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贄の王  作者: どんより堂
11/22

11 選択

 加治の遺体は、樋口老人ともう一人の男とともに、車でここから去っていった。沙織は別の人間のログハウスにいる。どこに行ったのかは知らない。だが、兄の死んだログハウスにいたくないのは当然だろう。

 私はシャワーを浴びた後、三時間ほどかけて、寝室に残った加治の血を拭きとった。雑巾は一枚しかなく、拭き終えると、その雑巾はいくら洗っても赤色が取れなくなっていた。寝室の壁や床も、拭きとれない血が残っている。

 血まみれの服で過ごすのが嫌だったので、加治の着替えをもらうことにした。昨日は死者に用意された服を着ることに抵抗があったが、今日はそんなことも言っていられない。王の服をもらうことに、周囲から反発があるかと思ったが、それはなかった。彼らにとっても、服とはそういう位置づけなのだろう。私が気にしすぎのようだ。

 服はシンプルだった。無地の半袖シャツに、木綿のズボン。

 掃除をしている間、私は朝のことをずっと考えていた。

 私が六人村の一員。

 そんな馬鹿なことを無邪気に受け入れているわけではない。全てが偽りの可能性もある。樋口老人は何らかの意図を持っており、そのために私を利用しようと嘘の立場を作り上げたのかもしれない。

 問題は、偽りだったとしても、証明する方法も、自力で切り抜ける手段も持たない私は、樋口老人の企みに踊らされるしかないことだった。本当でも嘘でも、私は樋口老人の親戚として、生活しなければいけないのだ。

 そして、樋口老人の話はそれだけではなかった。

 むしろ、その後に知らされた事実のほうが、衝撃は強く、重大である。

 寝室のドアを閉め、居間で腰をおろし、またも朝のことを思い出していた。

 

 × × ×

 

「まあ、私だけがお前の親戚というわけではない。ここにいる者のほとんどがそうだがな。それに――智之、教えてやれ」

「はい」椎名が返事をした。覇気がなく、顔は土気色をしている。私と目を合わそうとしなかった。

「秋津さん。あなたは僕たち椎名家の系統にあたります。血筋として、序列は僕よりも高いです」

 椎名は言葉を切って、黙ってしまった。いや、口を開いて何かを言おうとしているのだが、明確な音声になって出てこないのだ。何度か、樋口老人の顔を見ていた。

「樋口さん、彼に言わせるのは酷です。私が話しても?」

 私が名前を知らない二人のうちの一人、大柄の青年が口をはさんだ。

 樋口老人が、わずかに不満げな目を彼に向けるが、うなずいた。

 そして、青年が私を見る。先ほどは無表情に見えたが、それは間違いのようだ。今にも表に出てきそうな激情を必死で抑えているのがわかった。目は吊り上り、口元がひきつっている。そのとき、気づいた。

 この青年が、光月陽一だ。

 本来であれば、怒りを発するべきは私であるはず。それなのに、私は彼こそが光月陽一であると直感した。敵の臭いがしたのだ。

「秋津信彦」

 彼は、わざとらしく、一音一音、かみしめるように発音した。やはり、間違いない。

「お前は椎名智之よりも序列が上だ。だが、候補者の棄権は許されない。智之は一度候補者になってしまった以上は、棄権できない。ただし、同じ系統の候補者が二人いることも許されていない」

 彼が私の顔を指さした。不愉快である。

「期限は明日の朝。お前か智之のどちらか一人が、それまでに死ななければならない。それが、六人村の後継者儀式の掟だ」

「そんな!」私は反射的に叫んでいた。「彼が棄権すればいいのではないなら、私がここを出ていきます」

「それはならん」

「なぜ!」

「六人村の掟だ。もうすでにお前も候補者なのだ」

「理不尽な!」

「掟とはそういうものだ」

 樋口老人は私の怒声にわずかの動揺も見せない。そして薄く笑う。醜悪だ。

「では、私を追いだしてください」

「それこそ無理というもの。お前はここにいる。その事実は消せない。この話は終わりだ。お前たちは明日に備えておけ」

 私は椎名の顔を見た。彼はうつむいたまま、震えている。

 かちり。

 私は頭の中で、世界が変容する音を聞いた。

 

 × × ×

 

