シンイチ タイムライン 現在
歌舞伎町は午前中にも関わらず、すでにどこからともなく現れた人々で、溢れかえっている。横断歩道の信号待ちが邪魔をして、人々は歩道から車道へと弾き出されている。幸運にもそれを免れた人々も、まるで牛の歩みだ。
シンイチが人並みをかき分けて、必死に前へ進んでいる。しかし、なかなか思うように進むことができない。覚醒した街のうねりが、シンイチを後へ後へと、押し戻そうとしている。
「どけぇこら! 邪魔なんじゃボケ!」
シンイチが叫ぶ。
しかしいくら叫んでも、道は拓かれない。早くオサムの元へ行かなくては。シンイチは焦りながら、オサムにもう一度電話をかけてみる。さっきから何度もかけているのに、オサムは電話に出ない。悪い予感がする。斎藤が、こんなにも早く動くとは思わなかった。迂闊だった。
今朝シンイチは、事務所にいた斎藤の舎弟を一人捕まえて、外へ連れ出し、斎藤の企みを聞き出そうとした。そいつはこの間の酒の席にも、同席していた奴だった。問いただすと、しらばっくれて何にも話さないので、殴りつけた後、銃を突きつけて脅した。オサムと同じベレッタだ。
斎藤は今日、オサムを殺る気だ。他の組の奴らに頼んで、自分の手は汚さずに。見返りに斎藤は、そいつらがかねてから欲しがっていた、大久保のシマを渡す条件だった。表向きは敵対している組の奴らとも、斎藤は太いパイプで繋がっていた。
「シンイチ、てめえこんなことして、タダで済むと思ってんのかよ!」
「うるせえ! 斎藤さんがそんなことしたら、組長が黙ってねえだろうが! 下手すっと戦争だ。そうなったら、斎藤さんにも何の得もねえだろうがよ!」
「大久保のシマを仕切ってんのは、オサムさんだ。そのオサムさんが、シマを譲る代わりに金を要求してたってことにすりゃあ、組長だって手を出すのは難しい。スジを通すために大久保を渡して、丸く収めた方がリスクはねえ。」
「そんなこと、組長が信じるもんか! 兄貴は組長から信用されてんだ。あいつらの言葉なんて聞きもしねーよ!」
「どっこいそこで斎藤さんが言うんだよ。最近のオサムさんの行動が怪しかった。調べさせたら、毎週土曜日に、人目のつかない場所で誰かと会っているようだった。ユリって女の元に逃げるために、金が必要だった。その証拠をつかむ前に、金を要求された方が先手を打ってオサムさんを消しにかかった。ってよ。そうすりゃ組長だって信じるしかねえ。手持ちの駒のために、組全体を危機にさらすような真似はしねえさ。」
「汚ねえ。汚ねえよ! そんなこと許さねえ! 許される訳がねえ!」
「てめえが許さなくても関係ないのさ、斎藤さんは、オサムさんのことが邪魔だったんだよ。ずっとな。誰とも馴染まねえあの性格が、いつか組の癌になると思ってたのさ。まかり間違って、オサムさんが次の組長にでもなるようなことになれば、組は潰れちまうっていつも言ってた。まあこんな話、てめえみたいな淫売の息子に話しても、しょうがねえけどよ!」
シンイチは、そいつの腹を思い切り蹴り上げ、うずくまったところに銃のヘリで思い切り頭を殴りつけた。そして、よろめいて地面に倒れこんだそいつの顔を、気を失うまで踏み続けた。息を切らしながら、シンイチはオサムに電話をかける。しかしいくら待っても、誰も出ない。車は少し離れたところにある。ここからだったら、走った方が早くつくに違いない。シンイチはベレッタをしまい、西新宿に向かって走り始めた。
街は土曜日だった。人混みが邪魔することまで、シンイチには読みきれなかった。しかし、今さら車を取りにも戻れない。
いつもそうだ。大事な時に俺は、判断を間違える。それは俺が濁っているせいなのか?
いつまでたっても俺は濁ったままなんだろうか? 兄貴、そんなことないですよね。どうか無事でいて下さい。今すぐ行きますから。どうか無事でいて下さい。
シンイチは泣いていた。叫びながら泣いていた。すれ違う人々は、気味の悪いものを見るような視線で、シンイチを見ていた。それがどういう感情の涙なのか、シンイチにはとうとう分からなかった。
歩道橋の下を走り抜ける。公園を右に見ながら、ビル街の方へと向かう。息を切らせながらシンイチは叫び続ける。
「どけぇこら! 邪魔なんじゃボケ! 道を開けねーか!」