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贄の王  作者: どんより堂
18/22

18 茶番

  無為の一日を過ごし、朝を迎えた。何もしなかった。考えることさえ苦痛だった。ここにいる面々を思い起こし、吐き気を覚えた。かといって過去にも何もない。あの女以外に思い出がなかった私は、何もない人間になっていた。

ただ、疲労は回復できたような気がする。いつもと同じく、樋口老人の顔を見るために広場へ行った。

 今日も暑い。外へ出て数秒で、汗が噴き出してくる。

 広場には、まだ誰もいなかった。時間は六時五十分。あと十分で樋口老人が来るはずだ。

 足音が聞こえた。音のほうへ向く。舌打ちしたくなる。

 やってきたのは、光月だった。

「秋津。早起きが三文の徳なんて、六人村には関係ないぞ」

「人が目の前で殺されたのに、ぐっすり眠れるような人間じゃないんですね」

 光月は何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに顔をそむけた。

「おはよう」

 正丸常道も来た。声は軽そうにしていたが、目の下にくまができている。案外、まともな神経を持っているようだ。

 私は黙って頭を下げた。正丸は、軽く手を挙げる。

「よく眠れたかい?」

「いえ、それほど」

「そうだよね。僕も全然だよ。陽一君はどうかな?」

「いつの間にか寝ていましたが、あまり寝たくはありませんでした」

 苦悩しているポーズなのだろうか。結局、寝たんじゃないか。光月の行動は、やはり偽善に近しく思えるのだ。薄っぺらい正義を振りかざすだけに過ぎないのだ。

「おはようございます」

 小さな声で、沙織が挨拶をする。顔色はよくない。誰とも顔を合わせようとせず、俯いている。

 司馬も、何も言わずに来た。目が合うが、私も彼も特にアクションは起こさない。共闘しているのを隠すつもりはないが、無理に彼とのつながりを強調する必要もないだろう。

 入口の方から歩いてくる富士見兄弟を、道の向こうから来た自動車が追い越した。自動車は私たちの前で止まる。

 樋口老人とその従者が、自動車から降りた。

 樋口老人は、私たちを軽蔑するような目で見ている。

「変わったことはあったか」

 疑問形ではなく、詰問調だった。彼はどうしてこれほど高圧的なのだろうか。何の権利――権威があるのだろうか。候補者の面々は、委縮しているように感じる。外から見れば、私もそう見えるのかもしれない。

「検見川が死にました」

 光月が絞り出すように言う。責任を感じているわけでもないだろうに。

「そうか。では、代わりの者を連れてくるとしよう。富士見兄弟、車に死体を運んでおけ」

 樋口は表情を変えずにうなずく。死因を聞こうとさえ思っていないようだ。富士見兄弟は「はい」と揃って返事をし、指示通りに動き出した。

「報告はそれで全てか」

「いえ」光月だ。どこか声が震えている。「私からあります」

「言え」

「加治を殺した犯人がわかりました」

 身体が震える。心臓の鼓動が速くなった。

 光月は身体の正面を私に向けた。

 彼は私を見て、ゆっくり指を差す。

「秋津信彦、彼が真犯人です」

 まさか今日やるとは予想していなかった。まだ証拠などないはず。状況は昨日と変わっていない。もしかすると検見川の死の影響なのだろうか。歪んだ正義感とは思えない。恐怖。この場から逃げ出したいという思いからの行動かもしれない。

「秋津信彦」樋口老人が、私を見た。「それに間違いないか」

 突然、戦いが始まった。興奮で思考が飛びそうなのを、理性で無理やり抑え込む。感情に任せて乗り切れるほど、この場は甘くない。

「間違いだらけです。……光月、まずは証拠を見せてくれ」

「証拠? お前だけが、王を殺すなど大それたことができるんだ!」

「なぜそう断言できる?」

「六人村の人間は、王に対する畏怖心が本能に刷り込まれている。危害を加えようとする考えさえ浮かぶはずがないんだ」

「それは証拠ではない!」

 私は、あえて少しだけ感情を出した。光月の顔が赤くなった。よし、悪くない反応だ。彼の代わりに、私の頭脳が冷えていく。

 光月は、一昨日と同じものしか持っていない。証拠も根拠もないのだ。とにかく勢いだけで押し切りたいのだろう。おそらく、見切り発車でもいいから、ここで告発すべき事情が生まれたにちがいない。やはり拷問者なのだろうか? 気になるが今は置いておく。