 加治の遺体を運ぶ間も、椎名は私を見ようともしなかった。そのため、私も話しかけることができなかった。

 頭がごちゃごちゃする。整理をつけようにも、どこからどうすればいいのか考えられない。光月陽一を殺したい。私は六人村の関係者だった。明日を生きるためには椎名を殺さなければいけない。少年を殺す! 全てが絡み合っている。

 いや、嘘だ。

 目の前には、樋口老人から支給された今日の食料、三つの弁当がある。私はその一つを取り、蓋を開けた。

 米の飯に、もやしにカリフラワー。見事に白い。食べると、味付けも薄かった。まずい。だが、無理やり口に詰め込み、食べ終える。

 私はずっと現実を見ないようにしていた。きれいごとだけの世界で生きていけると思いたかったのだ。食事は本能だ。虚飾をはぎ取ってくれる。

 話は単純だ。

 光月陽一を今日中に殺して、明日の朝までに自殺する。

 椎名智之を殺して生き延び、光月陽一を殺す機会を待つ。

 選択肢は二つ。他のものは私の目的と合わない。私はどちらかを必ず実行しなければいけない。

 しかし、前者は成功率が低い。情報も武器も計画も何もない段階で、しかも行動が制限、監視されている。復讐を遂げられるとは思えなかった。怯懦なのかもしれない。だが、理想だけで冷静さを失うわけにはいかないのだ。

 先ほどの青年が、本当に光月陽一かどうか確かめる必要がある。その上で犯行のタイミングと方法を検討することになるだろう。行き当たりで殺せると思うほど、私は楽観的な人間じゃあない。

 では、後者しかないのか。それは感情が拒否してしまう。六人村で唯一の味方といっていい椎名智之を、殺してしまっていいのだろうか。昨日のやり取りで、多少の親しみも湧いている人間を、である。

 私は弱い人間だった。情けないが、認めるしかない。

 死ぬ覚悟を持ってここに来たはず。無関係な人間を巻き込んででも復讐を成し遂げると決意したはず。しかし、いざそのときが来ると、決断できなかった。大声でわめけば多少は気が楽になるのかもしれないが、それすら勇気が出ない。

「ははは、とんだ駄目人間だ」

 口に出してみても、みじめさが増すばかりだった。涙が出るほど感傷的でもない。なんとも中途半端で、それが私らしかった。

 黙ると、蝉の声がよく聞こえる。暑い。汗が頬を伝った。じっとしていても何も状況は変わらない。決断を先送りにするとしても、何かしたほうがいい。思わぬところで突破口が見つかるかもしれない。甘く幼稚な考えだが、それにすがりつこうと思う。

 つまり、加治の死だ。

 加治が誰になぜ殺されたのか。真相を明らかにすることで、儀式の規則が変わるわけではない。しかし、犯人の正体によっては事態の打開が図れるかもしれない。理屈ではない。今までと違うこととして、何か奇跡がおきないか期待しているだけだ。

 それに、広場では問題にされなかったが、富士見兄弟のように、私が加治を殺したと考えている人間は多いだろう。私が結果的に明日以降も生き残ったとしても、そのことが私を窮地に追いやることは間違いない。

 欲望と自己嫌悪のどちらに比重を置けばいいのか迷いつつ、私は立ち上がった。大きく息を吐く。加治の部屋の前に立った。扉は閉まっている。ドアノブに手をかけ、静かに開けた。

 部屋が涼しい。冷たいと言っていいほど、ひんやりとしている。エアコンの類はないはずなので、錯覚にちがいない。どこか、不吉な影を感じる。

 壁や床には、血を拭きとった跡が残っている。室内は六畳ほど。ドアの正面に大きな窓があり、ベッドが二つ置かれている。二つともシーツは加治をくるむのに使ったため、今はマットレスがむき出しだった。マットレスにも血は染みこんでいる。

 首を切断できるようなものは見当たらない。

 ビジネスホテルのように机と椅子があった。机の下に、何か黒く四角いものが見える。私は近づいてかがんだ。

「それが動機か?」

 背後からの声に反射的に振り返った。部屋の扉のところに誰かが、いる。骨に皮が張り付いているような、ぎょろ目の五十代くらいの男。確か、検見川俊夫という名前だったはずだ。昨日まで、私が光月陽一ではないかと思っていた人間である。

