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魔王の弟様なう  作者: 水溜り キロ
2/4

戦争も、滲めて薄めて、飲み干すの







あるところの世界の話。そこには豊かな魔力が満ちていて、勇者と魔王が存在している。









その昔、人間が生きるため土地を広げ、追い出された魔物たちが人間を襲い、怒った人間が魔法を使い魔物を殺し、そのものたちと仲のよかった魔族が巨大な山脈の向こうから人間の地へ襲い掛かりました。

そのときに活躍した人間側の英雄が、異世界からきたという男、後に勇者と呼ばれる者で、魔族側の英雄が、その時に一番多く魔力を身に宿した魔族の男、後に魔王と呼ばれる者でした。

人間も魔族も魔物も精霊もすべてすべて巻き込んで殺しあって肉と骨と血が地面をどこまでも覆うほどに戦いました。ただ相手を思う憎しみと耳をふさぐような嘆きだけが世界にありました。親兄弟を目の前で魔物に殺された子供が、魔法使いや戦士になって魔物を殺すように。残虐に恋人を奪われた魔族の女が、自分の命を捨てるように戦場へ戦いに行くように。


終わりない戦いを終わらせるために、勇者と魔王は世界の決まりを作りました。魔界の領土はこっからここまで。じゃあ人間界はこっからここまでにしよう。そのほかの土地は野生の生き物や精霊のものにしよう。そしてもし自分たちの領土で問題が起こった場合、自分たちで解決しよう。


もし我等の領土に勝手に入って殺されても仕方がないと思え。




それから数百年。



ひとつの巨大な山脈が魔界と人間界を一刀両断しています。


向こう側などちっとも見えませんし、魔物にもよほど飢えていない限り襲われなくなりました。そうすると、戦争を知るものは死に、新しく生まれるものは忘れていくものですから、大きな戦争があったと書物に記されただけのカスが残るだけ。でも別に良いでしょう。ここでは恋人も兄弟も親も子も、奪われることはありません。ただ大小ある富の差だけが笑顔の数に影響します。


だから人間たちはこの山脈の向こうに魔物がいるんだろうなあと思いながらも日々を平和に暮らしていますし、魔物たちもこの山脈の向こうに人間がいるんだろうなあと思いながら魔王様から与えられる魔力で人間なんか食べなくても平和に暮らしています。




そしてまた数百年。



魔法の技術も進み、豊かになり、人の欲が大きくなり、平和だけでは物足りなくなり、誰かがささやきます。


毒を含んだいやらしい声で。






「魔族など所詮卑しい獣ではないか。われら人間様がなぜそれらにおびえるのだ。昔われらの祖先が受けた傷を思い出せ。われらはなぜこんなところで縮こまっていなければならないのだ?すばらしい魔法技術や機械を持つ、このわれらが!やつらが魔王などとゆうものを持っているのなら、また新しい勇者様を呼べばいいではないか!きっと神はわれらに勝利をもたらすであろう!」







あーあ。あーーあーーーあー。




ばかな人間。


かわいそうな人間。


魔界だって、同じように文明があり、魔法があり、豊かに栄え、しかし魔物は人とは違い欲望は種族同士で補っておりました。だって殺しても死なないのは、魔族や一部の魔物の特権ですから。


互いに散々殺しあって、次の夜に一緒に飲みに行くのは魔界では頻繁に見られる光景でした。


人間なんか、魔界に要らないのです。


もともと魔族は忠義に厚く、曲がったことも大嫌いです。

魔物たちの中には卑怯者と呼ばれるものもいるでしょうけど、すがすがしい卑怯です。

腐ったものではけしてないのです。





本日も、魔界はどことなく薄暗い空をしています。

魔王様が光を苦手とする魔物たちのために暗雲を張っているのでしょう。

これでも十分晴天なのですから、魔物たちは気持ちよさそうにあくびをひとつ、ふたつ。




「今日も平和だなあ」




そうして、自主的に魔王様へ祈りをささげます。

実はこの行為で自然と魔王様の魔力は蓄えられていっています。


まさに民が魔界という国を支えているわけです。



素敵でしょう?

ここだって、恋人も兄弟も親も子も、奪われることなんてないんですから。ただ老いと膨大な時間があるだけ。










そうそう、魔王様には二人の子供がいらっしゃいます。

一人は兄のシェリエル様と、弟のアルーギヌ様です。

シェリエル様はまるで昔の魔王様の生き写しのようにすばらしい魔力を持っていて、その美貌も年頃の娘には毒のような方だとささやかれています。この方もこの魔界を良くしたいと切に考えておられる。民の一員として、うれしい限りです。

アルーギヌ様は何でも病弱だとかでめったに国民の前には出ないのですが、出てきても確かに顔色が悪いので、本当なんでしょう。

弟様も魔力は大きく、純粋で、まだ十二だというのに、恐ろしいくらいです。

その力を将来魔界に満たしてくれる日がくれば、安心なんですが。




あ、早く仕事に取り掛からないと、妻がうるさくなってしまう。

顔は私と同じ不細工ですが、愛嬌はあるんです。やさしくて、最高の妻です。

、もちろんですよ。

大切にします。



しかし、私たちから聞いた昔話を絵本にしてみたいなんて、夢のある人なんですね。

もしそれが完成したら、読ませてくれませんか?


いや、長い時間生きているとこういった新しいものに出会わなくなってくるものなんです。

だから最近退屈していて。昔の血と嘆きが懐かしい。


うそですよ。そのぐらいの冗談を言えるほど今が平和なんです。

平和すぎるほど、平和なんです。



ええ、だから楽しみに待っています。

それでは。













ゴリラの頭をぐしゃりと上からつぶして青く塗ったような顔をして、ずんぐりと、そしてゴツゴツした肉体と、灰色と黒のまだらの翼を持っている巨大な怪物は、いろいろな道具が飛び出し、布を内側から押し広げている不恰好な焦げ茶色のリュックを背負っている男に顔を歪め目を細め、「気をつけて行ってらっしゃい」と言った。



どうやら微笑んでいるつもりのようだ。

男も同じように口をへの字に曲げて、ぽいっとかばんの中から自由帳のような紙の束を怪物に投げた。

そして、「礼です」とカラカラ笑うと、そのままどこかへ去っていった。



絵の具がにじんであるのが見える。

きれいな紙のなかの世界。

赤、青、黄色。

この三つの目とひとつ足の怪物は、いったいなんだろう。


この紙のどこをとっても此処ではない世界が、紙をめくっても、めくっても、まだ。

最後の紙。

怪物が書いてあった。

青い怪物。

無愛想に怖そうに、怒りそうに書かれているくせに、その厚くグローブのような手には、醜くて可愛い彼の最愛の女性が優しく支えられていた。

やさしげに、幸せに二人とも笑っていた。



呟く。「やはり、平和でいい。いや違う。平和がいい。わたしは、わたしは、、」

題名は喉元過ぎれば熱さ忘れるの意

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