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贄の王  作者: どんより堂
15/22

15 父親

 室内に招き入れられて、改めて正丸常道を見る。非常にうさんくさい人物だった。

 まず、アロハシャツである。ボタンがヤシの実だ。レプリカでも安物でもない本物のアロハシャツだった。赤地にサーフボードの柄が、派手である。

 人死にさえ出た場所に着る服ではない。

「暑いからね」

 私の視線から、心情を察したらしい。彼はそう言って、手をひらひらさせた。軽い、というよりも、不謹慎な印象を感じる。

「まあ、なんにも出せないけど座ってよ」

 へらへら笑っている。その理由がわからなくて、少しむかつく。だが、ここで喧嘩するわけにもいかないので、礼を言って座った。

「きちんと話すの、初めてだね。正丸常道。彩花の父です。よろしく」

「え?」

「彩花の父」彼は、自らを指さして微笑んだ。

「あ、え、いや、こちらこそ、よろしくお願いします」

 お辞儀をして顔を上げる。

 陽気そうな浅黒い顔が、あった。

 この人が、彩花の父。

「彩花がお世話になったようだね。ありがとう」

 彼が頭を下げた。

 彩花の父親だとしたら若くても四十代後半だろう。確かによく見ると、見た目もそのくらいだ。

 しかし、違和感がある。

 そうだ。思い出した。

 彩花の遺品を取りに行ったときだ。

 正丸義道がこう言った。

『事情があって生まれてすぐに生みの親と別れ、私が引き取ったのですが……』

 この男は、彩花を捨てた人間なのだ。

「彩花は君のおかげで幸せだった」

 常道が手を差し出す。私は怪しまれないよう手を取った。ろくでなしであったとしても、嘘つきでなければ、情報は得られる。しかし、口からは本音がこぼれてしまった。

「あなたは、本当に彩花の父親ですか?」

 彼の握力が一瞬、強くなった。

「どうしてそう思う?」

 微笑みは変わらない。しかし、目にこちらを窺うような警戒が感じられた。正丸義道から話を聞いたことは隠しておいたほうがよさそうだ。

「娘を亡くした父親にしては、明るすぎる」とっさの言い訳にしては、自分でも悪くないと思う。

「なあんだ、そうか。そういうことを気にしていたのか」

 常道は、ぱっと手を放した。どうやらうまくいったらしい。

「それは君の誤解だよ、秋津くん。いや、完全に間違いってわけでもないんだけどね」

「そうですか」どう解釈すればいいのか、とっさにはわからない。

 彼が自分の手を見つめる。その手を何度か握ったり、開いたりした。

「正直、実感が湧かないんだ」

「まだ、半年ですからね」

 わずかではあるが、彼の言葉は私の心にしみた。

 私も同じだ。

 死んだとわかっていても、本当はどこかで生きているのではないか、私をだまして遊んでいるだけではないかと、思ってしまうことがある。現実が辛すぎるのだ。妄想にでもすがらないと生きるのがつらい。

