56 エピローグ
大陸各地を襲った魔物の暴走。
魔物はなぜ凶暴化したのか。なぜ急速に力を失ったのか。
王国中で調査が行われた。
ベルナルド・アボロの証言もあって、魔王の封印が弱まっていたのがすべての原因だったことが公表された。
一ヶ月後、王国を救った英雄としてアリアたちは特別表彰を受けることになった。
王都にある古城で行われる式典。
控え室でアリアは、いか焼きを食べながら家族の愚痴を話していた。
〖お母さんもお父さんも何かあるたびに泣き出してさ。また危ないことをしようとしてるんじゃないか。やるならママとパパも連れて行きなさいってうるさいの〗
豊潤な甘塩っぱい香りが辺りを包む。
もぐもぐと咀嚼するアリアに、リオンはあきれ顔で笑った。
「それだけ大事に思ってくれてるってことだ。ダメって言うんじゃなくて、一緒に連れて行けっていうのもアリアを尊重したい気持ちがあるからだろうし」
〖それはたしかにうれしい部分もあるんだけど。でも、正直に言ってめんどくさい。アルバイトだって全然許してくれなかったし〗
「お前の年齢で働くっていうのは親も心配するんじゃないか」
〖農村部では働いている子もいるって聞くし〗
「公爵令嬢だからな、お前」
〖毎日お願いし続けて、やっと働くことを許してもらったの。週に一度、一時間だけだけど〗
「言いだしたら聞かないもんな、お前。しかも、今回はいつにもましてやりたいって言いまくってたし」
〖世界一の魔術師になるために、必要なことなのです〗
アリアはいたずらっぽく微笑んで氷文字を浮かべる。
ヴィクトリカが控え室に入ってきたのはそのときだった。
式典に向けてドレスアップしたヴィクトリカは、普段と比べて明らかに様子がおかしかった。
落ち着かない様子でふらふらと歩いている。
ぼんやり中空を見つめる視線。
ドレスの裾を踏んで躓いた。
「いたい……」
床に手をつくヴィクトリカに、アリアは手を伸ばす。
〖大丈夫?〗
「うん、大丈夫」
手をつかんで身体を起こす。
〖何かあったの?〗
ヴィクトリカは一瞬顔をほころばせて、
それから気恥ずかしそうに頬をかいて言った。
「お母様に褒めてもらえたの」
〖……それだけ?〗
「アリアはお母様の厳しさを知らないからそう言えるのよ。あの人の厳しさは本当にすごいのよ。お父様もお兄様も怯えてるんだから」
〖お母様が強いお家なんだね〗
「お母様が言ってくれたの。『よくやりましたね』って。これがどんなにすごいことかわかる? あのお母様が褒めてくれるなんて。信じられない。まさかこんなことが……」
ヴィクトリカは自分に起きた出来事が現実だと信じ切れていないみたいだった。
抑えきれない喜びがそこには滲んでいた。
〖ヴィクトリカがうれしそうでわたしもうれしい〗
「恥ずかしい氷作るの禁止……」
氷文字を見て、そっぽを向くヴィクトリカ。
ほんのり赤く染まった頬にアリアは目を細めた。
「よかったな」
アリアの隣でリオンが言う。
「俺も父上に褒められたよ。親のことなんてどうでもいいけど」
肩をすくめてから続けた。
「まあ、悪い気はしないな」
式典でアリアたちは勲章と一級魔術師の証である銀時計をもらった。
国王陛下や大臣さんからたくさん褒めてもらえて、報奨金ももらえた。
だけど、それ以上にうれしかったのは式典に来たお母様とお父様がすごく喜んでくれたこと。
「がんばったわね、アリア……!」
ぎゅっと抱きしめてくれるお母様。
「よくここまで……お前は俺の誇りだ」
涙声で言うお父様。
泣いてる、とびっくりしたけど褒められるのは素直にうれしかった。
二人の腕の中で頬をゆるめる。
油断している隙に、アルバイトの時間を二時間に増やしてもらった。
こういう機会にしっかり交渉しておくのが要領よく生きるコツなのである。
魔法大学に行ったのは翌日のことだった。
穏やかな日射しが射し込む昼下がり。
掲示板に張り出されている求人の中から、一番応募が無さそうなそれを選ぶ。
「こちらでよろしいんですか?」
驚いた顔の事務員さんにうなずく。
〖この仕事がしたいんです〗
古びた紙に書かれた仕事内容。
『家庭教師募集』
魔法を教える家庭教師。
その女の子は、クラスで最下位の点数を取って魔法の才能が無いと周囲から言われているらしい。
