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贄の王  作者: どんより堂
21/22

21 発砲

 私は自分のログハウスに戻った。そして、拳銃を手にし、斉門のログハウスへ向かう。何も言わずに扉を開き、室内に侵入する。いないのかもしれないと思っていたが、違った。

「ようこそ」

 斉門はいた。両手を広げて、私を歓待するように、笑みを浮かべていた。反射的に銃口を彼に向ける。

「あ、僕の姿勢ちょうどいいね」

 斉門はそう言いながら、広げていた両手を上に上げた。

「司馬を殺したのは、あなたですね」

 全身が暑さ以外の汗をかいている。

「結果的にはね。元々は限界まで痛めつけてやろうと思っただけだよ」

 ふふ、と斉門がこらえきれない笑いを吐き出した。

「秋津君、仇を討つのかな?」

「あなたを生かしておくのは危険すぎる」

「人を殺したことは?」

「ありません」

「まあ、普通に生きていればそうだよね」

「でも、覚悟はしました。どうせ六人村に取り込まれたんです。まともな人生は望んでいません」

「あーあ」と、斉門が首を振る。「君、二十五歳だよね。若いなあ。全然、わかってない。六人村のことも当然、わかってない」

「どういうことですか」

「言葉のままさ。六人村でまともな人生が歩めないなんて、どうして思うんだい。もしかしたら、すごくまっとうで規則正しい生活かもしれないよ」

「少なくとも、私はそんな人生を想像していない」

「なぜ? なぜ知らない生活にそこまで断言できるの?」

 斉門の目は子供じみている。純粋で好奇心に満ちている。

「私は王になろうと思います」

 斉門が、その目を見開いた。「ほう、王に」

「馬鹿なことを、と笑いますか?」

「いや、とんでもない! 実にすばらしいことだよ! そうか、そうかよく決断した」

 斉門は心底喜んでいるように見える。意味がわからない。この男も王になりたかったのではないか。ライバルとして正当な殺害理由が生まれたことを歓迎しているのか。

 彼と話していると、思考がぶれる。やるべきことをやらねば。

「王になることも、今ここであなたを殺す覚悟もできています」

 手の震えを悟られないよう、必死で抑える。斉門は、動揺してくれない。

「秋津君、君が人を殺すのは賛成だ。しかし、僕の話を二つほど聞いてほしい」

「そうやって油断させて、返り討ちってわけですか?」

 斉門はわざとらしくため息をついた。

「疑り深いなあ……じゃあ、こうしよう」

 そう言うなり、彼は右手をポケットに入れ、何かを取り出した。剃刀だ。来るか。身体の強張りを感じる。しかし、斉門の足は動かない。代わりに右手が左手に重なり、下におりた。そして、斉門の左手から血が流れ出る。手首を切りやがった。

「これで、僕は放っておいても出血多量で死ぬ。どうせ死ぬのなら、君を殺す理由はなくなる。さあ、話を聞いてくれるかな」

「死なばもろともという考えもありますよ」

「そこは、君の人を見る目が試されていると思ってよ」

 手首から血が流れているのに、斉門は楽しそうにウインクをした。こいつの痛覚はどうなっているのだろう。

「……わかりました。話を聞きましょう。ただし、一歩でも近寄れば、撃ちます」

「オッケー、オッケー。それで無問題さ」

 斉門は下を見た。彼の足元は血だまりができ始めている。

「これでは、座って話すわけにもいかないね。立ったままでいいかい?」

 私はうなずいた。気を抜くと、圧倒されそうだ。

「ありがとう。君にとっては有益な情報だよ」

 斉門に残された時間は、多くて十数分。それなのに、この男は全く失っていない。

「君は、僕の息子だ」

「この状況下で、そんな冗談が言えるとは、よほど器が大きいんでしょうね」

「冗談じゃないよ。秋津信彦。僕の以前の名前は秋津学。かつての妻の名前は慶子」

 銃口が急に重くなったような気がした。しかし、おろすわけにはいかない。

「確かに、それは私の両親の名前です。でも――」

「でも、どうして別の名前を名乗っているのか。どうして、斉門家の養子に行ったのか。そう、気になることがあるよね。それを教えてあげたいんだ」

 斉門はきれいな右手で、鼻の下のひげを撫でた。

「僕は、六人村が嫌になった。しがらみとか多いからね。だから、慶子を連れて六人村を逃げ出した。そのときはまだ結婚をしてなかったよ。まあ、すぐに籍を入れて、しばらくして君が生まれた」

「両親は、物心つく前に死んだと聞いています」

「慶子はそうだよ。交通事故で、君が歩き始めるよりも早く死んでしまった。そして、僕は慶子の死で、頭がおかしくなってしまった。人を痛めつけるのが楽しくて楽しくて仕方がなくなってしまったんだ。もしかしたら、ずっと前からそうで、無意識で我慢していただけかもしれない。このままでは、君までその対象にしてしまいそうだった。だから、唯一連絡を取っていた親戚に君のことを託して、僕は姿をくらませた。そして、七年前に六人村へ戻ってきた。その間のことは、話してあげないよう。教育上よろしくないからね」

