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4 初めてのアドバイス


 さっきの人の魔法に見とれて、気づかないうちに前に出てしまっていた。


 これでは、次にやりたいと言っているみたいじゃないか。


 違います、と答えようとするがアリアに声は出せない。


 いつも筆談に使っている手帳を取り出そうとポケットを探った。


 出てきたのはいか焼きだった。


 違う違う、とポケットを探る。


 出てきたのは別のいか焼きだった。


 ポケットには紙袋に小分けにされたいか焼きが五つ入っていた。


(いか焼きを買ってもらいすぎて、手帳を落としたことに気づかなかった……!)


 愕然とするアリア。


「あの子、なんでいか焼きをあんなに持ってるんだ……?」


 周囲の観衆から困惑した声が聞こえる。


 先の魔法でハードルが上がってしまったらしく、他にやりたいと前に出る人もいない様子。


(なんとか、挑戦したいわけじゃないってことを伝えないと)


 アリアは身振り手振りで帽子のお兄さんに自分の意思を伝えた。


「ああ、なるほど。そういうことか」


 サングラスのお兄さんは目を細めて言った。


「大丈夫。君の気持ちはちゃんと伝わったから」


 やさしい笑みに、アリアはほっと胸をなで下ろす。


(察しの良い人でよかった)


 お兄さんはアリアの手を引いてくれた。


 気がつくとアリアは、魔法測定器の前に立っていた。


(え? あれ?)


 困惑するアリアに、お兄さんは言う。


「やりたかったんだよね。ちゃんとわかってるから」


(全然違う! この人わたしの気持ちまったくわかってない!)


 アリアは愕然とした。


 どうしよう、とアリアは立ち尽くす。


 たくさんの人の視線がアリアに注がれている。


 測定器で高得点が出せる魔法が使えるなら、問題はなかった。


 しかし、アリアは詠唱魔法が使えない。


 使えると胸を張って言えるのは、猫のお尻をマッサージする無詠唱魔法だけ。


 あとは出力がほとんどない無詠唱魔法しか使えないし、全部自己流で教科書に載ってる魔法とは違うから、測定器では点数が出ないかもしれない。


 心臓が飛び出しそうなくらいに跳ね回る。


 マフラーの中で吐く息が湿り気を帯びた熱を持つ。


 焦るアリアに、お兄さんは小声で言った。


「大切なのはイメージなんだ」


 やわらかい声が鼓膜を揺らした。


「これは秘密の話なんだけど、欠けているものへの願いを込めるのが出力の高い魔法を使うコツなんだよ」


 秘密の話として聞かされたそのアドバイスは、今まで聞いたことのないものだった。


 魔法の本は数え切れないくらい読んできたけど、そんなアドバイスは一度も目にしたことがない。


 だけどその言葉は、不思議なくらいすっとアリアの心の中に入ってきた。


 まるで、元々知っていたみたいに。


 今までの動揺が嘘みたいに、心が落ち着いていた。


 言葉ってすごい。


 一瞬で別人になってしまったみたい。


 生まれて初めてもらう、魔法に対する具体的なアドバイス。


 屋台のお兄さんの言葉だし、正しいものではないのかもしれない。


 でも、できるかもしれない、という期待がある。


 開けられなかった扉。


 それを開ける鍵が、ここにあるような気がした。


(欠けているものへの願いを込める)


 わたしの欠けているものってなんだろう?


 答えはすぐに出た。


 声が出せなくて。


 みんなにできる普通がわたしにはできなかった。


『アリアちゃん、はなせないからつまんない』


『もしあの子と結婚させて声が出せない子が生まれたら――』


『詠唱できないのに魔法が使えるわけがない。あきらめさせるのが親の務めじゃないか』


 聞こえないふりをしていた。


 本当は聞こえていた言葉は、多分全部正しい。


 わかってる。


 夢って言うのは大抵叶わないものだし、現実が簡単じゃないことも七年間一日も休まず魔法の練習をしてきたわたしだから知っている。


 普通ができないわたしには無理なことなのかもしれない。


 いつかはあきらめないといけない日が来るのかもしれない。


 それでも、わたしはまだあきらめたくない。


 選ばれた道じゃなく、選んだ道でがんばりたい。


 認めさせたいんだ。


 心をふるわせて、伝えたい。


 声が出せないわたしにもできることがあるって――



 ――声が出せないからこそできることがあるって伝えたい。



(そっか。そういうことなんだ)