 正丸常道にも、生まれてすぐに別れたとはいえ、愛情はあったのだろう。

 彼をそのようにとらえようとしたとき、常道との溝に気づいた。

 彼は困ったように頭をかいているのだ。

「どうされましたか?」

「いや、君が考えている理由とは多分、違うんだ」

「何がですか?」

「実感が湧かない理由」

 答えがわかった。しかし、そのまま言うわけにはいかない。私は何も知らないふりをしなければならない。先ほどの警戒心を露わにした常道の顔を思い浮かべた。

「悲しみではない、と?」私の聞き方もおそるおそるになる。

「ああ、期待にそえず悪いんだが」

 彼は肩をすくめた。そのしぐさが、実に自然である。

「僕はね、彩花の生みの親ではあるけれど、育ての親じゃないんだよ。だから彩花からも、僕の話は聞いたことがないんじゃないかな?」

「ええ。ただ彼女は、あまり他人のことを話すような性格じゃありませんでした。二人のときは、二人のことを話していたんです」

 彼が微笑んだ。本物のようにも作り物のようにも見える。そして、後者だと思っている自分がいた。

 当初の予定通り、彼からはできる限り方法を引き出すことにしよう。

「詳しくお伺いしても?」

「ああ、構わないよ。といっても、長い話ではないんだけどね」

 常道は私から見ても、はっきりと息を吐いた。

「父親になったとき、僕はまだ人間として未熟だった。精神的なものだけじゃない。僕は一人で家族を支えられるような立場になかったんだよ」

「学生だったのですか?」

「二十歳は超えていたけどね」

「彩花はどうしたんですか?」

「子供がいない親戚の夫婦に引き取ってもらったよ」

「その後は?」

「実は、会っていない。彩花の母親ともね。彼女は村を出て、今はどうしているかもわからない」

 彼はゆっくりと腕を組んだ。

 興味もなかったんでしょう? と言いかけてやめる。さすがにそれは、たとえ真実だとしても、口にしてはいけない。

「だからね、秋津くん。僕は彩花が死んでも、あまり悲しくないんだ。父親なのに悲しくないのは、つらい」

 笑みが弱々しくなった。どのような表情をすればいいのかわからない、といったところなのだろう。彼の立場からしたら納得できなくもない。

ただ、赤いアロハシャツが全てを嘘に見せている。

「正丸さん、私は彩花が死んで悲しい。これからなんために、どのように生きていけばいいのか、全然考えられません」

 言葉を切った。これ以上、彩花についての心情を話せば、涙が出てしまう。そんな格好の悪いことはできない。

 最後に、頭を下げた。

「ありがとう」

 しんみりとした声だった。それがまた、うさんくさい。

 彼を信じたい気持ちと、素直に信じられない気持ちが、私の心の中で混ざり合っている。

「彩花の母親は、どんな人だったんですか?」

「子供だった。もちろん、お互い様だったけどね。だから、育てることはできなかった。ああ、これではただの悪口だね。でも、悪い人じゃなかったよ。未熟だっただけ。容姿は似ていたよ、彩花に」

 はあ、と私は目の前の人間にわかるよう、ため息をついた。

 もう駄目だ。彼には自己憐憫しかない。ここまでで十分だろう。私の恋情もさんざんかき乱された。我慢する理由が思いつかない。本音を吐いていようといなかろうと、私は彼が嫌いだ。

 今の私には、やるべきことがある。それは、彩花の父親と称するこの男と仲良くすることよりも、大事だった。

「正丸常道さん」

「なんだい?」アロハ男は、さっさと寂しげな表情をやめ、笑っていた。

「もう一度聞きます。あなた、本当に彩花の父親ですか」

 失礼ですが、と付け加え忘れた。まあ、いい。どうせ、焼け石に水だ。

 常道は一瞬きょとんとすると、すぐさま破顔した。

「またどうしたんだい? やはり、私の話に気に入らないところでもあったのかな」

「彩花を捨てておきながら、父親面をしているところです。あなたには、彩花のことを語る資格がない。私にはまだ義道さんのほうが父親らしく思えます」

 常道の怒声が返ってくると思っていた。まともな神経の人間なら、私の言葉で怒らないはずがない。そう考えていたのだが――

「ははあ、そういうことか」

 常道の反応は全く違っていた。笑ったまま、わざとらしく膝を手で打つ。

「君のぎこちなさの理由がよくわかったよ。なるほど。僕が原因なわけだな」

 そんなことはありません、と反射的に否定しそうになるが、こらえる。社交辞令を言う時間はすでに過ぎているのだ。

「正直に言わなきゃな」

常道の表情は全く変わっていない。

「僕の目的は、王になること。そのために、君を仲間にしようと考えている。だから、話をあわせたところがあるのは、否定しない」

「では、彩花の父親であることも嘘だったのですか?」

 常道は首を振った。

「それは本当。育てられなくて親戚に預け、それ以来会っていないのもね。嘘をついたのは、少しでも悲しそうな顔をしたこと。六人村の人間は、そんな情に厚いわけじゃない。たとえ実の娘に対してでもね」