「とって食おうってわけじゃない。そんなに構えるな」

 抑揚のないしゃがれた声のため、非常に聞き取りづらい。すっと幽霊のように部屋に入り、血だらけのベッドに腰掛けた。

「俺も、お前が見ていたその金庫に用がある」

 これは、金庫だったのか。言われてみれば、「金庫」という言葉から連想されるそのままの金庫だった。ひどく陳腐だ。鍵穴はない。ダイヤルを回して開けるタイプである。

「私は金庫であることすら知らなかった」

「そんなこと、どうだっていいさ」

 私を小ばかにするように、検見川は口元を歪める。しかし、彼がいかに表情を変えようと、病的な痩せ方のせいで、無理して表情を作っているとしか思えなかった。どこか、幸薄そうな人物である。

「で、中は見たのか?」

「いえ、私もまだ見ていただけです」

「じゃあ、開けてみな。お前が開けたことは黙っててやるから」

「そもそも、金庫の番号を知りません」

「あ……それもそうか。六六六六六六だ。それで開けられる」と、検見川がいやに食い下がる。

「どうして、あなたが知っているんですか」

「みんな知ってるよ。秘密なんて、村にはないんだ」

「じゃあ、誰でも開けられるわけですね」

 検見川は首を横に振った。細い首がちぎれそうだった。「王のものを盗もうなんて奴はいない。それが、六人村だ。さあ、開けてみなよ」

 私は立ち上がって、身体を彼の真正面に向けた。

「金庫の命令されるいわれはありません。それに、見たいとも思わない」

 検見川は黙って私を見た。なめるように、真意を推し量るように、もしくは値踏みするように。それも長い時間ではなかった。立ち上がると、金庫に近寄る。私は、脇によけた。が、息もかかる距離で彼は止まる。目があった。今にも倒れてしまいそうなくらい、痩せ細っている。それなのに、瞳だけは、てらてらと油を差し込んだみたいに光っていた。

「俺は見たい。それだけじゃねえ。もし使えるものがあれば、俺が使うつもりだ」

 なぜ、という言葉は言わなかった。何となくわかってはいても、直接聞きたくないものだと思ったのだ。しかし。

「俺は王になりたかった」

 あっさり、検見川は真情を吐露した。私以外の六人村の人間に聞かれたとき、この発言は不利にしかならないことが、検見川の本音である証のように思える。この男は、私を見くびっているのだ。そして、悔しいことにそれは大きな間違いではない。

「いつもの儀式だと、次代の王は先代の推薦だ。俺はあいつに嫌われていて、勝ち目がなかった。正直、諦めていた。でも、うまい具合に加治が殺された。王が死んだときの、次代の選出方法は知っているか?」

 私は素直に首を横に振った。検見川は抑圧から解放されたためか、浮かれている。酔っぱらいと対峙している気分だった。さして違いはないだろうが。

「お前が知るわけないよな」

 検見川が笑う。喉が気持ち悪いほど上下に動いた。

「残った候補者が話し合いで決めるらしい。確か、そんな決まりがあったはずだ。ま、こんなことはなかったし、大人の話し合いだから、色々あるだろうな」

 彼はようやく私から視線を外し、身をかがめて金庫に向かい合った。

「ちっ、空か」

 つられて金庫を見ると、検見川が扉を開けていた。中には何も入ってない。彼は、私を振り返った。

「本当に、中は見てないんだな」

「本当に、中を見ていません」

「中に何が入っているかも……」

「私が知るわけないでしょう」あなたもそう言って笑ったじゃないか。

「そうだな、そのとおりだ」

 やはりまた無理やり笑い、立ち上がった。今の笑顔の不自然さは、痩せ方のせいだけではないだろう。

「推測くらいはできないか?」

「できません。私は、加治さんも、六人村のことも知らないんです」

「でも、血縁者だった」

「樋口老人が何かを勘違いしたのかもしれない」

 私は肩をすくめた。

「勘違い、ねえ」

 検見川は首を肩に食い込ませた。おそらく、私と同じように肩をすくめようとしたのだろう。やりなれていないのだ。

「まあ、いいさ。困ったことがあったら、相談にのってやるよ。なんといっても、親戚だからな。ただし、ギブアンドテイクだ」

 勝手なことを言うと、彼は部屋から出ていった。

 私に対する態度はすでに決めていたのだろう。私が彼の予想外の言動をしていたため、私たちの会話はちぐはぐなものになってしまったのだ。アドリブがきかない、というところか。彼がいつも孤独な人間であることはわかった。かといって、同情できるような人間ではないことも。