 しかし、斉門の表情からすると、彼にとっては悪い思い出ではないようだ。どちらにしろ、聞きたくはない。

「なぜ僕が六人村に戻ってきたかというと、単純に、ここでなら僕がいくら好き勝手しても守ってもらえるからだ。幸い斉門家は跡取りがいなかったから、僕がちょっとお願いをしたら、すぐに養子になることを承諾してくれたよ」

 拷問者なんてあだ名がつくくらいだ。おそらく、近い血縁に反対者がいても、力づくで了承させたのだろう。

「名前を変えた理由は?」

「僕はね、王になりたかった。やはり、出戻ったからには好きなことやりたかったんだよ。そのためには王にならなきゃね。でも、秋津学は候補者になることを逃げた人間だ。一度逃げた者が、再び候補者になれるような村じゃない。だから、仕方なく過去はなかったことにした」

「樋口老人や正丸さんは、そのことを知っていたんですね」

「もちろん。僕のやり方は掟に背いていない。樋口老人はうなずくしかなかった。でも、掟の穴をついたもので、掟に沿っているわけではないから、僕の素性を口にしなかったというわけ。一度は仕方がないにしても、後に続かれたら困ると思ってるんだよ。いるのかねえ、そんな奇特な人」

 斉門の顔は失血により、蒼白になっていく。それなのに、彼はごく自然に話を続けている。

「正丸は、言ったら殺すって脅しておいた。彼も野望はあるみたいだけど、それ以上に命は惜しかったみたいだね。ま、当たり前かな。で、どうかな。僕が君の父親だと納得してもらえたかな」

 私は首を振った。「全く。信じる理由も根拠もありません。今は命乞いにしか思えない」

 斉門が驚いた顔をした。「そりゃあ気づかなかった」と感心している。

「確かに、そう考えるのも一理ある。まあ、いいよ。僕が死んだあとでゆっくり考えてくれればいい」

 斉門の理屈にはついていけない。さっさと撃ってしまいたいが、まだ彼が話したいことは残っている。どんな相手であろうと、約束は守りたい。

「それで、話の続きは?」

「ああ、そうだね。今の話に関連しているというか、さっきのが前提になっているんだけど、加治についてだよ」

「加治について?」

「加治が僕の愛しい息子を、どうしてこんなことに巻き込んだのか」

「なぜあなたがそれを知っているんですか?」

「ずっと君を見ていたから。直接会わなくても見守る方法はあるんだよ」

 斉門の言葉に、私の心は揺さぶられる。本当に親子だったとして、もしかすると仲良くできる道があるのかもしれない。そんな考えが頭に浮かぶ。だが、必死で振り払う。目の前にいるのは、私の唯一の友人を殺した男。彼が何者なのかではなく、彼が何をしたかを考えなければいけない。

「加治は、王の特権を使ったのか、僕の正体を知った。そして、僕を危険視し、排除しようと思った。そのとき、僕を調べる過程で知った秋津信彦を利用することにした。君に偽の恋人をあてがって、殺す。復讐にやってこさせて、こうして儀式に巻き込んだんだ」

「言わんとすることはわからないでもありません。しかし、僕を呼んで、どうなるんです」

「さあ? 君を人質にでもして君を殺そうとしたんじゃないかな」

「適当ですね」

「適当だよ。確認したくても、加治が死んじゃってるからね。僕だって困ってるんだよ。加治は自分の手で始末をつけたかったから――」

 もういい。もうこの男と話したくない。

 嫌悪が、私に拳銃を引かせた。

 破裂音。腕にかかる強い衝撃。

 一瞬、目を閉じてしまった。

 斉門の胸に穴が開いていた。

 彼が優しく微笑む。

「後でようく、今の感情を反芻してごらん。決して、人の命を奪うことに不快感はないはずだよ。なぜなら、君は僕の息子だからね。放っておいても死んだ人間をわざわざ殺したんだ」

 斉門は、後ろに倒れた。

 私は、人を殺した。自らの意志で。もう何も考えたくはなかった。

しかし、今までに得た情報の断片は、勝手に頭に浮かんでくる。この斉門という男以外、六人村に縛られながらも、幸せを求める平凡な人間だった。ただ、方法論が他の人間と違うだけで。ふいに、一つの仮説が湧いた。証拠はない。でも、説得はできそうな仮説が。

「何の音? げっ」

 正丸が扉を開け、中の惨状を見た途端に叫んだ。やはりアロハを着ていた。

「正丸さん」

 私の呼びかけに、彼は後ずさった。私は少し拳銃を眺める。弾丸を取り、床に落とす。拳銃そのものは、斉門のほうに投げ捨てた。床とあたり、ゴッという重い音を出す。残念ながら斉門の死体には当たらなかった。

「みんなを集めてください。真相がわかりました」

次回で終わります。

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