第8話
光の雨が止んだ時、玉座の間には、奇跡のような静寂が訪れていた。
あれほど溢れかえっていた魔物の姿はどこにもなく、ただ、浄化された清浄な空気が、破壊された広間を満たしている。
渦巻いていた暗雲は完全に消え去り、砕け散ったステンドグラスの向こうには、一点の曇りもない、どこまでも澄み渡った青空が広がっていた。
生き残った貴族たちは、まるで夢でも見ているかのように、呆然とその光景を眺めている。
そして、その視線は、やがて広間の中心に立つ二人の人物へと、ゆっくりと集まっていった。
一人は、傷つきながらも凛として剣を構える、氷の公爵リアム。
そしてもう一人は、今まで『出来損ない』と蔑まれてきたはずの、声なき令嬢セレスティア。
いや、彼女は、もはや声なき令嬢ではなかった。
彼女から放たれる神々しいまでのオーラは、先ほどまでの儚い少女の面影を完全に消し去り、誰もがひれ伏すほどの威厳に満ちていた。
「……あ……ああ……」
最初に声を発したのは、玉座にしがみつくようにしていた国王だった。
彼の目は、恐怖と、そしてわずかながらの安堵に濡れている。
その静寂を破ったのは、アルフォンス皇太子だった。
彼は、信じられない、信じたくない、とでも言うように、わなわなと震えながら、私を指さした。
「ま、魔女め……! きさま、いったい、国に何をした! その力は、一体なんなのだ!」
その見苦しい叫びに、しかし、もはや同調する者は誰もいない。
誰もが理解していた。
今、自分たちが生きているのは、目の前の少女が起こした奇跡のおかげなのだと。
私は、ゆっくりと、アルフォンス殿下に向き直った。
リアム様が、私を守るように、半歩前に立つ。
私は彼の腕をそっと引き、大丈夫だと、瞳で伝えた。そして、一歩、前へ。
「殿下」
凛とした、私の声が、広間に響き渡る。
生まれて初めて、公の場で発した、私の声。
その声を聞いたアルフォンス殿下の顔が、驚愕に歪んだ。
「お前……声が……」
「はい。この声は、わたくしがこの国を守るために、長年、捧げてきたものでした。そして、この力は、わたくしが母から受け継いだ、この国を護るための、聖なる力です」
私の言葉には、もう何の迷いもない。
私は、ただ事実を、ありのままに告げていく。
「貴方様がわたくしを『役立たず』と罵った、あの夜会でも、わたくしは、この身を削って、崩壊しかけた結界を必死に支え続けておりました。貴方様方が、偽りの平和の中で、優雅に踊り明かしている、その瞬間も」
その言葉は、アルフォンス殿下だけではない。
この場にいる、すべての者の胸に、鋭い刃となって突き刺さった。
私を嘲笑し、石を投げつけた、すべての人々への、断罪の言葉。
「セレスティア……すまなかった……」
最初に膝をついたのは、私の父、クラウゼル公爵だった。
彼は、娘の真実の姿に、ただただ涙を流し、頭を垂れている。
「わ、私は……私は、そんなこととは知らず……!」
アルフォンス殿下は、顔面蒼白で後ずさる。
その隣で、フローラは、とうに腰を抜かして、床にへたり込んでいた。
自らの浅はかな欲望が、国を滅ぼしかけたという事実に、彼女はもう正気を保てずにいるようだった。
「陛下」
リアム様が、国王に向き直り、静かに、しかし厳しく告げた。
「事の真実は、もはや明白。アルフォンス皇太子殿下、並びにフローラ・クラウゼル嬢が、セレスティア嬢へ行った仕打ちは、単なる婚約破棄に非ず。この国そのものを危機に陥れた、万死に値する大罪です。賢明なるご判断を」
その言葉が、最後の引き金となった。
国王は、すべてを悟ったように、深く、深く、項垂れた。
「……アルフォンス、フローラ。両名に、王家及び公爵家からの追放を命ずる。未来永劫、王都の土を踏むことは許さん。……それで、許してはくれまいか。英雄、セレスティアよ」
国王の懇願に、私は、静かに首を横に振った。
「わたくしは、英雄などではございません。ただ、母との約束を、守りたかっただけです。裁きは、わたくしが下すものではありません。この国と、民が決めることでしょう」
そう言い残し、私はリアム様と共に、その場を後にした。
背後で、アルフォンス殿下の情けない命乞いの声と、フローラのすすり泣く声が聞こえたが、もう、私の心が揺らぐことはなかった。
古い時代は、終わったのだ。
これからは、真実を見つめ、真実の声に耳を傾ける、新しい時代が始まる。
その第一歩を、私は、愛する人と共に、今、踏み出したのだから。