 検見川がログハウスの入り口のドアに触れようとしたとき、ドアは外からの侵入者によって開けられた。

「いたのか」

 オールバックの男。司馬だった。その言葉が私を見てか、検見川を見てかは、わからない。ただ、先ほどまで揚々としていた検見川の背が急に丸まった。頭の向きからすると、顔を合わせずに会釈をして、司馬の横をすり抜けようとしたようだ。が、司馬は手を伸ばして彼を押しとどめた。

「そんなつれない態度を取るなよ。俺と遊ぼうぜ」

 検見川は人が変わったように押し黙っている。小さく「すみません」とつぶやくのが聞こえた。司馬は彼を見て、鼻を鳴らす。

「どう転んだって、お前に王の座はない。今まで何もしなかった人間が、そう都合よく『ヒーロー』のように動けるものか」

 検見川ははじけるように顔を上げた。

「どこまで聞いた?」

「どこから聞いた、だろ。少しは頭を動かせ、検見川。答えは無論、最初からだ」

 検見川の頭部が下がる。うつむいたようだ。ぼそっと何かをつぶやいた。司馬が顔を近づける。

「聞こえないな」

 司馬の声に、検見川の肩が震えた。司馬がこちらを向いて、にやっと笑う。私は何も反応していないはずだが、司馬は満足したらしく、「もういい、行け」と検見川の背中を叩いた。検見川は頭を何度も下げながら、文字通り逃げるようにドアから出ていく。

 司馬の目線は、私に向けられたままだった。

「さすがに言いすぎではありませんか?」

「言いすぎだとは思っても、根拠がないとは思わなかったんだな」

 司馬が笑う。確かに合っているが、同類にはなりたくない。

「根拠と言えるほどのものを、私は何も持っていませんよ」

 司馬の不敵な笑みは消えなかった。まあ、いい。この殺人鬼が、簡単な人間なわけがない。

「それで……あなたはここに、何の用ですか?」

 彼も血まみれのベッドに腰かけた。「検見川のおっさんと同じさ。俺も情報収集だよ」

「素直に信じられるほど、あなたは自分が信頼されていると思うんですか?」

「言うねえ。さっきと随分、態度が違うじゃねえか」

「あなたは人殺し、しかも快楽殺人者ですから」

 言いながら、心臓の鼓動が激しくなっているのを自覚する。普段の私は、相手に皮肉を言う勇気もない。相手が殺人鬼であることを差し引いてもだ。ただ、司馬がこの場で私を害することがないだろうという確信はあった。