 まずは光月の主張を退けないことには、私の明日がなくなってしまう。

「いいか、光月」私は一歩、彼に近づいた。「お前の行動は矛盾している」

 光月は、私が激昂すると思っていたのかもしれない。ぎょっとした顔をしたまま、私の接近に何もしないでいる。好都合だ。私は言葉を続けた。

「お前は、いや、六人村の人々は、私に王の偉大さを説いた。王は、日本の法律も人間の尊厳も超える存在。話を聞いて私はそう感じた」

 一呼吸置く。

「前の王、加治を殺した犯人を見つけた者が、次の王になる。このルールのもとに、今お前は私を告発している。しかし、その論拠は薄弱だ」

「薄弱だろうと、お前以外に考えられない。所詮、証拠なんか恣意的なものだ。必要なのは説得力。この場にいる全員が納得すれば、それが真実になるんだ」

 光月が吠えた。何をそんなに焦っているのか。

「それは残念だ」

 横から声がした。見ると、司馬が光月に対し、薄笑いを浮かべていた。

「人殺し、何がそんなに面白い」光月が食ってかかる。

「悪いな、俺は秋津が加治を殺したって納得してない」

「なんだと?」光月が、司馬に一歩近寄った。司馬も自分から一歩近づく。互いの拳が十分に届く距離だった。司馬が光月の目を見据える。

「秋津は加治を殺していないと言った」

 光月は、怒りの表情のまま鼻を鳴らした。

「は、お前と秋津が手を組んだのは知っている。茶番はやめてもらおうか」

「別にお前が何を知っていても関係ないさ。ただ、俺が信じていない以上は、お前の言う前提条件も崩れるだろう? 多数決ではなく、全員一致が真実になる。言ったのはお前だ」

「俺は『多数決』だなんて言ってない!」

「ああ、言ってない。でも、お前の言葉には説得力がないなあ」

 司馬は、わざとらしく声を出して笑った。

「必要なのは説得力、だろう? 俺が納得していないのに、強引に押し切ろうとするのは、いただけないんじゃあないか?」

「貴様!」と、光月は司馬の胸倉をつかんだ。司馬は、抵抗をしない。しかし、笑みを消し、横目で私を見る。彼が言わんとすることがわかった。後はお前がやれ、ということだ。

 司馬の代わりに、私が笑った。

「光月、お前の理屈はそんなものなんだ。出直してこい」

 光月が司馬を放し、私をにらみつけた。

「お前に言われたくない」

 私は首を振った。

「じゃあ、他の人の意見を聞いてみろ。俺と司馬以外はみんな賛成なのか?」

 はっとした様子の光月が、周囲を見回す。焦燥の顔は変わらなかった。誰も何も言わないが、そういうことなのだろう。

「結論は出たようだな」

 樋口老人が言った。私は彼を見てうなずく。彼もまたうなずいた。好意的な態度は一切見られない。淡々としている。だが、私の行動に反応するということは、まさしく私が六人村の一員と認めている証なのだろう。

「また明日だ」

 樋口老人は検見川の遺体とともに去っていった。

 目の前には、今日の分の弁当と着替えだけ。どうせ弁当の味は最悪だろう。生きるためだけに食事をすることが、これほどつらいとは思わなかった。

「馬鹿!」

 背後から声がして、振り返った。

 目を吊り上げて、私を見上げている長髪の少女――沙織だ。

「陽一さんの苦労も知らないで! あんたのせいで、とんでもないことになる!」

「やってもいないことを認めろと?」

「嘘をつけとは言ってない! この馬鹿!」

 沙織はそう言って、駆け出し……数歩進んだところで、弁当を持っていないことに気づいたのか、俯いて戻ってきて、目的のものを手にし、再び駆けていった。

 よくも悪くも自己完結している。話し合う余地はないようだ。

「お先に」

 私の脇を正丸が通り過ぎていく。挨拶はするが、私と目を合わせなかった。いまいちつかめない人物だが、思ったよりは小市民のようだ。私を勧誘したときも、覚悟は定まっていなかったのだろう。

