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40 国王陛下を待ちながら


「随分長いお風呂でしたね」


 お風呂を出たリオンに、使用人の女性が言った。


「ゆっくり満喫していただけたみたいで何よりです」


 弾んだ声。


 自分のおもてなしを喜んでもらえたのがうれしいのだろう。


 実際、浴室は丁寧に手入れされていて、用意されたタオルや備品も細やかな気配りを感じさせるものばかりだった。


「とてもいい仕事だった。ありがとう」


 リオンの言葉に目を細める女性。


「リオン様のお部屋はこちらです」


 用意された客間に案内される。


「リオン様は先王陛下の文書館に興味があるとのことでしたよね」

「ああ。そのために来た。すぐにでも行ってみたいが」

「鍵を取って参りますね。少々お待ちください」


 リオンにとっては祖父にあたる先王が残した数千冊のコレクション。


 窓の外に見える塔のような文書館を見つめる。


「お待たせいたしました」


 女性に続いて、リオンは文書館に向かう。


「どうして楽器を?」

「い、息抜きに弾こうと思ってな。そのために持ってきた」


 石造りの文書館は三階建てで、高い書棚が森の木々のように並んでいた。


 あまり手入れはされていないらしい。


 窓枠には埃が積もり、扉の上に作られた聖女の像には蜘蛛の巣が張っている。


「集中して作業したい。一人にしてもらえるか。他の者も入ってこさせないように」

「承知しました」


 女性が出て行くのを確認してから、リオンは楽器入りの鞄に言った。


「出てきて良いぞ」


 開口部を開ける。


 中からもぞもぞとアリアが出てくる。


 本の森を見回すアリアの目は、お菓子の家を見る子供のように輝いていた。


〖すごい……! 珍しそうな本がいっぱい……!〗


 変わってないな、と口元をゆるめてからリオンは言う。


「手分けして、手がかりになりそうな本を探すぞ」


《白の聖痕》の秘密。


 欠けているものへの願いが作る強力な魔法――《反動魔法》。


 それを脅威だと考えて、隠そうと暗躍してきた魔人。


 とはいえ、すべてはベルナルドさんの仮説だ。


 確証はないし、間違っているところもあるのかもしれない。


 素早く本に視線を走らせるアリアが見つけたのは、【裏切りの魔術師】と《反動魔法》に関する記述だった。


『――【裏切りの魔術師】は【黒の魔王】を封印した聖女を憎悪していた。密かに聖女を裏切り、魔王に血を分けられた魔人と化していたからだ。時を戻して聖女を殺したい。それだけを彼は願っていた。そして、その願いが時を操る《反動魔法》になり彼を誰にも止められない怪物に変えていた』


〖リオンくん、これ〗


 アリアはリオンを呼ぶ。


 視線を落としてリオンは唇を引き結ぶ。


「《魔法考古学界の伝説》が言ってるだけのことはあるらしいな」


〖でも、【裏切りの魔術師】が《反動魔法》を使ってたって記述は初めて見たかも〗


 同様の記述は他にもいくつかの本に書かれていた。


 少なくとも、二千年前から約八十年の間、魔法研究の最先端を進む者たちの間では共通の知識として認識されていたように見える。


〖《反動魔法》を使えたのに、どうして《反動魔法》を魔法界から消そうとしたんだろう?〗


「使えるからこそ、独占したかったのかもしれない。記述を見るに、誰よりもその有用性を理解していたようだしな」


〖この文書館まで何者かの手は及んでない。重要なヒントになる本が眠っている可能性は十分にある〗


 アリアの言葉に、リオンがうなずいたそのときだった。


「リオン様。少し、よろしいですか」


 声に、リオンは扉の方に近づいて言う。


「待て。今行く」


 言いながらアリアが鞄に入るのを確認する。


 扉を開けると、そこにいたのは別邸を管理する女性使用人だった。


「いったい何だ。集中したいと伝えていたはずだが」

「申し訳ございません。至急お伝えしなければならないことだったので」

「何だ?」


 リオンの問いかけに、女性は言った。


「国王陛下がこの屋敷に向かっています。先の長雨の影響で滞在予定だった辺境伯様のお屋敷が浸水したとのことで」






 国王陛下が向かっていると聞かされた後、リオンは冷ややかな声で言った。


「俺に言う必要もないだろう。父の意向には誰も逆らえない」

「陛下がリオン様にお会いしたいとおっしゃると思いまして」

「父は忙しい。話すような時間はないと思うぞ」


 リオンの言葉に、女性使用人は首を振った。


「リオン様は今日、魔法で土砂崩れを解消し現地の住人の命を救ったとうかがっています。同行している者たちに指示を出し、救援を手伝わせたそうですね。この一件を聞けば、陛下はリオン様からお話を聞きたいと思うに違いありません」


