表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声なき令嬢と心を聴く公爵~無能と蔑まれた私、実は国を守る結界魔法の使い手でした~  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第6話

ナイトレイ公爵家の客室は、暖炉の炎がぱちぱちと静かに爆ぜる音だけが響いていた。

窓の外は、もうすっかり夜の闇に沈んでいる。

私は、リアム様の瞳をまっすぐに見つめ返した。もう、この人から目を逸らしてはいけない。そう、魂が告げていた。


震える指先で、ベッドサイドに置かれていた羊皮紙とペンを取る。

インク壺の蓋を開ける、小さな音さえも、この静寂の中ではやけに大きく聞こえた。

何から、書けばいいのだろう。

あまりにも長すぎる年月、一人で抱え込んできた秘密。その重さに、ペンを持つ手が再び震え出す。

その手に、リア-ム様の大きな手が、そっと重ねられた。


「……焦らなくていい。君のペースで」


温かい、感触。

彼の心の声が、言葉になるよりも早く、私の心に流れ込んでくるようだった。

『大丈夫だ。俺が、すべて受け止める』

その無言の励ましに後押しされ、私は、ゆっくりと、けれど、もう迷うことなく、ペンを走らせ始めた。


『わたくしの家、クラウゼル公爵家には、代々伝わる使命がございます』

『それは、自らの魔力と生命を糧として、この国を魔物の脅威から守る、大結界を維持し続けること』


書きながら、今は亡きお母様のことを思い出す。

優しい笑顔の裏で、彼女がどれほどの痛みに耐えていたのか。幼い私には、知る由もなかった。


『母が亡くなった後、その役目はわたくしが受け継ぎました。けれど、まだ幼かったわたくしの魔力はあまりに強大で、不安定でした。その力を制御するため、わたくしは……声と引き換えに、すべての魔力を結界に注ぐことを、自らに課したのです』


声が出ないのも、魔力がないように見えるのも、すべてそのため。

『声なし』『出来損ない』という罵倒は、私がこの国を守れている証でもあった。

甘んじて、受け入れてきたつもりだった。けれど……。


ペンが止まる。

あの婚約破棄の夜の、屈辱。市場で投げつけられた、石つぶて。

思い出そうとしなくても、心の傷は、生々しい痛みを訴えてくる。


リアム様は、黙って私の言葉を待ってくれていた。彼の静かな眼差しが、まるで「話してくれ」と促してくれているようだった。


『アルフォンス殿下との婚約は、皇太子妃という立場から、より強固に結界を維持するためのものでした。けれど……婚約を破棄されたことで、王家からの魔力供給が途絶え、わたくし一人の力では、綻びを塞ぎきれなくなってしまったのです』


凶作も、魔物の活発化も、王都への侵入も。

すべては、私の力が足りなかったせいなのだと。


書き終えた羊皮紙を、彼に差し出す。

それは、私の魂の告白にも等しかった。

リアム様は、食い入るように、そこに綴られた文字を追っていく。

彼の表情は、まるで氷の仮面を被ったかのように、動かない。けれど、彼の瞳の奥で、激しい感情の嵐が吹き荒れているのが、私には分かった。

驚愕、怒り、そして……深い、深い痛み。


「……そうか。そういうことだったのか」


絞り出すような、低い声。

彼はゆっくりと顔を上げ、その手で、私の頬にそっと触れた。

その指先が、わずかに震えている。


「今まで、ずっと……一人で、そんな重荷を……」


彼の心の声が、嵐のように私の心になだれ込んでくる。

それは、私への憐憫ではなかった。

私の痛みを、まるで自分の痛みであるかのように感じ、私の孤独に、心の底から寄り添おうとしてくれる、魂の慟哭だった。


『信じられないだろう。一国の安寧が、か弱い君一人の肩に懸かっていたなど……』

『なぜ、誰も気づかなかった。なぜ、俺は、もっと早く気づいてやれなかったんだ……!』

『許せない。君を蔑み、傷つけた、あの愚かな連中を。そして、君にこれほどの犠牲を強いてきた、この国の理不尽な宿命そのものを……!』


心の声が聞こえる能力は、彼にとって呪いだったはずだ。

人の醜い本音ばかりが聞こえる世界は、どれほど地獄だっただろう。

けれど今、その力は、誰にも理解されることのなかった、私の声なき心の叫びを、確かに受け止めてくれていた。


「セレスティア」


初めて、彼は、私の名を呼んだ。

その響きは、まるで長年探し求めていた宝物を見つけ出したかのような、慈しみに満ちていた。


「もう、君を一人にはしない。これからは、俺が君を守る。君のその重荷を、半分、いや……すべて俺が背負う」


それは、誓いの言葉だった。

彼の瞳には、氷を溶かすほどの、燃えるような決意の炎が宿っている。

私の頬を、涙が、とめどなく流れ落ちた。

けれど、それはもう、悲しみや悔しさの涙ではなかった。

生まれて初めて、誰かに本当の意味で理解してもらえた、温かい、喜びの涙だった。


私は、彼の胸に顔をうずめ、子供のように声を殺して泣いた。

リアム様は、そんな私の背中を、ただ黙って、優しく、何度も何度も撫で続けてくれた。

その夜、私たちは、夜が明けるまで、ただ寄り添い合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