに威勢のいい声だ。嬉しい。
「どうもこうもありません。あなたは加治に見捨てられたのです。おそらく、恋人だと思っていた彩花を、加治の指示とはいえ轢き殺したときに。矛盾といえば矛盾ですがね。しかし、気づいてしまったのです。恋人を殺せる男に、自分の大事な妹を委ねることができるでしょうか?」
「妹を委ねる?」
「そうです。加治の目的は一つ。妹の沙織に幸せになってもらうこと。あなた方も知っているはずです。身よりのない二人。加治にとって妹の存在は、生きる支えになっていたのです。妹のために生きることが、あらゆることのモチベーションとなっていたのです。儀式をなくすこともその手段の一つにすぎません。加治は、妹が六人村を出て世間一般で言う『普通』の生活を送ることが幸せだと考えていたのです。加治自身が六人村の生活を窮屈に感じていましたから」
私は一呼吸置いた。同時に先ほど聞いた沙織の言葉を思い浮かべる。
『六人村は、息苦しいのよ。でも、悪いことばかりでもないけど』
これは、彼女の本音に違いはない。
「しかし、わずかな行き違いがありました。沙織は六人村の掟を嫌っていたわけではないのです。王の妹として、何不自由ない生活があったでしょう、それに好意を寄せる人もいます。彼女にとって、六人村は面白くはなくても手放せないものだったのです」
沙織は何も言わない。私も彼女から何かを言わせたいとは思っていない。場の主役は私である。
ここで光月を見るが、彼に動きは見られない。己に向けられる沙織の感情がわかっていないようだ。
「さて、一度加治の死に戻りましょう。加治は掟をなくすことができないと悟った。そこで、妹を守るためにもう一つの手段を選ぶことにした」
「それが、自殺」
正丸がつぶやく。私はうなずいた。
「そうです。儀式での自死は認められていない。これはタブーです。たとえ王といえども、掟を破ったことになる。掟を破った一族は、候補者の資格を失う。つまり、沙織は候補者になることができなくなる。そうすれば、王となることはない。七年間、確実に迫る死に怯えることだけはしなくて済むようになる。加治は、王になってからの七年間、ずっと不幸だったのです」
「そういうことかよ」
光月も気づいたようで、ぼそりと言った。沙織が哀しげな顔で、光月を見る。だが、ここまで来たら最後まで行くしかない。
「沙織は、王になりたかった。王への野望を持っていた。兄の気持ちは理解しつつも、納得することはできなかった。しかし、兄の死は止められなかった。彼女が気づいたときには、兄は手遅れの状態にあった。そうなったとき、決断したのです」
私はあえて沙織を視界から消し、樋口老人を見つめた。
「誰がどう見ても他殺の状況を作るために、兄の首を切ることを決断したのです。首が切られた死体を自殺だと思う人はいないでしょうからね」
「いかがでしょうか。今のが加治の死に関する真相です」
沙織が涙を流していた。私と目が合うと、うなずいた。それで充分だった。周囲の人間も、それで納得したようだ。
正直、ほっとした。これ以上誰かに食い下がられると、のこぎりについた指紋の採取などが必要になる。私は、この儀式で起きた数々の死を、儀式の中で起きた事態として不問にしてしまいたかった。誰かを追い詰めても幸せになる者はいない。それに、沙織も私も、これから死ぬまで、自分のなしたことで責めを負うことになるのだ。
「では、樋口老人、認めていただけますか?」
樋口老人は、正面から私を見据えた。
「よかろう。秋津信彦、お前がこれより七年間、王となることを認めよう」
これで私は、六人村から逃れられなくなった。いいことなのか悪いことなのかわからない。ただ、私はもう、村の掟に縛られた一生を送ることになる。安堵の感情と不快感のないまぜになった表現しがたい思いに襲われた。これはどうしようもない。この状態のまま、妥協点を見出すまで胸の中で飼っておくしかないようだ。
「さあ、お前自身でも、宣言するのだ。自分が次代の王になると」
ふと、頭にある考えがよぎった。
加治は、こうなることを見越していたのではないだろうか。自分が自殺をしても、沙織が隠し、結局は私が暴くことになることを。だから、用途不明ののこぎりが沙織の手の届くところにあったのではないか。私を自分のログハウスに引き取ったのも、真相に近づきやすくするためだったのでは?
そう考えると、義道が私に連絡をしてきたのも、加治の計画だったにちがいない。あの彩花のメールを見て、光月ではなく私を恋人と思うはずがないのである。つまり…彼が死んだのは口封じだ。犯人は加治。
そして、光月の名前を教えてくれた警官が、彩花の携帯の色と私の名前を聞き間違えたのは、彼が実際に携帯を見ておらず、伝え聞いただけだからではないだろうか。あのデブの警官も、加治の手先となっていたのである。彼は東京の警察官だったはずだが、加治の力をもってすれば、無関係な人間に意味のない情報を伝えさせることくらいならできそうだ。
ということは、私の純粋な味方は、司馬と銃の手配をしてくれた本間順平しかいなかったのだ。なんと私は友人に恵まれたことか。本間には、今度会いに行こう。
彩花の顔が、頭に浮かんだ。彼女は、自分が愛する男の計画により殺されるなんて、思いもしなかっただろう。愛する男との生活を夢見て、好きでもない男二人とやり取りをしていた。そういう意味では、彼女も哀れである。加治は、妹だけを見ていた。
思考は加治に戻る。
もし、私が加治の計画のもとに動かされていたとして、今後どのように王として生きていくかまでは操れない。そんな大きな穴がある計画に、命を懸けてよかったのだろうか?
待てよ。
加治の計画が、六人村に外から新しい価値観を入れることだとしたら? その場合は、私が王になった段階で計画は完了している。沙織の動きを読んでいた可能性もないわけではない。
そうすると、私は完全に生贄として用意された存在という位置づけになってしまう。このままでは七年後に死に至る。
まさしく、贄の王。
いや、よそう。考え始めるときりがない。それに、もう関係ない。
全ての決着はついている。動機など無意味だ。
ただその場合、私がやるべきは加治の遺志を継ぐこと。この掟をなくすこと。
まあ、悪くないな。目的がない人生よりは、よほどましだ。
私は周囲を見回した。みんな、私を見ている。期待、諦め、憎しみ、様々な感情が見えるものの、私の立場に異議を唱えようとしている者はいない。
深呼吸をした。胸に高ぶりを感じる。それがどのような感情の発露なのか吟味している余裕はない。私は、静かに口を開いた。
「私は秋津信彦。六人村の新たな王である」
読んでくださり、ありがとうございました。




