33 秘密
『大魔導祭』の魔法コンテストで、アリアとヴィクトリカのペアは準優勝を果たした。
準特級魔術師が三人出場する激戦の中、単独二位の点数を記録したことは参加していた魔術師たちにとっても大きなサプライズだった様子。
「まだ十二歳なのにすごいね!」
「準優勝の最年少記録だよ」
「美しさを評価されるコンテストとは言え、準特級魔術師と対等に戦うなんて!」
結果として、控え室でアリアはたくさんちやほやされた。
(すごい……! 一生分くらい褒めてもらえてる……!)
頬をゆるめつつ、懐に入れていたいか焼きを食べるアリア。
幸せな時間が過ぎた後、アリアたちを呼んだのは運営の人だった。
「表彰式を行います。こちらへ」
案内されて運営の人に続く。
魔法コンテストの準優勝メダルを来賓である第一王子殿下がかけてくれる。
後ろにいる王室関係者の中には、リオンくんの姿もあった。
(本当に王子様なんだよな)
同い年なのに立派に王子として振る舞っててすごいなぁと思っていると、アリアの視線に気づいて小さく拍手のジェスチャーをしてくれた。
ありがとう、と小さくうなずいて示す。
拍手の中で、表彰台に上がった。
否応なく気になったのは左隣に立つ優勝者のベルナルド・アボロさん。
強烈な魔力の気配が伝わってくる。
『異端の探求者』、『魔法考古学界の伝説』と称される彼は、その風貌も普通の人とはまったく違っていた。
女性のように長い黒髪。
前髪は鼻のあたりまで伸びていて、彼の目元を覆っている。
細身だが背は高く、身体には小さな傷がいっぱいあった。
危険な魔物がたくさん生息する聖壁の向こう側――旧魔王領の調査はそれだけ過酷な仕事なのだろう。
(今はたしか《光の聖女》についての調査をしてるって話だったっけ)
《白の聖痕》を持って生まれたアリアにとっては血を引くご先祖様にあたる《光の聖女》。
だからだろうか。
ベルナルドはアリアに対して他の人とは違う視線を向けているように感じられた。
目元が前髪で覆われているから、実際に見ているかはわからないけれど。
でも、なんとなく見られている気配を感じる。
(会ったことはないはずだよね)
公爵家で育ったから、有名な人に会う機会は普通の人よりは多かったと思うけど、高名な魔術師さんは忙しく働いているから、同席するような経験はほとんどなかった。
まして、危険な最前線で活動しているベルナルドさんのような魔術師とすれ違うような機会はなかったはず。
(やっぱりすごく見られてる感じがする……)
なんだか落ち着かなくてそわそわしているうちに、表彰式が終わる。
案内されて表彰台から降りたアリアに、小声でベルナルドさんが言った。
「《白の聖痕》には秘密がある」
(え?)
顔を上げる。
しかし、ベルナルドさんはアリアを見てなかった。
何も無かったかのように歩いて行く。
大きな背中が遠ざかる。
他の人に悟られないように伝えたかったのだろうか。
気のせいだと思ってしまいそうな、だけどたしかに聞こえたかすかな声の振動。
(《白の聖痕》の秘密?)
マフラーの下で、小さな白い痣がかすかに熱を持ったように感じられた。
《白の聖痕》
それは、聖女の血を引く人間に稀に現れる小さな痣だ。
聖痕のある部位の身体機能が欠損するこの痣がどうして発現するのか、詳しいことは何もわかっていない。
(秘密っていったい何なんだろう)
そこには何か意味深な奥行きが感じられる。
まして、言葉の主は危険な旧魔王領の調査を繰り返し、『魔法考古学界の伝説』と称される人なのだ。
最先端の研究をしている人しか知らない何かを知っている可能性もある。
(知りたい……すごく知りたい)
コンテストが終わった後の控え室。
アリアはベルナルドさんと話す機会をうかがっていた。
たくさんの人で賑わう控え室で、ベルナルドさんに話しかけるのはなかなか簡単なことではなかった。
誰にも悟られないように意識した伝え方を見るに、他の人には気づかれないように話を聞かないといけない。
(いったいどうすれば……)
考えるアリアの視線の先で、ベルナルドさんが控え室の扉に向かって歩きだす。
その顔が一瞬アリアに向く。
(目配せ)
前髪で覆われた目元は見えなかったけど、感覚的にそう感じている。
ついてこい、ということだろうか。
周囲に悟られないように続こうとしたアリアに声をかけたのは、魔法新聞の記者さんだった。
「アリアさん、インタビューをお願いします」
時間があるときなら、『わたしにとって魔法とは何か、ですか?』『強いて言うなら人生そのもの、ですかね』みたいな感じで、一時間でも答えてあげたいところだったけど、タイミングが悪い。
「まず聞きたいことなんですけど」
ぐいと前に出て、アリアの肩を掴む記者さん。
(世界一かわいいわたしのインタビューをしたい気持ちはわかるけど!)
断らないといけないのに、と思うアリアの前に割って入ったのは、艶やかな巻き髪の少女だった。
「インタビューは私がお受けいたします」
「いえ、しかしアリアさんのインタビューも必要で」
「ここは私が」
有無を言わさぬ口調で言うヴィクトリカ。
斜め後ろにいるアリアに、目線を動かして合図をする。
(ヴィクトリカも、表彰台にいたから)
ベルナルドさんの言葉が聞こえていたのだろう。
そして、アリアが知りたいと思っていることに気づいてくれていた。
ありがとう、という思いを込めてうなずきを返しつつ、ベルナルドさんが消えた扉に向かう。
扉の先にベルナルドさんはいなかった。
右手には廊下が広がっている。
関係者以外立ち入り禁止という小さな看板が立てられている。
左手には二階へ続く階段があった。
踊り場の窓から日射しが射し込んで、手すりの影を階段に描いている。
少し考えてから、アリアは目を閉じる。
精神を集中し、かすかな魔力の気配を辿る。
目を開けたアリアは、階段の裏側にあるわずかなスペースに向けて歩きだす。
「君なら気づくと思っていた」
階段の裏側で、壁に背中を預けて言うベルナルドさん。
アリアは言った。
〖《白の聖痕》の秘密ってなんですか?〗




