36 隠されているもの
アリアはヴィクトリカの申し出を断ろうとした。
しかし、ヴィクトリカの意思は硬く、根負けする形でアリアはベルナルドさんから聞いた話をヴィクトリカに話すことになった。
「とても興味深い話ね……」
ヴィクトリカは《反動魔法》の謎に強い興味を持ったようだった。
二人で図書館に通って山のような資料と格闘した。
「なにしてるんだ、お前ら」
リオンくんが言ったのはその翌日のことだった。
〖えっと……秘密の研究?〗
「秘密の研究、だと……?」
声をふるわせるリオン。
「そうなの。残念ね」
ヴィクトリカは本に視線を落としたまま言った。
〖うん。リオンくんには言えない〗
「それは、女子同士でしかできない話ということか?」
〖そういうわけじゃないけど〗
「だったら俺にも言っていいはずだ」
〖ダメ。それはできない〗
「どうして?」
〖どうしても〗
「…………」
リオンは顔を俯けた。
「このままでは、一番の友達の座さえヴィクトリカに……」
巻き込むわけにはいかないとは言え、申し訳ないなと思っているとリオンはアリアをじっと見つめて言った。
「俺も入れろ」
〖いや、それはできなくて〗
「ここで入れてくれないと、俺は心を焼く熱に自分を抑えることができずに『俺の方が先に仲良かったのにポエム』をノート三冊分書き続けることになってしまうかもしれない」
〖なにそのポエム。すごく興味ある〗
「頼む。俺を入れてくれ」
リオンくんは言った。
「入れてくれ」
リオンの表情に、ただならぬ何かを感じたアリアは、押しに負ける形でリオンに《反動魔法》の謎を調査していることを話した。
「現代魔法にそんな未知の領域があるとは」
驚いた様子で言うリオンくん。
「ヴィクトリカがコンテストで使った魔法もその原理によって出力が上がっていた、と」
〖リオンくんにも思い当たることある?〗
「思い当たること?」
〖欠けているものへの願いが魔法を強くすることについて〗
「欠けているものへの願い、か……」
リオンは少しの間考えてから言った。
「たしかに、俺にもあるかもしれない。そういう部分がある魔法は他よりもうまく使える気がする」
〖どういう魔法?〗
「……言えない」
目をそらすリオンくん。
「たしか、水の糸を操作する魔法得意だったわよね」
ヴィクトリカが少し口角を上げた。
「誰かさんとの運命の糸を願ってるとかそんな感じかしら」
「やめろ。本当にやめろ」
リオンは早口で言った。
「とにかく、《反動魔法》の謎については俺も調べてみる。王室関係者しか触れられない資料が王宮にはある。役に立ちそうな情報を探してみるよ」
「また、何か面白そうなことやってるみたいだね」
ローレンスさんに声をかけられたのは、図書館で資料を探し始めて三日目のことだった。
(ローレンスさんなら、自分の身は自分で守れるか)
少し考えてから、知っていることを隠さず伝えることを決める。
〖《反動魔法》の謎について調べてます〗
「ベルナルドさんが言っていた話だね」
〖ローレンスさんも聞いたんですね〗
「うん。僕と話したいということだったから。有益な時間だったよ。さすが、《魔法考古学界の伝説》と言われるだけのことはある」
感心した様子で言うローレンスさん。
〖ローレンスさんは、ベルナルドさんの話についてどう思いましたか?〗
「概ね正しいんじゃないかと思ってるよ」
〖《反動魔法》のことはどう思いますか?〗
「それも事実だと思う。自分の感覚としても欠けているものへの願いが魔法を強くするのはたしかだしね」
〖ローレンスさんはどうやってそれに気づいたんですか?〗
「ベルナルドさんにも同じことを聞かれたよ」
ローレンスさんはくすりと笑ってから続ける。
「僕の場合は、ある友達に教わったんだ。本当に綺麗な魔法が使える子でね。魔法に興味を持ったのも彼女の影響だったな」
〖その人は、《反動魔法》について知ってたんですか?〗
「いや、知らなかったと思う。彼女は偶然それにたどり着いた。たどり着きやすい環境にいるのも大きかっただろうけどね。あるいは、そういう人を天才と呼ぶのかもしれない」
ローレンスさんは言う。
「少なくとも、僕には眩しく見えたな。本当に綺麗だった」
〖その人は、今も魔術師をしてるんですか?〗
「彼女は重たい病気でね。随分前にお別れして、今はこの世界にいないんだ」
〖もしかしてローレンスさんが大切にしてる約束もその人と?〗
「うん。そうだよ」
〖どういう約束なんですか?〗
アリアの問いにローレンスさんは、やさしく目を細めて言った。
「内緒」
《反動魔法》の謎を解明するため、資料にあたること二週間。
