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43 絶対にやらないといけないこと


 今回の一件で君にできることは何もない。


 ベルナルドさんの言葉は、想像していたよりずっと厳しいものだった。


 だけど、アリアはその言葉をそのまま受け止めてはいなかった。


(多分、わたしを守ろうとしてる)


 子供のアリアを巻き込んではいけないと思っているのだろう。


 厳しく冷たい口調には、そう見せようとする意図があるように感じられた。


(それでも、わたしは【禁域】の最奥に行って魔王の封印を修繕しないといけない)


 何かがアリアを強く突き動かしていた。


 自分の中に流れる聖女の血だろうか。


 絶対に行かないといけない。


 うまく言葉にできないけれど、そんな気がしている。


(一番頼りたいのはローレンスさん)


 魔法のお師匠様の顔が頭に浮かぶ。


 この国で七人しかいない特級魔術師の一人であり、王国最高の修繕魔法使い。


 魔王の封印を修繕するという今回の目的を考えると、間違いなく最良の人選。


(でも、わたしに甘いところがあるローレンスさんが危険な禁域に連れて行ってくれるとは思えない……)


 絶対にダメって言われる確信があった。


 アリアを巻き込まないようにあらゆる手を尽くすだろうし、見つかるとむしろ身動きが取れなくなってしまう可能性もある。


 ローレンスさんには頼れない。


(一人で行くしかない、か)


 ずっと一人で魔法を続けていたから、単独行動は好きだし慣れている。


 だけど、今回はどうしても心細いと感じずにはいられなかった。


 真っ暗な夜の道を一人で進まないといけないような、染み入るような恐怖がアリアの胸の奥をきゅっとさせている。


(お母さんとお父さんに会いたいな)


 家に帰りたい、と思った。


 友達の家に泊まると伝えていたけれど、二人とも聖壁が破壊されたという話を聞いて、アリアのことを心配してくれているはずだ。


 家に帰ればぎゅっと抱きしめてくれて、アリアが大切であることを何度も伝えてくれる。


 でも、だからこそ帰ってはいけないと思った。


 帰ったら動けなくなってしまう。


 立ち上がる勇気が持てなくなってしまう。


(わたしは一人で行かないといけない)


 深呼吸して、覚悟を決める。


 真っ直ぐに前を見つめて歩きだす。


 王都の外れから聖壁まで歩くのに五時間かかった。


 運動が苦手なアリアなので、どうしても時間がかかってしまう。


 インドア育ちのふとももはすぐに悲鳴をあげるので、振動魔法のマッサージで回復させながら先を急ぐ。


 誰もいない村の井戸で乾いた喉を潤した。


 おそらく、住人は既に避難しているのだろう。


 村の家は壊れ、引き裂かれた柱が横倒しになっていた。


(多分、魔物が暴れた跡……)


 生々しい破砕の跡が至る所に残っていた。


 聖壁に穴が開いて、入り込んだ高レベルの魔物が暴れている。


 情報としては知っていても、実際に目にすると全然違うように感じられた。


 それでも、不思議なくらい怖いとは感じなかった。


 心は落ち着いている。


 揺るがない確信が自分の中にある。


(これはわたしが絶対にやらないといけないことなんだ)


 魔物の気配を感じたのはそのときだった。


 見たことがない高レベルの魔物の気配。


 速度を上げる。


 息を切らせながら近づく。


 八人の騎士たちが背後の建物を守りながら戦っている。


(あの鎧の刺繍はたしか、国境警備隊)


 初めて魔法を使った日に見たのと同じ鎧の姿だった。


 おそらく、逃げ遅れた人を守ろうとしているのだろう。


 鎧には亀裂が入り、汗だくの首筋には赤いものが伝っている。


 満身創痍の彼らの目の前に居たのは、鎧のような外殻で身を包んだ巨体の怪物だった。


 本で読んだことがある。


 たしか、鉄甲獣と呼ばれる類いの魔物。


 ひりつくような強者の気配。


 その個体が異常なまでに魔素濃度の高い聖壁の向こう――【還らずの禁域】に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物であることは感覚的にわかった。


 磨き上げられた騎士たちの剣技は硬い外殻に阻まれ、まるでダメージを与えることができていない。


 鉄甲獣は目の前の人間たちを明らかに見下していた。


 自分を傷つけられない弱者をいたぶっているような、余裕と遊戯の気配がそこにはある。


 あらゆる魔法と物理攻撃への完全耐性。


 傷つけられたことがないという経験が、獣に神のような傲慢さを与えている。


 アリアは鉄甲獣を観察しながら近づく。


 背後から近づいてくるマフラーの少女は、戦っていた騎士たちを驚かせた。


「君、どうしてこんなところに」

「早く避難を」


 焦った声で言う騎士たち。


 獣が口角を上げたのがアリアには気配でわかった。


 弱点を見つけた、と喜んでいる。


 弱い同胞を守ろうとして、不要な消耗をせずにいられないという群れで生きる生物の欠点。


 攻撃を仕掛けようと前に出る鉄甲獣に対して、アリアは落ち着いていた。


 自分の魔法が使える範囲には限界がある。


 出力の高い魔法を使うためには、ある程度近づかないといけない。


 学長先生が使っていた魔力の気配を消す技術。


 騎士たちも気づけないくらい魔力の気配を消していたのは、鉄甲獣の油断を誘うため。


 既にアリアは魔法式を起動する準備を完全に終えている。


 ふわりとアリアの髪が舞い上がったのはそのときだった。


 鮮やかに発光する魔法式。


 その場で立っていることさえできない暴風のような魔力圧。


 騎士たちがたじろぎ、魔獣が戸惑う。


 しかし、それも一瞬のことだ。


 魔獣は目の前の小さな生き物を経験したことのない脅威だと判断する。


 鋭く振り抜かれる剣のような爪での一閃。


 巨体が疾駆し、大樹のような腕がアリアに向けて伸びる。


 庇おうと騎士がアリアの前に飛び出したそのときだった。


《解放》


 密かに準備していた振動の解放。


 魔力を含んだ粒子を強振させることにより生まれる熱エネルギーと爆轟。


 炎熱系の魔法に対する完全耐性を獲得している鉄甲獣の外殻。


 しかし、その発火点は――鉄甲獣の体内だった。


 魔獣の体躯が激しく振動する。


 身体が内側から焼け、眼球中の水分が一瞬で蒸発する。


 魔獣の巨体が崩れ落ちる。


 地響きが大地を揺らす。


 その外殻には傷一つ無かったが、身体の内側を焼き尽くされて魔獣は既に生命活動を停止していた。


「あの化物を一撃で……」


 ふるえる声が響く。


 騎士たちは信じられないという顔で、マフラーの少女を見つめる。


「君は、いったい」


 アリアは氷文字を浮かべて答えた。


〖アリア・フランベール。魔法使いです〗




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