あまり裕福な家ではなく、払える報酬も少ない。
だけど、アリアはそういう子を教えたいと思った。
昔の自分みたいな子にチャンスをあげたい。
(ローレンスさんがくれたものを、今度はわたしが――)
先生として教えるのはきっと簡単なことではないだろう。
言葉を形にするのは難しくて、頭を抱えることもあるはずだ。
うまく伝えられないこともある。
失敗したかもと反省会をする帰り道もある。
だけど、アリアは伝えたいと思う。
響かせたい。
世界にはいろんな人がいて。
声が出せないアリアに、冷たい目を向ける人もいるかもしれない。
でも、声が出せないからこそ、丁寧に言葉を伝えられる。
できないからこそできることがあるから――
普通じゃなくていい。
引け目を感じなくていい。
自分を責めなくていい。
そんなときは胸を張って、伝えよう。
『声が出せないので無詠唱魔法でもいいですか!!!』
古びたお屋敷の門の前。
出迎えてくれた女の子にアリアは言った。
〖わたしはアリア・フランベール。今日から貴方を教える魔法の先生です〗
おわり
最初にこの小説のアイデアを思いついたのは、2024年の7月だったと思います。
その後、初稿を2024年の秋頃に書き終えました。
折角だから今までよりももっといいものにしたい。
そのために、意見を聞いてみよう、と友人とお世話になっている編集さんに送って読んでもらいました。
結果、反応はあまりいいものではありませんでした。
あたたかく褒めてくれた友人もいましたが、一人の友人には十時間破壊的なダメだしをされました。
メンタルが崩壊した葉月は、夜眠ることができずに真夜中を歩きました。
意味も無く走ったり、誰もいない海で叫んだり、浜辺の砂を蹴ったりしました。
自分の人生でも一番くらいに痛い指摘でした。
わかった。もういい。何も言えないくらい最高のものを書いてやる。
初稿の八割を一から書き直しました。
細部を突き詰めた結果、自然と続きが生まれて倍の分量になりました。
残っていた初稿の二割も全体の中でそぐわないものになったので、そのほとんどを一から書き直しました。
たくさん時間をかけて何度も改稿しました。
何ヶ月も寝かせることで鮮度を上げて、より質の良い改稿ができるようにしました。
結果、自分の人生で一番手間をかけた小説ができあがりました。
この小説がどのように皆様に届くかはわかりません。
力を入れた作品が残念な結果に終わることもたくさんあります。
うまくいかなくてもしょうがないと思っています。
こんなに一本の新作に力を入れては多分、ダメなのです。
それでも、どうしてもいいものにしたかった。
無駄で愚かな試みに終わるかも知れなくても、どうしてもやらないといけないような気持ちにさせてくれた。
その意味で、すごくありがたい作品に出会えたと思っています。
大学に入学したとき、うまく話せなくて周囲から浮いたり陰口を言われたりした。
言いたいことをどう言えば良いのかわからなくて、人間が怖くて仕方なかった。
そういう経験が、自分にアリアを書かせたのかなと思っています。
編集さんが書籍化しましょう、と言って下さって、この作品の書籍化は既に動きだしています。
web連載版のクオリティアップのために許されるだけ贅沢に時間を使った結果、二ヶ月半後の1月7日に書籍版が発売する予定で進んでいます。
編集さんが折角だから連続刊行しましょう、と言って下さってその一ヶ月後には本編ラストまで収録された二巻が出る予定です。
良いものになるようにがんばるので、よかったらそちらも楽しんでいただけるとうれしいです。
この挑戦がどのような結果に終わるかはわかりません。
目も当てられない結果に終わるかもしれませんし、近い将来小説家として生きていけなくなるかもしれません。
それでも、持てる力のすべてを注ぎ込んで、良い小説を書きたかったのです。
その気持ちだけ、この作品に添えてお送りさせていただければと思います。
この作品が、一人でも多くの人に届いてくれたらいいなと願っています。
よかったら、ブックマーク&評価で応援していただけるとすごくうれしいです。
見つけてくれて、最後まで読んでくれて本当にありがとうございました。




