27 魔法コンテストの準備
『大魔導祭』魔法コンテストに出ることを話すと、お母様とお父様はすごく喜んでくれた。
「アリアがそんな大舞台に立つなんて……!」
「これは一族総出で応援に行かないといけないな」
お父様は「四親等以内の親族全員に招待状を送らないと」と入場券の手配を始めた。
入場券が既に完売していることに気づいて、すべての望みが絶たれた人みたいな顔をしていた。
「喜びの裏には悲しみがある。そうやって世界は回っているのか」
遠い目をして言うお父様。
「待って。あきらめるのは早いわ。会場に入れなくても同じ空気を吸うことはできる。心の目で見れば、実際に観覧するよりも素敵なものが見えるかもしれない」
「たしかにな。五親等以内の親族全員に招待状を送って、会場の外でアリアを応援しよう」
意気込んで準備を始めるお父様。
「決勝の日は料理長に腕によりをかけてお弁当を作ってもらうわね」
お母様はにっこり目を細める。
〖いか焼きをたくさん入れて欲しい!〗
「もちろん」
大好きな人が喜んでくれる。
それが何よりもうれしい。
良いところを見せられるようにしっかり準備しないと、と思いつつ大学へ。
コンテストに出ることを話すと、リオンくんは「アリアが他のやつの家に行っただと……」と声をふるわせて言った。
「俺の家にだって一度しか来たことないのに……」
〖ちょうどいい練習場があるからって言われて〗
「それらしい理由で誘いをかけるとは狡猾な」
〖今日もこの後で行く予定〗
「ふ、二日連続……」
リオンくんは愕然としていた。
〖どうしてそんなにショックを受けてるの?〗
「いや、俺以外に友達はいないと思ってたし。他のやつと仲良くするお前を見るのは初めてというか」
〖たしかに、同級生では初めてかも。ローレンスさんは時々家に来て、魔法を教えてもらったりしてたけど〗
「……そんなことが」
〖推しの学長先生の像がブリザードペンギン小屋の近くにあるから、毎日通って挨拶したりはするけど、たしかにわたしの交友関係ってそれくらいかも〗
「ぐ……ぐぐ……」
リオンくんは歯噛みしていた。
アリアは首をかしげる。
〖どうしてリオンくんはわたしが他の人と仲良くしてるのが気になるの?〗
純粋に不思議だった。
リオンくんが気にする理由はないような感じがするんだけど。
アリアの言葉に、リオンは大きくまばたきしてから、視線を彷徨わせて言った。
「それは、その……」
〖その?〗
「お前が俺にとって特別だからというか」
〖特別というと?〗
「は、初めてできた友達だからさ」
リオンくんは赤い左耳をアリアに向けて言った。
アリアは目を見開く。
(リオンくんがそこまでわたしのことを大切に思っていてくれたなんて……!)
そう言われると、たしかに今までの行動もすべて辻褄が合うように思えた。
アリアもリオンが他の子と仲良くしていると、『わたしがリオンくんの一番の友達だったのに!』と一抹の嫉妬を感じずにはいられないかもしれない。
クールで大人なリオンがそんな風に思ってくれていることがアリアはうれしかった。
(喜んでるだけじゃダメだ。わたしも言葉にして伝えないと)
アリアは氷文字を浮かべる。
〖大丈夫。リオンくんはわたしにとって何にも代えられない大切な存在だよ〗
目を見開くリオンに、にっこり目を細めて続けた。
〖リオンくんはわたしの一番の友達だから〗
「………………ありがとな」
リオンは何も言わず、切なげな目で窓の外を見つめていた。
(ふふふ。友達と良い感じのやりとりができたぞ)
マフラーの下で頬をゆるめる。
素敵な友達との時間が過ぎていく。
授業が終わった後、アリアは約束した時間にエヴァレット家の別邸を訪れた。
執事さんが恭しく迎え入れてくれる。
昨日とは違う敷地東側にある練習施設で、ヴィクトリカはアリアに気づいて顔を上げた。
「今回のコンテストで問われるのは魔法の美しさ。高い点数を取るためには、人を惹きつける芸術性の高い魔法を使う必要があるわ」
真剣な顔で言う。
どうやら、どの魔法を使うか戦略を考えていたらしい。
彼女の前にあるテーブルには連携魔法について書かれた本が並んでいる。
「まずは題材にする魔法を選びましょう。何か良さそうな魔法の候補はある?」
〖任せて。芸術的センスには自信がある〗
アリアは胸を張って答えた。
「そうなの?」
〖お父様に何をやっても天才って言われてたから〗
「すごいわね」
ヴィクトリカは目を丸くする。
「見せてもらえるかしら」
〖魅せてあげましょう〗
アリアは不敵に笑みを浮かべて、魔法式を起動した。
爆発が練習場を揺らした。
強い風がアリアとヴィクトリカの髪をさらった。
それだけだった。
沈黙が練習場を包んだ。
「えっと、今のは?」
〖天才であるわたしの美しく芸術的な魔法だけど〗
「美しい要素どこかにあった?」
〖爆発って芸術じゃない? なんかこう、どかーんって感じで〗
「……独特なセンスね」
ヴィクトリカは困惑した表情で言った。
「他の候補も見せてもらえるかしら」
〖魅せてあげましょう〗
アリアは魔法式を起動した。
美しく繊細な魔力操作。
氷文字を作る要領で、氷の彫像が次々に形作られていく。
十分後、できあがった氷の彫像の群れを見てヴィクトリカは言った。
「これは何?」
〖わたしが人々にいか焼きを配って世界を救うところを描いた天才的に美しい彫像だけど〗
「信じられない……」
ヴィクトリカは口元をおさえて言った。
「こんなに下手な彫像がこの世にあるなんて……」
広がっていたのは凄惨な光景だった。
棒人形を超えて木の枝にしか見えない人間たち。
手足は不釣り合いに長く、関節はなぜか逆方向に曲がっている。
身体よりも大きな顔の表情は異様なまでに平面的で、さながら幼い子供が描く落書きをそのまま立体にしたかのようだった。
〖やれやれ。見せちゃったな。お父様が天才と賞賛するわたしの芸術的センス〗
「本当に? 調子が悪いとかじゃないの?」
〖わたしは早熟の天才だから四歳の頃からこのスタイルだよ〗
「……優しいお父様でよかったわね」
ヴィクトリカはこめかみをおさえる。
「他に使えそうな魔法はある?」
〖使えそうなのは今の二つかな。でも、氷の像は他にもいろいろ作れるよ」
アリアは多種多様な氷の像を周囲に展開した。
像が増えるたびにヴィクトリカは死んだ魚のような目になっていった。
「私はとんでもない子とペアを組んでしまったかもしれない……」
小さなつぶやきが零れる。
あまりに下手すぎる像の数々。
通りがかった庭師が「私が作ってきた庭園が地獄絵図に……!?」と白眼を向いて卒倒した。




