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50 取り繕うことには慣れている


 リリアの使う魔法は、それまでの魔法界で知られていた魔法と何から何まで違っていた。


 その出力は規格外だった。


 当時最優と称されていた数名の魔術師に匹敵する威力の魔法を、詠唱せずに放つことができた。


 無詠唱で魔法が使えるのはリリアだけだった。


 何より、その魔法は魔族に対して常軌を逸した効果を発揮した。


 眩い光の線は高レベルの魔族を一撃で消滅させ、アンデッドの軍勢を瞬く間に壊滅させた。


 魔術師たちは彼女に関心を持った。


 フレデリック自身もそうだ。


 彼女の魔法を研究し、その力がどういう原理で発現しているのか調べた。


「わたし、天才なのかもしれない」


 この頃、リリアはよくそんなことを言っていた。


「調子に乗らない」


 フレデリックはリリアを小突いてから、氷を入れた袋を押し当てた。


「ほら、ちゃんとこれ当てて」

「やだ。めんどい」

「わがまま言わない」


 光の魔法を使うと、リリアの肌は火傷のように赤く染まった。


 痛々しい痕と痛みには、回復魔法もまるで効かなかった。


 氷袋を当てて、少しでも症状を軽くするのがこの時期のフレデリックの日課だった。


「フレちゃんお母さんみたい」

「それを言うならお父さんだろ」

「お父さんか。それも悪くないね」


 リリアはいたずらっぽく笑みを浮かべて言った。


「洗濯物一緒にしないで、お父さん」

「してねえよ」

「欲しいものがあるときは肩もみしてあげるよ」

「現金な娘だな」

「フレちゃんがお父さんだったらよかったのにな」


 リリアはどこか遠くを見ながら言った。


 明るい声は、なぜか切なく聞こえた。


 フレデリックはリリアを抱きしめたくなった。


 だけど、してはいけないと思った。


 彼女にとって自分は友達で、世話を焼いてくれる兄のようなものなのだろうから。


 衝動に身を任せて裏切ってはいけない。


 リリアはどこに行くときも、フレデリックについてきてほしいと言った。


 彼女はまだ子供だったし、大人に混じって一人で魔族と戦えるほど強くなかった。


 そして、頼れる人は他にいなかった。


 母親は光の魔法を使えるようになる前日に、彼女を捨てて男と消えてしまっていた。


(自分だけはこの子の味方でいないといけない)


 フレデリックはそう思っていた。


 彼女をサポートするために、寝る間も惜しんで魔法の勉強をした。


(原理がわかれば、光の魔法による火傷を治療する方法もわかるかもしれない)


 一番近くで同じ時間を過ごしながら、彼女の魔法を観察し、感じたことを仮説としてまとめた。


 彼女の魔法は、欠けているものへの願いから生まれているというのが彼の結論だった。


 母親にいなければよかったと言われながら育ったこと。


 母の放蕩のせいで、村の人たちから白い目で見られていたこと。


 生まれつき肌が極めて弱く、日の光から身を隠すように生きないといけなかったこと。


 環境と境遇から生まれる強い願いが、彼女の魔法を異常なまでに強いものにしていた。


(魔法の本質はイメージだと言われている。欠けているものへの願いには、イメージを上の次元に上げる力があるのかもしれない)


 彼はその魔法を《反動魔法》と名付けた。


 リリアの力は魔族との戦争に、劇的な変化をもたらした。


 敗戦寸前だった戦況が一変した。


 奪われていた土地が次々に取り返され、人々は彼女の活躍を称えた。


 リリアは救世主――《光の聖女》と呼ばれるようになった。


 誰もが瞳を輝かせてリリアを見ていた。


 この頃が、一番幸せだったと思う。






 リリアの存在が有名になるにつれて、彼女に対する期待は増えていった。


 自分の領地を取り戻して欲しいと頼んでくる貴族や、亡くなった両親と過ごした村に帰りたいという女性。


「任せてください。わたしがまるっと取り返してみせます」


 リリアはいつもそう答えた。


 固い馬車の座席に揺られながら眠り、一日も休まずずっと魔族と戦っていた。


 火傷痕はみるみるうちにひどくなっていった。


「休んだ方が良い。無理しすぎだ」

「無理しないとダメなの。だって私にしかできないことだから」


 言い争うことが増えた。


 リリアは頑固で、いつも譲らなかった。


 そんな彼女の姿がフレデリックを苛立たせた。


「自分を犠牲にしすぎだ。そんなんじゃ近いうちに限界が来る」

「大丈夫。私、こう見えて結構頑丈だから」

「人は自分のために生きないといけないんだ。誰かのためにばかり生きていると、いずれ反動が来る」

「自分のために生きてるよ。私はみんなに愛して欲しいからさ。そのために、私の方からみんなを愛するって決めたの」


 リリアは言った。


「人の命は世界より重い。みんな守らないといけない大切な人だから。好きなことをして、好きな人と一緒に過ごして、幸せな人生を歩んで欲しいの」

「見ず知らずの人だろ。どうしてそこまで」

「私、誰にも必要とされてない時期が長かったからさ。夜眠るのが怖かったの。透明な私はそのまま消えてしまうんじゃないかって思って。ずっとひとりぼっちなのかなって不安だった」


