書籍版2巻発売記念SS 『本という名の友達』
書籍版での改稿に合わせて、web本編におけるローレンスの綴りとアナグラムの描写を一部変更しています。
(よりわかりやすく完全一致する形で修正しました)
アリアには、たまらなく好きなものがいくつかある。
魔法の本はそのひとつだ。
心地良い紙の手触り。
意味深な奥行きのある装丁。
ぎゅっと抱きしめて香ばしい匂いを嗅ぐ。
大切な何かと繋がっているような感覚がそこにはある。
『どうしてこの子はこんなに本ばかり』
そういう類いのことを言われた経験は何度かあったと思う。
気にしたことはなかったけれど。
でも、世界一美味しい究極の食べ物であるいか焼きが苦手な人もいると聞いたことがある。
人にはそれぞれ好きなものと苦手なものがあって。
魔法の本に興味が持てない人からすると、不思議に思うのも自然なことなのだろう。
『どうして本なのだろう?』と考える。
楽しいことは他にもたくさんあるはずなのに、と。
(遊べるような友達が周りにいなかったのはひとつの理由なのかも)
少なくとも、最初の頃はそうだった。
声が出せなくて、同年代の子たちの輪の中に入れなかった記憶がアリアにはある。
みんなにできることが自分にはできない。
自分は普通じゃないのかもしれない。
不安な日々の中から救ってくれたのが本だった。
『私は、普通ができない子供でした。周囲の子とはうまくやれず友達は一人もいませんでした』
そこに書かれた言葉に出会った日のことを、アリアは今も鮮明に覚えている。
『ものをよくなくすし、片付けもできない。予定通り行動できないですし、空気もうまく読めません。でも、そんな私にもひとつだけできることがあったんです。他の人よりうまくできることが』
その人の言葉に、アリアは温度のようなものを感じていたように思う。
『この本で私は二つのことを伝えたい。ひとつは、自分を救ってくれた魔法の魅力。魔法があったから生きていることができました。救ってくれた魔法に少しでも恩返しがしたい。そしてもうひとつは、普通なんてできなくても自分の価値は少しも下がったりしないことです』
伝えたいと心から願って綴られた言葉。
聞き流してはいけない何かがそこには含まれているように感じられた。
『価値は命に結びついています。生きてるだけで貴方には価値がある。何万年もの間、たくさんの人が命を繋いでできた奇跡なんですから。どんなときも貴方はひとりぼっちじゃない。私は貴方の幸せを願っている。人類を救った《光の聖女》が私たちの幸せを本気で願っていたように』
アリアはその言葉を大切に胸の奥に仕舞った。
今でも時々思いだして、頬をゆるめる。
お母様とお父様も大好きで何よりも大切な存在だけど。
それとは違うところで大切なものだと感じている。
顔も声も知らない人なのに。
考えてみると不思議な話だと思う。
みんなには見えない内緒の友達みたいな、親密さの気配がそこにはある。
小さい頃にこっそり集めていた綺麗な石や、大きな鳥の羽のように自分だけの宝物みたいな感覚がある。
著者さんは本を通して、アリアの人生を変えてくれたのだ。
いつも傍にいる友達になってくれて、大切なことを教えてくれた。
本にはそういう力があるのかもしれないとアリアは思う。
遠く離れた人とも繋がることができる。
異なる時代に生きた人とも話すことができる。
しかも、二人だけしかいない世界でする秘密の話みたいな距離の近さで。
本の数だけ友達に出会うことができる。
夢見すぎだと笑われるかもしれないけれど。
素敵なことだと心から思う。
(そう言えば、リオンくんと仲良くなれたのも本がきっかけだっけ)
リオンと初めて会った日。
曾祖父同士が決めた許嫁としての顔合わせの時間、アリアはリオンを放置して一心に本を読んでいた。
それだけ本に夢中だったのだけど、今思えば人としてはあまりよくない行為だったと思う。