膨大な資料の中から《反動魔法》について書かれた本を探すのは、簡単なことではなかったけど、アリアたち三人は調査を進めていくつかの有力な資料を見つけることができた。
しかし、その先でたどり着いたのはいつも同じ結末だった。
「この本もページが破られてる。《反動魔法》について書かれてそうなところは徹底的に」
苦々しげな顔でヴィクトリカは言う。
「他の魔法に関する項目も破られてるけど、多分《反動魔法》を隠そうとしてることを悟らせないためのカモフラージュね。保存状態が悪いのも、ページが破れてることに違和感を持たせないようにする意図があるように見える」
周囲に人がいないことを改めて確認してから、小さな声で続けた。
「誰かが《反動魔法》を隠そうとしてる」
人気が無い図書館の四階の一角。
机に積み上げた古い魔導書たち。
身体がじんわりと汗ばむのを感じつつアリアは言う。
〖ベルナルドさんの考えが正しいなら、【裏切りの魔術師】の意思を継ぐ魔人の犯行と考えるのが自然かな〗
「そうね。別の何かが動いてるという可能性もなくはないけれど」
ヴィクトリカは言ってからリオンに視線を向ける。
「王宮の書庫から持ち出した資料はどう?」
リオンは古びた分厚い本を開いてから言う。
「こっちも同じだ。関係がありそうな部分は徹底的に抹消されている。これは八十年前に書かれた比較的新しい本だがページは破かれていた」
〖少なくとも、八十年前まで何者かが密かに《反動魔法》を隠そうと活動していたと〗
「それも、王宮の中まで入り込んで」
空気がいつもより冷たく感じられた。
何者かは王国の中枢にまで入り込んでいる。
誰にも悟られずに息を潜め、あるいは今も活動を続けているのかもしれない。
緊張感の中、アリアの胸に去来していたのはひとつの感情だった。
(なんかわたし今、物語の中っぽいすごくかっこいいことをしてるのでは……!)
シリアスな謎を追いかけている、と考えるとなんだかわくわくしてしまう。
『暗号の謎がわかりました。そこには、太古の昔に隠された古代兵器があったのです!』
『なんと……そんなことが……!』
主人公みたいにかっこよく謎を解き明かす自分を想像して頬をゆるめる。
期待に胸弾ませるアリアに、「心配でならないわ」とヴィクトリカはこめかみをおさえた。
「とにかく、このことは誰にも言わないこと。そして、もっと多くの資料を当たってみましょう。敵がどれだけの時間と労力をかけていたとしても、すべての資料を検閲するのは簡単なことじゃない」
ヴィクトリカの言葉にリオンはうなずく。
「俺たちが簡単に手が届く資料は敵も検閲しやすいはずだ。なら逆に手が届きづらかったり、存在自体が忘れ去られてる類いの本を当たってみるべきだと思う」
「この週末を使って、エヴァレット家が所有する本を徹底的に当たってみるわ」
三人で手分けして、それぞれの家の使われてない書庫を探索してみようという結論でその日は解散になった。
(でも、うちの家って比較的魔術師が多くない家系なんだよな)
おばあちゃんのおばあちゃんは聖痕を持っていたと聞いたことがあるし、聖女の血を比較的強く受け継いでいる家だとは思うのだけど、魔法を使うことに関してはあまり秀でている方ではない。
所有する魔法に関する本も二人の家に比べれば少ないし、そのすべてをアリアは既に読んでしまっている。
(できるなら、もっと可能性がありそうなところを調査したい……)
考えていたアリアは、帰ろうとしていたリオンを追いかけてその前に回り込んだ。
〖リオンくんは、今週末どうするの?〗
リオンくんは少し驚いた顔をしてから言った。
「俺は国境近くにある王家所有の別邸を調査しようと思ってる。祖父が生前集めていた古書のコレクションがあるんだが、量が多すぎて誰も詳細を把握できていないと聞いたことがある」
〖先代の国王陛下?〗
「ああ。本が好きな人だったらしい。別邸の離れを自分専用の図書館みたいに改築してたんだ。少し偏執的なところがあって、気に入ってるコレクションには誰も近づけさせなかったと聞く。もしかしたら、敵もそこまでは入り込めていないかもしれない」
リオンくんは言う。
「今週末は国境近くの古城で国境警備隊に勲章を授ける式典がある。何か理由を作り別邸に泊まって、その間にいろいろ調べてみることにするよ」
(先代の国王陛下が誰も近づけさせなかったコレクション……)
《反動魔法》に関する本が手つかずのまま残っている可能性はかなり高いように思えた。
(うちの家よりも断然そっちを調査したい……!)
アリアは少しの間考えてから言った。
〖わたしも行っちゃダメかな〗
「え?」
目を丸くするリオンにアリアは言った。
〖わたしも一緒に先代国王陛下のコレクションを調査したい〗