 その言葉は、リオンにとってある程度の説得力を持つものだったらしい。


「まあ、たしかに説教くらいはされるかもしれないが」


 使用人は語気を強めて言った。


「つきましては、リオン様にはお部屋で待機していただきたく思います」

「どうして。ここにいていいだろ」

「陛下は大変お忙しい方です。リオン様のために使える時間には限りがある。そのことは私よりもリオン様の方がよくご存じでしょう」

「それはそうだが」

「きっと褒めてくださいますよ。さあ、お部屋にお戻りください」


 押し切られる形で、リオンはアリア入りの鞄と一緒に用意された客間に戻ることになった。


「陛下はもう少しでご到着なさる予定です。それまでごゆっくりおくつろぎください」


 恭しく礼をして扉を閉める女性使用人を見送ってから、リオンは豪奢な家具が並ぶ客間の隅に鞄を置いて言った。


「すまないな。押し切られてしまった」


〖気になる本は持ってきたから大丈夫〗


 鞄から二十冊の本を取り出すアリアに、リオンはくすりと笑う。


「どうりで重かったわけだ」


〖集中して読んでるから、何かあったら声をかけて〗


 アリアはベッドに腰掛けると鞄の中から分厚い本を取り出して読み始める。


 リオンも少し離れたところにある一人用の椅子に腰掛けて持ってきた本を読んだ。


 静かな時間が流れる。


 どれくらい時間が経っただろうか。


 軽いノックの音が部屋に響いた。


「陛下は遅れているようです。ご夕食をお持ちしました」


 女性使用人さんだった。


 トレイを受け取ってテーブルに置いたリオンは、隠れていた鞄から出たアリアに言う。


「食べて良いぞ」


〖いいの?〗


「ああ。あまり腹が減ってない」


 多分アリアが食べていないことを気遣ってくれたのだろう。


 相変わらず優しいな、と思いつつアリアは大体半分になるようにパンと肉料理とサラダを食べてリオンに返した。


〖こっちのフォークは使ってないから〗


「ありがとう」


 静かな部屋にリオンが食事をする音が響く。


 食べ終えたトレイを返してからしばらくして、外が騒がしくなった。


 歌劇場に主演が現れたときのような、浮ついた空気が密閉された部屋の中にも入ってくる。


〖国王陛下、到着されたのかな〗


「多分そうだと思う」


 本から視線を上げずに言うリオン。


 興味が無いように見えた。


 だけど、それはどことなく意図して演じている所作のようにも感じられた。


 関心があるのを隠しているような。


 国王陛下。


 第三王子であるリオンくんにとっては父親にあたる人。


 何か思うところがあるのかもしれない。


 思えば、アリアは彼から国王陛下の話を聞いたことがほとんどなかった。


(お父さんと話すときのリオンくんってどういう感じなんだろう?)


 少し気になりつつ、アリアは氷文字を浮かべた。


〖国王陛下ってどんな人なの?〗


「立派な人だよ。この国を発展させるために一年中忙しく働いている」


〖すごい人なんだね〗


「ああ。最後に話したのは一ヶ月前だったか」


〖結構前だね〗


「それだけ忙しい人なんだ。前は大学に最年少で合格したことを褒めてもらえた」


〖今回もきっと褒めてくれるよ〗


 アリアの言葉に、リオンは少し優しい声で言った。


「だといいな」


 二人で持ってきた本を読みながら、国王陛下が来るのを待つ。


(近づいてきたら、すぐに鞄の中に入らないと)


 準備をしていたアリアだったが、しかしそのときはなかなか訪れなかった。


 静かな時間が流れていく。


 時計の針が規則性のあるリズムで軽い音を響かせる。


 四時間が過ぎた。


 国王陛下は来ない。


 リオンは深く息を吐いて言った。


「待たせて悪かったな。父は来ない」






「薄々こうなるような気はしていたんだ。父は本当に忙しい人だから」


 リオンは唇を引き結んで言った。


「ロスした時間を取り返さないと。今から文書館に行こう」


〖いいの? もう十二時が近いけど〗


「明日の朝にはここを発たないといけない。調査できる時間は今しかないだろ」


〖でも、見つかったらリオンくんの立場がまずいことになるんじゃ〗


 アリアの言葉に、リオンは微笑んでから首を振った。


「問題ないよ。それくらいで俺の立場は悪くならない」


 客間の窓から外に出た。


 リオンの客間は二階だったけど、水の糸を作る魔法でロープを作って一人ずつ降りて地面に着地した。


 巡回してる警備の騎士に気をつけつつ、軋む扉を開けて文書館の中へ。


 夜の文書館に内緒で忍び込むのは、正直に言ってわくわくした。


「真っ暗だな」


〖そうだね〗と氷文字を浮かべたけれど暗かったからリオンくんには見えなかったかもしれない。


「行くぞ」


 先を行くリオンくんの声はいつもより少し強ばっているように感じられた。


 胸の中の何かを押し殺そうとしているような、そんな感じがした。




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