15.
―――カステッロ地区、サン•ザッカリーア教会。
「んしょ…取り敢えずここを拠点にするよー…」
ルネサンス様式で作られたゴシック建築の目立つ教会奥深くの水没地下聖堂…
秘匿されたセキュリティを潜ると、テットの施設が待っていた。
「なんとも見窄らしい部屋だ、余が立ち入るのだから少しは装飾でも付けよ。」
「贅沢は言ってられないぞ王様、今のヴェネツィアに使い勝手の良いテット施設は無い。」
埃舞う小さな空き部屋、テーブルだけでも半分を占める作戦室には薄い寝袋が5つ…
「うんー…キアラちゃんが…や、なんでもないー…」
「…トバからテットの任務体系や怪異対処法は聞いているか?」
「知らん、聞いていない。」
掃除と荷解きを整える建部を横目に溜息を吐くリーヴィアは、テーブル上に地図を広げる。
「良いか、これが今私達の居るヴェネツィア、そしてここが現在地だ。」
「テットではねー…まずじょーほー収集と、居場所の突き止めが任務のゆーせんじこー…」
3つの駒が地図上に置かれ、片時程目を離すと自律した挙動を始める。
「数日から数週間を掛けリアルト橋…ここだな、そこからサン・マルコ広場、大聖堂へ移動する。」
「なるほど聞き込み、ということか…度し難いが、良い。」
建部が忙しなく荷物を運び、数枚のラテン語が綴られた紙が机上に置かれる。
「…これは。」
「怪異という物は、基本的な物理が効かん、まぁ私の剣は例外だがな。」
それはまるで聖句のような、しかし深く見ると全く意味を成していない言葉であった。
「そこでだ、欧米と日本圏でのみ有効だが"ページ"と呼ばれる…こいつを使う。」
「それを貼り付けたりー…盾に使ったりいどーに使ったりするんだよー…」
「ああ、日本は予算不足だか何だかで数枚しか用意出来んらしいが…」
明らかな重量が机に伝う、建部が"ページ"の束を積み上げたのだ。
「…くだらんな、余はかような紙屑は要らん。」
出番だ、とでも言わんばかりに収束剣、空力剣、正負剣が王の背後より現れる。
「逸脱した物理、とどのつまりそれは神秘であろう?余は王ぞ。」
「んん…それが―――」
「―――聖遺物喰らいは液化する、だからこの紙屑で留めなければならんのだ。」
水は切れない、それは流動性を持っているからである、切ったように見えても、それは水が避けているだけに過ぎない…
「お前の剣であれば殺せるかもしれない、だがここはテットでお前はその職員だ、ルールには従ってもらう。」
物理を逸脱し、至高の王冠を手にした者であっても郷に入り郷に従う、寓話的事象が今現実に起こっている…
「良い、元来余はそもそもこのような遊戯に熱を出すほど幼稚ではないわ。」
「…ふふ。」
「…なんだたわけ、王を嘲笑するは死罪ぞ。」
建部の小さな笑い声は肩を震わせ、腕を組んだ王に向かって言葉を紡ぐ。
「だ、だってー…その姿じゃちょっとしんぴょーせーがないよー…」
「はっ!言われてるぞ王様、いや…"re in miniatura."」
事実王の姿は幼童に過ぎず、視覚情報を優先する人間にとって尊大な物言いはギャップを生じさせていた。
「………」
「ぇ、あ、ごめん…ね?」
心底呆れた表情、これもまた人間に堕ちて初めての顔と感情である。
「もう良い…余は直ぐにでも行くぞ。」
「ははっ…!私は野暮用がある、後は頼んだぞタテベ!」
2人が部屋を退室し、残されたのは埃舞う空気の中孤独な建部のみ…
「………寝よ」
寝袋が開かれ、その多き毛量が仕舞われる。