 広場に残ったのは、私と司馬と光月の三人だけとなった。

 暑さと緊張で、背中が汗まみれであることに気づく。不快だ。この場も、光月も。

「光月、残念だった」私は、苛立ちを彼にぶつけたかった。先のことなど何も考えていない。腕力では勝てないとわかっていても、言わずにはいられなかった。

 光月は、一瞬、燃えるような憎しみのこもった瞳で私をにらんだ。

「俺は俺のできることを精一杯やったまでだ」

 そして、牙は司馬にも向けられる。

「司馬! お前もお前だ。あいつが来るのを知っていて、どうして手をこまねている! まだ間に合う! 明日の朝が最後のチャンスだ。俺に手を貸せ!」

 私は腕を組み、司馬は鼻で笑った。

「嫌だね。正義漢ぶるのは勝手だが、人を巻き込まないでもらえるか?」

 冷ややかな口調だった。声に嫌悪が混じっているように感じた。光月の眉間のしわがより深くなる。まだ深くなるとは思わなかった。

「巻き込む? 俺が巻き込まなくても、あいつが来るだけで、この場がどうなっているか想像つくだろう」

「大きなお世話というやつだ。お前は自分の価値観を人に押し付けたいだけなんだよ。自分が正しいと思うことは誰にとっても正しい。だから、何をしてもかまわないと思っている。七年前の加治もそうだった」

「加治は関係ない」

「親友、だったんだろ? 恋人を共有するくらいにはな」

 光月の顔色が変わった。赤から青に。

「共有などしていない」

「だとしたら、加治と彩花に言いように使われただけだ」

「お前に何がわかる!」

「何もわからん。だが、外から見ていてわかることもある。彩花の心は、お前に向いていなかった。もちろん、秋津にも。彩花はただ、加治だけを見ていた」

「嘘だ!」

「嘘なものか。彩花はもう一台の携帯を持っていたんだよ。本命の加治と連絡を取るためのな」

「なぜ、お前がそんなことを知っている」

「俺は六人建設の副社長、そしてかなりゲスな人間だ。加治の携帯は覗くし、やり取りの相手のことも調べる」

 一瞬、司馬は私を見た。私のことも知っていたのだ。悪趣味である。

「嘘を言うな!」

 光月が司馬に襲いかかった。同時に、司馬も彼に向かう。光月が拳を突き出す。司馬は腕でそれを逸らした。そのまま懐に入り、両手で光月の首を絞めた。数秒、そのまま。光月の膝が崩れ落ちた。司馬は手を放す。光月は大地に倒れた。

「ほら、起きろ」

 司馬は光月の腹を強めに蹴った。光月が意識を取り戻す。だが、まだ覚醒しきっていないようで、私たちに目をやるだけで、何も喋ろうとはしなかった。

「こういうのは、俺のほうが上手だ。じゃあな、ゆっくりしていってくれ。青空の下で寝るのは、きっと気持ちがいい」

 司馬が私に目配せをして、ログハウスに戻っていく。私も、彼の後を追った。彼に付き従おうと思ったからではない。彼はまだまだ情報を持っていることがわかったからだ。

 多少すかっとしたのも、否定はしないが。

 