 感覚的にわかった。


 声が出せないわたしに欠けているもの。


 わたしの魔法はきっと――




 振動だ。




 呼吸を整えて、指先に魔力を込める。


 導かれるように身体が動いている。


 魔法式が展開する。


《圧縮》


 アリアは見えない何かを凝縮して一点に集める。


《振動》


 集めた何かをゆっくりと動かす。


《振動》


 集めた何かを動かす。


《振動》


 動かす。


《強振》


《強振》


《強振》


 強い魔力の流れがアリアの髪を揺らす。


 振動をイメージして起動した魔法式。


 小さな何かをたくさん振動させて熱エネルギーに変換する。


 視線の先でお兄さんが口角を上げた。


「思い切りやっちゃっていいよ」


 アリアは声にならない声で言った。




《解放》




 光が一面を染め上げる。


 白い世界。


 まぶたを焼く熱風。


 閉じているはずの目が焼けそうなくらい眩しい。


 燃焼により周囲の気体の体積が一瞬で膨張する。


 空気に混じる魔力の粒子が幾重にも反応して瞬くのが気配でわかる。


 鼓膜を殴りつける轟音。


 激しく揺れる地面の感触。


 強い風に押し流されないように、脚に力を込めた。


 熱くてひりひりするまぶたを押し開けたアリアが見たのは、まったく想像もしていない光景だった。


 水晶の多面体は割れて散らばり、計器の針は振り切れたところで止まっている。


 引きちぎられたようになくなった出店の屋根と壁。


 その奥で聖壁には小さな亀裂が入り、粉塵が周囲を舞っていた。


 観衆の一人が声を漏らした。


「なに、今の……」


 口元を抑えて後ずさる女性。


 誰もが目を見開き、唖然とした表情でアリアを見ていた。


(え? うそ、え?)


 何が何だかわからず混乱するアリアに、出店のお兄さんは楽しそうに頭をかいて言った。


「できる子だとは思ってたけど、まさかここまでやるなんて」


 アリアを見て、にっこりと目を細める。


「すごいね、君」


 騒ぎの中なのに、昼下がりの猫みたいに落ち着いた姿。


(いや、この状況はそれどころではないような)


 視線をさまよわせるアリアに、お兄さんは言った。


「大丈夫。僕に任せて」


 ベールのような何かが彼の周囲から剥がれる。


 サングラスを外したお兄さんの髪色は藤色で、大きな黒い帽子を被っていた。


 さながら魔法使いのような帽子をかぶったお兄さんを見て、観衆の一人が声をあげる。


「特級魔術師ローレンス・ハートフィールド……!」


 息を呑む観衆たちにウインクしてから、帽子のお兄さんは言った。


「物体を修繕する魔法は僕の得意分野なんだ」


 お兄さんが魔法式を起動する。


 その光景を、アリアは生涯忘れないだろう。


 歌うような詠唱の後、起動した魔法式はアリアが知るどの魔法よりも美しい。


 塵が浮き上がって光を反射する。


 破片がカタカタと揺れる。浮き上がり、集まって結合する。


 バラバラになっていたそれがひとつのものを形作る。


 まるで時間が巻き戻されたみたいに、聖壁と計測器、出店の天井と壁が元の形に戻っていく。


 さながら、奇跡のような光景だった。


 呼吸の仕方を忘れている。


 魅入られたみたいに見つめている。


 聖壁と計測器の水晶多面体、カラフルな出店の壁と天井が寸分の狂いなく修復されたのを見届けてから、お兄さんはアリアに向き直った。


「はじめまして。僕はローレンス・ハートフィールド。王国最高の修繕魔法使いって呼ばれてる。君の名前は?」


 答えようとするけれど、アリアは声が出せない。


 あわあわするアリアに、目を細めてローレンスは手帳とペンを貸してくれた。


〈アリア・フランベールです〉


「線が良いね。魔法式をたくさん描いてきたからかな」


 しばしの間、視線を落としてから言った。


「よかったら、君を僕の弟子にしたいんだけど興味ないかな?」


 何を言われているのかわからなかった。


 アリアは信じられないという目でお兄さんを見上げた。


 ずっと叶えたかった願い。


 求めていたものが目の前にある。


 答えは決まっていた。


 ぶんぶんと何度も大きくうなずいてからペンを走らせる。


〈よろしくお願いします!〉


 ローレンスは視線を落として、くすりと笑った。


「うん、よろしく」


 生まれて初めて使えた高出力の魔法。


 弟子にしたいと言ってくれた特級魔術師さん。


 思いだされる一人で練習し続けた日々。


(わたし、魔法の世界にいていいんだ)


