『集団下校』
小学校の頃、同じ地区の子供達同士で登校した記憶があると思う。俗に言う集団登校だ。俺が住んでいた地域では、新入生が正しい道順を覚えるために、新学期の初めの一週間だけ行われていた。
じゃあ逆に、集団下校する場合ってどんな時だろうか? そのほとんどの理由が、帰宅時における危険が想定される場合だろう。例えば、台風等の災害が迫っているときや、不審者の出没なんかが挙げられるだろう。
しかし俺が通っていた地域では、それら一般的な理由の他に、少し変わった事情によって集団下校が行われていた。その真の理由は子供たちには隠され、大人たちの間だけのみ通っていた。俺が知ったのも小学校を卒業してから10年ほど経って、県外の大学卒業後、実家に帰省した時だった。
小学生だった当時、不審者が現れたなどの理由によって集団下校させられたことが月に一回、多いときで三回ぐらいあった。少なくない頻度で繰り返される集団下校に、子供たちは漠然とこの町は怖いところなんだな、と思っていたらしいが、俺だけは大人たちが何かを隠していることに薄々感づいていた。
きっかけは集団下校の翌日に、クラスメイトが惨殺死体で発見されたことだった。
死亡したクラスメイトHはクラスのムードメーカーだったが、同時に問題児でもあった。学校中が騒然としている中、日直だった俺はプリントの束を持って職員室に入った時に、偶然先生方の会話を聞いてしまったのだ。
「あの子達にも可哀相なことをした。ツツワキ様に喰われてしまうとは」
なんてことのない先生同士のただの世間話だったのかもしれないが、この時の俺にはどうもこのツツワキ様という響きが妙に頭に残っていた。それで夕飯の時に何気なく母親に聞いてみた。すると普段温厚な母親が血相を変えて「誰から聞いたのっ!」て怒り出したのだ。今までそんな表情を見たこともなかったから、心臓が飛び跳ねる思いだった。
そんな出来事があって以来、ツツワキ様について自分から聞くことも、また興味を示すような真似もしなかった。いつしかそういうものなんだと受け入れるようにさえなっていた。だから俺が社会人になって真相を聞くまで、半ば忘れているも同然だった。今思えば、クラスメイトが死んだというのに、それまでの俺の態度は些か薄情だった。
母親曰く、たまたま職員室で盗み聞きしたあのツツワキ様という名前は、どうやら聞き間違いらしく、正しくはツツアキ様という。このツツアキ様、様付けされているものの神様の類ではなく、古くから地元に住み着いている化け物らしい。厄介なのが、ただの信仰や迷信上の産物ではなく、現実にたびたび姿を現しては害意を振るうのだ。
一人になった子供を攫い、生き血を啜って惨殺する化け物、それがツツアキ様の本性だ。だからツツアキ様の姿を確認すると、大人たちは子供達を一人にさせないよう固めて帰宅させるのだ。
実家からの帰り道、懐かしき小学校時代に思いを馳せながらバス停に向かっていると、いくつかの田んぼを越えた向こう、50メートルぐらい先に大きくて、真っ赤な影が見えた。
そういえばツツアキ様の容姿を聞いていなかったと思いつつ、俺はとりあえず町役場に電話を入れたのだった。