 嘘をつくメリットはない。事実なのだろう。かといって、納得できるものではない。理由はどうあれ、彩花を利用しようとしたのだ。

 この男を信用してはいけない。

 常道が、声を出して笑った。

「秋津君、そんな怖い顔をするなよ。確かに褒められたやり方じゃないかもしれない。でも、この村で生きるためには仕方のないことと取ってくれないか」

「この村とは、どんな村ですか?」

「君がここ数日見てきたように、昔ながらの因習に縛られた村だよ。権力者を『王』と呼び、『儀式』によって後継者を決める。王の権力は強く、日本の法律に反したことでも許される。人々は横並びを推奨し、抜け駆けがないように互いを監視し合っている」

 椎名も同じことを言っていた。

「君は、この儀式の場で誰かが表立って『自分が王になりたい』と言っているのを聞いたかい? おそらくないはずだ。光月陽一が、王の選定方法を提案したことだって驚いているくらいだからね。ここは、そういうところだよ。みんなが大なり小なり王になりたい。でも、口には出さない」

「本当に、みんなは『王』になりたいのでしょうか?」先ほどの司馬の言葉を思い出す。

「どういうこと?」

「司馬から聞きました。王の任期は七年。その後は次代が決まると殺される、と」

「あいつが言うと、深刻に聞こえるな」

 常道の物言いは軽い。

「死は深刻です」

「王の死は別さ。七年後に確実な死が待っているけれど、それまではあらゆるものが手に入る。死は誰にでもやってくるもので、いつ来るかわからない。七年以内に死ぬかもしれないわけだ。長くてつまらない人生を送るよりも、短くても楽しい人生を選ぶ人間は、君が思うよりも多い。僕もその一人だよ。嫌だと思ったら、候補者を辞退すればいい。儀式の途中棄権はNGだけど、最初から事態するのはOKなのさ」

 口調はそのままだが、どこか不気味だった。私の常識と六人村のそれの間にある溝が彼からも感じられたのだ。この男も、確かに六人村の人間だった。

「しかし、人間の感情として明確に死の時期が決められて、それでも平静のままでいられるでしょうか?」

「君は何歳だったかな」

「二十五ですが、何か」

「君の言うことは真理だ。でもね、先のことがどんなに決まっていたとしても、目先の欲につられてしまうのだって、真理だと思わないか」

 年齢で侮られるのは不快だが、否定する根拠は見つからない。

「まあ、多くの王は、任期の終わりが近づくにつれ、精神がおかしくなっていったよ。無茶な命令をしたり、自暴自棄になったりな」

「それでも、王になりたいんですか」

「ああ」常道は力強くうなずいた。「王の座はとてつもなく魅力的だ。君にはわからないだろうが、六人村の生活は退屈でね。村の掟が最優先で、気軽に東京へ買い物にも行けない。通販だって、制限されているんだよ。規則正しく平等な生活が保障されていると言えば聞こえはいいけれど、実際は、『村』を維持するためだけに管理統制されているのさ。個人というものがまだ認められていない前時代的な社会なのさ。そんな生活が、王になれば一変する。好きなものを食べ、好きなところへ行き、好きな女を抱ける。『これがやれたら死んでもいい』ってことが、七年間ほぼ無制限でできるんだ。男なら、王を目指さないわけないだろう?」

「同意はしかねます」

 私には遠い世界の話だ。

「それもそうかもな。世間一般の常識から離れているのは、僕も認めるよ。ただ、もう一つ。王も、そして儀式に参加している候補者たちも、六家の一員だ。親戚縁者のことを忘れるわけにはいかない。彼らは自分の家の者が王になることを期待している。それは、裏切れないよ」