 ログハウスでは、司馬が憂鬱そうな目を私に向けた。

「光月にはああ言ったが、あいつの言うことは本当だ」

「拷問者が来る。昨日、言っていましたね」

「そうだ。詳しく聞くか?」

 私は首を振った。「あなたの言うとおり、その人のことは、明日からでいいでしょう。どうせ、私には何もできない」

「潔いな。数日前とは別人だ。覚悟が決まったのか、やけくそになったのか」

「さあ、どれなんでしょうね。自分の気持ちって、案外わからないものですよ」

 やろうと思った以上に情けない物言いだったようだ。司馬は、それについては何も言わずに、肩をすくめた。

「それが違うとして、じゃあ何が目的で俺のログハウスに来たんだ?」

「さきほど話していた『七年前』についてです。あなたは、前回の儀式にも参加していたんですか?」

 司馬が真面目な顔になった。感情を押し殺しているのかもしれない。

「ああ」声もわずかだが低くなった。

「加治が王になったとき、その場にいたんですね」

「その通りだ」

 司馬の口は重い。だが、話すことを拒む様子はなかった。

「俺にとっては、初めての儀式だった。まあ、そんな大層なことがあったわけじゃないがな」

「つまり、いつも通りだったと?」

「多分、な。ただ、他の儀式の内容を詳しく聞いたことはない。滞りなく終わったから、いつも通りと表現しているだけでな。王が死ぬなんて、今回が初めてだ」

 言い方が引っかかる。私はそこを聞くことにした。「じゃあ、候補者が死んだことはあるんですか?」

「ある。頻繁というほどでもないが、ある」

「七年前にも?」

「ああ、俺が殺した」

 逡巡することもなく、司馬が答えた。最も口が重くなってもいいところだろうに、そこは問題ないようだ。やはり、この男は変わっている。

「何があったんですか?」

 司馬は首を振った。「何があったかというと、大したことはなかった。ただ、権力を求める連中が争っただけだ。その中で、人が死なざるをえなかったということさ。まあ、あえて言うなら、それが俺の最初の殺人だった」

「最初の殺人?」

「話しても面白いもんじゃない。王になりたくて、俺たち他の候補者を殺そうとした奴を、返り討ちにしただけだよ」

 司馬の顔に、暗い影が差した。

「俺はみんなのためにやったつもりだった。だが、他の候補者はそう思わなかった。儀式が終わった後、俺が快楽殺人者だと吹聴して回ったんだよ。おかげで、俺のところにはちょくちょく自殺したくても度胸がないやつが来るようになった。こういう村では、結構多いんだぜ。息苦しい。でも、村以外のことを知らないから、逃げることもできない。そんな追い詰められた奴らからな。俺も確かに、嫌いじゃない。言葉では表現しづらいが、癖になる」

 彼に同情を示すべきかどうか悩む。完全に共感することはできない。しかし、彼の苦しみをわかるふりくらいはできるような気がする。ただ、そのためには決裂を覚悟してでも、聞くべきことがあった。

「樋口加奈子を殺した夜。あなたは、私に楽しいと言った。それは、本心ではなかったのですか?」

 司馬が自嘲した。「半分は本心で、半分は嘘だ。最終的な判断はお前に任せる」

 何とも困る返答だ。しかし、悪感情は湧かない。今は自分の直感を信じることにした。

「あのとき私に言ったのは、嘘だと考えることにします」

「好きにしろ」

 そう言った彼の声は、わずかだが柔らかくなったような気がした。あくまでも、気がしただけである。自分でも確信はない。それはそれとして、本題を戻そう。

「七年前の加治のことを教えてください」

「加治は必死だった。飄々としているように見えるが、あれもなかなか冗談が通じないたぐいの人間だ。受け流しているように思わせて、その実、ずっと心の中に溜め込んでいる」

「同じ村ということはあるのでしょうが、それにしても彼のことに詳しいですね」

 素直な感想だった。殺人者として他人と距離を取られていたにしては、加治の内心にまで踏み込んでいることが不思議だったのである。

「俺と加治、あの光月と彩花は、同い年で幼馴染だ。七年前までは、みんな仲が良かったんだよ」

 それは、びっくりだ。

 意外と言えば意外だが、そう言われると腑に落ちなくもない。加治と光月と正丸彩花。あの三人の関係は歪だった。それでも関係が続いていたのは、腐れ縁だからなのだろう。感覚的な解釈ではあるし、それにしては司馬の関係性が薄いことが気になるものの、大きく外れてはいないはずだ。