 案の定、司馬は鼻を鳴らし、「その通りだ」とつぶやき、笑う。「お前の推測は当たっている」

「あっさり白状するんですね」

「今さら俺の何を隠そうというんだ」

「それもそうですね。じゃあ、勝手に調べてください」

 この部屋を調べきったわけではないが、司馬と一緒にいたくはない。私が部屋を出ようとすると、彼は急に立ち上がって、部屋の入り口を塞いだ。

「俺の情報収集の対象に、お前も入ってる」

 心臓がこれ以上はないくらいに、脈打つ。動くたびに、身体全体が動いてしまいそうだった。威圧感はない。それがかえって不気味だった。私は彼が人を殺すのを見ている。

「そうですか」

 そう言うだけで精一杯だった。検見川のように卑屈な態度で出ていく気力も失せている。そんな私の様子に、司馬は満足そうにうなずいた。

「よろしい」

 彼は再び、ベッドに座った。立ち上がったときもそうだったが、ズボンに血がついているかなど、まるで気にしない。それは検見川も同じだったが。

「驚いたよ、お前が六人村の人間だったなんてな」

「私も、です」

「知らなかったと?」

「ええ」嘘偽りのない答えだ。

「じゃあ、なんでここにいるんだ? 観光地じゃないんだぞ」

 司馬は私を小ばかにするように口をゆがめている。半笑いというやつだ。

「偶然ですよ。前に広場でも言いましたが、道に迷って、気が付いたらここにたどり着いていたんです」

「拳銃を持って道に迷う人間がいるわけないだろ」

「残念ながら、そのような人間が実在することを私が証明してしまいました」

「屁理屈で乗り切れると?」

「真実ですから」

 司馬が私を探るように見る。

「お前は部外者だが、もう誰も無関係だとは思ってない」

「私に言わせれば、樋口老人の悪意ではないかと」

「それをお前が信じたいのなら、俺はそれでもかまわない」司馬が私をせせら笑う。「だが、俺は偶然などこの世にはないと思っている。あるのは悪意だけだ」

「あなたは私に何をしたいんですか?」

「忠告……かな?」

「似合いませんね」

「そう言えるほど、俺の何を知っている」

「お互い様でしょう」

 まあな、と司馬は腕を組む。彼の目から、皮肉めいた色が消えた。

「金庫に入っていておかしくないものが、ない」

「なんでしょう?」私は彼に気圧され、一歩後ろにさがった。

「今、言っただろ。拳銃だ」

「あ」

 反射的に出た言葉だったが、司馬の逆鱗だったらしい。ふいに距離をつめた彼が、私の胸倉をつかんだ。

「お前も、俺を馬鹿にしてるのか。なにが、『あ』だ。そんなわけがあるか。お前が持ち込んだものだろう。所持しているだけで犯罪になるようなものを持っていて、どうして簡単に忘れられるのか。考えられる結論は一つ。お前がすでに拳銃を手に入れており、安心しきっていた。どうだ、違うか?」

 司馬は胸倉をつかんだまま、私をにらみつける。迫力はあるが、恐怖を感じない。しばらくその状態でいて、わかった。この男は快楽で人を殺すが、どこまでも冷静なのだ。あらゆる言動には意図が含まれており、感情で動くことが一切ない。

 今の推論も穴だらけだ。私は己の血筋の秘密を聞き、しかも椎名を殺さなければ明日はないという状況を、あえて捨て置いている。事実、私はそちらに気を取られて、拳銃のことなど二の次になっていた。

 やはり、司馬は私をゆさぶり、真の目的を探ろうとしていた。私の何かを気づいたのではなく、本当に偶然を信じていないのだろう。油断できない男だった。

 ただ、今は胸倉をつかまれて試されているのを、なんとかしなければいけない。あえて、胸倉をつかんでいる彼の手を強く握った。普通の手であることに違和感を覚える。

「拳銃は持っていません。持っていたら、とっととこんな部屋からは出ているとは思いませんか? ここは気持ち悪すぎる」

 胸倉をつかむ手に、より力がこめられた。

「タイミングの問題だと思っている。出ようとしたときに、検見川が来たんだろう」

「なら、身体検査でもしますか? どうせ一度されているんです。何度やろうと、私は困らない」

 急に胸が楽になった。司馬が手を放したのだ。ついでに、その手をつかんでいた私の手も振りはらわれる。

「そうだろうな。お前がそんなに器用な人間だとは思えない。むしろ、間抜けの部類だな」

 私はわざとらしく、肩をすくめた。司馬は舌打ちをし、またもベッドに座る。立ったり座ったりとせわしないのが、少しだけ癇に障る。

「なあ、秋津信彦。お前にはこの先、死んだほうがよかったと思うことばかり起きるはずだ。だからいっそ、ここで俺が殺してやろうか。なるべく楽にやってやれるぞ」

 無表情の中に、虚無が見える。言葉が本気かはわからないが、うなずけば躊躇なく私を殺すだろう。

「お断りします」声は震えているかもしれない。あっさり圧倒されている自分に恥ずかしさを覚える。

「俺は親切で言ってるんだ。それとも椎名を殺して生き延びるつもりか?」

 私は首を横に振った。「わかりません」

「そんな物言いが許されるほど、六人村は甘くない。すぐに理解できるはずだ。身体の芯からな。今は好きにすればいい。ただ、俺はいつでも構わない。死にたいときは言ってくれ。俺ほどの経験者はそういない」

「でしょうね。ですが、決めるときも、実際に動くときも、私は一人でやるつもりです」

 話の流れからすると、やはり私がいきなり殺されることはないようだ。ならば、自分でも臆病で卑怯だと思うが、安心して多少は強気に出られる。

「好きにしろ」

 ようやく司馬は人を小馬鹿にしたような笑いに戻り、立ち上がって出ていった。唐突で身勝手である。しかし、ほっとした。足が小刻みに震えているのだ。

 私も加治の部屋に用はない。足に手をそえて、ゆっくり居間へと戻った。深くため息をつきながら、あぐらをかく。少し休みたい。検見川と司馬の会話で、精神的にかなり疲労した。すぐには次の行動に移せそうにない。今度はもっとしんどいはずだ。

 司馬の言うことももっともだった。天秤にかけられているもう一方の命を無視するわけにはいかない。

 少し休んだら、椎名に会いに行こう。

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