 しがらみ、か。私には、よくわからない感覚だ。それに――

「お話を聞いていると、自分が王になりたいと言わない理由がわかりません。みんなが望み、身内が期待しているのなら、隠す必要がないような気がするんですが」

「暗黙の了解と口に出すことは違う。他人にもわかるように意思表示していなければ白と見なし、嘘でも言葉や文字にすれば一瞬で黒となる。田舎の人間は、黒に厳しいよ。露骨な嫌がらせが始まる。足を引っ張られるくらいなら、黙っていたほうがいい。だから、君に僕の意志を話したのは、特別なことなんだよ」

「嬉しくはないですね」

 常道はまた苦笑した。それが、私に見せつけているようで、不快だった。

「今はそれでも構わないさ。でも、頭の片隅に置いておいてくれよ。僕が王になる手助けをしてくれるのなら、君が光月陽一を殺す手助けをしてもいい」

 思わず目を合わせてしまった。

 常道は、もう笑っていない。

「彩花がどうやって死んだのか、知っている。まあ、公表はされていないけど、彩花を知っている人は、大なり小なり知っているだろうね。そして、君が六人村にぼろぼろになりながら、いる。君のことは死んだ義道に聞いていたしね。そこから導き出される答えは、僕でもわかるさ。違うとは、言わないだろう?」

 どうするべきか。真実を告げるか、偽りで逃げるか。決められない。しかし、黙ってもいられない。焦燥感が、口を開かせた。

「私が六人村の人間だったのをご存じでしょう。復讐は割にあいません」

「君が言うとは思わなかったなあ……」

「でも、事実です」

 私たちは沈黙し、互いに出方をうかがった。

 常道は私の目を覗き込んでいる。揺さぶりのつもりなのだろう。私は感情を抑え、彼の眉間を見た。

 おそらく、そう長い時間は経っていない。

 常道がため息をついた。

「まあ、今はこのくらいでいいや。秋津君、忘れないでくれよ。僕はいつでも君の味方になる用意がある」と、片目をつぶってみせる。

「考えておきます」

「うんうん、よく考えておいてくれ」

 常道は満足そうだった。

「僕からの話は以上だけど、君は何かあるかい?」

 ここで借りを作りたくない。しかし、それ以上に情報は必要だった。背に腹は代えられない。ここに来てから、ずっとそうだが。

「私の両親について、知っていますか?」

「あまり知らないなあ」

 返答はあっさりしていた。しかし、信用できない。狭い村で、『あまり知らない』なんてことがあるのだろうか。それに――

「私の名字は父のものでしょうか」

「ああ、うん」

 今までで一番、歯切れが悪い。なぜだ。

「なぜここの人たちは、私の名前を聞いたときに秋津家のことを思い出さなかったのでしょうか? 六家につながる家ではないのですか?」

「それは、違うよ」

「違う?」

「秋津家は今、六人村に存在しない。秋津学が椎名慶子と駆け落ちした責任を取らされて、取り潰しになった」

 もう少し詳しく聞かせてもらえますか、と自分でも驚くほどかすれた声で、私は言った。常道が続ける。

「秋津家は分家で、地位は高くない。逆に椎名家は六家の本流に位置している。後は、わかるよね」

「そこまで許されないことなんですか。身分違いの恋といっても、同じ六家なんでしょう?」

「六家では、違った。だから、秋津家は取り潰しになった。六人村でのタブーにもなったんだ。僕よりも下の人間は、知らないかもしれないね。光月陽一も。それに……まあ、そっちはいいや」

 いちいち揺さぶってくる男だ。

「そうなると、タブー視される親から生まれた私が、すんなり候補者になっているのは、疑問に思います。いなかったことにして排除したほうが、話は早かったのでは?」

「血筋を無視したら、秩序が乱れる。君が椎名慶子の息子である事実は、知ってしまった以上は、看過できないんだ。それが、六人村だよ」

 私は首を軽く振った。「さっぱり、わかりません」

「じきに慣れるさ。君も六人村の人間なんだからな」

 私たちの会話は、それで終わった。

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