9.
「…名、か?」
「………あ゛ぁ゛」
王と同じ程の背丈、包帯に染み込む紅を纏った者は怪異と等しい異物感を醸し出すも、同時に名刺という人間を象徴する遺物を差し出した。
「…余はこの列島の字が読めん、3本線に…四角の図形、正に暗号だ。」
「………み゛っ゛た゛こ゛な゛つ゛…」
「なるほど、この3本線は"みっ"と、この四角の図形は"た"と読むのだな?」
その三田と名乗る者に対して王は、態度を変えず冷静に対話を交わす。
「………う゛あ゛ぁ゛…」
「…?どうした、余の裸体を認識し、気が狂ったか?」
「い゛あ゛う゛…」
異の者は喉を鳴らし、竈門の発火のような咳払いを響かせる
「お゛ま…え…よぐ俺と普通に゛話せるな…」
「普通?ああ、見た目か…その者の身なりで判断するのは所詮弱者と愚者だ、気にするな。」
「………」
流れる静寂の内に内包された洗濯槽の蠢きはまるで心拍のように、自然だった。
「…俺、さっぎも言ったけど…三田こ゛っ…小夏、階級は…」
「6=5、アデプトゥスメジャー…全く人間も妙な階級を付けた物だ。」
「…あ゛ぁ、ここではそうなってる、お前は?」
名刺には五角形のシンボルが赤で彩られ、突き上げた拳に6=5と、力強く彫られていた。
「余は王だ、それ以上でありそれ以下ではない。」
「…そうか。」
三田はぎこちない動きで腰掛け、血の染みた包帯を取り換える
「…ふだ、二人目だよ、俺の姿を見てビビらなかった奴は。」
「…ばふぉ、…鳥羽だろう、あやつ以外考えられんが…」
「…ぞうだ、良く分かったな」
傷跡は既に塞がっている、というより、現在進行系で皮膚が結合していっているのだ。
「…余は、イタリアの半島へ向かう。」
「……俺は、また戦場。」
持ち得る天性の驚異的な治癒力、しかし現実は傷が治るよりも先に戦場を向かわせる
「そうか、次は顔に被弾しないことだ、三田の乙女よ。」
「………っ゛!?」
驚愕の声はまるで獣
しかしその帯の下に隠れるは完全なる女子の表情だった。
「おま…え゛な…で…!」
その赤毛と同じくらい、顔が赤く紅潮しているのは血の滲む跡か、はたまた…
「余は王だ、説明は充分であろう。」
「………だが…!」
「あまり発話をするな、本来の儚き声が掠れるぞ。」
視覚、聴覚、嗅覚から全てに至るまで、目の前の者を感覚器官は異物だと、不和だと示す
「お前も余も、大変な身体を持ったな。」
がしかし、王であれば見た目はただの差異に過ぎず、地に落ちた包帯をその小さき手で拾う。
「話さなくても良い、許す。」
「………!」
「ここは戦場ではない、我が隣人として存在を許可する」
「………」
涙腺はとうの昔に焼けていたはず、しかしこの橙の瞳から流れる水はなんなのか、三田は知らない
「………あぃ、が…ありがと、よ。」
「……服装の洗浄終了までの短き時間、有意義であった、褒めてやろう。」
着衣の場に、人影が王の背後を取る
横に開いた瞳孔、不自然に浮いた毛髪…
「やっ」
「…時間か」
「うん、飛行機が到着したよ、滑走帯においで。」
身なりを整え燦然と輝く冠を頭上に、王は歩みを進める
「…三田さん?」
「………」
去りゆく背中は依然として小さく、幼児のようだった
「友達、出来た?」
「………」
「そっか、また会おうね。」
無言の三田には、笑う為の表情筋すら焼け焦げていた。