 真っ直ぐにフレデリックを見つめる。


「あの頃の私みたいに、誰ともつながれなくてひとりぼっちだって思ってる人がきっといる。その人たちに私は伝えたいんだ。貴方と私はつながってる。貴方を守るために私は戦うよって」


 にっこりと目を細めて続けた。


「だから、この活動は私からみんなへのラブレターなんだ。大好きだよ。生きてて欲しいよ。一人じゃないよって伝えたいの。そして昔の私みたいな人を救いたい。そうやってがんばってるとね。心の中にいる昔の私も救われるような気がするから」


 リリアは自分のすべてを捧げて戦った。


 だけど、その活躍が多くの人に知られれば知られるほど、彼女を嫌う人の数も増えていった。


 割合としては多くないのかもしれない。


 それでも、世界中の一割の人に嫌われたら、数え切れないくらい大変な数になる。


 嘘つきと呼ばれることが増えた。


 大したことない、とバカにされることが増えた。


 王侯貴族にとって、田舎で育った平民の活躍は自分たちの権力を脅かす危険因子と捉えられた。


 フレデリックは彼女を守るために奔走した。


 王政派貴族に取り入って、リリアと自分の身分を偽証してもらった。


 フレデリックはアレンハウス家の血縁ということになった。


「わたし、貴族の血を引いてたんだって。すごいね。こんなことがあるんだね」


 リリアは喜んでいた。


 自分が手を回して作った嘘だとは言えなかった。


 王侯貴族たちの反発は多少マシになったが、それでも彼女に対する風当たりは依然として強いものだった。


 いくつかの宗教で彼女は悪魔として扱われていたし、そのせいで命を狙われることもあった。


(このまま守り切れる保証はない。何か手を打たないと)


 そう考えていた、二十一歳の頃だった。


「フレデリック様。少し内密なお話が」


 王政派筆頭の宰相殿下がフレデリックを呼びだしたのはそんなある日のことだった。


「いったいどのようなご用件でしょうか?」


 聞いたフレデリックに、宰相殿下は言った。


「第一王子殿下が、リリア様を正室として迎えたいと仰っております」






 願ってもない幸運だと頭が言っていた。


 王太子妃として迎えられれば、警護の人員は何十倍にも増える。


 王室の庇護も受けられるし、後ろ盾としては最高と言える相手。


 それも、側室ではなく正室として迎えてくれると言っている。


 異例の好待遇だ。


 話を受けるべきだと理性は言っていた。


 だけど、心がまったくついていかなかった。


 何も考えられない。


 頭が真っ白になっている。


 宰相殿下の用意してくれた夕食は、砂のような味がした。


「リリア様には、フレデリック様からお伝え下さい。良いご返事を心待ちにしています」


 失礼のない対応ができていただろうか。


 思いだせない。


 貴族社会で好感をもたれる所作とふるまいを、あれほど練習してきたのに。


 自室のベッドで横になったまま天井を呆然と見つめていた。


 そういうのじゃないってずっと自分に言い聞かせてきた。


 だけど、本当は気づいていた。


 世界が彼女といるときだけやけに綺麗に感じられること。


 傍にいると時々、自分の知らない自分が顔を覗かせること。


 気がつくといつも彼女の声を探していること。


 多分、ずっと前から好きだったんだ。


 彼女のためなら、自分のすべてを捧げても構わないと思えるくらいに。


(僕はどうすればいいのだろう)


 答えは出なかった。


 いや、本当は出ていたのだと思う。


 出ていたけれど、認めたくなかった。


(彼女のことを考えれば、王子殿下と結婚した方が絶対に良い)


 自分は何の後ろ盾も無い孤児院出身の魔術師だ。


 結婚しても何のメリットもないし、彼女を嫌う者たちに攻撃する材料を与える可能性もある。


 王室と宰相殿下の機嫌を損ねれば、貴族出身だという嘘も暴かれてしまうかもしれない。


 彼女が聖女として、人々を救うという願いを叶えたいなら。


 絶対に王子殿下と結婚した方がいいのだ。


 その日は眠ることができなかった。


 手編みのブレスレット。


 不格好な結び目。


 遠い昔彼女がくれたそれを、ずっと指でなぞっていた。


 宰相殿下の言葉を彼女に伝えたのは、翌日の夜のことだった。


 彼女は少し驚いた顔をしていた。


 包帯の間から覗く目が揺れていた。


 この頃、彼女の火傷は顔中を包帯で覆わないといけないところまで進行していた。


 フレデリックは彼女を綺麗だと思った。


 だけど、言ってはいけないと思った。


 自分はこの思いを消さないといけない。


「結婚……」


 彼女は驚いたように目を見開いてから目を伏せた。


「フレちゃんはいいの?」


 いいわけがなかった。


 許せるはずがない。


 叫び出したい。


 あふれ出しそうな感情を、全部喉の奥で抑え込んだ。


「僕はそうするべきだと思ってる」


 多分、いつもと変わらない声であるように聞こえたはずだ。


 ずっと隠していたから。


 取り繕うことには慣れている。


「聖女と王子殿下が結婚すれば、国中の人が喜んでくれるよね」


 リリアは言った。


「わかった。私、王子殿下と結婚するよ」




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