(リオンくんが優しい人でよかった)
だけど、そこから仲良くなれたのは本のおかげだった。
アリアが薦めた本を彼は読んでくれた。
同じ熱量でのめり込んでくれた。
弾んだ声で語られた言葉。
そこに今まで経験したことのない、ときめきを感じたことを覚えている。
『わたしと同じ本を同じくらい好きな人がいる!』
他の何とも比べられない、大きくて特別な喜びがそこにはあるように感じられた。
いろいろなものを飛び越えて、一気に距離が縮んだような感覚があった。
時間よりも強い何かがそこにはある。
重ねた時間は短くても、本を通して友達になれる。
(本には魔法みたいな力があるのかもしれない)
アリアは部屋の本棚から一冊の本を取り出す。
あの日人生を変えてくれた一冊の本。
古びた本をアリアは大切に保管している。
机から見える本棚の特等席にいつもそれは置かれている。
あの日と同じ、香ばしい香りがする。
アリアは一瞬だけあの日の古書店の中に入っている。
ページをたぐる。
書かれた言葉は、昔と変わらない親密さでアリアを出迎えてくれる。
時々違う見え方をする部分もある。
子供の頃はわからなかったことがわかるようになっていて、自分が成長したことを実感したりもする。
タイムカプセルみたいに、本の中には昔の自分の断片が仕舞われている。
少しだけのつもりだったのに、気がつくとつい読みふけってしまっている。
(大学の課題もあるけど……もう少しだけ)
しないといけないことがある中で読む本は、なんと甘美で楽しいのだろう。
頬をゆるませながら読んでいたアリアの目に留まったのは、本の終盤に書かれた一節だった。
そこには著者さんがお世話になった先生についての記述がある。
アリアはもちろんそこに書かれている内容を知っている。
素敵な先生だったことが伝わってくる素敵な一節だ。
思えば、アリアが魔法の先生に教えてもらいたいという憧れがあったのも、人生を変えてくれた本の中にそのような一節があったからかもしれない。
短い記述だったから意識したことはなかったけど。
でも、考えてみるとそういう部分もあるような気がする。
本には著者さんに魔法を教えてくれた先生の名前が書かれている。
当時活躍していた有名な魔術師さんらしい。
(わたしが本を書くなら、ここに書くのはあの人のことだな)
やわらかい声が頭の中で響く。
閉じた瞼の裏に、優しく微笑むあの人の顔が映っている。
不意に、アリアの頭をよぎったのはひとつの可能性だった。
息ができなくなる。
頭の中が真っ白になる。
いつも持ち歩いている手帳を取り出す。
ペンを走らせる。
本に書かれていた先生の名前を書き写す。
それから、文字の数をひとつずつ数えていく。
Lが同じだけ使われていた。
Aが同じだけ使われていた。
Rが同じだけ使われていた。
『彼はいくつもの名前を使いながら密かに生き延びていました』
数え終えたアリアは小さく笑って目を閉じた。
離れていてもつながっている。
会えなくなっても、心の中で生きている。
アリアは本を大切に特等席に仕舞ってから、大学の課題を始めた。
見つけてくれて、番外編まで読んでくださって本当にありがとうございます。
『声が出せないので無詠唱魔法でもいいですか!!!』2巻が本日発売します。
作業していて、『この原稿まだ伸びしろあるのでは……!』と感じた結果、
一万字以上の加筆で追加シーンが収録されています。
『アリアとリオンとヴィクトリカとの関わりがもっと欲しい』という葉月の要望。
『リオン回をもっと良い形で描きたい』という葉月の要望が葉月議会で可決されて、無事実行されました。
書き下ろし番外編は3本収録。
葉月が書きたかったアリアが友達と過ごすお話2本と、
最後を締めるアリアのお話が収録されています。
100パーセント出し切った完全版になっていますので、
よかったら楽しんでいただけるとすごくうれしいです。