「おっと、秋津、勘違いするなよ。俺は彩花が何を考えてお前と会っていたのかは知らないからな。俺とあいつらの関係は、前回の儀式で終わってしまったよ」

「あなたが人を殺したからですか?」

 司馬はうつむいて首を振った。

「それだけじゃない。加治が王になって変わったからだ」

「加治が?」

「加治と妹の両親は早くに亡くなったんで、祖父母に育てられていた。だが、七年前には彼らもすでにこの世の人ではなかった。そのとき、血縁の関係で加治は儀式の候補者になった。もちろん親戚はいたが、まあ、ろくでなしだったよ」

「ろくでなし、ですか」

 司馬は口元を隠した。表情を見せたくないのだろう。笑みか悲しみか。どちらもありそうに思えた。

「六人村の王は、七年が任期。次の儀式の最後で殺されてしまう」

 私はうなずく。それが、加治の死の理由を複雑にしているものでもあった。

「でも、七年という条件があるからこそ、力が巨大になっているし、それが許されている。ただ、多くの人間は命が惜しい。候補者になりたくない奴は、辞退する。そうすると周りから嫌な顔をされることも多いから、だいたいの人間は色々と理由をつけて、養子縁組をしたり、戸籍を抜いたりするんだ」

 そこまでするんですか、と言いかけて口をつぐんだ。気持ちはわかる。誰も死にたい奴などいない。私の両親は六人村から逃げ出したというが、そういう理由だったのかもしれない。

「だから、六人村の家系図は複雑怪奇だよ。本人でもよくわからなくなっているくらいだ。まあ、誰が候補者なのかはみんな把握してるがな」

 当然だろう。それがわからなければ回避しようがないのだ。

「とはいえ、王の権力も魅力的ではある。そうすると、どうするか? 自分の近親者が王になるのを期待するんだ」

 小さくうなずいた。ただ、実際に近しい者が王の力を借りることができるかは、王自身の性格にも寄るはず。ゆえに、それが正しいとは一概に言えるわけではない。だが、期待するだけなら、間違っていない。人間のゴミみたいなところではあるが。

「加治の親戚も、そういう輩だった。王となるようプレッシャーをずっとかけられていたよ。そして、加治は王になった」

「どうやって?」そうだ。私は通常の儀式で王がどのように選ばれるのかを知らない。

「王が彼を指名した。何をやったのかは知らない。そして加治は変わった。変わらざるをえなかった。いや、儀式の前から変わっていたのかもしれない。でも、俺たちにもわかるように変化したのは、王になってからなのは間違いない。なにしろあいつは……」

「あいつは?」

「シスコンだったからな」

 司馬がほんの一瞬だけ優しい笑みを見せた。懐かしさ。それも二度と戻ってこないものに思いをはせたことで生まれた表情だ。この男もこんな顔ができるような過去を持っているのか。

「加治は元々妹が好きだった。それが、両親が死んで、祖父母が死んで、加速した。単純な好みの問題だけじゃない。親戚の悪意から、妹を守りたかったんだ」

「では、王を目指したのも、その一環だと」

 司馬は深くうなずいた。

「そうだ。親戚のプレッシャーから解放するため。もう一つは、妹を死なさないため。王を出した家は、次の儀式で王にはなれないからな。参加はさせられるが、建前みたいなもんだ。だから、加治が王になれば、そのときから計算して、最低でも二十一年は生きることができる」

「裏を返せば、二十一年しかない」

「ああ、七年経った今、沙織は十六歳だ。次で王になれば三十歳で死ぬ」

「加治はそのことに何か対策を立てていなかったんでしょうか?」

 司馬は窓の外に視線を投げた。

「さあな。あったのか、なかったのか。どちらにしろ、加治はもう死んで、今となっては何もできないさ」

 それきり、彼は黙ってしまった。先ほどまでは勝手に話を進めていたにもかかわらず。私も、特に聞きたいことがなくなったので、一言挨拶をして、外へ出た。

 蒸し暑さに辟易しながら、自分のログハウスへ戻る。

 司馬と話をしてわかった。彼は、真相を知っている。まだ言わないのは、それが切り札だからだろう。彼に対し、どこまで心を許すべきなのかまたわからなくなっていた。

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