来客
「申し訳ありません、お約束もなく急にお呼び立てしてしまって…!」
革製のソファから勢いよく立ち上がった少女は、手入れされた髪で編まれた三つ編みを揺らして、扉を開けた二人に頭を下げる。
「こちらこそ、お待たせしてしまい申し訳ありません。王家直属魔術師、ノア・アイビーとアベリア・ティアードです」
「まぁ、直属の…?そんな大層な方に…」
「気になさらないでください。お話お聞かせ願えますか?」
互いに向き合って座ると、エルシャは御者から受け取った鞄から一枚の紙を取り出した。
「これは養父の机から持ち出したものなのですが…」
“ネルシェリーン売却”
その文字を見て、アベリアとノアは顔を見合わせた。すると、エルシャは実は…と説明を始める。
「ご存知かどうか分かりませんが、ネルシェリーンでは花祭が五年前まで毎年開催され、突如行われなくなりました。理由を公開しなかったせいで様々な憶測が飛び交っているのですが、わたくしの義兄であるエインズ・ネルンを亡くしたことで開催されなくなった、というのが多く広まっているようで。そしてそれは事実ではありません」
「事実ではない…?」
「わたくしは四歳の頃からネルン公爵家の者として生きておりますので、義兄とは一年間ほど共に過ごし、この目で看取りました」
伏し目がちになってそう語った小さな少女は、本題に入ります、と書類を指差した。
「ネルシェリーンの森では魔物が出るのです。それが年々強くなってきていて…魔法を使った痕跡に魔物は寄ってくるので、安全のために花祭を取りやめたのです」
「であれば、何故我々や騎士団を頼らなかったのですか」
ノアは真っ当な疑問を述べた。危険だと言うならば駆除を依頼すれば良いだろう。アベリアもそう思った。無論、それが出来なかったという状況であったとは予想できるが。
聞けば、ネルン公爵は自身の保有する騎士だけで対処できるのだと信じてやまないのだという。騎士の代表が抗議しに来ても、まともに取り合わなかったと。そして、どこかあの人は変わってしまったと悲しそうに続ける。
義母は夫を信じ行動しようともしない今、養子とはいえ、娘である自分が動くしか手が無かった。
そこまで伝えられてから、ノアは机に広げられた書類を手に取る。先程の売却の契約書ではない別の書類。彼女が自ら纏めた、まだ拙い依頼書である。丁寧に記された書であり問題は無いのだが、ネルンとして提出するならば当主のサインが必要である。
「エルシャお嬢様」
「は、はいっ」
ノアの後ろに控えるように黙っていた女が初めて口を開く。エルシャはそれに驚いたのか、別の理由があるのか、頬をほんのり色付かせて裏返った声で返事をした。
「これを…ネルン公爵家としてではなく、エルシャ・ネルン公爵令嬢としてのご依頼としてお受けしてもよろしいでしょうか」
凛と澄んだ声が僅かに空気を震わせた。
・・・
魔術師への依頼。個人として、王国に所属せずフリーで働く魔術師への依頼には、堅苦しい依頼書などを必要としない場合が多い。だがその分信用に欠け、裏社会に情報を売られる可能性もあるため、大体の人間が正式に魔術師棟へ依頼をしたり、首都郊外や地方にいくつか設けられた専門の部署へ依頼するのが一般的である。
その中でも重要であると判断された依頼や、王家からの依頼はこうして王家直属魔術師などの実力者へと回ってくるのだ。そのため魔術師にも階級がある。
何故、この依頼が二人に来たのか。それを意味するのは、余程の強敵であること…だろうか。だが実際、調査すらも行われていない。現段階で魔物の強さなんて分からないのだ。
「個人で依頼、ねぇ」
「勝手に受けてすみません。ですが、公爵から止められてしまえば…」
「待って?別に咎めているわけではないよ。むしろ正しいと思う。ただ、王家直属魔術師を個人で動かすとなると莫大な金銭がかかるんだよ」
「分かっています。…それに関しては、少し考えがあるんです。それまでは私が建て替えます。」
任せろと目で訴えかける、自信を持った少女に、ノアは不思議そうに肩をすくめた。
「ふーん?まぁ、それなら良いけど。ほら、取り敢えず騎士団行くよ」
「はい」