 ゆるんでしまう口元をマフラーで隠す。


 がんばってきてよかったとアリアは思った。






 数時間後。


 細長い月が雲の合間から覗く夜。


 宿の一室で、ローレンスは魔導式の通信機を耳に当てている。


「聖壁に亀裂が入ったって報告が入ってるんだが冗談ですよね。聖女と始まりの七魔術師が作ったあの壁にヒビが入るとかそんなことあるわけないですよね」


 かすかにふるえた声。


 準一級魔術師である彼は、ローレンスが王宮魔術師だった頃の後輩だ。


「あるわけないって。幻影魔法による錯覚だったって結論になってるでしょ」


 やれやれ、と肩をすくめて言うローレンス。


「対外的にはそういうことになっています。でも、ローレンスならやってる可能性あるから本当のところを確認しとけって先輩が」

「その先輩って誰?」

「ライネスさんです」

「あー、なるほど」


 王宮魔術師時代、いろいろと迷惑をかけた同僚の顔が頭に浮かぶ。


「で、本当のところはどうなんですか?」

「亀裂が入ったのは事実。でも、僕はやってない」

「貴方以外に誰ができるんですか」

「まあ、そう思うのが当然だよね」


 ローレンスは言う。


「詳しいところは明日行って話すよ。じゃ、よろしく」

「あ、ちょっと、ローレンスさん――」


 慌てた声を待たずに通信を切る。


 それから、椅子にもたれて窓の外を見つめる。


 夜の闇を黒く区切る巨大な建造物。


 十二歳で聖壁に亀裂を入れた少女。


 通常魔法では傷ひとつつけられないあの壁を、どうして彼女は一部とは言え破壊することができたのか。


(なつかしい。やっぱり君と同じ魔法だったよ)


 通常のそれとは違う異質の魔法。


 欠けているものへの願いが作る特別な力。


(わかってるよ。大丈夫)


 胸元から手編みのブレスレットを取り出す。


 不格好な結び目。


 丁寧に修繕されたそれを大切に握りしめる。






 その夜、アリアはなかなか寝付くことができなかった。


 生まれて初めて成功した高出力の魔法。


 勢いあまって聖壁を壊してしまって、国境警備隊の騎士さんが集まってきたりして大変だったけど。


 それでも、ローレンスさんが庇ってくれてアリアは何のお叱りも受けることがなかった。


 王国最高位の特級魔術師さん。


 聖壁を修復した魔法は本当に鮮やかで美しくて。


 あんなすごい人に教えてもらえるなんて、楽しみすぎて想像しただけで胸がいっぱいになってしまう。


(幸せすぎてわたし死ぬかもしれない)


 誕生日とクリスマスが一度に来たみたいだった。


 あきらめなくて本当によかったと思う。


 大好きな魔法の世界で認めてもらえた。


 ここにいていいって言ってもらえたんだ。


 自然と思いだされたのは、あの日から会っていない友達のことだった。


〈絶対続ける! 最強の二人になってまた会おう!〉


 勢いで書いちゃった言葉。


 でも、頑張り屋で魔法が好きな彼だから、きっと本気で上を目指してがんばっているはず。


 わたしだって負けていられない。


 一番を目指していればきっとまた会えるはずだから。


 できないかもしれないけど。


 笑われるかもしれないけど。


 でも、志だけは高く持ってみよう。


(がんばるぞ! 目指せ世界一の魔法使い!)


 アリアは広がる未来への期待に胸を弾ませる。


 普通ができないからこそできることがあるといいな。


 アリアは頬をゆるめながら、両親に内緒で隠し持っておいたいか焼きを食べた。





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― 新着の感想 ―
異世界なのにクリスマス存在するんだ
差し出がましいかなと思いつつ、ポチっとしました。 無詠唱魔術、葉月先生が書くとこうなるんですね! 同じ方向を向く二人が出会うのか、悲しい別れとなるのか。 楽しみながら読んでいます!
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