最終話
王城での一件から、数ヶ月が過ぎた。
王都は、驚くべき速さで復興を遂げていた。
それは、国民一人一人が、自らの過ちを悔い改め、真の守護者への感謝を胸に、一丸となって国づくりに励んだからに他ならない。
アルフォンスとフローラは、辺境の修道院へと送られたと聞く。
二度と、彼らが表舞台に立つことはないだろう。
そして、私は。
「──セレスティア、風が冷たい。これを」
穏やかな陽光が降り注ぐ、ナイトレイ公爵家の庭園。
ベンチに座って本を読んでいた私の肩に、リアム様が、そっと暖かいショールをかけてくれた。
「ありがとうございます、リアム様」
「『リアム』と呼んでくれと、あれほど言っただろう」
少しだけ、拗ねたような口調で、彼が隣に腰を下ろす。
その親密な雰囲気に、思わず笑みがこぼれてしまった。
今、私は、ナイトレイ公爵家の客人として、この屋敷で穏やかな日々を過ごしている。
あの日以来、私の体は、まだ完全には回復していなかった。
長年、魔力を酷使し続けた代償は大きく、今でも時折、貧血を起こしてしまうことがある。
声も、長時間話していると、少し掠れてしまう。
けれど、私の心は、生まれて初めてと言っていいほど、穏やかで、満たされていた。
「君の声を聞いていると、心が安らぐ」
「まあ。お上手ですこと」
「本心だ。……君の心の声も、もちろん美しいが。やはり、君自身の唇から紡がれる言葉は、何よりも愛おしい」
そう言って、彼は、私の手を優しく握りしめた。
その温もりが、私の心に、じんわりと広がっていく。
結界の維持は、今、国中の魔導士たちが協力して行う、国家事業となっている。
私の負担は、もうない。
けれど、時折、リアム様と共に、王城の地下にある結界の中枢を訪れ、助言をすることはあった。
そのたびに、人々は私に、心からの感謝と尊敬の念を向けてくれる。
もう、誰も私を『出来損ない』とは呼ばない。
ふと、私は、ずっと気になっていたことを、彼に尋ねてみることにした。
「リアム様は……いつから、わたくしのことを、気にかけてくださっていたのですか?」
「……覚えていないのか?」
「え?」
彼は、少し照れたように、視線を遠くに向けた。
「十年前の建国祭の夜だ。庭園で、一人で泣いている少女がいた。迷子かと思って声をかけたら、君は、声が出せないのに、必死に身振り手振りで『大丈夫です』と伝えようとしてくれた。……その気丈な姿が、なぜか、ずっと忘れられなかった」
十年前……。
言われて、思い出した。
あれは、母が亡くなって、まだ間もない頃だった。
華やかな夜会に馴染めず、一人で庭に出て、母を思って泣いていたのだ。
あの時、声をかけてくれた、優しい少年がいた。
まさか、あれが……。
「……あなた、だったのですね」
驚きと、愛おしさが、同時にこみ上げてくる。
私たちの運命は、もう、そんなにも昔から、始まっていたのだ。
「ああ。だから、あの夜会で、アルフォンス殿下に婚約破棄をされている君を見た時、すぐに、あの時の少女だと分かった。……そして、君の心が、どれほど傷ついているのかも、痛いほどに伝わってきた」
彼の瞳が、ひたむきな光を宿して、私を見つめる。
「セレスティア。俺は、人の醜い心の声を聞き続けて、愛など信じられずに生きてきた。だが、君と出会って、初めて知った。世界には、こんなにも澄んだ、美しい魂が存在するのだと」
彼は、私の手を、彼の胸へと導いた。
とくん、とくん、と、力強く、そして、優しい鼓動が伝わってくる。
「俺の、すべてを君に捧げる。この命も、この心も、すべて君のものだ。だから、どうか、俺の妻になってほしい。……君を、生涯、愛し、守り続けることを、ここに誓う」
それは、世界で一番、誠実な、愛の告白だった。
私の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは、喜びと、幸福に満ち溢れた、温かい涙。
私は、彼の首に腕を回し、精一杯の笑顔で、答えた。
「はい、喜んで。わたくしのすべてを……あなたに」
唇が、そっと、重なり合う。
それは、孤独だった二つの魂が、ようやく一つになった、永遠の誓いのキスだった。
かつて、『声なき令嬢』と呼ばれた少女は、今、唯一人の理解者を得て、その隣で、世界で一番幸せそうに微笑んでいた。
彼女のその声なき心の声は、もう、愛する彼にだけ、はっきりと聞こえているのだから。
『愛しています、リアム』
『ああ。俺もだ、セレスティア。……世界で一番、愛している』
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
★~★★★★★の段階で評価していただけると、モチベーション爆上がりです!
リアクションや感想もお待ちしております!
ぜひよろしくお願いいたします!




